黒き暴君の館 黒竜の館 4
『それよりも、なぜお前がここにおるのじゃ?』
黒竜がギロリと女性を睨む。
「決まっています。カシムとあなたを心配して来ました。思った通り、話が全く進んでないようですね・・・・・・」
黒竜と女性はどうやら互いに知り合いらしい。
すると、女性は「竜の眷属」、つまり、創世竜と話をして生きて帰ることが出来た英雄なのか?だが、ここしばらくの歴史では、こんな人の話は聞いた事が無い。
「竜の眷属」になれば英雄譚として、吟遊詩人が放っては置かないだろう。栄誉だけで生涯食っていけるぐらいだ。
「さて、ここでは話が進みそうもないし、お茶も出せないので、2階に行きましょう」
女性が事も無げに言う。この館に2階があるのか?どうやって行くんだ?
「黒竜。連れて行ってくださいな」
女性が言うと、黒竜が不満気な声を漏らす。
『面倒くさがりおって。ワシをなんじゃと思っておる』
「カシムもいるのですよ」
女性が、俺を扇子で指し示して言うと、黒竜が俺をジッと見てからつぶやく。
つぶやくと言っても、雷鳴のように大きいつぶやき声だ。
『そうじゃったのぅ』
話がおかしな方向に向いてきた気がするが、どうも俺は黒竜に殺される心配は、今は無さそうだ。
黒竜がその巨大な腕を伸ばして、手のひらを上に向けて俺の目の前に下ろす。手の厚さだけで3メートル近くありそうだが、それに乗れという事なのだろうか。見ると、女性は爪の先から、ゆっくりと指の上を歩いて、手のひらの上まで移動していた。俺は慌てて後に続く。
黒竜は俺たちを手の上に乗せると、後ろ足で立ち上がり、体を起こす。一気に床が遠くに行き、天井が迫ってくる。すごい高さだ。
そして、壁際に俺たちを乗せた手を近づけると、下から見たときには気付かなかったが、小さな穴が壁に開いていた。
壁の穴は四角く、そのまま普通の人間サイズの廊下が壁の奥に続いているのがわかった。
「行きますよ、カシム」
女性が平然と、黒竜の指の上を歩いて、壁の中の廊下に降り立つ。100メートル程も高さのある所を、いくら黒竜の指が太いとはいえ、恐れる様子も見せず、姿勢も崩さず歩いて渡るなど、この女性は本当に何者なのだろうか?
そう思いつつも、俺は下を見ないようにしながら、女性の後に従って廊下に降り立った。
俺たちが廊下に移ると、黒竜が立ち上がるのをやめたようで、ズズンと低い地響きが背後から聞こえた。
女性はそれを気にする様子も無く、まっすぐに廊下を歩いて行く。俺は後ろが気になったが、今は女性について行くしか無い。
それにしても、この廊下は本当に普通の人間サイズだ。普通の館の様な装飾がされ、床には長い絨毯が敷かれている。
しかも、天上全体が光を放っていて、俺達が進む毎に、先の天上が光り、窓一つない廊下を明るく照らす。
しばらく進むと、右手に階段があり、女性は迷わずその階段を上り始める。
しかし、この階段が長い。人間サイズの階段で、15段くらいで踊り場があり折り返していくのだが、もうどれくらい折り返しただろうか?
俺は鍛えているし、リラさんに疲労減少の魔法を掛けて貰っているのでなんてことは無いが、女性も息一つ乱していない。
辛くは無いが、単調だ。
単調な折り返しで目が回りかけてきた頃、ようやく廊下に行き当たった。
廊下に出ると、一斉に廊下の天井が光った。その廊下は左右に伸びていて、端がちょっと見えない。そして、片側の壁には数え切れないくらいの数のドアが並んでいた。反対の壁には何も無い。
「無駄に広過ぎですね」
女性がため息をつくと、一番近くのドアのノブを回して、ドアを開くと中に入る。俺は少し左右の廊下を見て呆気にとられていたが、慌てて部屋に入った。
室内も、入室するや、天井が光を放つ。
室内は、これまた普通の人間サイズで、奥には窓があり、室内は更に仕切られていた。見た感じでは、キッチン、リビング、寝室、トイレ、バスがありそうで、高級そうなソファーやらテーブルやら食器やらが備え付けられていて、調度も豪華に整えられていた。
まるで我がペンダートン家の様な貴族、王族じみた室内だ。
「座って」
女性が促すので、俺は、怖ず怖ずとソファーに腰を下ろす。見た目通り、高級な座り心地だ。
それにしても、黒竜の館に、どうしてこんな部屋があるのだろうか?
俺は室内を見回す。窓から外が見えるが、ここがかなりの高所にあるのは、外の景色からもわかる。窓の方向はデナトリア山と反対側で、ドランの街の方を向いているようだが、ソファーに腰を下ろしていては、窓の外はよく見えない。
俺が腰を下ろすと、女性はキッチンの方に姿を消した。
俺は何とも落ち着かずに、ソワソワとしながら窓の外を見ていたら、カチャリと音がして、押し上げ式の窓が引き上げられた。
驚いて見ていると、窓の外に小さな手があり、その手が窓を押し上げていた。
誰かが窓の外にいる。俺は思わず立ち上がると、窓の下から顔が覗いた。
「カシムお兄ちゃん」
黒い髪に、同じく黒い大きな目。小さなやせた顔に、同じく小さく痩せた体。間違いない。
「コッコ!!??」
俺は慌てて窓に駆け寄った。そして、手を貸してコッコを室内に引っ張り込む。近寄って改めてわかったが、とんでもない高さにこの部屋はあった。
なのに、なぜコッコはこんな所にいるんだ?
どうやってここまで登ってきた?
そもそも今はドランの街にいるはずだろう?
「コ、コッコ?お前、なんで?」
俺は震える手でコッコを抱きしめる。汗が噴き出す。恐怖と焦燥。
コッコがこんな危険な事をした事。
そして、今とても危険な所にいる事。
俺がコッコを守り切るのは、恐らく出来ないだろうという事。
俺が命を失うだけで無く、コッコの命まで失われるのは堪えられない。
だが、俺の腕の中のコッコは無邪気に笑う。
「フフフ。苦しいよ」
「コッコ・・・・・・。頼むから何とかここから逃げ出してくれ。そして、ペンダートン家に行ってくれ」
俺が小さな声でコッコに囁く。
焦りもあるが、もう一度コッコの顔が見られた事が嬉しい。
目に涙が滲みかける。
コッコはドレスを着ていない。髪も結んでいない。また、あの黒いボロボロの毛皮の様な物を身に着けている。ほとんど裸だし、裸足だ。
きっとこの服が、コッコにとって動きやすい服なのだろう。
そして、慣れた荒野の道を、俺たちより早く先回りして、黒竜の館まで急いで来のだろう。それもこれも、俺の身を案じてくれたからに違いない。
進入できたなら、脱出することもコッコだけなら可能なはずだ。
だが、コッコは静かに首を振った。
「それは無理」
「なんで?!」
俺が悲鳴に似た声を上げる。
すると、背後に人の気配。女性が戻ってきたのだ。
俺はとっさに、背後にコッコを隠すようにする。しかし、女性は、俺の背後のコッコに気付いているようで、冷ややかな目で見る。
「またそんな・・・・・・。さっきもいいましたが、おふざけが過ぎますよ、黒竜」
黒竜?何を言っているんだ?
俺は、恐る恐る背後を振り返る。するとコッコの表情が変わり、不敵な笑みを浮かべた。
「このくらいは良かろうと、さっきも言ったじゃろう」
間違いなくコッコの顔なのだが、雰囲気がまるで違う。その雰囲気は、さっきの黒竜そのものだった。
「コ・・・・・・コッコ?」
俺がコッコから後ずさる。
「コッコでは無い。ワシは黒竜じゃ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます