白竜の棲む山  冒険者として 3

「お、お初に、お目に掛かります。白竜様に拝謁する、えい、よに・・・・・・」

『よい』

 血を吐きながら、懸命に挨拶をしようとする俺を白竜が止めた。

『私は人間では無い。竜です。我らにとって敬語やかしこまった態度は不要だし、不快なだけです。ただ白竜と呼び、普段通りに話しなさい』

 そう言うものかと思うが、余計なことを論じるだけの時間は俺には残されてない。

 俺はただ頷いた。

『では、カシム。その傷で、呪いで、よくぞここまでたどり着きました。その行為に免じて、お前の望みを聞くだけの時間を与えましょう。お前は私に会って、何を欲するのか?』

 白竜が俺をじっと見て訪ねる。

『金か?名誉か?それとも力か?私にはどれをも叶えるだけの力がある。お前の望むところを与えるだけの力があるのです』

 白竜の言葉に俺は小さく笑う。痛みで涙がにじみ、左目でさえも満足に白竜を見ることが出来なくなりつつある。

「お、俺の、望みは・・・・・・」

『竜騎士になることですか?』

 白竜が俺を見ている。


「違う」

 俺はのどを震わせて、はっきりと答える。俺は、激しい痛みと共に、再び血を吐く。

『何?』

 白竜が訝しむ。

「何だって?」

 仲間たちも声を上げる。

「何を言ってるの?カシム君。あなたはその為に旅をしてきたんじゃ無いの?」

 リラさんの声は非難の色を帯びてはいない。むしろ優しく、励ますような口調だ。

 みんな知っているんだ。俺が望まずして竜騎士探索行に出ていることを。

「俺の、望みは・・・・・・知ることだ」

『・・・・・・知るとは?』

「俺は、真実の、歴史が・・・・・・知りたい。この世界の、成り立ちを、知って、みたい・・・・・・」

『何ですって?』

「お、教えてくれ、白竜。今の世界は、第何文明だ?聖魔、戦争って、なんだ?白竜たちが、この世を創ったのか?」

『お前の望みは、そんな事を知りたいだけなのですか?竜騎士になりたいのではなかったのですか?』

 白竜の頭が持ち上がり、口調が厳しい物となる。


 怒りだろうか?失望だろうか?白竜の感情が激しているのがわかる。

 だが、これが俺の本当の望みだ。騎士の道を捨てて、考古学者の道を選んだ本当の俺のやりたいことだった。

 知りたい。そして、知ったことをお話にして、アクシスに話してやるんだ。そうしたら、それが出来たら、俺はあの頃のような幸せな気分を味わうことが出来るのだろう。俺はその為に生きたい。


「ちがう。・・・・・・『知りたい』。それが俺の望みだ。・・・・・・知恵有る竜ならば、知っているだろう。お願いだ・・・・・・どうか、教えてくれ」

 足が痙攣を起こして、いよいよ立っていられなくなりそうだ。残った左手で膝を押さえて、懸命に倒れないように支える。

『愚かな!愚かな!!それがお前の本当の願いなのですか?違うでしょう!!お前の願いはそれでは無いはずです!!!』

 白竜が激している。俺はあの創世竜を怒らせてしまっている。だが、俺の願いはこれである。

「違わない。これが俺の願いだ!」

『撤回せよ!お前は只一言、竜騎士になりたいと言えば良いのです!』

 俺は左右の仲間を見る。皆、俺を無言で見つめている。決断は俺に委ねている。誰も俺を非難しない。それに背を押される様に、おれは断言する。

「は、白竜。残念だが、撤回できない。・・・・・・これが、俺の願いだ」

『なぜそうまで意固地になるのです?』

 白竜の目が青く輝く。羽毛に覆われた口元の空気が揺らめいていく。周囲の空気の温度が上がる。


 俺はファーンを見て笑う。ファーンも笑った。

「白竜・・・・・・。冒険者とは、己の、欲するところを・・・・・・求める為に、危険を・・・・・・冒す・・・・・・馬鹿者の事だ。俺は、その、冒険者だ!」

 言ってやった。もう声を出すことも出来ない。

『愚かなり!愚かなり、カシム・ペンダートン!』

 白竜の口元が赤く揺らめき、やがて青白い光が口の端から漏れ出す。創世竜のブレスだ。


『他の者たちは退きなさい!愚かな代償はカシム1人で充分です!!』

 白竜が仲間たちに告げる。だが、それを聞く仲間たちでは無い。

「馬鹿にすんなよ白竜!!!オレたちがカシムを見殺しに出来ると思ってんなら、お前はとんでもないバカだ!!」

「そうよ!1秒でも、一瞬でもあなたからカシム君を守ってみせる!!」

「ミルだって冒険者なんだから!永遠の命より、今のこの気持ちの方が大切なんだから!!!」

「俺にも、見捨てられない存在が出来たようだ」

 謎の男もそう言うと、俺たちの一番先頭にずいっと立った。

 仲間たちが俺を支えて白竜に立ち向かわせてくれる。

『良い覚悟です!』

 白竜が笑うと、大きく口を開く。


 神々しいまでに美しい青い炎が、白竜の口から吐き出されて、俺たちを飲み込んでいった。炎に飲まれながら、白竜の青い炎に見とれる。

「なんて美しい炎なのだろうか・・・・・・」




 だが、熱くない。痛くもない。

 ・・・・・・いや、痛みが無い。俺の体中から痛みが消え去っている。体の外も、内も痛みが無い。全身が軽くなっていき疲労もすっかり消え去っている。

 青い炎に包まれたまま、俺の右腕を見ると、無残に消し炭になっていた腕が、全く元に戻っている。右目の奥を突き刺すような痛みも消え去っていた。

 折れた骨の痛みももう無い。

 見ると、ボロボロだった仲間も、すっかり癒やされているようで、俺同様に美しい青い炎の中で驚き、お互いに顔を見合わせている。

 

 しばらくすると、青い炎は消え去った。

「白竜・・・・・・これは?」

 俺が呟くと、白竜が笑う。

『つまらぬ。実につまらぬ回答ですが、まあ、及第点としておきましょう』

 白竜の言葉にも、まだ状況が飲み込めない。


 すると、白竜の目の前を、何か黒いヘビのような物が飛び去ろうとしていた。

『これが呪いです。つまらぬマネをしおって』

 そう言うと白竜は口を開け、黒いヘビのような呪いを一口に飲み込んだ。

『これで呪いは心配いりません』

 俺はさらに混乱しつつも、とりあえず白竜に感謝の意を告げる。

「ありがとう、白竜」

 すると白竜がまた笑う。声は立てずに表情だけで笑うのだ。

『礼には及びません。ついでです。それにお前はジーン・ペンダートンの孫だ。無下にも出来ぬし、私もお前に望むところがあっての事です』

 俺にはなんとなくだが、心当たりがあった。

「それは、俺が産まれた時に、家の上を飛んだことに関係があるのか?」

 その問に、竜は頷く。

『まあ、そうですね。その内に話してやりましょう。だが、お前のさっきの答えは中々バカバカしくて面白かった。もし、竜騎士になりたいなどと応えていたら、本当に焼き殺してやったところですよ』

 その答えを聞いて俺も仲間たちも背筋が凍った思いがした。


『しかし、お前の本当の願いは違っただろうに、良かったのですか?』

 白竜が残念そうに言う。だが、俺には心当たりが無い。

「いや、知りたいというのが俺の願いのはずだが・・・・・・?」

 そうは言ったものの、「知恵有る竜」にそうまで言われると自信がなくなる。

 だが、白竜はあっさりと引いた。

『まあ、今は人目もあることだし言及は避けてあげましょう。いずれじっくり問いただしましょう』

 何の事かはわからないがとりあえず頷いておく。



 俺の体は、もうすっかりと良くなっていた。何処も痛まないし、疲れも無い。頭もスッキリしている。

 つぶれた右目はそのままだが、特に不自由はしていないから問題ない。

 白竜の青い炎が俺たちを全快状態にしてくれた。


『他の者たちの選択も良かった。これで見捨てるようなら、やはりみんなまとめて焼き尽くしてお終いにするところでした。良い仲間に会えましたね、カシム』

「ああ。本当に」

 俺は、ここでようやく仲間の方を向き、「ありがとう」と礼を言うことが出来た。

「バッカ野郎!!あとで殴らせろよ!!」

 ファーンが俺を抱きしめる。

「1人でがんばりすぎなんだから!後で殴ります!!」

「ええ?!」

 リラさんも俺に抱きついてきたが、嬉しさよりも今の言葉で凍り付く。

「お兄ちゃんとは健やかなる時も、病める時も一緒なんだから!あとで殴るけどね!!」

 ミルまでよく分からないことを言ってきて抱きつくが、結局殴られるのか。

 そして、謎の男も俺に近づいてくると、無言で俺の顔を見つめて「後で殴る」とだけ言った。誰?この人?そして怖い。

「あの・・・・・・これでも、良い仲間なんでしょうか?」

 俺が白竜に涙目で視線を送ると『ふっふっふっ』と今度は声を立てて笑われた。

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