白竜の棲む山  白竜祭 2

 俺は食堂のカウンターに座り、リンゴジュースを注文する。

「冒険者だね」

 食堂のおばちゃんが声を掛けてくる。小さくてコロコロしていて可愛らしいおばちゃんだ。

「ええ、そうです」

「白竜山かい?」

「そうです。でも、明日祭りだって言うからせっかくなのでと急いで来ました」

 俺が答えると、おばちゃんは嬉しそうにニコニコ笑う。

「それは良い時期に来たねぇ。祭りは今夜から明後日まで続くよ」

「そうなんですか。ところで、白竜祭ってどんな祭りなんですか?」

 おしゃべりが好きなんだろう。俺が聞くと嬉しそうに話し出す。

「この村で年に一度行われる祭りでね、白竜様と村の偉人に感謝をお伝えする祭りなのさ」

「感謝ですか?」

「そうだよ。この村は白竜様の領域に唯一存在を許されている村なのさ」

「なんでこの村は存在を許されているんですか?」

 勝手に住み着いているんじゃないのか?

「それは今から800年以上前の事なんだけどね。カナフカになる前のデア王朝時代にひどい内戦があってね。町や村を焼かれた人たちが白竜様の領域の外に集まってたんだ。でも、ほとんど野盗集団になった軍隊が迫って来てて、そこで、代表としてカルピエッタって人が白竜山に白竜様に会いに行ったんだ。それで、白竜様にお会いして、白竜様の領内での保護を願い出たわけだよ」

「ふんふん」

「そうしたら、白竜様はカルピエッタ様に村の建設を許可したんだよ。でもね、こんな約束をしたのさ。『今から3年後にもう一度私の元に来なさい。その時にお前を食います』ってね。で、白竜様の許しを得たと、白竜山から戻ってきたカルピエッタ様に聞いた人々は、喜んで白竜様の領内に逃げ込んだ。カルピエッタ様は、白竜様との約束は秘密にしてたんだよ。でも、今この村がある辺りまで逃げてきた時に野蛮な軍隊が追いついて来た。今にも人々に襲いかかろうとしていた時に、天から白竜様が舞い降りて来て、軍隊だけを炎で焼き尽くしてくれたんだ。それで、人々はここに村を築いたんだ」

「でも、白竜との約束は?」

 俺はおばちゃんの話に引き込まれた。

「果たしたよ。村人に何も告げずに、カルピエッタ様は3年後の約束の日に白竜山に入り、白竜様にその命を捧げたのさ。それから白竜様が村に舞い降りてきて、カルピエッタ様との約束を話してくださり、カルピエッタ様の誠実さを讃えて、以後この村を守護してくださることを約束してくださったのさ。で、人々はその時になって、初めてその約束を知ったもんで、亡きカルピエッタ様に感謝したね。生前には、白竜様に会って生きて帰ってきたカルピエッタ様を『竜の眷属』なんて呼んでもて囃してたもんで、自分たちの無知を恥じたものさ。それで、白竜様とカルピエッタ様の約束の日を記念して、毎年5月1日に白竜祭を行っているのさ」


 「竜の眷属」と言うのは、創世竜に会って話をし、生きて帰る偉業を果たした人物に贈られる称号だ。有史以来数えるほどしかいないその人物に俺は心当たりがあった。

「もしかして、カルピエッタ様って「竜の眷属アエスタ」様の事ですか?」

 俺が尋ねると、おばちゃんは破顔する。

「良く知ってるね!嬉しいよぉ!カルピエッタ・アエスタ様さ!」  

 「竜の眷属アエスタ」は、デア王朝末期の戦乱期に、暴虐の限りを尽くした悪女セリエーヌ伯爵の軍隊と戦い、人々を助けた英雄だ。

 それがこの村の創設に携わっており、そんな最期を遂げていたとは知らなかった。やはりこういう話しは、本で知るだけでは無く、現地で聞くのが一番楽しい。俺の祖父の話もそうだが、伝承は場所や時期、立場によって色々変わって伝えられてしまう。


「それで、今夜は広場で、食べたり呑んだり踊ったりの前夜祭だよ。明日には白竜様の山車だしが村を巡って、みんながワラで出来た白竜様の山車に、願い事を木札に書いて刺していくのさ」

「ああ。広場で作ってたでかい奴。あれが白竜になるんですね」

「そうだよ。5メートルの大きなワラの白竜様だよ」

 小さいおばちゃんがぷくぷく太った両腕をいっぱいに広げてみせる。

「お願いったって、『あれが上手になりたい』『これが出来るようになりたい』『こんな事をがんばる』って感じで、まあ、決意表明みたいなものさ」

 なるほど。それは良いな。

「誰でも書いて良いんだから、あんたたちもやってごらん。明日の夜にはそれを村はずれで燃やして、願い事の煙を白竜様に届けるのさ。これは必見だよ。で、感謝して、私たちを見守っていてくださいって伝えるのさ」

「それは、明日の夜も見逃せませんね」

「だろう?!」

 おばちゃんとの話は有意義だった。それぞれの地域で人々は生きているのだ、歴史が人々の暮らしに息づいているのだと実感する。考古学者にとって、そういった発見に喜びを覚える。

 その後も色々話していたら、リラさんとミルが部屋から出て来る。すっかり身支度も終わってさっぱりした顔だ。

「お待たせしました」

「ゆっくりで良かったのに」

 俺が言うと、リラさんがクスリと笑う。

「ファーンがあんなに入りたがってたんですもの。待たせたら悪いでしょ?」

 リラさんらしいな。俺は感心する。

「じゃあ、俺も急いで入ってきます」

 俺はおばちゃんに礼を言って、急いで部屋に戻る。着替えとタオルを持って風呂場前の衝立で服を脱ぐ。

 そして、浴室に入り、早速体にお湯を掛ける。風呂文化が根付いているグラーダ育ちの俺としても、やはり温かいお湯で体を流せるのは心地よい。

 ん?お湯が満タンだ。ファーンがポンプで水を足してまた沸かしてくれているのか。気が回るなぁ。

「ファーン?いるか?」

 俺が窓の外に声を掛けるとすぐに返事があった。

「いるよ」

「悪いな、急いで入るから」

「リラも同じこと言ってたけど、風呂ってのはゆっくりつかるもんだ。気にしてないでゆっくり入れ!」

 どんだけ風呂が好きなんだよ、コイツは。だが、そうなるとやはり急いでやりたくなる。急いで体や頭を洗う。石鹸は当然自前だ。

 そして湯船につかる。

 ああ、気持ちいい。温かいお湯に体が暖められていくにしたがって、体の疲れがお湯に溶け出していくようだ。

「ふいぃぃぃぃ~~~」

 思わずため息が出る。

「湯加減はどうだ?」

 窓の外から声が掛かる。

「ばっちりだ。俺はちょっとぬるいくらいが好きだから、足し水しててくれて良かったよ」

 本当に俺好みの温度だ。

「そっか。そりゃ良かった。オレは熱いぐらいの風呂が好きだからこの後ガンガン火を焚くぜ」

「ああ。じゃあ、熱くなったら出るからちょうど良いか」

「いや、お前が出てから火を焚くよぉ。気にするな」

「お前こそ気にするな。俺は早く出て村に防寒具を買いに行かなきゃいけない用があるってだけだ」

 俺がそう言うと、ファーンも納得したようだった。

「うん。ありがとな」

 素直だな。ちょっと新鮮だ。


 俺は割とすぐに風呂から上がった。着替えやら何やらしていたらファーンが部屋に戻ってきた。

「じゃあ、俺は買い出しに行ってくる」

 ファーンに言うと「おう。頼むな」と片手をあげて、さっさと風呂の準備をしだす。


 ファーンを置いて俺は村に出る。おばちゃんに防寒具を取りそろえている店を聞いていたので早速店に向かった。リラさんとミルも観光を楽しんでいるはずだ。

 村は賑わっている。子どもたちが白竜のお面を頭に着けて走り回っている。

 広場の白竜像は大分出来上がってきている。まだ、頭と翼が付いていないので、正直丸っこい何かに腕が生えている様にしか見えないが・・・・・・。





 俺が防寒具を沢山抱えて帰ってくると、リラさんたちはまだいないが、風呂場から鼻歌が聞こえてくる。

 え?あれから1時間は経ってるのにまだファーンは入ってるのか?

「おい!ファーン。大丈夫か?」

 俺が風呂場に声を掛ける。

「あん?言っただろうが、オレは長風呂なんだってば。まだまだ行けるぜ!」

「マジかよ」

「マジだ」


 俺は荷物を置くと部屋を出る。そして、裏手に回ってかまどに薪をくべてやる。

「カシムか?」

 薪をくべる音に、風呂場から声が掛かる。

「おう。熱いのが好きなんだったよな」

「おお!サンキュ!ちょっとぬるくなってきてたとこなんだよ」

 俺は火を強くしてやる。

「熱くなってきた。いいねぇ」

 機嫌良さそうなファーンの声だ。

「ところでな、カシム」

「なんだ?」

「・・・・・・あのよ。さっきみたいなのやめてくれよな」

 ちょっとしどろもどろにファーンが言う。なんだっけ?

「さっきみたいなのって?」

「ほら、オレをあんまり誉めんなよ」

 そう言われて思い出す。ああ。ファーンを乗せる為に褒めちぎったことか。コイツはやたらと照れていたな。

「何でだよ。いいじゃないか」

「いや。悪くは無いけど・・・・・・。そういうのはリラやミルに言ってやれよな」

 ええ?「お前が必要だ!大切だ!」って?!リラさんに?

「言えるか!!」

 俺の女性への免疫の無さを知らないな!俺はお前みたいに誰とでも平気で話したり出来ないんだよ!!と、怒鳴ってやりたかったが悲しくなるだけなのでやめた。

「だから、カシムはダメダメなんだよな~~~」

 なんだよ・・・・・・。俺はふてくされて黙る。

「お前は顔は良いんだから、ちゃんと誉めるべき人を誉めてやれよな」

 顔「は」ってなんだよ。他はダメみたいじゃないか。

「誉めるさ。リーダーだからな」

「そうじゃないだろ。男として女を誉めてやれって言ってんの。・・・・・・でも、あれか?パーティー内恋愛禁止派なの?お前って」

「ブッッ!!??」

 俺は思わずむせて吹き出してしまった。

「おまあ~、なにいってんだぁ~」

 まともにしゃべれない。恋愛とかって何?そんなん出来るか!?いや出来るのか?この俺に?・・・・・・まさか。

「ミ・・・・・・ミルの事か?」

 恐る恐る言ってみた。あいつは俺と結婚する気満々でいる。だが、あいつは子どもだ。13歳という年齢以上に幼く見える。

「いやあ~。どうかなぁ~。でも女を子ども扱いしたら、後で泣くことになるから覚えとけよ」

 うわっ!すっげぇドキッとくる言葉だ。胸に刺さる。怖い怖い。肝に銘じとくことにしよう。それが生かせる気はしないが。


 ファーンはその後も1時間近く風呂を楽しんでいた。

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