旅の仲間  竜の団 4

 事の始まりから終わりまでの正確な報告が王城リル・グラーディアに届いたのは4月12日の朝だった。


「何やってんだ!あの小僧がぁ!!!」

 報告を受けたグラーダ三世が一声吠えて報告書をその場で破り捨てる。

「何って、『偉業』ですよ。しかも他に類を見ない有史以来の偉業ですって」

 宰相ギルバートがつまらなそうに説明する。そして、あらかじめ用意してあった予備の報告書を悔しがるグラーダ三世の前で読み上げる。

「カシム・ペンダートン。グラーダ国王の名の下に竜騎士探索行の依頼を受ける白ランク冒険者。

 4月6日に悪魔の鎧なる、人々を実験材料にして作り上げた兵器と、大量虐殺を犯した魔法使いとを撃破。これにより22名の犠牲者を救出することに成功。

 その際、捕らわれていたハイエルフ1名を救助する。

 後に救援に駆けつけたハイエルフ100人に跪き礼をされる栄誉に浴す。なお、カシムはその際、ハイエルフの里長より『森の友人』の称号を賜る。

 以上の功によって、特別にパーティー4人に青ランクへの昇格を認めるものとする。なお、この功績は正式な依頼の元行われたので、報償をギルドによって支払う物とする」

 ギルバートが報告書を読み終えると無感情にその場で手を叩く。乾いた音が執務室に響く。

 グラーダ三世は、眉間にシワを寄せてギルバートを睨みつけている。

「素晴らしい功績じゃないですか。これだけで、アクシス王女殿下との結婚を認めるに足る事かと思いますがね」

 その言葉にグラーダ三世は額に血管を浮き上がらせて歯を食いしばる。

「まだ報告は続きますよ?」

「な、何だとぅ!!??」

「ハイエルフの里長タイアス卿の名で、カシム君への名指しの依頼が冒険者ギルドから上がってきています」

「何ぃ?!」

 グラーダ三世は、思わず椅子から立ち上がる。

「アズマとエルフの大森林との国交を開くべし」

「!!!!???」

「誰かさんの出した依頼と同じくらいとんでもない内容ですな。いや、竜騎士は歴史上1人は存在する。ですが、アズマとハイエルフの関係の修復なんて事は有史以来誰も果たせておりません」

 ギルバートは淡々と述べる。

「そんな事は知っている!!」

 グラーダ三世は、想定外過ぎる報告に激しく苛立っていた。

「はてさて。カシム君は我々の想像を超えた存在になりつつありますな」

「何を言うか!あの小僧はまだどちらの依頼も果たせておらん!!」

 ギルバートは肩をすくめる。さっきまでの名君ぶりは何処に行ったのだろうか?

 ここ数日は、実に機嫌良く見事な采配をしていた王とは思えない変貌ぶりだ。

「ですが、今や冒険者ギルドは大騒ぎですし、市井でもカシム君の名前が囁かれ始めていますよ。・・・・・・それに、ほら」

「お父様~~~~!!!」

 バーーーーンと勢いよく執務室のドアが開かれる。駆け込んで来たのはグラーダ国の王女アクシスだ。

「お聞きになりましたか?お兄様のお話を!!??」

「伝えたのは私ではありませんよ」

 ギルバートが肩をすくめながら、あらかじめ告げておく。

 グラーダ三世は頭を抱えて一呼吸つく。

 アクシスに今の悪鬼のような表情を見せたくない。何とか心を落ち着けてみようと深呼吸をする。そして、必死の努力で穏やかそうな表情を浮かべる。幾分引きつってはいるがその努力足るや賞賛に値すると言っておこう。

「ああ、アクシス。今聞いたところだよ。まあまあ、彼もやるじゃないか」

 ギルバートは姫をこの場から連れ出してしまおうかと考えたが、これはやぶ蛇になりそうなので、伸ばしかけた手を引っ込める。

「『まあまあ』どころじゃないですわ。わたくしこれまで沢山の本を読んできましたが、こんな事が起こるなんて聞いたことも想像したこともありませんでした!さすがはわたくしのお兄様です!」

 カシムをべた褒めするアクシスの言葉に、隠していた額の血管がビキッと音を立てる。これは不味いとギルバートが助け船を出す。

「全くカシム君は端倪たんげいすべからざるお方ですな。ですが、これをもってカシム君とご結婚されるおつもりですか、姫様?」

 すると、ギルバートの誘導が功を奏したようで、アクシスは首をブンブン横に振る。

「まさかですわ!お兄様はきっとこれからも多くの事を成し遂げながら、必ず竜騎士になってわたくしの元に迎えに来てくれるはずです!」

「左様ですな」

 ギルバートが頷き、グラーダ三世もひとまずホッとしたようで表情にゆとりが出る。

「わたくしも、お兄様に相応しい女になる為に、勉学に芸術に努力していく事を誓いますわ!」

 アクシスは優雅に回転して礼をすると、おしとやかに執務室を出て行った。


「くそう。あの小僧め・・・・・・」

 そう毒づきつつも、ひとまず嵐は収まったようだと、ギルバートもホッと胸をなで下ろす。

「それにしても・・・・・・」

 ギルバートは窓の外を見て独り言つ。窓の外には遠くに港と、キラキラと夏の陽光を反射させる青い海が広がっている。「暑い夏になりそうですね」






 カシムたちは自分たちが預かり知らぬところで冒険者ランクの上昇と、名声の上昇を得ていた。

 

 「悪魔の鎧」事件の首謀者である魔法使いゼアル・ギュンターは、後の取り調べで悪魔の鎧を大量生産してシニスカで無差別大量殺人を犯すつもりだった事を明かす。

 そして悪魔の鎧は、魔人形の頭髪がなくなった事で、もう作り出す事が不可能になったことが判明する。

 残り2体行方不明になっている魔人形ルシオールの捜索が、この事件をきっかけとして始まる事となった。

 実はグラーダ国にとって、この魔人形捜索はとても重大な意味を持っている為、捜索にはかなりの人員が割かれる事となった。


 未だに謎な事も多い為、ゼアルの処刑はなされなかったが、シニスカ国で多数を殺害した容疑から正式に要請があり、後日、身柄をシニスカ国に送還する事となった。


 ただ、取り調べをした一同を震撼させたのは、ゼアルの行動の裏に地獄の魔物の関与が認められた事である。


 元々ゼアルは父親思いの心優しい少年だった。しかし、父の異変と惨殺があって、その後、魔法の勉強の傍ら、妙な実験を繰り返すようになったという。

 どうも本人の証言では、「暗闇で何かがささやきかける」「人間を苦しめないと、地面に吸い込まれてしまう錯覚に陥る」など、おかしな感覚に襲われるようになったという。これは正に地獄からの干渉と思われる。

 そのため、シニスカ国でもゼアルの対応には慎重を期する様にと通達をしてある。

 


 救出された人々は、ハイエルフから冒険者ギルドに治療が引き継がれた。直ちにアメルへの移送が実行されて、現在もアメルの冒険者ギルド内の病院に入院しているが、回復に向かっているとの事だ。

 その全員がシニスカ国の人間だったので、回復し、詳しい経緯などを聞いた後に、一時金を支給されてシニスカ国に送り届けられる事となった。


 塔の事を報告し、依頼した村に対しては、依頼料免除と、迅速に報告したことでの恩賞を与えられる事となった。

 

 また、村の狩人イリダは、あの時にハイエルフに何か贈り物をされていたらしく、後にそれが元で騒動を起こす。

 その事件は後に「狩人イリダの宝物」という題名の童話となり、子どもたちに親しまれることになったが、それはまた別のお話である。



 カシムたちがあの塔を離れる前に、タイアスに頼んでいた事がある。それは犠牲になった人々の為に、何か墓標を立てて欲しいという事だ。それに対してタイアスは、ハイエルフ流の墓標を立てると約束した。

 冒険者ギルドの人々が、救助を終えてアメルに撤収していった後、残された魔法使いの実験塔が、みるみる姿を変えて、巨大な巨大な天を突くばかりの1本のブナの木に変わった。

 それがカシムたちと約束した犠牲者たちの為の、ハイエルフ流の巨大な墓標となったのだった。


 カシム一行による、悪魔の鎧の実験を止めた事と、ハイエルフと人間の架け橋になった功績が人々に多く知れ渡り、人々はカシム一行の事を「竜の団」と呼び、カシムの事を「森の友人」という称号と共に「隻眼竜」とも呼ぶようになったが、これも未だ本人たちは預かり知らぬ事・・・・・・。




 そして、今カシムたち「竜の団」は、創世竜白竜の棲む山のある国、「カナフカ」の国境付近にたどり着いていた。



     第二巻  -完-

     第三巻 「白竜の棲む山」へ続く

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