旅の仲間  竜の団 3

 俺たちがイーラ村に到着したのは、もうすっかり日が暮れてからだった。

 ハイエルフたちに癒やしてもらったというのに、何だかドッと疲れた。出来ればこのまま寝てしまいたいが、とりあえず村長に報告しに行く必要がある。


 あの後俺たちは、自分の装備の手入れをハイエルフたちにしてもらったりした。

 おかげでヘコんだり傷ついたりしていた装備は今や新品同然になっている。破れた革のジャケットの修復までしてもらった。さすがはハイエルフだ。何処が破れたのか、じっくり見ても分からない。


 村長に報告をすませると、村長は大変喜んで、もうすっかり遅い時間だというのに温かい夕食を用意してもてなしてくれた。

 その後、はなれに個室を用意してくれて、俺たちはそれぞれ個室でゆっくり休んだ。


 そして、翌朝も朝食を用意してくれ、更に旅の食料なども用意してくれた。


 俺たちの旅の荷物の大半は、ファーンのリュック「月視げつし背嚢はいのう」に入れてもらっているので、非常に身軽に旅が出来る。

 しかも、このリュックは保存能力もあり、食べ物の劣化を抑える効果があるらしい。長くは無理だがしばらくは新鮮な状態を保つことが出来るそうだ。

 一般的には、食料保存の魔法を使える魔法使いが、こうした処置を施していた為、そうした魔法使いがいるといないのとでは、旅の快適さが全然違うという。

 だが、このリュックがあればそんな魔法使いがいなくても充分に快適に旅が出来るというわけだ。

 ファーンは「探究者」兼「ポーター」と言うわけだ。

 


 俺たちは村長に挨拶をすませると、村はずれにあるというミルの家に向かった。


 ミルの家は意外にもちゃんとした一軒家だった。木造で土壁、窓にはカーテンの掛かった、ごく普通の家で、この村の他の家と何ら変わるところがない。もっと、アズマ風にこだわっているか、黄色だったり紫だったりと、派手な色の家なのではと想像していたので、少し拍子抜けなくらいだ。

 俺はドアの前に立ってドアノッカーを叩く。

 するとすぐにドアが開けられ、ミルが出迎える。

「お兄ちゃん、おはよ!待っていたんだよ~!」

 ミルは元気だ。


 俺たちは家に招き入れられたが、妙なことをミルが言い出す。

「いい、みんな。これからあたしの歩いた通りについてきてね!変な所を触ったらダメだよ」

 俺たち3人は顔を見合わせたが、とにかく頷く。

「わかったよ」

「じゃあ、どうぞ」

 俺たちは玄関で靴を脱ぐ。普通の家では、玄関で靴を脱ぐのが当たり前だが、外国では、靴のまま家に入る習慣の所もあるらしい。

 そんな事をしていたら床が傷んだり、家の中が汚れてしまうのではないかと思う。しかも、足も休まらないだろうに。

 戦や、野盗の襲来などに備えるという、歴史的背景があるのだが、少なくともグラーダでは、そういった習慣はない。

 まあ、グラーダはサンダルや、履きやすい靴が使われてきたからという事も関係しているのかも知れない。

 もっとも、城や、大きい館、施設などでは靴のまま屋内に入る。

 我が家は、生活環境では靴を脱ぐ。個室、自室内、家族が集まるリビングや食堂は土足厳禁だ。基本的に自室で靴を脱いで、邸内を移動する時はサンダルが基本だ。


 具足を外したり、ブーツを脱ぐのは手間が掛かるかも知れないが、習慣化されているので問題ない。


 

 玄関を上がると、短い廊下の先にリビングがあるようだ。

 一般的な家の作りだが、廊下を歩くミルの足取りがフラフラしていて危なっかしく見える。

「おい、ミル大丈夫か?」

 俺がミルを支えようと駆け寄るべく足を踏み出したとたん、壁から何かが飛び出してきて俺の腰に当たる。

「いてっ!なんだこりゃ?」

 見れば、壁から木の棒が飛び出してきて俺の腰にぶつかってきたようだ。大して痛くはないが驚いた。

「あ~~~!ほらほら、ダメだよ。あたしの歩いたとおりに歩かないと罠に引っかかっちゃうよ!」

 ミルがクスクス笑う。

「罠屋敷か?」

「面倒な所に住んでるなぁ」

 俺とファーンが顔を見合わせてため息をつく。リラさんは何故か楽しそうにしている。

「ほら、カシム君、早く行きましょうよ」

 まあ、この程度の罠なら危険は無いからゲーム感覚で行ってみるか。


 俺たちは時々罠に掛かりながらもリビングのテーブルまでたどり着いた。

 罠は、さっきみたいな棒が飛び出たり、小さい布ボールが飛んできたり、段差20センチ程度の落とし穴があったりした。 ちょっと驚く程度で危険は無い罠だった。リラさんは罠に掛かっても楽しそうに悔しがっていた。 

 俺的には、距離は短いものの、ちょっと面倒くさかった。

 どうやら忍者になる修行として、家を改造して作ったらしい。

 冒険者ギルドの、盗賊訓練用の罠屋敷の方が、トラップが厳しい事だろう。結構ケガ人が出るらしいから。


 テーブルに着くと、ヒシムさんとネイルーラさんが手を叩く。

「いや。手間をかけたね。見事テーブルまでたどり着けたようだ。だが、このくらいの罠に掛かっているようでは娘はやれないがね」

 まだ言うかこの人は。別にもらう予定はないが、そう教えてあげるのもシャクだ。俺はニヤリと余裕の笑みを浮かべることで仕返しをする。

「~~~~~~~ッ!!」

 ヒヒヒ。悔しがってる悔しがってる。

 それにしても、今日は2人とも普通の恰好をしている。まあ、村の中であれを着ていたら変な目で見られるか。

 俺たちが席に着くと、ミルが俺たちに冒険者証を見せてくれた。

「これは?」

「娘の冒険者証だ。しっかりした身分保障を得る為に、以前に娘にも冒険者登録させたのさ」

「なるほど」

 見てみると、ランクは黄色。下から2番目だ。そしてレベルは・・・・・・13!?

「うわ!?レベル高!!」

 ファーンがイスから立ち上がって冒険者証をまじまじと見つめる。

「だから言ったじゃん!ミルは強いんだよって!」

 ミルが胸を張る。

「そんな。私より高いの?」

 リラさんが額を抑えてよろける。

「リラはいくつなんだ?あ、オレは3な」

 ファーンが尋ねると、リラさんはすぐに答えた。

「私は11です」

「ってことは、ミルがこの中では一番強いって事か?」

 俺がそう言うと、ファーンがすかさずツッコむ。

「いや。お前は自分のレベル分かってねぇ~だろ?とりあえず暫定レベル1だけどさ」

「ああ、そっか・・・・・・」 

 言われて頷くが、ますます俺のレベルを知りたくなくなった。

 さすがにファーン以下はないだろうが、リラさんより下となっても悔しくは無い。

 だが、それがミルより下だという事になると、さすがにちょっと悲しい。

「まあ、ミルはハイエルフだからこんくらい当然っちゃ当然か」

 ファーンがドッカと腰を下ろし、頭の後ろで手を組む。

 そうか。ハイエルフだと魔力も俊敏性も高い。他にも様々な能力が俺たち人間とは比べものにならない。つまり子どもでもハイレベルなことになる。それを聞くと少し安心した。

「職業は盗賊?」

 ファーンが尋ねる。

「忍者になれなかったからね」

 ヒシムさんが悔しそうにつぶやく。

 そうか。ハイエルフだと精霊使いとか弓師になってるかと思ったが、まあ、この家の子らしい。

「あたし、ガンガン活躍するからね!!」

 ミルが可愛らしくポーズを取って宣言する。


 ミルの装備は、この前見た通りだが、今日はおなかは出していない。代わりに下に紺色のタイツのような服を着ている。

 上の薄手の服は可愛らしく薄いピンクだ。丈が短いので、おなかの部分が出ている。その為に紺色のタイツの様な物が見えているわけだ。

 また、ズボンはやはり短すぎる気がするズボンで白だ。そして、膝上まである靴下?タイツ?は今日は赤と白の縞々だ。エメラルドグリーンの髪も含めて、まあ、盗賊にしては派手だ。斥候とかさせても目立って発見されそうだ。


 ただ目を引いたのは腰の後ろに2本互い違いに重ねるように装備している短刀だ。つばの部分に半月の装飾が彫り込まれていて、2本会わせたら満月となる模様の見事な造りの刀だ。刀の鍛造はアズマの技術だが、ハイエルフの鍛冶師が丹精込めて作った逸品だとよく分かる。どう見てもミスリル製だ。

「その刀、見せてくれないか?」

 俺が尋ねると、ミルはチンッと耳に心地よい鞘走りの音を立て2本の短刀を抜いて机の上に置く。

「すごいなこれは」

 ミスリル製だが、恐らく特殊な鍛造方法で鍛えられた刀だ。

「ほほう。見る目があるね。これは俺の曾曾曾曾曾祖父?辺りに無理矢理頼み込んで鍛えてもらった刀だ!!」

 ヒシムさんがどや顔で俺に教えてくれる。嫌味な表情をしていて腹立つが、ハイエルフならではのキラキラ光線が出ているのがむかつき加減に拍車をかける。うん。結局むかつくのだ。

 でもこの人きっと俺よりずっとレベル高いんだろうなぁ~~。


「『望月丸』という銘だ。ハイエルフの作った刀としては短刀だが、十指に数えられる名刀だそうだ。娘の旅立ちにと私の物を譲ったんだ」

 それはすごい宝刀じゃないか。ちまたに溢れる聖剣や魔剣なんかよりよっぽどすごい。

 聖剣とか魔剣は、たまに街の武器屋で普通に売ってたりするからな。魔力を込めて打てば作れたりするらしい。まあ、大変な技術なのは間違いないだろうが。


 それに比べて魔法道具としての武器防具は特殊な才能を持つ魔具師にしか作れないから、べらぼうに高くなる。

 祖父の武器防具がその最たる物だ。この前あっさりくれようとしていたが・・・・・・。

 だが、そんなちまたで溢れている聖剣、魔剣よりも、このミスリル製の短刀からは遥かに力を感じる。冴え冴えとした夜の月のような、感動させながらも、どこか体の中心が冷めていくような恐ろしさを感じる。


「それだけじゃない。ミルの今、下着に来ている服な。黒い奴。あれはハイエルフに遙か昔から伝わる『精装衣(シユー・クミーズ)』という名の防具だ。ハイエルフが魔法繊維で編み出した伝統的な女性の装備だ。かなり衝撃にも斬撃にも強く出来ていて、並の鎧以上の堅牢さを誇るが、布製なので軽く動きやすい。ハイエルフの女性限定戦闘服なのだ」

 おおお!何かすごいな!ずるいなハイエルフの技術力。俺も欲しいが、せめてリラさんにも欲しい装備だ。まあ、ねだるわけにも行かないか。

 ただ、上下一体型とは言え、ヒシムさんが言っていたとおりなら、あれは下着だ。腹の部分が見えていて良いのだろうか?子どもとは言え・・・・・・あ、いやミルは13歳だったな。であればはっきり言うべきだが、「はしたない」のではないかと思う。

 だがスルー。そこんとこ言い出したらきっと面倒くさいことになりそうだ。

「ええ?!じゃあ、ミルはその下パンツ履いてないことになるのか?!腹も見えてるし、そんな短いズボンだと、動く度に下着が見えるぜ!それってやばくね?」 

「バカかお前!!!」

 ファーンの言葉に俺は反射的に叫んでしまった。なんてデリカシーのない男なんだコイツは!!

 ところが怒ったのは俺だけ。リラさんは当然の質問をファーンがしたみたいな表情だし、ミル親子はここぞとばかりのどや顔をしている。

「君は知らないだろうから教えてあげよう。我々ハイエルフに伝わる言葉だ」

「「「パンツじゃないから恥ずかしくない!!」」」

 3人が声を合わせてポーズを取る。え?ネイルーラさんまでここぞとばかりに大声出したよ?!

「ああ。なるほど。さすがはハイエルフだ」

 え?ファーンもリラさんも納得した様子だ?何でだ?おかしいのは俺だけか?

 だが、ここで異を唱えたら、まるで俺が変態スケベ野郎みたいになってしまう。・・・・・・なので沈黙を貫き通す事にしよう。

 

 まあ、ミルの装備が思ったよりしっかりしている事にも、思ったよりも遥かにレベルが高かった事にも安心する。

 しかも盗賊職となるとかなり頼りになるのは事実だ。



「じゃあ、これから俺たちはパーティーを組む事にする。だけど、俺の受けている依頼は正気の沙汰とは思えない危険な物だ。だから、まず、危なくなったら逃げてくれ。自分たちの命をまず大事にして欲しい。俺も足掻くつもりだが、正直自信は無い。だから、いざという時は、生き延びて、何とかグラーダ王に事の顛末を報告して欲しい」

 俺はパーティーの基本方針を説明する。

「却下だ、カシム!」

「ええ。却下ね」

「キャッカ、キャッカ!!」

 3人が笑いながら言う。

「ええ?!ファーン。お前、話が違うじゃないか!!」

 俺が抗議する。確かファーンは仲間になる時に「危なくなったら俺は逃げる」って言ってたよな?!

「お前って時々バカな、カシム。仲間になる時は仲間じゃなかった。でも今はもう仲間だ。仲間を置いて逃げるような奴は冒険者じゃない!只の臆病者だ。オレたち冒険者ってのは『危険を冒す者たち』って意味だぜ。そこんとこヨロシク~!」

「本当にファーンは良いこと言うわね。詩的じゃないけれど、その分心に響くわ」

「カシムお兄ちゃんだけ危ない目に遭わすわけ無いじゃん。一緒にがんばろうよ!!」

「お前ら・・・・・・」

 そうだ。これが俺が憧れていた冒険者たちの姿だ。

「分かったよ。じゃあ、みんな。よろしく頼む」

「おう!」

「はい」

「うん」

 三者三様の返事が返ってくる。


 これで、俺もようやく冒険者としての本当の覚悟が出来た気がする。

「ヒシムさん。ネイルーラさん。大切な娘さんをお預かりします。とても危険な事が待ち構えている旅なので、無事にお返しする保障は正直出来ません。ですが・・・・・・」

 俺が更に言い募ろうとした時にヒシムさんが俺を止める。

「いいからいいから。これは娘が自分で選んだ道だ。人生の・・・・・・夢の探求に破れれば、それはハイエルフだろうと死ぬことと同義だ。それに娘の夢が叶う時は、私たちの夢への道も開かれる時だ。だから、どうかくれぐれもよろしく頼むよ、カシム君」

「ヒシムさん・・・・・・」

「・・・・・・だが、おぬしに娘はやれぬでござるがね」

「フフン。娘の方がグイグイ来てるんですがねぇ~」

 このやりとりは今後も続きそうだ。

 




 俺たち4人、1パーティーは、村人みんなに見送られて村を出立した。

「ところでカシム。このパーティー名どうする?」

「パーティー名?」

「そうだよ。せっかくだしなんか名前付けようぜ」

「いや。俺たち無名パーティーには名前なんて早いだろう。結成だって実質今日じゃないか」

「だから、カシムって時々バカなんだよ。こういうのは結成した時に付けとくもんなんだっての」

「ええ?でも思いつかないよ」

「じゃあ、『かしまし団』ってなどうだ?」

「またかよ。ファーン、お前そればっかしだな。却下だ!」

「ええ?良いと思ったんですけど」

「リラさんまで、何を言ってるんですか?」

「あたしも違うのがいいよ~、リラさん」

「あら?ミルちゃん。仲間なんだから『さん』付けはいらないと思うわよ」

「そう?じゃあ、リラもあたしのこと『ちゃん』付けしなくっていいよ!」

「そうね、ミル。これからもよろしくね」

「うん。リラ」

「フフ。女の子同士仲良くなるって何かいいな、ファーン」

「・・・・・・いや。お前ってほんとダメダメな。今の何処が良いんだよ。オレなんか鳥肌立っちまったよ」

「ええ?!何でだよ!」

「だからそこがダメダメなんだっての」

「ねえ、カシム君。それでパーティー名どうしますか?」

「・・・・・・いや、そんな事急に言われても思いつかないですよ」

「じゃあさ!歩きながらみんなで考えよ!!」

「おお!」

「いいわね」

「・・・・・・じゃあ、ゆっくり考えようか」

 俺たちパーティーの旅はこうして出発点を迎えた。

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