旅の仲間 竜の団 2
俺はまず、助けられなかった人たちを埋めた場所に行き、瞑目する。
悪魔の鎧に閉じ込められ、さぞや怖かったろう、辛かったろう、無念だったろう。
間に合わなくて申し訳ない。せめてエレスの空に、星になって穏やかに休んで欲しい。
俺が祈っているとファーンが俺の肩に手を置く。
「オレたちは、誰も彼もを救えるほど、偉くも強くもない。気にするな、とは言わないが、気に病むな。その代わり、今から出来る事をやっていく事で、誰かの笑顔を守ろう」
「それが冒険者か?」
「違うね。それはお前の道だ。冒険者ってのは自分勝手なんだ。自分が自分の目的を果たす為に、それだけの為に無謀な事を繰り返す馬鹿者たちの事だ。だけど、それが誰かの笑顔を守る事につながるのが、お前の進む道なんだろ?少なくともお前の旅はそう言うことだ」
そうか。確かに俺がこれから進む道は俺の望んだ事ではない。強制されて進む道だ。
だが、本当に「聖魔大戦」が起こるのならば、それを俺が止める事が出来れば、それは誰かの笑顔を守る事につながる。
俺のやる事に意味も、意義もあるって事だ。
「でもな、カシム。お前は時々バカだから忠告しておくよ。この旅をお前の義務にするな。お前ももう冒険者だ。って事はお前の好きな事をするべきだ」
「好きな事?」
「ああ。オレはマスターになる為に、お前の戦いを全力で見守り続ける。リラは、歌を見つけ出す為って事になってる。ミルは忍者マスターだ。お前は何の為に旅をする?金か?名声か?女か?」
「いや。金はいらない」
ファーンが笑う。
「そりゃそっか。お前んち金持ちだもんな」
俺は曖昧な笑みを浮かべる。
こいつスラム育ちって言ってたから、本当は生まれた家が金持ちの奴なんて良い気分がしないはずだ。なんかそれだけで申し訳なくなるが、ファーンは卑屈になったりしない奴だから、俺も少し救われる。
「名声はいらない」
「それもそうだな。名声も生まれつき持ってるようなもんだ」
ファーンの言う通りだ。ペンダートン家に生まれただけで、名声は付いてくる。望むと望まぬとにかかわらず。
「俺にはそれが重荷なだけなんだ。家の名前と俺の能力が釣り合ってない。祖父はもちろんだが、父や2人の兄たちを見ていると自分がいかに非才かを思い知る」
「・・・・・・カシムって時々じゃなくってもバカだよな、ヒヒヒ」
ファーンが何故か嬉しそうに笑って俺の背中を叩く。
「じゃあ、『女』でも、もちろん無いよな!!オレたちのパーティーってすっかり『かしまし』パーティーになっちまったしな!」
かしまし?ああ、女の子が2人もパーティーに加わってしまったからな。そうか、これからは女の子がいる事を考慮していかなきゃならないって事だ。俺にそこら辺の気配りが出来るのだろうか?
急に不安になってきた。
だって、俺はこれまで女の人と関わってこなかったんだ。学校にも行ってないし、家で訓練三昧の日々を送ってきた。
むさ苦しい男、しかも年上の人ばかりと関わってきた。
騎士としての礼儀とかは習ってきたが、ほとんど実戦したことなど無い。
もちろん、アクシスや家の使用人はカウントに入れていない。アレらは家族みたいなものだからな。
だが、俺も年頃の男だ。正直色々思うところがある。
「なあ、ファーン。お前って女の人とパーティー組んだ事あるのか?」
「ああ?そりゃあ、あるよ。女の冒険者ってのは結構多いんだぜ?!」
おおそうか。
「じゃあ、色々フォローとかしてやってくれないか?俺、そこんところ自信ないんだ」
するとファーンがヒヒヒっと笑った。
「ま、そうだろうな。お前まるでダメダメだもんな!」
「な、なんでそんな事わかるんだよ!!」
何も知らないくせに決めつけられて俺は抗議した。が、事実である。
「まあ・・・・・・その通りだと思う」
俺はモゴモゴと小声で認める。
「安心しろ。そこら辺はオレがフォローするよ。でも、ちゃんと言っておくけど、このパーティーのリーダーはお前だからな。そこんとこはよろしく!」
そう・・・・・・だよな。俺がパーティーのリーダーだ。
「おう。分かった。よろしくな、相棒」
俺が拳を挙げる。だが、ファーンは妙な表情をする。
「うん。そっか、そうだな相棒は相棒だな」
そして、何かを納得させるようにつぶやいてから俺の拳に自分の拳を当ててきた。何か妙なこと言ったかな?
・・・・・・そうか。リーダーが俺なのに対等の「相棒」って表現はおかしかったのかも知れない。
でも、このパーティーでリーダーだからって偉そうにとかするつもりはない。軍ではなく冒険者なのだからパーティーメンバーはみんな対等なんて事は当たり前なはずだ。
そんな事で不安になるとは、俺にとってファーンの存在は思ってたよりも大きくなっているのだと思った。
俺は塔の中に移動する。
行ってみると1階部分の様子が様変わりしていた。
天井から清潔な布がつり下げられて間仕切りがされている。間仕切りされた一つ一つのスペースに簡素だが、しっかりした作りのベッドが用意されていて、そのベッド一つ一つに2人のハイエルフが付いていて、救出された人達の世話をしている。
ベッドの横には小さなテーブルが置かれ、そのテーブルには植木鉢が置かれており、小さな花を咲かせていた。
また、1階の奥で、数人が心地良い音楽を、囁く様な小さな音で演奏していた。
間仕切りの隙間から中の様子を窺わせてもらったが、寝かせられている人の表情は穏やかで安らかだ。
俺は思わず頬を緩ませた。
「カシムさん?」
振り向くと、人々を見舞っていたリラさんがいた。
「あ、リ、リラさん」
さっきのミルのキス事件を思い出して、思わず声に詰まってしまった。リラさんに軽蔑されていなければ良いが・・・・・・。
よこしまな事を考えたのがバレたようで、リラさんがジ~~~ッと横目で俺を見る。
「あの、あれは事故です。不可抗力ですよ。それにミルはまだまだ子どもだから、まあ、イヌになめられたようなものです」
俺がしどろもどろに言い訳する。
「カシムさん!小さくても女の子なんですよ!イヌと同列にするのはあんまりだと思います!」
ああ。やっぱり怒ってる。確かに俺の言いようもひどかった。
「う。反省します・・・・・・」
俺が肩を落としてしょげていると、リラさんが吹き出す。
「うふふふ。もう、カシムさんってば」
おお?!何だ、この可愛らしいイベントは?
「大丈夫ですよ!分かってますから。・・・・・・ちょっとからかって意地悪したくなっちゃっただけなんです。ごめんなさい」
リラさんにそんな可愛くされたら、男は何されたって許しちゃうと思うなぁ。ずるいなぁ・・・・・・。
俺がふてくされていると、リラさんが小首をかしげる。
「でも、カシムさんにとって13歳が子どもって言う事は、どこからが大人なんですか?」
エレスでは一般的に15歳が成人年齢だ。
「そりゃあ、15歳・・・・・・」
アクシスの顔が思い浮かぶ。
「いや!やっぱり俺と同じ16歳以上かな?」
するとリラさんが笑顔になる。
「カシムさんは16歳なんですね。私の方がお姉さんになるんですね?」
あれ?コレって、年齢を尋ねなきゃいけない話しの流れだ。でも、女性に年齢を尋ねるのって、たしか最大のタブーなんじゃ・・・・・・。
モジモジしていると、それを察したリラさんが、クスクス笑う。
「私の年齢は18歳になったばかりですよ。これからは『カシム君』って呼んじゃおうかな?」
もう、俺はどう反応して良いのやら。本当にファーンに言われたように俺ってまるでダメダメだ。
「あの、好きに呼んでください・・・・・・」
「ハイ!」
何でこの人は、こんな会話でこんなに嬉しそうなんだろう。でも軽蔑とかされて無くて良かった。
リラさんと話した後、俺は他の救出された人たち一人一人を見舞って回った。意識があって言葉がしゃべれる人たちからはものすごく感謝された。そうすると、助ける事が出来て、俺があそこで俺の命を諦めたりしなくて本当に良かったと思う。
そうして見舞っていると、1人のハイエルフの女性に声をかけられた。
「カシム殿」
俺が振り返ると、女性が俺に剣鉈を手渡してくれた。だが、剣鉈は折れてしまっていたはずだ。
「折れていたので、我々が持ってきていた材料で直しておきました」
「ああ。それはありがとうございます。とても助かります」
受け取った剣鉈を見て驚く。鋼の剣鉈がミスリル製になっている。
「ッ!!??」
「申し訳ありません。材料がミスリルしかなかった物ですから」
女性が謝るが、どう考えてもパワーアップしているだろう!
「いえ!とんでもないです!良い品をありがとうございます!」
俺が礼を言うと女性は安心したように微笑み、ハイエルフの美形光線を残して去って行った。
こうもハイエルフ光線を浴び続けていたら、普通の村や町に行った時、俺ってちゃんと人々を直視できるのだろうか?
やくたいもない事を考えながら、ミスリル製にパワーアップした剣鉈を腰の後ろの鞘に収める。
鞘に収めるとリンッと鈴を鳴らしたようなきれいな音が鳴る。
ああ、ミスリルだ~。
鍛え方によって違うが、音楽のようなとてもきれいな音を出すのがミスリルだ。どんな音にするのかこだわったりする職人が多い金属だ。
俺は嬉しさから少し鼻歌を歌ってしまった。ガトー、すまん。
俺が外に出るとミルやヒシムさん、ネイルーラさんがいた。
俺を見かけるとヒシムさんが笑顔で語りかけてくる。
「やあ、カシム君。君のおかげで助かったような、助からなかったような・・・・・・」
そして、俺の肩に手を置いたが、その力が妙に強く、今も俺の肩をグギギッと力を込めて掴んでくる。
「だが、君には娘はやれんからな・・・・・・」
く。この男、反応としては人間の父親と変わらず安心するが、すごく腹が立つ。
「心配いりませんよ、お父さん。ハイエルフのみんなは祝福してくれていますから」
俺はせめてもの仕返しにと、嫉妬に狂う父親の耳元でボソボソとささやき返してやる。
するとヒシムさんは逆上して俺の胸ぐらをつかみに架かる。
「き、貴様!!その、あのな!!」
俺は意地悪く「フヒヒ」と笑ってやった。
するとこの父親は急にボロボロと泣き出した。それをネイルーラさんに慰められている。だが、俺の良心は痛まない。
この親の教育が偏ったせいで、俺はハイエルフの至宝を預かり、あまつさえ危険な旅に同行させなくてはならなくなったのだ。俺の抱える重圧を少しは思い知るがいい。
「お兄ちゃん!今のって、ミルと・・・・・・あたしと結婚してくれるって事?!」
やべっ!ハイエルフってすごく耳が良いんだった。
「いや、そのね」
思わず慌てると、ミルが屈託無く笑う。
「大丈夫だよ!あたしも今すぐだなんて思ってないから!もちろん100年後とかでもないよ!あたしが大きくなってからで大丈夫だからね!」
「ん?ああ」
そっか。いくらハイエルフでもちゃんと時間と共に成長するはずだもんな。この子が大きくなるのってどの位の時間なんだろう?
そう考えたが、俺の中途半端な返事がミルに誤解を与えてしまった。
「じゃあ、お兄ちゃん。あたしが大きくなるまで待っててね!!」
ミルは嬉しそうに笑うと、クルッと回って見せた。この子が大きくなる頃には、今の幼い恋心なんて変わっているはずだ。
どんな形になるにせよ旅は終わり、この子はエルフの大森林に戻り、ハイエルフとして生きていくのだから。そして、ハイエルフの人生は果てが無く長い。
俺はたまたまこの子が初めて見知った自分を救った男というだけだ。俺がこの子の長い長い人生に大きな関わりを持ってはいけない。
そう考えているとネイルーラさんが俺に近寄ってきて、俺の耳元に極小さい声で囁いてきた。
「ハイエルフの愛情は永遠ですよ」
ええ?何だか急に腕に鳥肌が立った。ネイルーラさんはクスリと笑うと、うなだれるヒシムさんと、浮かれた様子のミルを連れて歩いて行った。
去り際にミルが大きな声で俺を呼ぶ。
「お兄ちゃん!後であたしの家に来てね!!」
俺は片手を挙げて答える。
「ああ。迎えに行くよ」
どうせ村に荷物を取りに行くし、報告もしなくてはいけないのだ。その時に合流しよう。ミルにも旅の準備を整えてもらわなきゃいけないからな。
「やだ!『迎えに行く』って、本当に王子様みたい!!」
ミルが嬉しそうに飛び跳ねながら去って行く。何だかやっぱり子どもだよな。
そう思って見送ると、いつの間にか俺の隣にタイアス殿が立っていた。
「カシム殿」
「はい」
俺はタイアス殿と向き合う。
「あの子の事をお願いする」
ハイエルフの里長が俺に頭を下げる。
「あの子は我らの宝だ。本当は危険な目に遭わせたくない。他の永遠の初芽共々、森で穏やかに楽しく過ごして欲しい」
おお。他の「永遠の初芽」は森で楽しく過ごしているわけだ。あれ?この情報、秘中の秘の更に秘密にしておかなきゃいけない事柄なんじゃないでしょうか?
身内かと思って人間にあんまり秘密をしゃべらないで欲しいなぁ~。それだけ信用されているって、光栄に思うべきなんだろうが、俺には重荷だよ。
「だが、我らが大切にするのは『夢』だ。長く生きる我らにとって、夢を持ち、叶える為に努力していく事こそが最も大切な生き続ける糧になる。夢がなければ我々など生きる屍同然なのだ。一つ夢を叶えてはまた夢に挑む。その繰り返しで我々は生き続けていける。我らが最も愛する子どもたちの夢を、どうして応援しないでいられようか」
そうか。永遠に生きる事って、思っているよりも大変な事なんだな。俺だったら耐えられるだろうか?
食べる事も飲む事も本来は必要としない以上、労働する意味が無い。そして、永遠に生き続ける。
虚無に陥ったとしても当然だ。そうならない為にハイエルフたちは、本来必要無い睡眠を取り、食べて飲んで、作って、育てている。
夢を持ち、夢の実現の為に、敢えて困難な道をたどろうとする。
そうして生を感じ続けているんだ。そうしなければ生きていけないのだ。そんな生き方は俺には出来そうもない。
ハイエルフたちって強いな。俺は素直に尊敬した。
「カシム殿。君にとんでもない重責を背負わせるようで心苦しいが、くれぐれも頼む。あの子の夢を叶える為に協力してほしい」
「はい。出来るだけの事はします。・・・・・・もう、ミルは私の仲間なのですから」
俺がそう答えるとタイアス殿は安心した様子で笑う。
「君の進む道に祝福あれ」
俺はタイアス殿と握手をする。
「いずれ君にはエルフの大森林に遊びに来て欲しい、『森の友人』カシムよ」
「ええ。いずれ」
俺は自然にそう答えていた。だが、エルフの大森林に踏み行ったりして平気なのか?
「初芽がいれば、恐らく何とかしてくれるはずだ。まあ、死ぬような事もあるまい」
え?ちょっと不安になってきたんだけど・・・・・・。
「それとな。やはり一番の不安はアズマだ」
え?一番の不安は創世竜じゃないの?俺はそれが一番不安なんだけど。
「アズマのアマツカミと我々ハイエルフの確執はかなり深刻でな。ハイエルフがアズマに入国する事など、とうてい許される事ではあるまい。だが、忍者マスターになるにはどうしてもアズマに入らなければならない。あの子が永遠の初芽だとしてもアマツカミたちと我々の架け橋になる事は難しかろう」
ハイエルフがアズマの連中と仲が悪いのは有名だけど、アマツカミとかよく分からないし、どんな過去があって確執があるのかまるで分からない。
神話レベルの話しで俺にどうこうできる事でもないだろう。
ただ、永遠の初芽が、アマツカミにも何らかの影響を与えかねない存在だと言う事はなんとなくわかった。
その程度の認識だというのに、タイアス殿が俺の肩を両手で掴む。
「だが、君なら或いは、と思うのだよ」
「えええ?!俺なんかに何が出来るって言うんですか!!?」
思わず叫んでしまった。
「分からんが、君ならと思わせる何かがあるとだけ言おう」
「そんな曖昧な根拠で無茶な事を頼まないでください」
俺がタイアス殿の手を肩から払い落とす。考えてみればこれは相当無礼な振る舞いだったが、これ以上の重圧を背負わせないで欲しい。だが、タイアス殿は再び肩に手を置く。
「ヒシムの言うとおり、若い者たちにとって、我らの確執など関係もないことなのだ。だが、その確執のせいで、若い者たちの夢を妨害していることに、私は
周囲を見ると、いつの間にか他のハイエルフたちが事の成り行きを見守っている。彼らの目が真剣だ。彼らは本気でアマツカミとの和解を望んでいるようだ。それも気の遠くなるほど昔から。
「ふう・・・・・・」
俺はため息をついた。
「分かりました。これは冒険者への指名依頼ですね。無茶苦茶な依頼はもうすでに受けています。1つが2つになるような物です」
俺もどうかしてしまったかな?只の自暴自棄とも言えるが、どうせアズマには行くことになるんだ。出来る限り足掻いてみよう。
俺がそう答えると周囲のハイエルフたちの表情が明るくなる。
「承知した。では、正式に冒険者ギルドに依頼を出しておこう」
「ええ?いまのは物の例えみたいなものですから、そんな事しないでください。『森の友人』なんだから、友の為に尽力しますよ」
慌ててタイアス殿の申し出を断ったが、タイアス殿は首を横に振る。
「そうはいかん。こういう事には形式が大切だ。その形式は君のみならず、多くの人にとって重要なことになってくる。冒険者ギルドへの依頼は出させてもらう」
やれやれ。これでまた大騒動になる。
俺は空を見上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます