旅の仲間  謎の塔 4

 おかげでグラグラ揺れていた視点が定まる。

 ブンブンと頭を振り、フラつきつつも立ち上がる。

 ここからが正念場だ。

「うん?まさか、鎧を調べてるのか?」

 ゼアルがファーンの意図に気付く。

「そうはいかんよ」

 ゼアルが魔法を唱える。呪文の詠唱は聞こえない。当然だ。詠唱が聞こえたらどんな魔法かわかり、対処されてしまう可能性がある。


 魔法の詠唱は「起句」と「歌詞」の効果指定。そして、契約した「神か魔神の名前」。そして最後の「魔法名」となる。

 魔法名を告げる時に魔力を一気に放出するので、自然と魔法名は声を張り上げるが、魔法名を発声したら魔法が発動するので、事前に対抗魔法を唱えられないことになる。

 当然上位の魔法になればなるほど詠唱は長く、複雑になり、消費する魔力も多くなる。上位の魔法名を唱える時はほとんど魔法名を絶叫してしまうくらい気合いがいるらしい。

 どんな魔法が来るか直前までわからないのは結構怖い。

 だが、俺は奴の魔法が完成する前に鎧に駆け寄り、滑り込みながら膝間接の裏側を蹴りつける。よろけた鎧に、立ち上がりざまに肩から体当たりをする。ああ、切りつけられた方の肩で体当たりをかましてしまった・・・・・・。肩が痛い・・・・・・。

 だが、狙い通りに鎧はファーンと魔法使いとの直線上に入る。


『バリエール!!』


 ゼアルの魔法名が響く。

 確か初級の風魔法だ。圧縮された突風を叩きつける技だ。遠隔打撃の様な魔法だ。

 魔法は鎧に当たると霧散した。


「ちっ!こざかしいマネをするねぇ」

 ゼアルがいらだたしそうな声を上げる。

「鎧には魔法は効かないんだろ?」

 仕返しとばかりに俺は言う。しかし、もう同じ手は使えないだろう。ゼアルがどの程度の魔法を使えるのかわからないが、ファーンが手がかりを掴むまで、何とかしないといけない。風魔法がメインだとすると、さっきの「バリエール」以外には大まかに切断系の魔法や真空系魔法、竜巻系魔法などがある。初手で初級を使ったと言う事は、そこまで強力な魔法は使えないかも知れない。初級の打撃系と中級の切断系なら剣と防具で対処できる。

 俺はもう一度剣を構え直す。






 カシムの指示で窓を塞いだ悪魔の鎧の元に駆け寄ったファーンは、これまで同様に、手帳に何か書き込みながらカシムを観察する振りをする。

 そうしながら、鎧の様子を窺う。

 ファーンは、内心すぐ隣の鎧がいきなり激しく動き出したらどうしようかと思っていたが、鎧はウンともスンとも言わない。

 魔法使いはファーンの事など眼中に無いのか、カシムと鎧の戦いに夢中だ。

 カシムがあえてフロアの中央付近で派手に立ち回りをする事によって、注意を引いているようだ。

 ファーンは鎧の肘関節のわずかな隙間をのぞき込んでみる。

「なんだ、こりゃ?!中身は空洞じゃないか!」

 肘の関節から覗いた限り、中は完全な空洞である。カシムが戦っている鎧の怪力がどうやって出ているのか理解ができない。

 ファーンは急いで他の関節からも中をのぞき込む。だが、どこも中は空っぽに見える。

 いよいよファーンは鎧の正面に回り、兜の面をのぞき込む。面には目の穴が開いておらず、面の真ん中に、一つ目のような玉がはまっている。その玉は黒く色を失っているが、カシムの戦っている鎧はボンヤリ青く光っているように見える。

 ファーンが注視したのは兜と鎧の結合部、つまり首の隙間だった。思いっきり鎧の角を掴んでよじ登るように体を持ち上げつつ首の隙間をのぞき込む。

「!!!??」

 ファーンの顔がゆがむ。

 鎧の中には窮屈な姿勢に折りたたまれた男性が閉じ込められていて、ピクリとも動かないが、頬は異様にこけているのが見えた。生きてるのか死んでるのかわからないが、生きていたとしても、このままでは長くは保ちそうにない。

 ファーンはある可能性に思い至りゾッとする。

「もしかして、ここにある全部、いや、もしかしたら、下の階にもたんまりある悪魔の鎧全部に人間が入ってんじゃねーのか?!」

 試しにその隣の鎧の中も確認するべく隣の鎧にそろそろっと移動して首の隙間からのぞき込んでみる。

「マジかよ・・・・・・」

 こちらの鎧にも人が閉じ込められていた。こちらは女性でかろうじて意識があり、のぞき込んだファーンと目が合う。

 異様に落ちくぼんだ両目が恐怖と哀願にゆがむが、声は出せないようだ。

「もうちょっとの辛抱だ。オレたちが必ず助ける。諦めるな」

 ファーンが声をかけると、捕らわれた女性の目から涙がこぼれる。


「許せねぇな」

 ファーンが腰のダガーを1本抜く。そして、腕の関節に押し込んでみた。

 剣の先は簡単に入るのに、関節同士を引きはがす事が出来ない。そこで、もう1本抜いて、同じ肘関節に差し込んでから、はさみを開くように腕を切り離す。腕が床に落ちて音を立てたら不味いので、落ちた腕をファーンが足の甲で受けて、絶妙なバランスを取りながら、そっと床に降ろす。

 大道芸人みたいな足裁きだ。次に肩関節に剣を差し込んだが、切断しようとする前に、床に置いた鎧の腕が空中に浮いて、そのまま元の位置にくっついてしまう。

「くっそう。切り離しても元に戻っちまう。本当に『魔人形』だな」

 ゼアルが魔人形について語った内容で、どんなにバラバラにされてもいつの間にか元に戻ってしまうという話があった。

 この鎧も同じで、関節を切り離しても、すぐに復元してしまうようだ。

「だけど、きっと秘密があるはずだ」

 ファーンが再びいろんな所を覗いてみる。もちろん一番怪しい面の真ん中の宝珠も、である。


「やっぱここか?」

 ファーンは1歩下がると、2本の剣を構えて、兜の宝珠目がけて全力で突き入れる。

 ギィーンッッ!

 ファーンの突きは宝珠に当たるが、滑って鎧の面に当たる。だが、宝珠が少し欠ける。

「クソッ!オレじゃ力が足りない!でも一応傷は付けられるぞ」

 ファーンは再び剣を構える。

「こうなりゃぶっ壊れるまで何度でもやってやる!」


 だが、この動きが魔法使いの目にまってしまった。

「おや?あの雑種は何をしてるんだい?」

 ファーンは思わずゼアルの方を見る。

「やばい。さすがにバレるか・・・・・・」

 ファーンが首をすくめた。 

「ざ、雑種だと!?」

 カシムが怒鳴る。

「あいつ何を怒ってるんだ?」

 見ると、カシムはすでにボロボロだ。尻餅付いて立ち上がれていない。

「ん?どうした?人間でもエルフでもない半端者の雑種如き、どうして気にかける?」

 ファーンからするとゼアルの言うとおりで、今更気にもしていない。元々スラムで生きるか死ぬかの生活をいつもしていた。

 母親からも邪魔者扱いされて捨てられた。

 「雑種」「できそこない」「半端者」と散々ののしられ、さげすまれてきた。そうした言葉にすっかり慣れてしまっていたのだ。

 だが、カシムはそれを怒っている。怒りが力になったか、カシムが立ち上がる。

「ありがとなカシム。そいつをきっちり懲らしめてやろうぜ」

 ファーンはつぶやいてクスリと笑う。そして、再び剣を構える。

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