第12話 召喚術師、元気の素を手に入れる

「で・き・たっ……! むふーっ!」


 胸を張ったミフィーラがいきなり突き出してきたのは、真っ赤な液体が充填された怪しげな容器だった。

 ガラスの試験管を謎の肉片で蓋したもの。肉片からは短い注射針が何本も伸びており、皮膚にぶっ刺すだけで中の液体が注入される仕組みらしい。


 二つの巨大校舎を繋ぐ、平行に並んだ五本の空中渡り廊下――その一つで俺とシリルはミフィーラを待っていたのだが。

「朝っぱらからヤバそうなもん出してきたな……」

「こらミフィーラ。ばっちいからそんなもの捨てなさい」

 いつもどおり寝坊で朝一の講義をサボった天才少女は、いつもより上機嫌で開放式の渡り廊下にやってきた。


 ミフィーラが感情を表に出すなんて滅多にないことだ。

 赤黒い肉片と試験管の複合物を受け取った俺は、胸の高さまである廊下の縁に背中でもたれかかり、「何の肉だよ」と苦笑する。


 試験管をかざして見た瞬間、赤い液体に魔力の気配を覚えた。

「まさかドラゴンの生き血か?」


 ミフィーラに視線を移したら、腰に両手を当てた彼女にえっへんと胸を張られた。


「強壮剤。パンドラを長く動かすのに、魔力の補給は必要」


 俺は即座に「馬鹿か」と言い放つ。


「竜血は猛毒だ。魔力回復できたって、普通に死ぬじゃねえか」


 しかし、俺の常識程度、天才召喚術師ミフィーラにとっては越えて当たり前のハードルなのだろう。「大丈夫。死なない」百点満点のドヤ顔がそう断言するのである。


「ドラゴンの血で死ぬのは、人間の体内でドラゴンの白血球が増えて喰われるから。白血球の増殖を止めれば死ぬまではいかない。調子悪くなるだけ」

「それこそ無理難題だぜ。マイナス二百度でだって不活化しないだろ」

「食竜樹の消化液から成分を抽出して、混ぜた」

「食竜樹? シュルノーブ大森林の希少樹レアウッドだっけか?」


 俺がそう言うと、うなずいたミフィーラ。左右の握り拳を胸の前でぺちりとぶつけ合った。


「食竜樹の消化液は、白血球を壊せないけど、造血細胞からの白血球分化を阻害する」

「人間には無害なのか? 人体側の造血機能に影響は?」

「昔は毒蛇に噛まれた時の傷薬に重宝された。それに、完成した薬、昨日寝る前に使ってみたけど熱っぽくなったぐらいだった」


 ブ――ッ。

 ブ――ッ。

 俺とシリルが同時に吹き出す。ミフィーラ自身の身体で人体実験済み、という発言はまったくの予想外で、「何やってんだ馬鹿が!」さすがに慌てるのだ。


 獣のような速度で動いたシリルがミフィーラを抱き上げ、「悪い夢だミフィーラ。本当に竜血を身体に入れたのか……」だぼだぼの魔術師服から伸びる細い首筋に針跡を発見。

 その後ミフィーラの全身をべたべた触りまくって、彼女の無事を確認する。ほっぺの変わらないモチモチ感が安心の決め手だったらしい。

 ミフィーラは不服そうな顔をするが、嫌がらなかった。


「次、実験したかったらフェイルに頼みなさい」

「百万ガント積まれたってやんねえぞ」


 それにしても――ミフィーラの発明は画期的なんじゃないか? 今までも魔力強壮剤はあったが、身体への負担が大きい割りに効果が薄かった。しかし魔力の塊である竜血を直接身体にぶち込めるなら、従来品とは比較にならない効果が見込めるだろう。

 

 俺はもう一度不気味な試験管をかざし――召喚祭は普通の学位戦よりもルールがゆるい。自家製の強壮剤どころか、過去には国宝級の宝物アーティファクトを持ち込んだ馬鹿だっていたはずだ――そう考えて少し怖くなった。そうまでして勝ちを拾いに行く世界なのである。


「……だいぶ金がかかったんじゃねえのか?」

「大丈夫。お金かけたらフェイル絶対使ってくれないから、全部、ただの余り物」

「食竜樹の消化液なんて他に用はねえだろ?」

時蜥蜴トキトカゲの飼育に使ってる。脱皮手伝う時、古い皮を溶かすのにちょうどいい」

「……使用の上限はどれくらいだ?」

「理論上は一日五本。でも二本ぐらいにした方がいい。鼻血が出たら危険信号」

「なるほど。そりゃあご機嫌だな」


 そして身体を反転させた俺。渡り廊下の縁に両腕と顎を乗せると、向こうの渡り廊下を歩く学生たちを眺めて小さくぼやいた。

「トルエノックシオンは見つからねえってのに、着々と祭りは近づいて来やがる」


 するとミフィーラを肩車したシリルが、「王立図書館にも問い合わせたんだろう? どうだったんだ?」と並んできた。


 俺は試験管を蓋する謎の肉片を親指で触りながら、「『持ってない』って丁重な返事が来たよ」と苦笑だ。

 ぼんやり眺めていた渡り廊下の端に女学生の行列が現れたことに眉を上げた。


「この世に十冊とかの自家本なのかもな。伝説のレア魔術書を探しに、長い旅に出る必要があるかもしれねぇ」


 サーシャ・シド・ゼウルタニアと彼女を慕う一年生たちだ。

 とはいえ、厳格な君主とそれに付き従う忠臣たちという、かしこまった感じではなく……白金髪の超絶美少女にも、周りの少女たちにも笑顔が見える。

 たわいもないお喋りで盛り上がりつつ次の講義に向かっているのだろう。


 ――――――


 不意に、行列の先頭付近を歩いていたサーシャが、隣の渡り廊下にいる俺に気付いた。


 ――――――


 一瞬のウィンク。

 サーシャと話す少女たちには見えなかったようだ。お姫様のお茶目を目撃したのは、俺とシリル、ミフィーラの三人だけ。察しの良いシリルが俺に尋ねた。


「……サーシャと何かあったのか?」


 俺は「知らねえ」と一言。話題を変えるため「召喚祭まで二週間を切ってんだ。いいかげんトルエノックシオンを諦めるって選択も考えねえとな……」深いため息を吐いた。


「――サーシャの奴が優勝するってどういうことだ!? ああっ!?」


 突然の怒鳴り声に階下を覗けば――――俺たちがいる渡り廊下のちょうど真下で醜い喧嘩が発生していた。


「オレ様はっ、鍵を手に入れたんだよ! 誰もオレ様に逆らえねえ、破滅の鍵をっ!」


 声が裏返るほどに激怒したベルンハルト・ハドチェックが、彼の子分の胸ぐらを掴んでいる。周りを取り囲んだ他の子分たちはベルンハルトの怒気にうろたえるばかりだった。


「召喚祭で勝つのはオレ様だ! てめぇら雑魚は、オレ様の名前だけ言ってりゃあいい!」


 俺は顔を上げ、シリルとミフィーラに不敵に笑いかける。

「たかがお祭りに全員必死だな」


 そしてミフィーラが造ってくれた魔力強壮剤をひとまず彼女に返した。


 今日もまた、バイト前に、魔術書トルエノックシオンを探してラダーマークの街を走り回るつもりだ。

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