異世界居酒屋こぼれ話

葵卯一

第1話 皆さんご存じ、あの人に聞いてみた。

 ここは誰でも知っている、少なくとも知っている人には知っている世界。

名前はナーロッパ、ヨウロッパとかなんとか言う地方。


「ようやく見つけましたよ」

私は町の隠れ家的名店[居酒屋ねぎどろぼう]のカウンターに座る二人の男に向かってそう言った。


?「誰だい?オレ達に怨みが有るならそれは見当違いもいいとこだよ」

?「そうそう、まぁこっちも仕事だし、そっちも運命だったって・・」


 髭の少ない50代の男は軽く手を上げ、白髪頭の男はどこかあきらめたように笑う。


「恨みなんてそんな、あなた達はこの世界の立役者、二人がいなければこの世界は」成り立たない。そう言おうとしたが、それも違うと口をつぐむ。


「なら・・なんのようかな?オレ達は忙しい仕事を終えて休んでるんだ、出来れば

静かに飲ませてくれないかな?」


 男の前にはおでんが一皿、大根・こんにゃく・厚揚げ、その隣になみなみの酒。


「ええ、少しだけ話を聞かせてもらおうと、いえ決してお邪魔などしませんから」

私は彼等の隣に席を取り、同じ物を頼んだ。


 世界はすでにTVやネット、スマホやPCが使われ、その動力や部品の一部として魔法が使われている。それも間接的には彼らの活躍によるもの。


 彼等の職業は特殊運送業・・運搬?旅行?・・まあその辺りだろうか。


「失礼、先ず確認したいのですか・・本当にあなた方があの有名な?」


「ああ、ここで隠しても仕方無いし、オレ達は誇りを持ってやっている。」

 怨まれる事だってあるがな。静かな瞳は透明なコップに向けられ、静かに頷いた。


 彼等の仕事道具はトラックだ、ここまで言えば解るだろう。こっちで言えば異世界。向こうからすれば現実世界で人を跳ね、こちらに転生・転送するトラックの運転手だ。


「やはり!お二人の活躍、いつも素晴らしいとかねがね思っていて、いつかお会いして話を聞きたいと思っていたんですよ!」


 彼等のお陰でこの世界は変った、水車の導入から始まり、石炭・石油・鋼鉄・電気あらゆる開発と発展は、彼等が異世界人を跳ね飛ばしてきた功績だ。


「・・そうかい?そう言ってくれると、少しは子供に誇れるよ」


 最近では〇菱・ソ〇ー・京〇ラ・〇立・新日〇住〇などの疲れた技術者を跳ね飛ばしてくれたお陰でネット環境も整い、吉〇・A〇Bの練習生・候補生だった女性なども跳ね飛ばしてこちらに連れて来た。そのお陰でダンスや笑いなど文化面でも向上中。


「ええ出来れば漫画家・アニメーターの方々もお願いしたいと」元・異世界人からの要望も熱い。


「はははっ、あっちは・・過労死だろ?上の方でも考えていると思うがね」

「そりゃあれ、漫画家やアニメーターがこっちに来てもマンガ家になるかどうかって話になるから・・難しいと思うぞ」一応ヤツらの外出時は狙っているけどな、って。


「そう言えば・・過労死・・難しいですねぇ・・」

有能無能に関わらず、色々な神さまが彼等の死を狙っているらしい、死んだ瞬間に魂を引き寄せ『異世界に興味は無いかい?』って現世では恩恵も与えないのにね。


「そうだなぁ・・かれこれ30年って所か、オレ達もそんなにやって来たのか・・」

「そうですねぇ・・長いようで短いようで」しみじみと二人は酒を傾けた。


!「それで、ですね!できればなにかエピソードなど聞かせて貰えたらと思いまして」

こんな時は勢い!空気を変えて楽しい話題で唇を湿らせましょうよ。


「エピソードねぇ・・なにか有ったかなぁ」

「・・難しい・・な、歳を喰うと思い出すのもおっくうになるからなぁ」


「では・・えっと、お二人の・・名前・・はお伏せして、なんとお呼びすればいいか」

そのところから始めましょう。異世界トラック野郎では色々と問題が。


「う~~ん、まぁオレ達を探し当てたって事だから、完全に知らないって事も無いだろうけど・・一応聞くが、オレらの商売っていうか仕事人は何人くらいいると思う?」


「・・・お二人以外も含めて・・なら、4人とか?6人でしょうか?」

 そんなに多くの仕事人がいたら、向こうの世界で道路交通法違反で捕まる人だってでるだろう、それが無いって事はそう多く無いって事だろうか。


「はっはっはっ、当たらずとも遠からずだ。全部で12人、隣に座る助手も含めて 12人、だから上からは、ダースって呼ばれている」

「フランでもカーネルでも無いからな?そこは間違えないでくれよ?」ははは。


「結構な数がいらっしゃるんですね!そんなに?」

それじゃ毎日・毎日、異世界人がこっちに雪崩れ込んで来る計算になる。


「はっ、お前さん。『そんなに?』じゃない、「それだけしか」だ。

こっちに来た途端、喰われたり・高い山から落ちたり・沼地やサバイバル・後は食料が手に入らず死ぬヤツだっている、つまりこの世界で生き残っている数以上に死んでいるんだ」


 なろほど、そうえば彼等の中には『いきなり草原で魔物に襲われた』とか偶に聞く

それはあくまで生きている彼等の話だ、死んでしまった彼等の話じゃなかった。


「と言う事は・・どこに転移させるかをアナタ達が選んでいる訳では無いのですか?」


「当然だろ?トラックに跳ねたやつがどれだけぶっ飛ぶかなんて解る訳が無いだろ?」


・・・「けっこう、あいまいなんですね。もっと天使的な、何かだと」

12人なんて天使的だと思ったんですが。


「まぁ慣れればどの程度くらいは見当が付く、『東の都でこの程度の速度なら、

あの辺だな』とかな。それも経験だ」白髪の男は笑う、そうか経験か。


「最初のうちは湖の真ん中とか、城の壁とかは有るな。土の中とか地面の下には跳ばないのは、トラックに跳ねられて地面に埋らないからって聞く」


「異世界転移者ってのも大変なんですねぇ」飛ばされた瞬間から試練とは。


「あとは・・スキルとか天恵とか、手に入った能力を理解しないまま死ぬとかな」

「どんな能力が身に付いても、発動条件とか使用方法が解らないなら無意味だからな」


 ああ、なるほど。

「そう言えば質問なんですが、皆さん良く言われません?『あの世界の島国の人間、それも思春期の男女に偏ってません』って」


「・・それは・・なぁ」

「まぁあれは、自動車の免許って言うか、道路事情って言うか・・後は順応力だな」


「順応力?」


「あの島国のヤツらは異常なんだ、風土が台風・地震・雪崩れ・大雪・酷暑・大雨の危険性のさらされているせいで、大体どんな季節のどんな土地でも、どんな国でもク言葉さえ通じれば順応する。あと他者への敵対心が少ないって所か」


「環境適応能力って事ですか、ちなみに他の土地・国の人間を飛ばす事だって有るわけですよね?」


「・・・思い出したくない」

「ああ、こいつは数回大陸のヤツを跳ばした事が有るんだ、それで酷い目にな」


「どんな事があったか聞かせて欲しいです」

 人が言いたく無い事は、聞く方からは面白いって事は良くあるので。


「・・一人は島国の隣の大陸のヤツだ、まぁ殺すわ犯すわ人権とか人の命なんて何とも思って無いヤツさ、最終的には毒を盛られてな。自分中心・世界は自分が回しているとか考えたらそりゃぁ・・枢軸国とか言い出すな」


 うわぁ、そんな弾圧者を生み出すような・・人の命は少なくとも罪人以外は平等だ。


「もう一人は・・愉快なヤツではあったんだけどな・・その・・『ミュータントだ!』とか、変なマスクを被って町中飛び回ったりしてな・・最後は仲間がいないとか言い出して、麦酒に溺れて馬車にひかれて・・元々モンスターと毎日戦うような、

おかしな精神を持ってるヤツは島国のヤツくらいだって事だ」


「そういえば確かに、なんで島国の彼等は自然に魔物退治を受け入れるんでしょうか」いきなり跳ね飛ばされ、次の日から魔物退治、私なら嫌ですけど。


「解らん、それこそ産まれて直ぐかそこいらから毎日魔物を狩ってるとしか思えん」

「純粋に戦闘民族なんだよ、武器と必要性があれば簡単に命を狩る・・たしか侍とか」


 サムライ・もののふ、そんな単語を彼等が使ったとか。戦士と訳される事が多いが彼等は産まれ付いての戦士と言うわけだろうか。


「・・しかし、中には貴族になったり王族に入ったりしますよね。大商人に成り上がった人物もいます。命を金に換える職業の人間がそんな事出来るでしょうか?」


「・・中には王の資質を持つヤツも混る事がある、あの島国はそれこそ資質の大鍋なんだろ、王も狂人も戦士も学者も、だからオレ達はあの島国で仕事をするんだろうな」


「農村には農民が、工業国では職人が、それがこっちでは普通ですからね」不思議だ。


「どっちにしろオレ達も、もうすぐお役御免だ。仕事が無く無っちまうんだからな」「そうそう、そうなったらおれはこっちで馬車の御者にでも転職しようかって」


「なぜお仕事が?まだ引退するようなお歳とも思えませんが」


「トラックがな・・2075年には全て自動停止装置の設置が義務付けられるんだ。そうなったら15m先に人間を検知して、勝手にブレーキが掛かっちまう」

「トラックのスピードが足らなきゃ異世界までぶっ飛ばせる訳がない!出来ても磐梯山が限度だ、世界の壁なんてとても無理な話だよ」


・・・「よく解りませんが・・そう言えばこれはただの疑問なんですが、異世界に来れなかった人はどうなるんです?やはり、死んでしまったり」


「オレらは死神でもなければ殺し屋でも無い、現実改変で目覚めたら家のベットで夢でも見た事になるらしいな」


「はあ・その辺は神の御使いっぽいですね」


「お?めずらしいな、おまえらが同業以外と飲んでるなんて」

 髪の長い老人?それとも痩せた目付きの鋭い男?が低くも無く高くも無い声で挨拶し私の隣に座った。


「え~~とこちらは?」少し男の包む空気が冷たく、単純になにか恐ろしい。


「「ご苦労様です」」二人は深々と頭を下げ、男がまぁまぁと言うまで頭を上げない。

「ああ、私はカロンと言う。こっちが副業で本業は冥府の渡し守だ」


・・・!?「はあ!?」なんでそんな大物が!


「最近人間が死ななくなってな、死んだとしても極悪人が少ない。小悪党ばかりではこっちも暇でな」


「この方は団体様専用なんだ、バスとか飛行機とか・船もそうだ」

「学年全部こっちに運んだり、クラス一つを運んだり、大型特殊免許も船舶免許も飛行機の免許もお持ちになるんだ」エリートなんだ。


 エリートと言いますか、神様です。

「そうですか、あなたが、かの『クラス全部異世界転生したけど・オレだけ二度目』とか複数同時転移の」


「はははっ、死人以外には神を気取るつもりは無いよ。それでキミは?」


あっ!「失礼しました!少し話を聞いたり、文を書いたり・・ライターと記者の掛け持ちといいますか・・」


「ふむ・・異世界転生・転移をねぇ」


・・もしかして、いや「ひょっとしてですが、最初の異世界転移を行ったのはまさか」大昔から存在する神さまが最初なのか?


はっ「それこそ真逆だよ、私はこの世界では新人も良い所、仕事で言えばこちらさんの方が先輩だよ」


「ではどなたが最初に異世界転移を始めたのかは・・・・ご存じ無いでしょうか」


 二人の男が苦い顔を作り、カロン老人が嬉しそうにわらう。

余程の有名人なのだろうか。


「言ってもいいが、広めるのは・・困る・・というか、イメージが・・な?」

「あちらさんも・・歳だし、もともと温厚な方だから怒ったりはしないと思うが」

「くかかかかっ、言ってやれよ先達。有名な話だ」


「そんな大物が?まさか神の戦車とか・太陽神とか・・」


「セント=ニコラウス・・通称サンタさんだ。あの方、真冬の夜中に配送するだろ。その時ソリでな・・」

「しかもひかれたソイツ、子供の頃の夢が『異世界に行ってみたい』だって事で、

クリスマスの奇跡ってヤツだ」


・・・衝撃の真実!


「いまでもたまに、クリスマスに跳ばされるヤツがいるんだが。そいつはトナカイが気を利かしてるんだ、サンタさんには黙ってな」

「まぁニコラウスも歳だから、目も老眼が入ってる。同じ老人としては解るぞ」


 高齢者の運転・危険!

 しかし、そんな前から危険を認識されていたとは!


「おお・面白いのぅ若いヤツの反応は、ではもう一つ老人の話を聞かせてやろう」

ここだけの話だがな、そう続け。


「儂の運ぶのは、集団だと説明はしたが、ではなぜ私なのか?そう思わなかったか?」


 たしかに、神のルールにも、お互いの領域は侵さない事になっていると言うのが通説だ。地獄に救世主が降りたのも1度だけ、後は魔王が地上に出ない限り神は手を出さないって話だ。


「・・私が人間を運ぶ先は煉獄、地獄の端の地の底に落ちるまでも無い人間が住む 世界だ」


「は;あ・・」


「私が運んだヤツらは往々にして殺し合う、残り一人か二人か三人か。全員が協力しても半分は裏切りや罠で死ぬ、つまり地獄行きって訳だな」


「地獄には鬼がいて悪魔・天使がいる。悪の王がいて、悪人がいて、

人を惑わす美女と美食と美酒がある」

・・・・

「さて、お前さん。お前さんが異世界だと言うこの場所・この世界は本当はどこを指すのだろうなぁ・・」


「恐い事を言わないで下さいよ!」冥界の渡し守がそんな事を言ったら本当かと思うじゃないですか・・嘘ですよね?


「その顔・その顔!地獄に行く人間が良くする顔だよ!ああそれが見たかったんだよ。なぁ若い衆、自分がどこにいようと、どう感じるかが重要だよ。ここが天国だと思う人間には異世界は天国さ、地獄だと思えば地獄にもなる、どこだっていいじゃないか」


 ここは居酒屋ネギ泥棒、いろんな人がやってきて、いろんな話が聞ける酒場だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る