そこになければないですね
工事帽
そこになければないですね
とある神社につづく表参道。
道の左右には、参拝客目当ての店が並ぶ。
その中に一軒の土産屋があった。
店の名前は「幸運堂」。
言を担ぐには良い名前だが無愛想な店員のせいで台無しだ、とは近隣の店主の言葉である。
それでも参道に面したお店、それなりに客はくる。
多くは一見の観光客だ。店内をぐるりと眺め、目についたものを買うだけなら、店員の無愛想など大した問題でもない。
それに少ないながらも常連といえる客もいる。参拝の度に土産屋に寄っていく客は、近くに住んでいて、参拝が習慣になっている者が多い。
そんな常連客の中に、一風変わった客がいた。
身形の良いその客は、土産屋に来る度に「幸運」と書かれたお守りを買っていた。
お守りといっても、所詮は土産屋だ。屋号にちなんだお守りは、多少凝ってはいても、お守りの形をしているだけの代物で、霊験があるわけでもない。
それならば神社でお守りをもらってくればいいのに、と思う者がほとんどだろう。
それでもその客は、来る度、来る度、同じお守りを買っていた。
変わった客というのは目立つものだ。
無愛想な店員は愛想の一つも言わないが、繰り返し訪れていれば、近隣の店でも「よく見る人だ」くらいには顔を覚える。
それが、他の常連客とは違った物を買っていれば特にだ。
実際、その客以外の常連に売れるのは、アメやクッキーといった食べ物や、石鹸や入浴剤などの消耗品。
噂になるほどには特別ではないけれど、参道の先にある神社にちなんだ包装がされた、少しだけ特別に見える品々だ。
そしてよく売れるものは、店先の、手に取りやすい所に置かれている。
一人、店の奥の奥までいって、お守りを買っていく客は、いつしか近隣の店にも知られるようになった。
ある日、無愛想な店員の土産屋から大きな声がした。
「幸運を、幸運を売ってくれ」
常連客相手だろうと、愛想の一つも言わない店員しかいない店だ。話し声が聞こえることも稀な店からの声だと、近隣の店主が何があったのかと集まってくる。
そこでは店員にすがりついている一人の客がいた。
「お守りの人じゃないかい」
「ああ、いつもお守りを買っている人」
「何があったんだろう」
それは単純な話だった。
品切れ。
「幸運」と書かれたお守りは屋号にちなんでいることもあって、ひっそりと店の奥に並べられてはいた。だが、買って行くのは極少数。
売れ筋の商品であれば、売り切れないように小まめに補充はするだろう。だが、売れない物をそこまで気に掛けるだろうか。それに、たまたま気に入った客が、まとめて買っていったなら。
だから、すがりつく客を相手に、無愛想な店員の答えも単純だった。
「そこになければないですね」
そこになければないですね 工事帽 @gray
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