秘密の鍵 前編

「アリス!悪いけど少しの間時間を稼いで!!」

「え、えぇ!?」

まさかのまさか!なんとアリスに時間稼ぎのための囮を任せたのだ!一方彼女は予想だにしない展開とただただ犬に弄ばれ続けていることによる疲れから頭の中はパニック状態。もはや言い返すことすらできない。

「そ、そんな・・・ひいっ!?」

とうとう尻餅をついてしまった。迫りくる頭、もとい、鼻。

「安心しろアリス!そいつはお前で遊んでるだけだ!食ったりしない!なめられるかもしれないがな!」

とだけ言い残してアリスを放置し、何処かへ走り去ってしまった。尻尾を振っているのが、確たる証拠だ。

「ぎゃあああ!!」

案の定、そのあとすぐになめられたわけなのだが。

「あの鎖の長さだと届いてしまう。頼むぞアリス・・・。」

今は亡き芋虫が教えてくれた方向へ一直線に駆けるとそこにはキノコがたくさん生えていた。草むらに隠れて青白い笠がびっしりと並んでいる。正直、見事なまでに食欲を削いでくれる色と形をしていた。

「こいつか・・・。」

一つ、二つと根元から毟り取る。腕に抱えきれるありったけの量を摘んだら哀れなアリスのもとへ戻った。

「おい、お前!!」

今度はハミルトンが注意を引きつける。アリスはというと・・・かろうじて立ってはいたが髪も服も乱れ放題の汚れ放題だった。疲労困憊で振り向くのがやっと。

「これでも食らえ・・・あっ、しまった!」

犬のそばに投げようとしたら加減を誤って、家の壁にキノコをぶつけてしまった。犬は転がり落ちたそれの匂いを嗅いだあと、一口で美味しそうにいただいた。さらにおかわりをご所望だ。まだ腕に在庫を抱えているハミルトンの方へ歩み寄る。

「おかわりならいくらでもあるぞ!!もう少しこっちこい!」

投げては落ちて食べ、時には巧みに口でキャッチし、それほどまでに美味なのか、与えられるたびどんどん食べる。食べて、食べて、みるみるうちに体が縮んでいく。

「体が!!」

アリスもびっくり、すぐそばで倍のデカさで自分をおもちゃにしていた化け物が小さくなっていくのだから。

「アリス!今度は僕が注意を逸らす、だから今のうちに・・・。」

「もうそれぐらいに・・・。」

一つ、大きなキノコが混じっていた。それをもぺろりとたいらげると・・・。

「ハミーさん、首輪が抜けちゃった。」

アリスがさした指の先。大きい頃にはぴったりだった首輪を簡単にすりぬけてしまった。犬も自分で不思議そうにしている。

「あー、しまったな。」

間の抜けた声。沈黙。そして。犬は走り出す。追いかけ回す。一匹の白いウサギを。

「どわあああああああっ!!」

「ハミーさん!!」

次の獲物は美味しい餌をまだ手にしているハミルトンだ。あまりの勢いで突撃してくるから恐怖心が自ずと足を動かす。

「この野郎!!」

少し冷静になって余裕が出てきたのか、最後の数個を途中で遠くへ放り投げる。犬が狙うのは彼ではなくあれだ。キノコを目掛けて走っていく。

「ハミーさん!!」

彼女は扉を開けて待っている。ハミルトンは急いで家の中へ飛び込んだ。アリスは慌てて扉を閉め、念のために鍵をかけた。

「はぁ・・・はぁ・・・。」

アリスはドアに背をもたれ、ハミルトンは勢いのあまりかなり向こうのほうでへたりこむ。

「し、死ぬかと思ったぞ・・・。」

二人とも、だいぶ息が上がっていた。アリスは冷や汗という冷や汗を吹き出し、髪はボサボサ、服はボロボロ、何をどうはしゃいだらそうなるのかというぐらい、もうめちゃくちゃだ。

「もう、もう嫌ぁ・・・。」

可哀想なアリス。これで犬が嫌いにならなければいいのだけど。犬と、それから。

「ハミーさん、ひどいわ・・・。」

自分を囮に回した彼を。

「・・・あの状況で、わざわざ僕がおとりになる必要がないだろ。・・・まあ、悪かったよ。」

彼女は何も言い返す気にならなかった。実際にアリスを助けようとしてくれた事実には変わらないし、最終的に彼もなんだかんだ似たような目に遭っているので、つまりはおあいこである。そんな彼を優しいアリスは責めないであげた。

「はぁ・・・疲れちゃった。早く終わらせよう・・・。」

アリスがポケットの中から夫人からもらったメモを取り出す。目的地の下には探して欲しいものについての情報。鍵の絵が描かれてある。特徴、金色でピカピカしているとも書いてあった。

「何の鍵?」

「さあ・・・。ま、夫人のもとに無事お届けできたらわかるはずさ。それより、さっさと探そうよ。早く終わらせたいんだろ?」

ハミルトンに促され、アリスは玄関から隅々を探し回った。靴箱の中や下。テーブル周り。食器棚・・・。ゴミ箱の中・・・は、空っぽだった、

「これって、いわゆる不法侵入になるのかな?」

「頼まれてやってる事だと言えばいいし、実際その通りだ。」

たまたま二人が近くをあたっていたのでながらのおしゃべりが始まった。

「犬だって、元の大きさに戻さないとダメなんじゃあ?」

「・・・後で考えよう。」

ハミルとの頭の中では、解決方法ではなくて、いかに誰にも納得してもらえるような言い訳の方を考えていたのだが。

「さて、一階はあらかた探したがそれらしきものはどこにもなかったな。」

棚の下を這いつくばった格好で凝視していたアリスが体を起こす。

「うーん、そうね・・・。」

二人が次に向かったのは二階。人間一人が歩くのが精一杯の広さの階段をのぼっていく。自然にハミルトンが先頭となった。理由としては、アリスの見てくれで一目瞭然だ。

「・・・しっぽはどうなってるのかしら。」

ズボンの上からは丸い尻尾がある。アリスはそれに興味津々。だけど、聞いても親切に答えてくれなさそうな気がしたので、彼女の疑問が外に出ることはなかった。二階は綺麗に掃除された廊下に扉が二つ。

「二手に分かれて探すか。」

「・・・待って。」

言ったそばから行動に移そうとするハミルトンの腕を掴んだ。まさか、アリスに他の案があるのかなんて、予想だにしないもんだからすぐに足が動いた。当然、心底びっくりだ。

「ひとつの部屋を二人で協力して探した方がいいと思うの。例えば、背が届かない高い場所とか、力が必要な場所とか・・・助けを求めて呼びに行くよりそばにいたらすぐでしょ?」

「・・・・・・。」

腕を組み、彼は考える。アリスは不安だった。何が不安って、「君と僕は違う」「一人でできる」なんて意地を張って機嫌まで損ねてしまうかもしれないと想像したから。だが。

「そうだな。悲しいが、身長はアリスに負けている。対して力でいったら多少僕の方があるのかも知れない。」

意外とすんなりと受け入れてくれた。嬉しいはずなのに、なぜか目と口をぽかんと開けた状態だった。ハミルトンはアリスのリアクションの理由をおおむね察したが。

「意外って顔してる。僕だって、納得できる方法があるならそれに従うよ。」

心底ほっとしたアリスは彼の後ろについていった。余談だが、アリスは誰かの後ろに並んで歩くと落ち着くらしい。


「まあ、可愛らしい手袋。」

「この時計・・・六時、なのか?」

個室のようだった。ホコリなど、部屋は綺麗ではあるのだが、物が多く、乱雑に置かれてあるのがな玉に瑕といったところ。二人は誰かの個室を物色しているのだ。あくまで、用事として。ハミルトンはさっきから、金色の懐中時計をじっと見つめていた。時計の針が六時を示しているのが気になる。ここに来る前、太陽の位置が真上にあったのを思い出したから。

「そういや秒針動いてないや。壊れてるな、こりゃ。」

穴が開きそうなほど見つめている割にはわかりやすい異変には気づかなかった。

「私を、飲んで?」

一方でアリスはある小瓶を窓からさす光に照らしていた。彼女が口に出したのは瓶のラベルに書いてある文字だ。

「何を言い出すんだいアリス・・・なんだそれ。」

二人して凝視。中に入っている液体は無色透明。濁っていない、とても綺麗だ。

「人の家のものだし、こんなの絶対ろくなもんじゃないよ。怪しすぎる。」

ハミルトンが勝手に彼女の手の中から取り上げた。

「匂いはしないから、ただの水か。」

蓋を開ける。確かに、なんの匂いもしなかった。

「面白そうだしとっておこう。」

「・・・・・・。」

そこを、利用しようとするところがいかにも彼らしいと言えばそうなのだが、アリスはもはやツッコミを入れる気さえ起こらなかった。しばらくして、まだ手をつけていない棚を順番に引き出していくと。

「あったわ!」

先に見つけたのはアリスの方だった。金色に輝く、装飾の凝ったやや大きめの鍵が引き出しの奥の方にあったのだ。あわてて、夫人からのメモと実際のものと見比べてみると、特徴も全く一致していた。

「すごいわ!紙に描いてあるのと同じ!」

「夫人はこんなものがご所望なのかい?」

疑問に感じるところはあるが、これでひとまず目的は達成したのだ。用事もなし、家の主人が帰ってくる前にさっさとずらかろうと家を後にした。アリスは自分たちが散らかした場所は丁寧に元どおりに片付けていたために少し遅れて出てきたが。

「あっ。」

「・・・。」

二人は無人の家からさっさと立ち去る予定だった。もちろん、何もなければの話だけど。

「ハッハッハッハッ・・・。」

さっきはあんなに自分たちを苦しめた巨大な犬が、アリスの足ぐらいの高さにまですっかりと小さくなってしまっているのだ。足元には食べかけのキノコが転がるので察した。自由になったこの犬は、キノコを自ら食べに行ったのだ。食べたら身体が縮むキノコを食べて、食べて、食べ続けて・・・結果ご覧の有様となったのだ。ちなみに、アリスは元から遊び相手と認識していた上にハミルトンにいたっては美味しいものを与えてくれた親切な人間だと懐いているので警戒はしなかった。

「新たな問題って、とこだな。」

ハミルトンが頭を抱えた、対してアリスは状況に困惑しながらも、小さく愛くるしい生き物に気持ちが綻んでしまった。

「どうしましょう・・・。かわいいけど。」

なでると尻尾を振る。なんてかわいいのだろう。

「にしても、ずいぶん食ったんだな・・・。ちょっと待ってて。」

「ハミーさん?」

無人の家からハミルトンは木の器を取ってきた。そこに、勝手に拝借した謎の液体を全部入れて、いっぱいまで満たされた器を犬の前に置いた。犬は早速、あと一口のキノコを平らげたあと、匂いを嗅いで、飲んだ。

「あんなパサついたものを嫌ほど食ったんだ。喉も乾いてるだろ。」

たまに見せた親切心にアリスは不安そうだった。

「毒じゃなければいいけど・・・。」

そう、これが得体の知れない謎の液体であるからこそアリスは心配したわけで。しかし、口がないハミルトンには確かめようがない。もっとも、口があったとしても自分の口で確かめようとはしなさそうだけども。

「えっ?これ水じゃないの?」

すると。違和感が。

「ん?」

「えっ?」

ぐんぐんと、急な速さで、犬の体は大きくなっていく。本当に急で今更水をとりあげても遅いぐらいの急成長っぷりだ。もしかしてこの水が原因なのでは?と考える余裕もない。犬はあっという間に、最初に出会った時と同じぐらいの大きさになった。しかも今回たちがわるいのは、縮んだ時に抜けてしまった首輪はそのままで・・・つまり、今は鎖に繋がれていないのだ!目をキラキラ輝かせた犬は、格好の獲物の元へ向かって猛ダッシュ。

「ぎゃああああ!!」

「うわああああ!!」

二人はほぼ同時に悲鳴をあげてから一目散に逃げた。森の中を隣り合わせで駆ける。細い木の枝ぐらいなら、勢いでそれを軽々と追ってしまう。まるで地響き、いや・・・土砂崩れでも迫ってきているかのよう。自然と足がどんどん前へ進む。

「き、きの、キノコは!?」

例のキノコがあれば小さくなるのだが。

「もう在庫が無いよ!!」

残念、今のハミルトンは手ぶらである。ああ、いったいいつまで走ればいいのだろう。息が苦しい。アリスはすでに限界を感じていた。

「もうダメ・・・。」

足に力が入らなくなってきた。捕まれば死にはしないが、ろくな目にあわないことだけはわかっている。まして、今は完全なまでに興奮状態。ヘトヘトなアリスは抵抗もままならない。

「キャン!!」

突然、後ろから鳴き声。しかもこの声は痛みを感じた時の声だ。速度を徐々に落として立ち止まり、振り向くと・・・。

「ツタ・・・に、ひっかかったのかしら?」

首あたりになにやら紐状のものが引っかかっている。よく見たら小さいトゲがある。ツタではない。棘だ。

「かわいそう・・・。」

傷は見た感じ深くはないが、所々毛から血がわずかに滲んでいる。あんな速さで走ったら小さかろうが食い込むに決まっている。さすがの犬もすっかり怯んで、後退りをはじめた。

「へっ、ざまあみろ。」

ハミルトンは自業自得だといいたそうだ。犬はなにも悪くないのだが・・・。

「わっ?」

そんな彼の足場が崩れた。道の端からボロボロと壊れていく。すぐそばにいたアリスも同じく。

「なっ・・・。」

運悪く、二人は真っ逆さまに落下してしまった。本当についていないときたら。

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