公爵夫人の願い事 前編
「もうそろそろだね。」
色鮮やかな花が咲き誇る背の低い草むらに囲まれた広い道、蝶々が飛び交う中を二人と一匹が進む。ハミルトンとチェシャ猫の目にはどううつり、それをみてどう感じたか知らないが、アリスは御伽話のような景色に心が若干弾んでいた。歩き続け、やがて一つの民家にたどり着く。赤茶色のレンガの壁に白いペンキが上から途中のところで塗るのをやめてある。古くは見えない、あえてわざとだろう。アイビーがところどころ控えめに絡んでいる。庭には白いテーブルと椅子、井戸と小さな畑があった。
「着いたね。」
空中を歩いていたチェシャ猫が煙となり、玄関の前で顔だけ現れた状態でプカプカ浮かんでいた。本当に、顔しかそこにないのだ。シュール極まりない。
「こういう時はね、「ニヤニヤ顔だけの猫がいるだなんて!」て言うんだよ、確か。」
「そんなレベルの高いツッコミを返さなくちゃなんないのか。」
あまりにも異様な光景に絶句しているアリスの代わりにツッコミのツッコミを返す。
「で、どんな人が出迎えてくれるんだい?まともに話せる人を希望するけどね。」
「まともに話せてるじゃないか。」
ニヤニヤ顔だけの何かがさらに口をつり上げて笑う。
「・・・まともな奴の間違いだった。」
それについてはチェシャ猫は何も返さなかった。
「ここがチェシャ猫さんのいう、ある人物の家?」
ようやく慣れてきたアリスが尋ねる。
「そうさ。僕のご主人、公爵夫人のお家だね。」
すると突然、ハミルトンがアリスのスカートの裾を摘んで軽く引っ張って耳打ちした。
「おいおい、アリス。まさか公爵っていったら結構爵位の高い人の奥様じゃないのか?」
「し・・・しゃくい?」
アリスはおそらく初めて聞いたことのあるような気のする言葉に眉をしかめた。
「なんていうか、要するにお金持ちなんだよ!失礼のないようにしないといけないぞ!」
「・・・にしては、随分小さなお家に住んでるのね?」
流石に無礼だという自覚はあったのでアリスも小声で返す。
「お偉い人やちょっとぐらい裕福な人なら別荘の一つや二つぐらい持っててもおかしくないだろう?」
「なるほど!」
「もういいかい?」
話に置いてけぼりなチェシャ猫が玄関のドアの前で実体を現して浮かんでいた。なるべく聞こえないようボソボソと話していたつもりだったが、その笑みはまるで全てお見通しと言わんばかりの嫌な笑みだった。アリスとハミルトンはびしっと背筋を伸ばす。顔には緊張をあらわにして。
「さあ、心の準備はできただろうか。」
明後日の方向を向いたチェシャ猫の問いに答えたのはアリス。
「は、はい・・・!」
「ああ、君たちじゃないよ。」
今ので少しだけ気が抜けてしまった。どういうことだろう。二人なんかお構いなくチェシャ猫が尻尾で器用にドアをノックする。
「やあ、夫人。公爵夫人。チェシャ猫のおかえりだよ。」
「ただいま!!!」
間髪入れずに出迎えの言葉とともに勢いよくドアが開いた!ドアにぶつかったチェシャ猫は煙となって消える。ああ、これがただの猫なら今頃向こうの茂みに吹っ飛んで突き刺さっていることだろう。なんていうのは大袈裟だが・・・。
あまりにとてつもない勢いで急にドアが開いたものだから二人してたいそう驚いた。緊張状態だったから余計に、だ。
「あらやだ、おかえりって声が聞こえたから私がただいまって言っちゃったわ!その声はチェシャ猫ね!チェシャ・・・どこ?」
出てきたのはアリスと似たような服の小柄な少女。しかし、褐色肌と首までの濃い茶髪などはまるで反対だ。辺りをキョロキョロする。一度こちらと目が合うが無視された。
「・・・見つけたわ!」
少女は再びこちらを見る。いつのまにかチェシャ猫はアリスのそばで浮いていたのだ。
「随分と早いわね。そちらはお客様?あなた、アリスじゃなくお客様を連れてきたの?」
「アリスだよ。」
しばらく沈黙が流れた。
「は、はじめまして・・・。」
「初めまして・・・。」
向こうはこっちを見るばかり。さて、お邪魔しているのはどちらのほうだろう。アリスはさておき、厚かましい態度が目立つハミルトンでさえその時ばかりは深くお辞儀をした。
「・・・んま~~~!!チェシャ猫、あなた!これは一体全体何がどういうことなのかしら!?」
少女の高らかな声が少し離れたところでもよく聞こえる。というより、若干声に揺らぎがかかっていた。まるで、オーバーに演じているかのように。
「お招きするにしては早過ぎるでしょう!!待って?私まだおもてなしの準備が終わっていないのに!いい?あなたがわざわざ遠回りさせる目的はね、アリスがこの国に来てからここに来るまで・・・。」
「まあ待ちなよ。」
まくし立てる少女をチェシャ猫が止めた。
「このアリスはちょっとおかしいんだ。だから別にアリスじゃなくてもいいんだ。」
「おかしい?」
出会ってもないのに「おかしい子」扱いされて、しかもアリスは自分がどんな子なのかもわからないからひたすら「おかしい子」な気がして、不安が募って仕方がない。視線を感じる。きっと今も好奇か軽蔑の目で見ているんだろうと思うと、顔に嫌な汗が流れるばかり。顔を上げるにも上げにくい。
「おかしい・・・。」
ポツリと呟く。現実を再確認するみたいに。
「こいつが勝手におかしいって言ってるだけだよ。アリスは普通だ。記憶喪失なだけだよ。」
フォローしてくれたのはハミルトンだ。さっきまであんなに恭しくしていたくせに。アリスもようやく顔をあげようとすると。
「十分おかしいわ!記憶のないアリスなんてありえない!物語どころの話ではないわ!そもそも、白兎もここ・・・に・・・え?あなた、何者?」
少女は驚いたり呆気に取られたりとコロコロといろんな表情を見せてくれた。
「僕はハミルトン。アリスと一緒に穴に落ちてこの世界にやってきた。おかしいと思うならそう思ってくれて構わないよ。」
どうやらハミルトンは少女を夫人の娘とでも思っているらしい。だからといって、身内には変わらないのでいくら子供だろうと急に図々しくなるのもどうかと思うが。
「それは別にいいのよ。むしろあっているわ。何者かって聞いているのよ。」
急に真剣な顔で尋ねてくるから、しばらく思案にふけた。
「正直、僕が何者かなんて僕にもわからないよ。」
「でしょうね!」
違う雰囲気を纏った先程の少女から一変、溌剌として返ってきた言葉がこれだった。
「でしょうね!?」
案の定ハミルトンは納得いかなくてじっとしていられず、アリスに羽交い締めにされるのであった。
「暴力はだめよ!暴力は・・・!」
「わかってるよ!クソ!言わせておけば好き勝手言いやがって!!」
そんな二人を無視して向こうの一人と一匹はこごえではなしをすすめる。
「じゃあなに、チェシャ猫。この子はアリスだけどアリスじゃないというわけ?」
「ああ、だから面倒な冒険をすっ飛ばしてきたのさ。アリスも君に会いたくて仕方がないって。」
「言ってな・・・むぐっ。」
ハミルトンも今度は口を後ろから押さえられる。アリスもとっさにとった行動だが、どうやらこれで黙らせられることがわかった。と、同時にこの頭がますますどういった仕組みになっているのかの謎が増えた。
「じゃあ、特別なお客様としてまずはお迎えしなきゃ~~!!」
少女はくるくると回りながら近づいてくる。そしてアリス達にて両手を差し伸べた。
「はい。」
「・・・はい?」
手を離したアリスはそっと手を差し出す。一方、突っ立ったままのハミルトンの腕と彼女の腕をしっかり掴んだ少女は満面の笑顔だ。
「え、えっ!?」
「お二人さま、ご案内~~!」
そう言って戸惑う二人を他所に、細い腕にも関わらず意外と力があるみたいで若干抵抗気味のハミルトンでさえもなす術なく、あっという間に家の中へ強引に招かれた。誰が閉めたわけでもなくバタン、とドアが閉まる。チェシャ猫がすり抜けてくるからきっと彼の仕業だろう。なされるがまま、二人は夫人の家に出迎えられた。
「うわぁ、狭・・・。」
中に入ってハミルトンの第一声。しかし、お世辞にも「広いですね」とは言えなかった。玄関入ってすぐ居間があり、キッチンとつながっている。今のテーブルの上には使う前の食器が積んであったり散らかっていたり。棚の上や中にもとにかく物が乱雑に並べてあって見ているだけで疲れてしまいそう。
「もう、だからまだ片付けすらできていなかったのに・・・。」
無理やり連れてきておいて何を今更、とハミルトンは口には出さず胸の中でぼやいた。
「あの人達は?」
家の中を狭いといわしめるもう一つの理由は、キッチンを数人のメイド服を着た若い女性や料理人らしき服を着た人が忙しなく動き回っているから。狭い家の狭い空間で複数の人が慌てふためいているのだから見ていて完全に疲れてくる。
「私の使用人よ!」
公爵夫人というぐらいだから召使いがいたところでなんらおかしくはない、とアリスは納得した。すると聞こえてくるのは赤ちゃんの泣き声だった。一人の使用人が必死にあやしている。
「あらあら、大変。お腹が空いたのかしら?」
少女が赤ちゃんをかかえる。やはり、すぐには泣き止むはずもなく、家の中の騒音が一気に増した。
「赤ちゃんだ。苦手だなぁ、うるさいし。」
首を二度横に振って肩を竦めるハミルトンにアリスは厳しい顔を向ける。
「赤ん坊は泣くことしかできないから仕方ないわ。」
と言って赤ちゃんの方を見ては。
「かわいい・・・。」
なんて呟くのであった。
「そういえば、その公爵夫人と言う人はどこにいるんだい?」
その問いをすることを、後々ハミルトンは後悔することなんて知る由もなかった。赤ちゃんを腕に抱きかかえたまま、少女は家の中でくるくるとつま先達で回る。そういえばこの少女、なにかと大袈裟な動きと共に喋らないと気が済まないのか。
「公爵夫人はわたしよ~~~~!!」
高らかに、まるで歌のようだ。
「夫人の癖なんだ。気にしないでくれ。」
ソファーに座ってたチェシャ猫が笑い、少女は歌う。
「お初にお目にかかります~~~♩わ~たし~がこぉ~~しゃくふじんのヘレンでございます~~♩」
「ハミーさん・・・これは私も合わせたほうがいいのかしら?」
「ボケ要員が増えると僕の手に負えなくなるから是非ともやめてくれ。」
またもハミルトンは首を左右に振るが・・・?
「え!?ていうか、あの人が公爵夫人!?」
「夫人って・・・え、どこからどうみても子供じゃないか!」
二人は二人で息ぴったりに驚きの声をあげた。確かに、にわかに信じられないのはいうまでもないが。だって、明らかにアリスと同年代か、へたすれば年下にすら見えるのだもの。
「子供に見えるだけで大人の女性なのさ。歳は。」
喋っていた途中のチェシャ猫にナイフが飛んできた。ヘレンが投げたのである。お見事!もし彼がただの猫であれば眉間のど真ん中に綺麗に刺さっていた。
「わあっ!!」
煙となって消えた。そのかわり、壁にさっくりと刺さった。チェシャ猫の隣にいたのはハミルトンだ。そりゃ突然自分の真横めがけてナイフが飛んできたらびっくりするに決まっている。アリスはぎこちない笑顔のまま固まっていた。
「おとしはひみつ、ひみつなの~~!」
「・・・・・・。」
アリス達は考えることをやめてしまった。
「あの、じゃあそちらの赤ちゃんは・・・?」
次に訊ねたのは、ヘレンが抱っこしている赤ん坊。ハミルトンはというと、そんなの聞くまでもないと黙ってはいたものの一抹の不安がよぎった。
「私が~~~ある日の夜中のこと・・・使用人の手助けを借りて産んだ、我が子なの・・・。」
ヘレンは大変誇らしげに。
「えぇーっ!!?」
「はぁ!?」
全く予想だにしていなかったアリスは赤ちゃんと彼女を交互に見比べながら、口止めをまん丸に大きく開けてこれほどになくおどろき、ある程度予想はしていたハミルトンでさえ疑いと驚きの混じった声をあげた。
「子供が子供を産んだなんておかしな話、あるもんか!」
「だから子供じゃないってば。あぁ、アリスはまだ子供だろうからダメだね。」
意地悪にニタニタと笑うチェシャ猫の大きな目と目が合う。
「えっ!?」
アリスはびっくりして見開いた目を瞬きした。そんな彼女に代わりハミルトンが言い返す。
「させるか!!・・・えっ?」
しかし残念。何か思い込んでしまったのか言葉が足りず、よくわからない事を口走っただけ。さらに、自分が何を言ったのかわからないみたい。ようは冷静さを欠いていたのだけど、なんでアリスの方を見て首を傾げるのだろう。
「えっ?」
当然、アリスはどうしていいかわからないので同じように返事をして首を傾けた。
「こほん。赤ちゃんのことについてはこれぐらいにしておきましょう。」
わざとらしい咳払いの後、いつの間にか泣き止んでいた赤ちゃんをソファーにおろした。そして珍しく、ヘレンが落ち着いた様子でまともに話し始めた。
「アリスがきた場合は軽いおもてなしのあとにいつもある頼み事をしているのだけど・・・今回はどうしたらいいのかしら?」
使用人は各々で忙しそうなので、まともに答えられるとしたらチェシャ猫ぐらいか。まあ、答えられるとしてまともに答える気があるかどうかは別なのだが。
「僕に聞かれても困るよ。」
案外普通の答えが返ってきた。
「えぇと・・・。」
戸惑うアリスをよそに、ハミルトンは空いているソファーへ堂々と腰をおろし、足を組んで完全に寛ぎ始めた。
「僕たちは客人でもあるんだっけ?なんでもいいや、もてなしてくれ。まあ、僕は食べれないから気持ちだけ受け取るとしよう。」
このウサギ、やはり見てくれは可愛いがそれ以外は可愛さのかけらもない。しかし、ヘレンは元からそのつもりでいたのか、はたまた寛大なだけなのか、嫌な顔ひとつもせず空の食器を一枚ずつ手の上に積み上げてそばを通りかかった商人の一人に渡したついでに指示を出した。
「あなたはお口があってないのね。じゃあアリスちゃん、あなた、お腹は空いてない?」
「えっ・・・あ、あの、私は・・・!」
アリスは謙虚だ。いまだに席に座ることすら躊躇っている。でも、遠慮してすぐ、彼女のお腹から控えめながらも空腹を訴える音が鳴った。
「全く、口ではそう言って体は随分と正直なんだな。」
「うぅ・・・。」
恥ずかしさと、申し訳なさで真っ赤な顔を俯かせる。ヘレンに急かされるように座らされてしまった。
「すぐにできるものと言ったらあれね!」
二人の向かいの席に自分も座って、赤ちゃんを膝の上に乗せる。
「いったいどんなものが出てくるのやら。」
「お口に合うこと間違いなしだわ!」
疑心暗鬼のハミルトンに間髪入れず返してくる。その自信の根拠はなんだろう。念のために言っておくが、二人はそのまんまの意味で「住む世界が違う」のだ。不安にもなる。でも不安感とは反対に、キッチンからはいい匂いが漂ってきて空腹に拍車をかけた。
「こら、チェシャ猫。つまみ食いはダメよ。」
ふわふわとそこら辺を漂っていたチェシャ猫がヘレンの近くに戻ってきた。
「つまめないものをつまみ食いなんかできないよ。」
喉元を撫でられると仰向けになって喉をゴロゴロと鳴らした。そこは一応ちゃんとした猫らしい。
「不思議な猫ですね。えー・・・。」
雑踏が沈黙をかき消してるとはいえ、黙って待つのも気まずくなったアリスは話題を作ろうとした。が、聞きたいことが多すぎて、逆に何から聞いたらいいか分からなくなってしまった。たとえば、どこで飼ったのか、あるいは拾ったのか?とか、種類は何か、そもそもチェシャ猫というのは種類の名前なのか、だとしたら名前は何か、とか。つまるところ謎でいっぱいだったのだ。
「そうかしら?猫って生き物はこんなものじゃないの?」
「まさか!」
即座に否定したのはハミルトンだった。
「大きさについては百歩譲るとして、少なくとも、消えたりなんかしないよ。」
すると不思議な生き物と変わったご主人がお互いの目と目を合わせて首を傾げた。
「まさか、ここにいる猫はみんなそいつみたいにヘンテコだって言うのかい?」
対してヘレンは困り果てた控えめな笑みをこぼした。
「ふふ・・・この国にはね、猫という生き物は他にいないの。」
少しの間流れる沈黙。アリスはきょとんとするばかりだが、にわかに信じられないでいる。
「へえ、そりゃあいい!猫のいない世界、なんて平和な世界なんだろう!飼い猫だって、ろくなことしやしない!」
なんと嬉々とした、あるいは日頃の鬱憤を吐き出すようなハキハキとした声だろう。彼はいったい今までどのような目に遭ってきたのか、アリスはいまだ知らないでいるが。
「しつけがなっていないのかしら?」
「人間の前ではそこそこいい子だよ。あいつらは・・・。」
そんなアリスを置き去りに、二人はそれぞれ違う考え方をもとに猫の話題で持ちきりになった。あぁ、アリスに自分の記憶がしっかりあったなら話に入ることだってできたろうに。・・・いや、アリスは元々、控えめな性格だったので割り込むことができなかっただけなのかもしれない。そんなこんなで、料理人がテーブルの上にスープの入った木製の新しい器などをアリスの目の前にそっと置いた。スープだけかと思いきやあとでパンやら色々出てくる。食欲をいい匂いが鼻の奥へ吸い込まれる。
「わぁ、おいしそう!本当にいただいてもよろしいのかしら?」
持ってこられて拒否するのは逆に失礼だとはわかっているが、アリスはどこまでも謙虚だった。ヘレンもそれを察している。
「えぇ勿論!これはね、ウミガメモドキのスープです!」
「うっ・・・かめ?」
液体に沈んでいる肉塊を凝視する。
「ウミガメじゃないの?」
ハミルトンがうかつに聞いたのが間違いだったとのちに気付くことになる。ヘレンは赤ちゃんをまたもソファにおいて立ち上がる。この動作だけでも、どうにかならないものかと二人(特にハミルトン)はうんざりした。
「ウミガメのスープは危険なの!食べた人は死んじゃうのよ!」
チェシャ猫は一歩も動かずヘレンの歌声に合わせた。
「じゃあなんで食べた人は死んだんだい?」
「それはウミガメのスープでしょー!」
観客となり果ててしまった二人はスープなどそっちのけでただただ傍観するのみ。
「なんだい、これ。」
「わからないけど、これはウミガメモドキだから大丈夫なのかしら?」
たまたまそばを通りかかった使用人が親切に説明してくれる。
「これはウミガメのもどきではなく、ウミガメモドキという生き物の肉を使用しております。食べてもなんの害もございませんのでご安心ください。」
良かった。この使用人がいなければいつ終わるかもわからないヘレンと猫の劇を観させ続けられて、きっと終わった頃にはスープは完全に冷め切っていることだろう。いや、結局二人のアレを終わらせるには至らないのだが、食べられるならばもうたべてもかまわないのだろうか。
「ちなみに、ウミガメモドキというのは・・・。」
「アァァー!!!」
説明を続けようとしたら赤ちゃんが泣き喚いたので使用人な慌てて思いっきり開いたお口に哺乳瓶を突っ込んだ。はたして、やり方は大変強引なのでみている方は軽く引いた。
「食べてもいいんじゃないの?」
「そうよね・・・いい、よね。」
さすがのアリスも待つのは限界だった、胃袋もひたすら空腹を叫んでいる。たびたび目の前のミュージカルをチラ見しながら、一口。
「・・・とてもおいしいわ!」
目を輝かせ、顔を笑顔で綻ばせ、一度口に運んだら止まらない!
「へぇ・・・。」
食べることができないハミルトンは退屈そうに頬杖をついている。その間、ずっとアリスの方を眺めているものだから少し気まずかったが。
「おいしい!?よかったわー!!」
食べている時はずっと、楽しそうに歌い踊り演じる少女と猫と、赤子の泣き声、使用人たちのああだこうだと煩い声と、聞いているだけでとても疲れる、ある種のおもてなしの中でアリスは黙々と食べ続けたのであった。
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