オネェ男子と、みがけ女子力!

黒いたち

LESSON*1 月曜日

「アリサ、あんた何してんのよ」


 月曜日の放課後。

 幼馴染おさななじみの恭介が、私の部屋の惨状さんじょうに、あきれ顔でためいきをついた。


恭介きょうすけ! いらっしゃーい」


 私は、クローゼットから引きずり出した、たくさんの服にもれながら、恭介にヘラリと笑いかけた。


「『きょーちゃん』と呼びなさい。きったない部屋。……で? 人を呼びつけておいて、お茶のひとつも出ないのかしら?」

「あ、そこの机にペットボトルあるよ」

「あんたの飲みかけなんて、要らないわよ!」


 恭介が横を向き、きれいな茶髪がサラリと動いた。

 色素が薄い、外人のような顔立ちに、よく似合っている。

 純日本人だけど。


 この恭介、整った顔立ちに加え、ファッションセンスが抜群ばつぐんだ。

 それが今日、私が恭介を呼び出した理由だった。


「きょーちゃん様。日曜日に着ていく服が決まりません」

「日曜日?」

志摩しま先輩と、映画に行くの」

「……志摩? 志摩って弓道部部長の?」

「おお、よく知ってるね、きょーちゃん」

「あいつはダメよ」


 無駄に整った顔が近づいてきて、ゴツッとデコピンされた。


 痛い。

 恭介のデコピンは、ほんとうに痛い。

 打撃音が、ピシッではなく、ゴツッである。

 骨にダメージをあたえることに特化した、りっぱな攻撃だ。


 なにせ、幼稚園児の頃から、デコピンをし続けている男だ。

 年々、精度が上がっていくし。

 そのうち、私のおでこに、穴があきそうだ。


 こういうのが仲良しに見えるらしく、恭介と付き合っているのか、と問いただされることがよくある。

 オネェの恭介を、男として見られる女の子が、世の中になんと多いことか。


 わたしの好みは、男らしい人だ。

 そう、弓道部部長の、志摩先輩とか。

  

 デコピンされた額を擦り、恭介を見上げた。

 

「なんで、志摩先輩がダメなの?」

「あの有名なうわさ、本当に知らないの?」

「うわさ?」


 私が聞き返すと、恭介はわざとらしく、おおきなためいきをついた。


処女食しょじょぐい」

「しょ……え?」

「だから、志摩のアホは、処女信仰の最低野郎だっつってんの」


 恭介は、私のベッドに、わざと勢いをつけて腰を下ろす。

 長い足を組んで、両手をひろげ、天をあおぐ。

 今日もオーバーリアクションだ。


「はぁー。これだからお子様は」

「恭介も、同じ16才じゃん」

「『きょーちゃん』」

「きょーちゃん、私はお子様じゃありません」

「ああ、うるさい。アリサ、コーヒー」

「えー」

「処女、食われてもいいっていうなら、見立ててあげるわよ。デート服」

「きょーちゃん?」

「あんた馬鹿なんだから、いちいち考えない! ほら、コーヒー入れてくる!」

「は、はぁい」


 恭介の気が変わらないうちにコーヒーを入れてこなくては、と焦っていた私は、気付かなかった。

 恭介の目が、わっていたことに。





 湯気が出ているマグカップを、テーブルの上に並べる。

 恭介きょうすけご所望のコーヒーと、私のココアだ。

 

「オーガンジーの白ブラウスに、アイスグレーのフレアスカート。あんたはミニよりミディアム丈の方が無難ぶなん。アウターは、サックスのロングニットカーデね」

「この水色、サックスって言うんだ」

「……そこからなの?」


 恭介が選んだ服を、ハンガーにかける。

 セレクトショップのディスプレイみたいだ。

 そのセンスに、私は感嘆かんたんのため息をついた。


「すごいオシャレだ! ありがとう」

「当然でしょ」


 恭介は、ゆったりとコーヒーを飲みながら、ツンとあごを上げた。


「コーヒーを入れる才能だけは、あるのよね」

「ん? なにか言った?」

「あんたの部屋、女とは思えないほど汚いわ。片付けなさいって言ったの」

「うへぇーい」

「なにそのぶっさいくな返事」


 恭介が、吐き捨てるように言う。

 私はそれに違和感を覚え、恭介のとなりに座った。

 ベットのスプリングが、二人分の体重できしむ。


 恭介が、無言で私を見る。

 そして持っていたマグカップを、乱暴な手つきでテーブルに置き、低い声を出した。


「なに」

「恭介、なんでイライラしてるの?」

「は……?」


 恭介の、きょをつかれた表情が、めずらしい。

 しゃべっていない時の恭介は、普通の男の子に見える。


 見開いた目は、いつ見ても色素が薄くて、本当に見えているのかと疑ってしまうほどだ。

 それを言ったら「あんたの黒ずんだ毛穴までよく見えているわよ」といつもどおりディスられたのは、つい昨日の出来事だ。


 昨日もなぜか恭介が部屋にきて、コーヒーを飲んで、私の髪をキレイに編みこんで出ていった。

 あれは一体何だったんだろう。

 いや、それより、今のポカン顔の恭介だ。

 と、半分うわの空で恭介を観察していたら、なぜかみるみる赤くなった。


「恭介?」

「ア、ア、アリサのくせにー!!」

「ギャー!」


 いきなり髪の毛をぐちゃぐちゃにされた。

 髪が引っ張られて痛い。

 毛根へのダメージが心配だ。


「かっわいくない声しか出ないくせに! なに人のこと理解してますみたいな態度とってんのよ! 腹立つ!」

「痛い痛い! なんか理不尽りふじんなこと言われてるー!」

「本当バカ! バカバカバカ!」

罵倒ばとうしないでよー」

 

 恭介が、急に手を離す。

 いきおいで、私はベッドの上に転がった。

 あれだ、慣性かんせいの法則。

 などと思っていたら、立ち上がった恭介が、わたしに指をつきつけた。


「明日の放課後はヘアサロンよ! そのコケシみたいな髪型、なんとかするわよ!」


 まるで捨て台詞のように言い放ち、恭介は私の部屋から出て行った。


 なんだったんだろう、と私は首をかしげる。

 恭介を怒らせると怖いので、明日の放課後は予定を空けておこうと、きもめいじる。


 テーブルのマグカップを片付けようと手にとる。

 わたしが入れたコーヒーは、きれいに無くなっていた。

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