第18話 10月12日 火曜日 15時30分頃
開成の小屋の机の上に広告を敷いて、棚の戸を開けた。やっと中の整理をする時が来た。
「よいしょ」
ブンブさんと二人で重い部品を持ち上げて広告の上に乗せる。
「あの、私が頼まれたんですが…」
「いや、本来は僕達がやることだし」
相談して、今日中に重い物だけはこれ以上動かさなくて済むようにすることにした。まず、棚を一旦空にして隅々まで雑巾で拭く。次に部品も拭いて、棚の下段から順に奥から入れてゆく。二人で集中し、目標を達した。
水筒を手に少し休む。
「友達が、レースを見たんです」
「うるさくて驚いたんじゃない?」
「いいえ、ブンブさんも芹香さんも凄いと」
「それは、友達が優しくて凄いよ」
声をそろえて笑った。思い切って尋ねる。
「宮迫さんのこと、驚いたんでは?」
「ある意味ではね。大人しいあいつが、まさかレーサーと結婚するとは」
「大人しいあいつ、ですか?」
「同級生なんだよ。高校3年間、同じ組」
驚いた。宮迫さんは、故郷には中学卒業までしかいなかったんだ。
その後、高校時代の宮迫さんのことを聞いた。いじめを見かけると、いじめられている人をかばうべくさり気なく遊ぼうと誘っていたという。格好良いと思って、アウト・ドアの時は自分がいじめられている子を誘った。万が一いじめっ子が宮迫さんを狙ったらと、警戒してのことらしい。二人とも格好良い。
自分も、高校時代のことを話した。児童研究部でヘンデルとグレーテルの人形劇を上演した話で、魔女の台詞を言ったらウケたので嬉しかった。
ブンブさんは、最後に気を悪くさせたらごめんなと前置きして切り出した。
「ピノのこと、苦手に思っていると思う」
「はい。でも、元から無口な人では?」
「この間まではな。徐々に戻ってきている。でも、ノンキとは最後まで打ち解けられないかも知れない。覚悟してくれ」
「はい。限られた時間ですし」
「いや…。初恋の人に似ているんだ」
そう言ってブンブさんは、急に水筒を雑巾に持ち替え、目にも止まらぬ速さで部品を拭き始めた。述希も続く。二人で全部の部品を拭いて棚に収め、書類も収めて小屋に施錠した。
ブンブさんにタクシー会社の番号を教わり、見送った。芹香さんも乗ったバイクが去る。
タクシーを待つ間に、宮迫さんからあった。白雪さんの勤め先の近くでの用が思ったより早く終わったのでついでに顔を出そうと寄ったら、元気だったそうだ。丁度買い物から帰った例の先輩が通りかかり、白雪さんは彼女を憧れの先輩として紹介した。危ないなと思った宮迫さんはわざと上着を忘れた。案の定、取りに戻ると先輩は嫌味かと問いながら白雪さんを突き飛ばしていた。自分がぶつかったから先輩が白雪さんの方に飛んでいったんだと言ってわざと謝ると、気まずそうにしていたらしい。今後どうなるのか見守るので、協力して欲しいとのことだった。
「分かりました。電話などありましたら連絡します。白雪さんに怪我は?」
無いそうだ。でも、心は怪我をしているだろう。
タクシーが来て乗った。車中では、ラスさんが言っていた親しい人というのは初恋の人という意味だったんだという思いと、白雪さんの身に起きたこととで頭がいっぱいだった。運転手が運賃を言うまで、東山北駅に着いたと分からないくらいだった。
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