第16話 7月15日 火曜日 13時30分頃
目の前に、ハンドルからレバーが伸びている車がある。コラム・オートマというそうだ。
「セルボという名前だよ。ノンキは初めて見る?」
と、クシさんに聞かれ、はいと答える。クシさんは頭に両手をやりしばらくじっとしている。考えているのだ。やがて、穏やかに言った。
「運転してみたい?怖い?正直に言って」
「運転してみたいです」
と笑顔で言うと、説明してくれた。他の車と一番違うのは、足ではなく手でブレーキをかけるところだ。整備場の片隅で、一つ一つ操作を確かめる。進む、止まる、後退…。
「これを運転すると、思わぬことが起こる」
「先に言って下さいよ。例えば?」
「俺が開成に行った時には、猿が横切った」
「そうですか。気を付けます」
「もしかしたら、俺達に近い猿が出るかも…」
謎の言葉を発したクシさんに、行ってきますと言って出発した。梅雨時には珍しい快晴。
10分ほど走った時、青天の霹靂が起きた。
「先に行って待ってるねぇ〜」
という嬌声と爆音が聞こえたのだ。バイク後部にまたがっている人が見えた気がして、去った。猿の話がよみがえる。日本語が話せるので、私達に近い。
開成に着いて一番先に目にしたのは宮迫さんだった。意外だ。道路で聞こえたのは、女性の声だった。挨拶を交わしていると、奥から声がした。
「お疲れ〜。さっきの分かったぁ?」猿?
「はい。先に行って待っているでしたね」
「窓、開いていたの見えたからさ」
と、ブンブさんも加担していたらしい。参る。
「バイクの後ろ、慣れているんですか?」
「そう。前の方がもっと慣れてるケドね」
ブンブさんと芹香さんは、レース仲間らしい。道理で、いきなり初めてのツーリングの組み合わせをしても大丈夫だった訳だ。
ブンブさんは、もう一つ教えてくれた。初めて述希と話したのは、バイクを調整のために開成に置いた翌日だった。だから、その日から車で通勤せざるを得なかったのだが、久し振りの事で車での所要時間を読み間違えてしまったらしい。先輩が自分に失敗を打ち明けてくれるなんてと驚いたが、万が一仕事で何かあったらブンブさんになら話やすいなと思った。白雪さんのことも…とふと思ってしまい、慌てて打ち消した。不安ではあるが、何かあってたまるものか!
ブンブさんと芹香さんは、レースの相談をすると言ってまた奥へ消えた。
「タクシーで来たんですか?」
黙っているのも変なので、気になったことを聞いてみる。
「そう。館下さんの元取引先も見たくて」
宮迫さんも普通に答える。
「派遣先候補として考えていますか?」
「しっかりとした清潔感がある建物で、駐車場もあります。通い易く落ち着いて働けるのでは。うちの会社とつながりが出来たら、担当したいです」
さっと通り過ぎる間に、そこまでチェックしているとは流石だ!
「社長夫人は、話し方が上品な方ですよ」
「そうですか。益々良いですね」
2人はハハハと笑い、白雪さんの話を始めた。
「宮迫さんに話した方が良いと言ってしまって…」
「それで良いんです。助かりました」
「どういたしまして。もっと力になれれば」
「十分なっていますよ。白雪さんは先輩に、仕事ができる貴女を尊敬しているので近づけるようになりたいと言ったそうです。すると、いじめられなくなったらしいですよ。館下さんの案ですか?」
「そうです。上手くいったなんて!」
「有り難うございました。これからも宜しくお願いします」
こちらこそと、お互いに頭を下げる。
ブンブさんと芹香さんの話し合いも終わり、4人で外に出た。芹香さんの車は、なんとセリカだった!心の中で笑っていると、乗せてもらうことになった。小屋に鍵を掛け、ブンブさんは宮迫さんの車に乗った。
芹香さんのレースの話はとても面白くて、述希は山北に戻るまで何度も笑った。
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