第12話 7月1日 木曜日 14時30分頃
「お留守のところ失礼します。六角自動車の館下と申します。お持ちの自動車の六ヶ月点検の件でお電話いたしました。いつもお任せ頂き有り難うございます。お手数で恐縮ですが、ご希望を折り返し下さい」
受話器を置くと、懐かしい顔が見えた。
「順調そうですね。紹介して良かった」
「お疲れ様です。訪問有り難うございます」
「はぁい、初めまして」
若い女性が戸口で手を振っている。
「芹香(セリカ)、ちょっと待っていてくれよ」
述希があの…と口ごもると、宮迫さんが
「恥ずかしながら、家内です」
と、紹介した。
「恥ずかしくないわよ、これからは客なんだし」
芹香さんは憮然としている。なんと、二人の愛車の点検日だという。電話で日時相談をし、有給を取ってくれていた。そこまで、芹香さんまで…と、胸が熱くなる。絶対に失礼があってはならない。
「有り難うございます」
深々とお辞儀をして、相談スペースに通した。
相談スペースというのは点検前にお客様と整備士が気になる所の確認等をする机で、時々面接場所や休憩時のお弁当とお茶の置き場にもなる。述希が面接を受けたのもここだ。
お茶を運びながら、そこに宮迫さんが家族と座る日が来るなんてとジンときた。
「実は、去年からクーラーの効きが悪くて」
こちらを信頼して気になるところを打ち明けてくれるのが嬉しい。
「そうですか。夏を前に不安ですね。では、コンプレッサーやブロウ・ファンを重点的に見ます」
いつも無口なピノさんがお客様を気遣う言葉を聞けるのも嬉しい。述希は満ち足りた思いで一礼し、工員たちに3時のお茶を淹れに行った。
給湯室で、一息入れていたラスさんに会った。述希にねぎらいの言葉をかけると、低い声で言った。
「ピノさんが無口なのは、整備不良の車が起こした事故で親しい人を亡くしてからみたいね。自分と同じ悲しみを味わう人を減らしたくて整備士になったらしいわ」
「そうでしたか。なんだか済みませんでした」
「いいえ。でも、口外しないでね」
述希は、もちろんですと約束した。
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