第34話 刺客
がさっという物音で目が覚めた。
優介が帰ってきたのだろうかと思ったが、それにしては声を掛けてこない。それどころか、何やら荷物をごそごそと探っているような音がする。
まさか物盗りか。
飛鳥はそこでがばっと起き上がると
「くっ」
優介の荷物を探っていた武士は、そのまま飛鳥目がけて殴りかかってきた。
「ふん」
飛鳥はそれを悠々と避ける。それと同時に男の顎を蹴り上げた。
「ぎゃああ」
反撃は予想していなかったのか、男は叫び声を上げてのたうつ。と、そんな男に向けて窓から人が入り込んできたかと思うと、素早く鳩尾を突いて気絶させた。確認するまでもなく雨月だ。
「おいおい、ここは二階だぜ。もうちょっと人間らしくやれよ」
飛鳥は叫び声が止まったのは助かったけどなと、忍びもびっくりの身体能力を使って飛び込んできた雨月に注意する。
鬼にとっては何ともない行動だが、目撃されると厄介だ。夕暮れ時で随分と視界は悪くなっているが、それでも見えないわけではない。
「緊急事態だ。そう言うな」
雨月はふんっと鼻を鳴らすだけで、注意をあっさり受け流した。
「いやあ、いい湯だったよ。って、う、雨月さん? それにそいつは?」
と、そこに優介が帰ってきて大騒ぎだ。確かにいきなり二人も人間が増えていてはびっくりするだろう。しかもいないはずの雨月がいるのだから、驚いて当然だ。
「説明は後だ。一先ずこいつをふん縛るぞ」
飛鳥は面倒な時に帰って来やがってと呆れたが、まずは気絶している男を縛り上げるのが先だった。その間に雨月が他に仲間がいないかの確認に出る。
「お、襲われたのかい?」
優介がようやく事態を飲み込んで訊いてくる。飛鳥は荷物に入れていた
「まあな。荷物を漁っていたから物盗りかと思ったが、見てくれからしてその可能性は低そうだ。着物も綺麗なもんだし、腰の物も粗末じゃねえ。となると、問題の生き肝事件に絡んでいる奴だろう」
と、男を検分しながら教えてやった。
「ま、まさか飛鳥さんを殺しに来たんですか」
「いや、違うと思うな。大方、路銀を盗んでここで諦めさせようとしたんだろうよ。妙観院様が江戸に行き、そして戻っていることを知るのは簡単だからな。そこから俺に依頼が来たことを割り出したんだろうよ」
飛鳥は予想以上に厄介な事件を引き受けちまったぜとぼやく。と、そこに雨月が戻って来た。
「他に仲間はいないようだ。もしくは、襲撃が失敗したとして逃げたのかもしれない」
雨月はもう問題はないだろうと飛鳥に報告する。
「解った。雨月は・・・・・・もうこの際だ。俺たちと一緒に行動してもらおう」
「もちろんそのつもりだ」
飛鳥が江戸を留守にするというのに、呑気に待っている男ではない。しっかり距離を空けてくっついて来た雨月は、堂々といられるようになって一安心だ。
そんな会話をしていると、縛り上げた男が目を覚ました。雨月が上手い具合に加減してくれていたおかげだ。
「くっ。貴様ら。俺をどうするつもりだ?」
男は自分が捕まったことを理解すると、恫喝するようにそう訊いてくる。
「どうするって言われてもな。こっちも事を荒立てたくねえから、奉行所には突き出さねえよ。ただ、こっちの仕事を邪魔するっていうのならば、それなりの行動に出させてもらう」
飛鳥が言うと、雨月がバキボキと拳の関節を鳴らしてみせる。ボコッボコにするぞという意思表示だ。
「荒立てたくないだと。ならばどうしてあの件を調べている?」
男は信じられるかと噛みついてくるが
「妙観院様の心を静めるためだよ。お前、主君のためだと思って動いているんだろうが、娘を理不尽に殺された母の気持ちを考えたことがあるのか? しかも僧侶を警戒して寝ずの番までしていたというのに殺されたんだ。その心が穏やかなはずがないだろう」
飛鳥が正論をぶつけた。それに男は歯噛みをしたが
「お家のためだ。娘のことは気の毒だが、そのおかげで多くの人間を救うことが出来たのだ。今頃、極楽浄土に召されたことだろうよ」
と言い返してくる。
「ふうん。ということは、生き肝の効果か、殿様は持ち直したんだな」
「っつ」
飛鳥の指摘に、男はしまったと顔を顰める。それで生き肝の行き先と経過は解った。
「あのなあ。あんたらは良かっただろうが、妙観院様はそれでは納得出来ねえってこと。ちゃあんとそのこと、殿様に伝えるんだな」
そこまで言うと、飛鳥は雨月に頼むと目をやった。雨月は男に近づくと、ひょいっと男を担ぎ上げた。
「な、何をする。貴様」
「
雨月は叫ぶ男を無視して飛鳥に確認する。
「そうだな。
荒川だと逆方向だしと、飛鳥はにやにやと笑う。それに優介は、どっちみち川に放り込む気なんだと呆れてしまった。
しかし、妙観院を知る優介は、男を助けようとは思わなかった。少しは反省しろ。そんな気持ちにしかならない。
「貴様ら。止めろ!」
「解った。翌朝合流しよう」
「了解」
叫ぶ男を雨月は再び気絶させ、飄々と宿を出て行くのだった。
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