第15話 条件が厳しい

 仕方なく、しばらく雨月と話すことになる飛鳥だ。雨月は出された茶を飲むと

「それで、今回はどんなくだらないことに首を突っ込んでいるんだ?」

 と訊いた。

「詳しく知ってるんじゃねえのかよ」

 さっき色恋沙汰と言わなかったかと、飛鳥も茶を飲みながら訊き返す。ちらっと雨月を見ると澄ました顔をしていた。単なる鎌かけだったということか。

「知っているのはお前の長屋に松永が来たということ。その松永が武士を連れていたということだけだ。わざわざこんな裏長屋に身なりのいい武士が来るからには、外に聞かれたくないことだろうと推測しただけさ」

 雨月はしれっと言ってくれる。なるほど、素晴らしい着眼点だ。優介にこの洞察力を分けてやってほしいくらいである。

「俺の代わりに判じてくれないか」

「嫌だ。俺はお前がさっさと里に戻ることを期待し、こうして来たくもない江戸まで来ているんだぞ」

 にべもない。飛鳥はそうでしたねと頬杖を突いて膨れるしかなかった。この男は他の者が長になるとは思わないのだろうか。そんなことを考えてしまう。

「で、くだらない色恋でわざわざ桜鬼の手を煩わせるとは何事だ?」

 飛鳥の考えを見抜いたかのように、わざとらしく鬼の名で呼んでくれる雨月だ。桜鬼という名は代々長が継いできた名である。他に候補がいるとでも思っているのかと釘を刺して来たわけだ。

「それが幽霊が出るんだと。それも四人纏めてな」

 飛鳥は面白くないと、事件の肝だけ教えてやる。すると、雨月の顔が険しくなり

「は?」

 無礼極まりない訊き返し方をされる。

 江戸の町にいる間は互いの身分を気にしない関係でいよう。そうは言ったが、ここまで気にされないと、先ほどのこともあって飛鳥も腹が立ってくる。

「幽霊だよ。男と寝ようとしたら、前に証文まで書いてお前だけだよと約束した女どもが出てくるんだと」

 だからますます混乱させる説明をする。

「・・・・・・どういうことだ?」

 雨月は理解できんと、いや、飛鳥がへそを曲げたことは感じ取って、先ほどよりは柔らかに訊き返した。

「どういうことか、こっちが聞きたいくらいだよ。幽霊というだけでも謎だっていうのに、しかも夏場ならばともかくこの春先にだぞ、狙い澄まして四人の幽霊が現われるなんて可能なのか」

 飛鳥は機嫌を直すと、どう思うよと条件が厳しいことに愚痴を零す。

「つまり、寝る前に幽霊話をしていたとおも思えないし、唯一、男と浮気中にだけ四人の幽霊がまとめて現われる理由も解らないということだな」

「そう」

 あっさりと理解してくれた雨月に頷き、飛鳥は意外と難しいという事実に気づいたんだよなと溜め息を吐く。

 そう、菫に言われて見間違いとするのが難しいのではないかと気づいたのだ。今が夏場ならばどこかで怪談を聞き、それが記憶に残っていて幽霊を見たと勘違いしたと考えることが出来る。しかし、この場合も四人も纏めて見た理由が解らない。

 また、男と寝る時だけだったという条件も気になる。本当に生き霊になるほど高橋を思っていたのならば、女の時にも出なければおかしいはずだ。

 つまり、勘違いと済ませるには無理があるし、かといって本当に幽霊が出たとするにも無理がある。ついでにいえば、妖怪と違い、幽霊はひょいひょいと現われるものではない。

 ただでさえあの依頼人の高橋が気に入らないというのに、事件も珍妙とはどういうことだろう。全く以て腹が立つ。

「条件が厳しいということは、当然ながらその時を狙ったと考えるのが妥当だよな」

 雨月は飛鳥が悩む根本部分を訊ねる。それに、飛鳥はそうだろうなと頷くしかない。つまり、たまたま生き霊の誰かが、高橋が男の元に通おうとしていることを察知した。そう考えるのが順当ということだ。

「しかし、その場合、その四人の内の誰かが仕掛けたということになる、のか」

 飛鳥は首を傾げる。まさか他の女にも証文を書いたということまで嗅ぎつけたのか。それは随分と優秀な判じ物の先生だなと、思わず苦笑してしまう。

「だが、他に考えようはないだろう。それに、女というのは勘が鋭く、時にびっくりする行動に出てくれるからな。里でも、人間と恋をして飛び出すまでやるのは女だし」

 雨月はどうしてだろうねえと顎を擦る。これって鬼だけなのだろうか、人間もなのだろうか。少し気になった。

「ちょっと待て。人間に恋して里を飛び出した奴がいるのか」

 とんでもない可能性を言っていないかと飛鳥は身を乗り出す。しかし、今回の件には関係ないと雨月は冷たかった。

「五百年以上前の話だ。いくら鬼が長寿とはいえ、さすがに五百年を越えて生きていることなんてないだろ」

 そしてあっさりと昔話だと言われてしまった。確かにその通り。鬼の平均寿命はざっと二百年。さすがに五百年は桁違いだ。

「そうか。鬼ならばなんとか幽霊を見せることも出来るかと思ったのに」

「判じ物の先生の名が泣くぞ。まあ、俺たち以外の鬼がいる可能性もあるし、そいつが絡んでいる可能性も否定出来ない。だが、鬼の仕業とするのは安直すぎるさ。何より鬼ならば、他の仕返しの仕方はいくらでもある」

 他の可能性を考えるんだなと、雨月はそれだけ言って帰って行ったのだった。

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