第8話 依頼人はややこしい
面白い遊び。確かにその通りだろうと飛鳥も思う。しかし、まだ確証が得られていなかった。
「もう一人くらい、話を聞きたいものだな」
飛鳥はそう言ってイカに箸を伸す優介を見る。
「ええっと」
それに優介はいつになく動揺した。
そう言えば、依頼を持ってきた時もどうもおかしかった。頼まれるのはいつものことだろうに、歯切れが悪かったというか、妙に困惑顔だったというか。そもそも、どうして最初から依頼人がいると言わなかったのか。
「先方はよほどの大店か」
支払われた額を思い出し、飛鳥はにやりと笑う。解決してもらいたいが吹聴されたくない。その思いがひしひしと滲む依頼人は、日本橋に店を構える大店と考えて間違いない。
「うっ、まあ、そうだよ」
優介はどうしようかなと困惑顔だ。それに、そう思うならば俺に話をする前に断れよと飛鳥は苦笑してしまう。
しかし、今回の依頼の話が優介からなされた意味はよく解った。次男とはいえ旗本の家の武士だ。身持ちの良さを買われたのだろう。裏長屋に住む得体の知れない判じ物の男に先に話すより、よほどマシのはずだ。
詳しく知りたいけれども、あらぬ噂を立てられては困る。そこで保険として優介が使われたのだ。これもよくあることで珍しくはないが、今回の優介の歯切れの悪さからして、よほどあれこれ念を押されているのだろう。
「あの小間物屋のように気楽には構えていないわけだ。だが、その点は安心していいと、その大店の主に伝えてくれ。娘の純潔に関わるようなことは、この事件では起きていない」
「ほ、本当か」
「ああ」
最初に散々不安要素として煽られたせいか、優介はまだ不安そうだったが
「怖い思いをしていないという花の言葉は本当だ。そして、犯人と遊んでいただけだ。ただ、まだ何をしていたのかの確証がない。そこでその子からも話が聞きたいだけだ。そのまま伝えてくれていい」
飛鳥はこれでどうだと言葉を付け足した。
「ううん。そこまで飛鳥さんが言うのならば信用するけど・・・・・・実は依頼人はその被害に遭った子の親じゃなくて、親戚なんだよね」
優介はだからすぐに話を聞けるとは思えないと、依頼の話を聞いた時の複雑な事情を明かし始めた。
「ほう。つまり、親は真実がどうであれ、暴き立てるのは娘の今後に関わると考えたわけか」
「ああ。でもその父親の兄、つまり被害に遭った子から見ると叔父さんだな、が、自分のところにも同じくらいの年の子がいるのに、曖昧に出来るかって息巻いていて」
「おやおや」
そりゃあ、優介でなくても歯切れが悪くなるな。飛鳥はお猪口に残った酒を呷って笑ってしまう。
「わ、笑い事じゃないんだよ。しかも奉行所から他にも二件、似たような事件が起きていることを聞いちゃって、その叔父さんは怒りまくってるんだ。で、回り回って飛鳥さんに解いてもらおうってなったわけで」
「なるほどね」
どうりで奉行所の状況も最初から説明されていたわけだ。飛鳥はますます笑ってしまう。
「笑ってる場合じゃないよ。でも、その、もう一人から話が聞ければ、解決したも同然ってことかい」
「ああ。まあ、犯人と直接会うには何か罠が必要になるが、それは何をやっていたかを明らかにしてからでも遅くない。というわけで、交渉してみてくれるか」
飛鳥が解決を望んでいるんだろと笑うと
「まあ、そうだよなあ。俺もここで放り出されては気持ち悪いし」
優介は渋々と引き受けたのだった。
優介と別れてほろ酔い加減に裏長屋に戻ると、なぜか灯りが点っていた。それに飛鳥は面倒だなと舌打ちするも、家はここだから逃げるわけにもいかない。
「雨月。お前なあ、勝手に上がり込んで行灯に灯りを入れてるんじゃねえよ」
だが、引き戸を開けると同時に文句は言っていた。
「ふん。ふらふらと出歩くな」
しかし、部屋の真ん中で姿勢正しく座る雨月は、ふんと鼻を鳴らすだけだ。しかも、その手には猫を抱いている。その猫は、見間違うはずがない。神田明神で取り引きした化け猫だ。
「お、お前」
「すんません、旦那。マタタビに抗えず」
猫は悔しいとばかりに前足で顔を押えるが、その割に雨月の手の中からは逃げようとしなかった。よほど大量のマタタビを与えられたらしい。
「全く。それで、雨月。まさかお前が事件の情報を持ってきてくれたのか?」
飛鳥は諦めて戸を閉めて中に入ると、雨月の前に腰を下ろす。
「そんなわけないだろう。こちらはいい加減、お前のこの悪癖を止めてもらいたい一心なんだ。それに、今回の事件を起こしている奴は人間なのに差別されているんだろう。ますます馬鹿馬鹿しいじゃないか」
雨月は猫を撫でつつ、ふんと小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。だが、その言葉から、この事件を正確に理解していることは解った。
「人間らしいって言ってやれよ。小さな差異すら受け入れられないのが人間なんだ。俺たちも鬼と呼ばれているが、ちょっと頑丈で寿命が長い以外に差はないってのにさ」
飛鳥はくくっと笑うが
「それは大きな差だ。次に我らを統べる長の言葉とは思えない」
と、雨月は顔を顰める。
江戸に来るようになって少しは認識が変わったかと思っていたのに、そうではなかったらしい。
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