第13話

それから8日後の10月20日のことであった。


あいつの不満をやわらげるために、社長さんはあいつのお給料を上げることを決めた。


この日の昼3時頃、社長さんはあいつを社長室に呼んだ。


社長さんは、あいつのがんばりを評価して、お手当てを10ドル上乗せしてあげようと提示した。


社長さんは、特別手当・10ドル上乗せしてお昼のデリバリーランチで注文しているマクドのビッグマックセット(フライドポテトとドリンク付きで)を注文してあげるとあいつに提示した。


あいつは、冷めた声で社長さんに言うた。


「社長。」

「何だね?」

「頭の病院に行った方がいいっすよ。」

「なにを言うているのかね!!」

「あんたの言うことは、ウソだらけだから信用できません。」

「ワシは、マーティーさんが会社のためにがんばって来たから、ボーナスをつけると言ってるのだよ!!」


あいつは、より冷めた声で社長さんに言うた。


「1日にマックのデリバリーランチを頼んだら50セント…それを20日頼んだら10ドルになるよね。」

「そうだよ。」

「それのどこがボーナスでしょうか?」

「なにを言うのだね!!お給料に10ドルのお手当てを上乗せしても、保険や雑費とデリバリーランチの費用を差し引いても、残る仕組みになっているのだよ!!」

「はいはい、もういいでしょ…あんたの話は聞きあきました」

「マーティーさん!!」


その後、あいつは社長さんを怒らせる言葉を平気で言いまくった。


ブチ切れた社長さんは、あいつを怒鳴りつけた。


「キサマは出向か地方へサセンだ!!」


あいつは、ヘーゼンとした口調で社長さんに言うた。


「いいっすよ…お受けしますよ…では…」


そしてあいつは、社長さんにおしりを向けてペンペンとたたいて、出て行った。


ブチ切れた社長さんは、デスクの上に置かれている電話機の受話器をあげて、人事に電話した。


「ワシだ!!マーティーを強制サセンするから、受け入れ先を探せ!!」


社長さん…


そんなに怒鳴りまくったら、脳の血管がいかれるよ…


社長さんをグロウしたあいつは、このあとアタシに怒りのホコサキを向けた。


それから八時間後のことであった。


ところ変わって、ソルジャーフィールドにて…


アタシは、スタンドでピザの売り子さんのバイトをしていた。


試合終了後、アタシは日当60ドルを受け取って、足早にホテルのリネン室へ帰ろうとしていた。


降り悪く、そこであいつと遭遇した。


あいつはアタシに『カネを出せ!!』と凄んだ。


だから、ふたりは大ゲンカになった。


「あんた一体何を考えてるのよ!?アタシと会うなり『カネを出せ!!』って、どういうコンタンよ!?アタシにいちゃもんつける気なの!?」

「ふざけんなよ!!汚いぞ!!」

「アタシのどう言う部分が汚いのよ!?」

「全部きたねえんだよ!!お前が社長とグルになってオレが社内恋愛できないようにした!!それが許せない!!」

「キーッ!!何なのよあんたはもう!!あんたとメアリーさんの結婚を止めたのはアタシと言いたいのね!!分かったわ!!カネを出せと言うのなら、出すわよ!!いくらほしいの!?」

「給料3ヶ月分で、婚約指輪が買えるくらいのカネ出したら許してやるよ…」


アタシはあいつに『分かったわよ!!カネならいくらでも払うわ!!』と怒鳴り付けた。


その後、アタシはあいつのお望みの金額分を工面しに行った。


そして、次の日の朝6時過ぎのことであった。


アタシは、ホテルの従業員専用口であいつが来るのを待った。


約束より少し遅れて、あいつがやって来た。


「アリョーナ。」

「おカネを用意したわよ!!」


アタシの言葉に対して、あいつは『ありがとう…助かったよ。』とヘラヘラとした口調で言うた後、茶封筒に入っている大金を受け取ろうとした。


怒り心頭になっているアタシは、あいつの右手を平手打ちで激しく叩いて、思い切り怒鳴りつけた。


「あんたね!!このおカネは売り子さん会社の社長さんにお願いして、バンス(給料の前借り)したおカネよ!!アタシは当分の間お給料がもらえないのよ!!ふざけるのもいいかげんにしてよ!!」

「分かってるよ…今日のところはカネで許してやるよ…」

「そんなにアタシと結婚をしたくないなら、意中のカノジョを自分で見つけてよ!!あんたのことは死んでも許さないから!!」


あいつを思い切り怒鳴りつけたアタシは、足早にホテルの中へ逃げた。


マーティーさんは、日増しに勤務態度が悪くなったので、社長さんはますます困り果てた。


それから10日後の10月30日のことであった。


あいつは、会社を勝手に休んだ。


社長さんは、しどろもどろになっていた。


社長さんは、アタシがいるドラッグストアに来て、あいつがどこへ行ったのかしらないかとたずねた。


アタシは、陳列ケースに新しい商品をならべる作業をしながら社長さんに言うた。


「社長さん!!アタシは思い切り怒っているのよ!!アタシはあいつにカネを出せとすごまれたのよ!!だからアタシ、売り子さん会社のお給料をバンスしてあいつに渡したのよ!!昨日もアタシにカネのムシンに来たわよ!!アタシこのままシカゴにいたら、あいつに押さえつけられるのよ!!助けてよ!!」


アタシの言葉を聞いた社長さんは、アタシにこう言うた。


「アリョーナさん、マーティーさんのことはみんなワシが悪いのだよ…」

「そのように思うのだったら、あいつのお給料を50ドルに上乗せしてよ!!10ドル上乗せとデリバリーランチで差し引いた分は0でしょ…」

「そんなことはないよ…10ドル上乗せとデリバリーランチを計算してみたら、きちんと手当て分は残るようになっているのだよぉ…」

「やかましいわねピンハネ魔!!」

「アリョーナさん、それはあんまりだよ!!」

「やかましいわね!!あんたの理不尽が原因で従業員さんを何人やめたのか数えなさいよ!!ドロボウオヤジ!!」

「アリョーナさん…」

「アタシは今バイト中よ!!ひとの職場へ土足で上がり込んで来てアタシのバイトのジャマをしたから店長呼ぶわよ!!」


社長さんを思い切り怒鳴つけたアタシは、っ奥の部屋へ逃げた。


この時、アタシはアメリカ社会で生きて行くことがイヤになった。


このままシカゴにいたら、あいつにカネをたかられて無一文になる…


早く逃げ出さないと…


2014年11月30日のことであった。


アタシは、1ヶ月かけて売り子さん会社からバンスした2000ドルを完済した。


売り子さん会社でのバイトといつものバイトで稼いだ分に加えて、ゴルフ場数ヶ所でキャディのバイトと男性雑誌の素人モデルなどで2050ドルを稼いだ。


アタシの手持ちに50ドル残ったけど、貯蓄が極力減少したので、苦しい状況はつづく。


その一方で、あいつは家出した。


あいつは、両親と一緒に今後の人生のことについて話し合いをした。


けど、話し合いがこじれた。


お父さまは、あいつに『出て行け!!』と怒鳴った。


あいつは、怒って家を飛び出した。


アタシは、アメリカ社会で生きて行くことに限界を感じたので、クリスマス休暇の期間が始まる前日までに出国することを決意した。


12月1日のことであった。


街は、クリスマスカラーに染まっていた。


クリスマスイルミネーションが街角にきらめき、商店はクリスマスの準備の買い物を楽しんでいる家族連れでにぎわっている。


この日、アタシは体調を崩してバイトを休んだ。


アタシは、ジャクソンパークにある公園のベンチに座って、考え事をしていた。


アタシは…


どうして、あいつと出会ったのか…


アタシは…


なにがしたいから、アメリカに来たのか…


幸せ探しの旅をするとタンカ切って、家出した。


ボストンバックと赤茶色のバッグを持って、シベリア鉄道に乗って、ウラル山脈の西側へ逃げた…


逃げて、逃げて、逃げて…


ひたすら逃げ回った…


だから、幸せになれなかった…


そんな時であった。


ボストンからエレンがアタシのことを心配して、やって来た。


「アリョーナ、アリョーナ、ここにいたのね。」

「エレン。」

「アリョーナ、ちょうどよかったわ…ハバロフスクから手紙よ。」

「手紙…」

「これ、受け取って。」


アタシは、エレンからロシア文字が書かれているエアメールの封書を受け取った。


しかし、アタシは封を開けなかった。


「アリョーナ、早く封を開けてよ。」

「えっ?」

「早く開けてよ!!」


エレンに言われたアタシは、封を開けた。


封の中に、便せん3枚が入っていた。


便せんを取り出したアタシは、さっそく手紙を読んだ。


手紙は、母からであった。


それによると、ハバロフスクの実家の貿易商が多額の赤字を出して、債務不履行におちいった…


父は家出して行方不明になった…


そして、アムール川で遺体で発見された。


一緒に同居をしていたアタシのいとこ夫婦が行方不明になった。


残された母は、持病の心臓病が悪化したので、ウラジオストク市内の大規模病院に入院した。


ハバロフスクの実家は、抵当に入っている…


アタシは、帰る家を本当になくした。


エレンは、手紙を読み終えたアタシに言うた。


「アリョーナ…今ならまだ引き返せるよ…アリョーナ…」

「エレン。」


気持ちが変わったアタシは、ウラジオストクに行くことを決めた。


父が亡くなり、母が大病で大規模病院に入院中…


次兄夫婦も行方不明になった。


アタシは、赤茶色のバッグの中から通帳を取り出して預金残高を見た。


11月30日に入金した50ドルに加えて、残りは700ドルしかない。


このままでは終わることはできない…


アタシは、あいつの家への怒りをさらに高めた。


そして、9日後の12月10日のことであった。


この日の夜、あいつがエバンストンにあるパブで、店の女をめぐって客の男と大乱闘を起こした。


あいつは、客の男に刃渡りの鋭いナイフで一撃を受けて、亡くなった。


あいつを刃物で刺した男は、刃物を捨てて行方不明になった。


それから2日後のことであった。


あいつの家に、親族のみなさまがたくさん集まっていた。


沈痛な雰囲気の中で、アタシがやって来た。


あいつには、死亡時に支払われる保険金が2億ドルあると聞いた…


アタシは、あいつの保険金を強奪しにきた。


両親があいつの生保の証書を持っていたが、すでに現金に換えられていた。


だからアタシは、2億ドルよこせとあいつの両親をおどした。


「ふざけんなよ!!あいつの保険金を全額よこせ!!」

「アリョーナさん、お許しください…マーティーがしたことは全部私たちの責任です…マーティーを許してくれ…」

「保険金は私たちの老後の暮らしに使うお金です…許してください…」

「キーッ!!許さない!!」


怒り心頭のアタシは、あいつの家の土地の権利書を強奪した。


「アリョーナさん、やめてください…家の権利書だけは…」

「ふざけるな!!アタシは思い切り怒っているのよ!!差し押さえた権利書をカネに換えて、制裁金にするわよ!!」


アタシは、あいつの家の権利書を奪い取った。


それだけでは、腹の虫がおさまらないので高価な品物を大量に強奪した。


そして、あいつの親族たちをボコボコに殴りつけて金銭を強奪した。


それから10日後の12月20日のことであった。


西海岸へ行くことを断念したアタシは、極東ロシアへ帰ることにした。


ボストンバッグと赤茶色のバッグを持ったアタシは、ボストンの港から船に乗って旅に出た。


船は、大西洋を渡ってヨーロッパへ向かった。


アメリカ社会で生きて行くむずかしさを知ったアタシは、生まれ故郷に帰って、母の看病をすることを選んだ。


1月7日と8日のロシア正教のクリスマスまでに…


ウラジオストクにたどり着きたい…


母のそばにいてあげたい…


だから…


女の幸せは…


もう、いらない…

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