Der Konfession des Reformators~改革者の信仰告白~

平中なごん

Ⅰ 転機

 聖歴1543年、神聖イスカンドリア帝国・ザックシェン選王侯領エイゼルベン……。


 この古くからの交通の要衝であり、銅鉱山開発を主産業とする小川の多い街で、私、マルティアン・ルザールは生まれた。


 鉱山技師をしていた私の父という人は子供達の教育に大変厳しく、幼い頃より私も兄弟達と一緒に教会の付属学校へ行かされ、エリートを目指すよう常に言い聞かされて育った。


 そんな父の教育方針に純朴だった私も素直に従い、成長してからは家を離れると、名門アールフォート大学で法律家になるために学んだ。


 しかし、そうして恵まれた環境の中、父の期待に応えようと日々、学問に勤しんでいたある日のこと。


 郊外の草原を散策していた私は、突然の激しい雷雨に見舞われた。


 強風に吹きさらされ、荒波の如くうねり狂う草叢に身を隠す場所は一つとして見当たらず、時折、頭上を覆う黒々とした雨雲は轟音とともに眩い閃光を炸裂させる。


 横殴りの雨に打たれながら、私は、その大きな雷鳴と稲光に心底恐怖を抱いた……神の振り下ろす鉄槌が如きそのいかづちに、いつこの身をつんざかれて命を失ってもおかしくはないと。


 もしも、私が魔導書の魔術を専らとする魔法修士であったならば、早々に雷を司る悪魔を呼び出して落雷の難を避けたことだろう。


 だが、無論、私は魔法修士ではなく法律を学ぶ一学生であるし、国と教会により無許可での所持・使用を禁じられている魔導書を持っているわけもない。悪魔の召喚魔術を使うことなどなおさらだ。


「ひぃぃっ……か、神よ! イェホシア・ガリールよ! どうか我を助けたまえ! 哀れなこの者の命をどうかお救いたまえ!」


 なおいっそう激しく雷鳴轟く天の下、何一つ自ら為す術のない私は、地に跪くと必死に神に祈った。そして、神の御言葉を真に預かり、プロフェシア教を開いた救世主マシアー――〝はじまりの預言者〟イェホシア・ガリールにも。


「父なる神よ! 我らがイェホシアよ! どうか、どう我を! 我を助けたま…っ!」


 だが、プロフェシア教の象徴シンボルであるすべてを見通す一つ眼から放射状に降り注ぐ光の図案――〝神の眼差し〟のロザリオを汗ばむ手に握りしめ、懸命に神の助けを求めていたその時、一瞬にも満たない刹那の内に私の身を衝撃が走り抜け、何か思う間もなく私は気を失った……。


「――う、うぅん……わ、私はいったい……痛っっ…」


 次に気がついた時には、爽やかに晴れ渡った青空が頭上に広がっていた。


 湿った草叢の上から伏した体をもぞもぞと起き上がらせ、熱く焼けたような痛みを感じる右手のひらを見ると、握っていた〝神の眼差し〟が熱を帯び、それが焼印のような火傷を刻みつけている。


「これは……」


 後に自然魔術や錬金術に造詣の深い学友に聞いた話なのだが、どうやらその火傷は私の体に入った雷が、金属製の神の眼差しを通して体外へ放出された際にできたものらしい。


 そう……私は雷に撃たれたのである。


 にも関わらず助かったのは、その〝神の眼差し〟による放電のおかげだと学友は言っていた。


 しかし、本当にそんなことだけで落雷して助かるものだろうか? いや、それが直接の原因だったのだとしても、その原因を作ったのは他ならぬ〝神の眼差し〟である。


 私には、こうして助かったことが大いなる神の意志によるものであるとしかどうしても思えなかった。


 強烈な天の雷撃を自由自在に操る一方、普通ならば死んでいてもおかしくない私の命をいとも簡単に救い賜うた偉大なる神の力……私は、感謝の念を抱く以上に、その絶対的な力を前にむしろ恐怖した。


 私のこの例を見ても明らかなように、人の運命は自らの力ではどうにもならない大いなる意志により――即ち、神の御心によって定められているということを確信したのだ。


 人は、抗えぬ欲情や邪心に突き動かされ、日々、悪行を為して生きている……神の御心に背き、そのようにして罪深き人生を続けていては、人間のようなちっぽけな存在、いつ神罰を以って地獄へ突き落とされてもおかしくはない。


 神の怒りを買わぬよう、人はその御心に即し、義の人として生きねばならぬ……この神秘的な体験…否、最早、奇蹟としか呼べない出来事は、私の人生観を一変させた。


 私は寄宿舎へ帰ると即座に退学届を出し、その足でアールフォートの街にあったオーギャスティノス修道会の修道院へと向かった。


 神の御心に従って生きるため、欲にまみれた世俗の暮らしを捨てて修道士となる決意を固めたのだ。


 当然、法律家になるものと思っていた父は猛反対さしたが、最早、修道会の門を叩いた後だったので、まさに後の祭りである。


 私は半ば家出するような形で、こうして信仰に生きる暮らしを始めたのであった。

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