第3話 お悩み相談と初恋の人


◇◆◇






「ふぅ…………」



 昼休み後の現文の授業を終え、その解放感と先程の『お悩み相談』を思い出し軽く息を吐いていた俺。


 次の授業の準備をしつつ愛読するラノベ小説を取りだして読もうとするが、俺の前の席に座る浩太が振り返って話しかけてきた。



「…………で、さっきはいったいどういう相談だったんだよ? 随分昼休みギリギリに教室に帰ってきたから聞く時間が無かったが……?」

「千歳、私も聞きたい」

「あー……、まぁ二人ならいいか。案の定って言ったらアレだけど、さっきの後輩女子からは恋愛相談されたよ。だけど……」

「ん、なんか歯切れ悪いな? 何かあったのか?」

「?」



 浩太がそう訊ねると共に、隣の席に座る雪音さんはこてんと首を傾げる。


 揺れるショートボブの銀髪とこちらを見つめる彼女の瞳に何故か少しだけドキリとしつつ、俺はその恋愛相談の内容を口を開いた。



「あの子、同じクラスの男子に片思いしてるんだってさ。でもその男子には中学生から付き合ってる幼馴染の女の子がいて……」

「あー……」

「あちゃー……」

「きっぱり諦められたら楽なんだろうけど……その子、今まで生きてきた人生で初めての恋なんだって。しかもその好きな男子の幼馴染の女の子は高校で初めて出来た数少ない友だち。二人は仲の良いカップルで、見てるだけで、近くにいるだけで胸が苦しくなって、どうしたら良いのか分からないって相談だった」

『………………』


 

 うん、わかるわかるその思わず無言になっちゃうその感じ。俺もこれまで数多くのお悩み相談を受けてきたけど、これは想像以上に内容が複雑で最初は面食らったもの。その子の話を聞いている間にいつの間にか結構時間が経ってたから昼休みギリギリになったんだよなぁ……。


 ―――初恋。それは大多数の男女に訪れる青春という小さな蕾。両想いで綺麗に花開く人もいれば、想い叶わず蕾のままという人もいる。

 自分の心の育て方でどうなるか分からない……中々厄介な、いうなれば一種の恋の病・・・・・・である。


 正直、個人的にはすっごく後輩女子を応援したかった。色々その後輩女子の抱えている心のモヤモヤとピュアな想いを聞いていると、俺も胸が締め付けられそうだったから。


 でも俺はあくまで『お悩み相談』役だ。その後輩女子の立場に立つことに徹し、さらに相手……彼女が好きな男子と幼馴染の女の子の関係も視野に入れつつ、今後、後輩女子の状況や関係が悪化しないように多面から視た、考慮した解決法を伝えなくてはならない。


 だから、まずは―――、



「俺は、"頑張ったね"って伝えた。手を伸ばせば届く距離にいるのに、掴めないことほど苦しいモノはないから。……そのあと、俺は彼女に二つの選択肢を提示した」

「二つの選択肢?」

「…………想い続けるか、新しい恋に進むか」

「……うん。そう」



 雪音さんの静かな言葉に、そっとうなづく。


 『お悩み相談』時の俺の助言はだいたいラノベや漫画で培った主人公の言い回しを参考にしているわけだけれども、この時ばかりはありふれた言葉しか掛けてあげられなかった。



「そしたら彼女、なんて言ったと思う? ―――"ちゃんと気持ちを伝えて、次に行きます"、だってさ」

「……強いな」

「………………」



 彼女が目尻に涙を浮かべていたことは俺の胸だけに仕舞っておく。


 相談を終えてすっきりしたであろうその後輩女子は、鼻が赤くなりながらも笑顔で図書室を去って行った。相談が終わった頃にはいつの間にか昼休み終了時間がギリギリだったので、自分のクラスに戻るのが遅くなったという訳だ。


 こんな俺の助言だけど、願わくば地に足を着いて前に進んでくれると嬉しい。



「さっきの相談はこんな感じで終わったよ。さ、早く次の授業の教室に移動しないと遅れちゃう―――」

「千歳は?」

「は?」

「いやだから、―――お前は初恋の人に告白しないのかって」

「は、はぁ…………!?」



 いや、ちょっ……、はぁ!? な、ちょっとなに言ってるのか分からないんですけどー!?



「ちょっと浩太お前何言って……! っていうかそれ教室では言わない約束…………!」

「―――千歳、詳しく説明して」

「ちょっ、雪音さん近い近い……ッ!!」



 無表情ながら表情を険しくした雪音さんにぐいっと胸倉を掴まれた俺はやんわりと引き離そうとするが、その小さな体躯に秘める腕力はそれを許さなかった。って本当に力つよっ! あっ、よくよく見ると睫毛まつげ長いし雪音さんの甘い匂いもしてきた……!


 というかどうして雪音さんがここまで反応するんだ……!?



「さぁ千歳。観念してその"初恋の人"が誰なのか言って。さもなくば指を詰めるかぐ」

ぐ!? ぐっていったいどこをさ!?」

「言わせないで。…………えっち」



 顔を赤くしながら目を背けるくらいだったら自分で言わなきゃ良いのに!? 無表情ながら可愛いなちくしょう!!


 どうやら雪音さんはどうしても俺の初恋の人が誰なのかを知りたいようだ。恥ずかしいけど別に隠す程のことでもないし次の移動教室のこともあるのでとうとう観念して自白しようかと思っていたのだけど、口を開いたその寸前に声が掛けられた。



「あの、秋村くんと松岡くん……それに鈴原さん。もう他のみんなは教室にいませんが、移動しないんですか?」

「は、春川さん…………ッ!!」



 背後から掛けられた声に振り向くと、俺は思わず動揺してしまった。


 さらさらとした長い黒髪。紺のブレザーの上からでもわかる均整の取れた体躯。凛とした、しかし鈴を転がしたかのような癒される声。


 そう、振り返ったその視線の先には我がクラスの美少女にして『聖女』とも呼ばれている真面目でおっとり清楚系美少女、春川さんがこちらをうかがうように立っていた。


 …………それと、俺の初恋の相手でもある少女だ。


 いきなり彼女に話し掛けられた俺と二人は驚きに表情を染めるけど、すぐに彼女の言った言葉の意味を理解すると俺は教室を見渡す。そこには俺たち四人以外、既に教室に生徒は残っていなかった。


 再び春川さんに視線を戻すと、彼女は何故か雪音さんを見ていた。そして雪音さんも春川さんを見てる。……あれ、心なしか二人、視線がバチバチしてない? 俺の気のせい?



「次の生物の授業まであと三分もありませんが……このままですと遅れちゃいますよ?」

「あ、あぁそうだね春川さんありがとう……! でも、どうして春川さんが教室に残って……?」

「えっと、あの……元々・・声を掛けようとしていたんですが、どうやら秋村くんが真剣な表情でお二人に話をしていたので声を掛けるタイミングを失ってしまって……。ご、ごめんなさいっ」

「い、いやっ、全然気にしなくていいよ! むしろ俺たちの所為せいで春川さんも次の授業遅れちゃうよね!? こっちこそごめんね!!」

「いえいえっ……!」

「いやいやっ……!」



 必死に手をパタパタと振る春川さん。若干顔も赤くなってるし可愛いなぁ……。……ん? でも今の会話で頬を染める要素あった?


 春川さんの様子を不思議に思っていると、彼女は慌てて身体をひるがえした。



「そっ、それでは私はこれで失れ…………!」

「―――待った」

「す、鈴原さん……?」


 

 突如俺の胸倉を離した雪音さんは、背後からガシッと春川さんの腕を掴む。春川さんは何故か焦ったような、困惑した表情を見せるが、雪音さんは一切の曇りなきガラス玉のような綺麗な瞳を彼女に向けている。



「私は流されない。千歳に"元々"声を掛けようとしていた? 何を?」

「え、えーっと、先程申し上げました通り授業に遅れると―――」

「嘘。それなら元々なんて言わない。正直に言った方が身のため」

「…………………わ、わかりました」



 言われてみれば確かに。さすが雪音さん、鋭いわぁ……。


 目を泳がせた春川さんだったけど、雪音さんの無表情&抑揚のない声に諦めたのか力無く返事する。そして俺に向き直ると、片手を胸に添えて軽く深呼吸。え、なんかまだ顔赤いけど大丈夫?


 彼女はそのまま口を開き―――、



「今日の放課後、相談したい事があるのでお時間頂いても良いですかっ!」



 あ、これ多分誰かへの恋愛相談だわ(白目)。














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