第14話 夜店

 練馬の大酉神社の酉の市は、毎年大きな楽しみだった。年の暮れだけでなく、一年中、決まった日にあって、沢山の夜店が立った。たいていは「買って」と言っても買ってもらえないことが多く、見るだけでも楽しかった。          


 夏だったら虫の店。様々な鳴く虫がおいてあり、図鑑でしか見たことがないキリギリスを見たときは感激した。買って買ってと頼んだが「どうせすぐ死んじゃうんだからだめ」と買ってもらえなかった。何百円という高価な値段がついていた。


 一年中あったのが、風船の店。買ってもらえたのが、パンチボウルと大きな風船。パンチボウルはテレビの「ロンパールーム」に出てくる曲で遊ぶのが愉快だった。大きな風船は、「飛ばしちゃうといけないから、パパが持ってようか?」と言われたが、晃子は自分が持つと言って聞かなかった。絶対離さない、と思いつつ、アパートの階段まであと数歩というとき、安心したのか、なぜか手を放してしまった。


 赤い風船は、晃子の手を離れて、「あ、つかまえなくては」と思うより前に、けやきの木より高く、アパートより高く、あっという間に飛んでいき、放心状態の晃子の見つめる中を、高く高く飛んで行った。そして、小さな点になるまで見つめていてから、どこに行ったかわからなくなった。泣いて泣いて、両親を困らせたけれど、「また買ってあげるから」と言われたけれど、失ったらもう二度と戻ってこないものがあるということを、この時初めて知った気がする。


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