第3話 お前なんて大嫌いだ! でも……
ハンバーガーを食べた後は、俺も智樹もワイワイ遊べるようなテンションじゃなかったから、解散して家に帰ってきた。
「ただいま」
「あら、今日やけに早いじゃない? なんかあった?」
ドアの開く音を聞いてリビングから母親が出てきた。ちなみに父親は昨日から1週間の海外出張に出かけていていない。
ここで俺は陽菜に浮気されたことを言おうか悩んだ。俺と陽菜が付き合っていることは両家の誰もが知っていることで、特に陽菜の父親には「お前らいつ結婚するんだ?」と、たまに冷やかされるくらいだ。だから、俺らの様子がおかしくなったら隠したってどうせすぐにばれる。
結局言うことにした。
「陽菜が浮気してるところを見た」
「えー! 陽菜ちゃんが浮気? あんたの見間違いじゃないの? 私には陽菜ちゃんは誰も邪魔したくならないくらいあんたのことが好きなようにしか見えないけど」
「俺だって陽菜が浮気してるとは思いたくないよ。でも、どう見たって陽菜だし、ハグにキスもしてた」
「ん~……まぁあんた達二人の問題だから私からは何も言えないけど、あんたの勘違いだと私は思うよ」
そう言うと母親はリビングに戻っていった。
俺は自室に入って荷物を下ろすと、何もする気力が湧かず、ひたすらベットで横になって、浮気してる女の特徴をネットで調べたり、無心になってぼーっとしながら陽菜からの返信を待った。
いつもはよほどのことがない限り遅くても1時間以内には来る陽菜からの返信が、今日はなかなか来なくて、夕方になってようやく来た。今すぐにでも大丈夫とのことだったから、俺が家に迎えに行くことにした。
母親にはちょっと出かけてくると伝えて、スマホと一応財布も持って家を出た。
二軒隣なだけだから陽菜の家までは徒歩5秒で、着くとボタンを押してインターフォンを鳴らした。すると、すぐに「ちょっと待っててー」という、陽菜の元気な声が聞こえて来た。
陽菜を待っている間、俺は色々なことを考えた。まず、陽菜にどういう顔をして会えばいいのか。次に、どう浮気のことを聞き出せばいいのか。最後に、お腹が空いていること。
俺は昔からお腹が空くとなぜかキレやすくなる。だから、話題が話題なだけに、ただでさえ話している途中で怒りが湧いてくる可能性が高いのに、これでは怒りを制御できないかもしれない。
そうこう考えていると、陽菜が文字通り家から飛び出て来て、俺に抱きついてきた。
「良太、会いに来てくれてありがとう!」
「うわっ!」
勢いが良すぎて俺は少し後ろにのけ反った。
今までだったらこんな反応可愛過ぎて思いっきり抱きしめたくなったのに、浮気現場を見た後となっては複雑な気持ちだ。というか、遊ばれている気がして腹が立つ――。
ハッ! ダメだ、もうキレそうになってる。もっと落ち着かないと。
「もう夕方だけど、今からどこに行くの?」
「陽菜とたくさん話したいから、カフェに行くよ」
「やった! 良太友達と遊びに行ってるから今日は話せないかなぁ、と思ってたから嬉しいな~」
陽菜は俺の手を取ってカフェに向かって歩き出した。
ちなみにカフェで浮気の話をするつもりはない。そんな話をカフェでしたら他の客に迷惑をかけるかもしれないから。ただ、ここからちょうどいいくらいの距離にあってデートの目的地になりそうなのがカフェだったというだけのこと。カフェに着く前に浮気のことを問いただすつもりだ。
でも、なかなか言い出せない。今だって陽菜はルンルン気分でデートを楽しんでいるように見えるし、陽菜が浮気をしているとは信じたくない。
けれど、どうしてもあのハグとキスのシーンが印象的で頭から離れない。そして、気持ちは離れているのに以前と変わらない様子で俺の気を引いているのかもと考えるとムカつく。
困惑やら怒りやら色々な感情が胸の中でごちゃ混ぜになりながら増幅して、それに耐え切れなくなった形で、ついに俺は言い放った。
「ねぇ陽菜。陽菜って今浮気してるよね?」
「え、なんのこと?」
いかにもテンプレな返事が返ってきた。まさかしらばっくれるつもりか?
「俺以外の男とハグにキスもしてたよね?」
「え、良太急にどうしちゃったの? 私がそんなことする訳ないよ」
ああ……さっき見たネット記事に載ってた、浮気してる女が詰問された時に言うセリフとまんま同じじゃないか。
俺は深く失望すると同時に、激しい怒りが湧いて来た。そして、今の俺ではこれを制御できなかった。
「はぁ!
「良太落ち着いて! ほんとに私浮気なんてしてないよ」
「黙れよ! 俺は信じてたのに……あまりにもひどいじゃないか!」
「良太もひどいよ! 少しは私の話聞いてよ……」
陽菜は泣き出した。ああもう、うざいなぁ。
「もういいよ。お前なんて大嫌いだ!」
そう叫んでから俺は走り出した。特にどこかへ向かう訳でもなく、ただ走った。
疲れてきたところでふと周りを見ると、川に辿り着いていた。河原にはたくさんの石が転がっていて、河原に降りて試しに石を水面へ思いっきり投げつけてみると、よく分からないけど快感を覚えた。そうして俺は陽菜への怒りを込めて石を投げ続けた。
10分も投げ続けていると怒りが収まってきて、腕も疲れてきたから投げるのをやめた。
怒りが収まってくると、今度は絶望感に苛まれた。
まさか陽菜に浮気されるとは思ってもいなかったし、俺たちは順調だと思っていたから、すごく辛い。
俺は女子にモテてはいないけど、不人気って訳でもないから、陽菜以外にも仲のいい子は何人かいる。でも、陽菜とは格別に仲良かったし、幼馴染だからずっと一緒にいた。だから、今更他の子とより親密になろうとしても、なり方が分からない。
浮気した陽菜のことは大嫌いだ。でも、ひたすら嫌いだと思い続けても、気づくと幼い頃からの陽菜との思い出だったり、抱きしめた時の陽菜の温もり、キスをした時の唇の感触を思い出していた。そして、涙がこぼれ落ちた。
陽菜のことは大嫌いだ。でも…………やっぱり大好きだ。
けれど、今となってはもうどうしようもない。
あぁ、軽く死にたくなる……。
河原に居続ける意味がなくなって、俺はまたとぼとぼと歩き始めた。既に陽は沈んで、辺りは暗くなっていた。
再び歩き出して15分くらい経った頃だろうか。下を向いて歩いていたから前が見えなくて、前から来た通行人と肩がぶつかった。
「あ、すいませ――」
顔に激しい痛みが走り、殴られたのだと気づいた時には俺は吹っ飛んでいた。
「おい! 何しやがんだ!」
そう叫んで立ち上がり、相手の顔を見た時、俺は悟った。
あ、これは相手にしちゃダメな奴だった、と。
相手はどう見ても不良、あるいはヤ○ザだった。しかも、体つきが半端なくいい。
「あ、お前調子に乗ってんのか?」
案の定相手はキレていた。そして、少しずつ俺の方に近寄ってくる。
冷や汗が出て来た。これはかなりまずい。逃げようと思ったけど、恐怖で足が動かない。
そうしていると、下腹部に衝撃を感じ、俺は意識を刈り取られた。
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