プロローグ3 そして、時間だけが過ぎてゆく

 やってみるか……。


 そう決意しても、なかなか行動に移らない人がいる。


 時間がない。

 お金が無い。

 ちょっと、体調が悪い。

 気分じゃない。

 面倒くさい。

 明日にしよう。

 まだ、いいや。


 そんな理由をつけては、「やらないこと」を正当化しようとする。


 ゴウも、その類の人間だった。


 ゴウは、これまでも、やらなくてはならないことですら「まぁ、いいや」と後回しに後回しにして、酷い目に遭ってきた。


 それゆえ失敗ばかり、積み重ねてきた。


 当然の結果ではあったのだが、それでも、

 悔しい思いをした。

 情けない思いもした。

 涙で枕を濡らした夜もあった。


 しかし、そんな気持ちは、時間が解決してしまった。

 時間がたつと、そんな気持ちはどこかへ消えた。


 ただ、それらの「気持ち」は、独りでは去っていかなかった。

 ゴウの「気力」も、ともに連れ去った。


 失敗を重ねていくうちに、ゴウは無気力な人間になった。


 バイトをクビになったときもそうだ。

 法的には不当解雇なのだから、書類にサインする前に話し合いをするとか、抗議することもできた。


 でも、その気力は無かった。

 店長にクビを宣告されたときのゴウの心境は、


(不当解雇だけど、まぁ、いいや。面倒臭ぇ)


 である。


 資格取得のための勉強をしようと決意したゴウだったが、これまでと変わらず無気力に支配されていた。


 貸金業務取扱主任者試験の概要をネットで調べてから、すでに1週間が過ぎていた。


 その間、彼がしていたことといえば、スマホを片手にゲームに興じ、あるいはYouTube動画を視聴し、コンビニで立ち読みしたり、あてもなくぶらぶら散歩するくらいだった。


 ほんの少しだけ、試験合格者?が掲載しているであろうブログを閲覧して、「勉強してマス」ポーズをとっている。


 さらに、1週間が経過した。


 ここに至ってもゴウは、いまだにぶらぶらしていた。


 この日もコンビニで立ち読みした後、なにげに上野天満宮へ立ち寄った。


 この神社は、陰陽師おんみょうじ安倍晴明の一族が菅原道真を偲んで創建したといわれる。

 余談だが、ここから少し離れたところには、安倍晴明を祀ったとされる「晴明神社」せいめいじんじゃもある。

「恋の三社」のひとつだ。


 ゴウは、べつに恋愛成就を祈願したいワケではないので「晴明神社」の方はスルーである。


 この日は平日だからか、上野天満宮の参拝客は少なかった。


「資格試験受けるし、願掛けでもするか」


 そう言って、財布から12円を取り出し、賽銭箱に投げ入れる。

 ……当然だが、どこかのエセ神社と違って、おつりは出ない。


 二回お辞儀をして、

 ぱん、ぱん、と二回柏手を打つ。


 そして、

(貸金主任者試験に合格させて下さい)

 と祈願して、


 最後に一礼。


 なんとなく、すっきりした気分になる。


 社殿の前には、2体の牛の像。

 この牛の頭をなでると、賢くなるそうだ。

 参拝客に星の数ほどなでられたであろう牛の鼻は、すべすべツルツルとなり、金色に輝いている。

 像の台座には、道真公をだるま型にデフォルメした「天神みくじ」の人形がびっしりと並べられていた。

 これも訪れた参拝客たちが、なにかのゲン担ぎ?で置いたものだ。


 ゴウも、この牛の鼻をなでなでする。


「さて、行くか……」


 歩き始めると、突然、視界の隅からなにか黒い動物がサッと駆け寄ってきた。


「うおっ!?」


 足下を見ると、黒い猫がちょこんと座って、こしこしと顔を洗っている。

 

(なんだ、ネコか。でら、あせったわ)


 黒ネコを避けて歩き出そうとすると、黒ネコは立ち上がり尻尾をぴんと立ててゴウの前に立つ。

 右に行けば右に、左に行けば左に……まるで通せんぼするかのようにゴウの前に立った。


(なんだ、なんだ? いったい、どうして欲しいんだ? このネコ)


 自分の前に立ちふさがる黒ネコを見て、ゴウは困惑していた。

 まるでトパーズを嵌め込んだような双眸をこちらに向けて、黒ネコはニィニィと鳴いている。

 

「アノ~ン、どこ?」


 声のする方を見ると、見覚えのある女性がきょろきょろとなにかを探していた。

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