ニャン太がゴロニャン

塩田千代子

第1話

 家に帰ると、いつもニャン太がお出迎え。玄関で私の帰りを待っているのだ。

 これは本当に嬉しくて、ドアを開け、ニャン太の姿を見るたびに顔がほころぶ。たまに早く帰ると、ニャン太があわてて走ってくる。それもかわいい。

 ニャッ! と短く鳴いて、私の足に体をこすりつけてから、ニャン太は床にゴロリと転がる。なでなでを要求してるのだ。

 日が長い春や夏は家の中にも日が入ってくるので明るい。すぐにニャン太をなでなでできる。けれど、日が短くなるにつれ家の中もどんどん暗くなる。同じ時間に帰っても、季節によって明るさが全然違う。

 電気のついている明るいアパートの廊下から暗い家の中へ入ると全く見えない。視界ゼロの闇の中、足もとに横たわる黒猫を手探りで探しあて、なでまわす。ニャン太の体は、夏はホカホカ、冬は冷え冷え。

 ゴロゴロとのどを鳴らすニャン太を抱きしめ、モフモフの毛皮に顔をうずめているうちに、目が慣れる。猫のようにはいかないが、人の目も以外と暗闇で見えるものである。

 それでもたまに、ニャン太と間違え、黒いリュックを抱きしめる。



 ニャン太がうちに来た頃は、ご飯をあげるとすごい勢いでガッツいていた。

 それがある時、『おや?』と思ったらしい。

『目を離しても傍を離れても、ご飯がなくならない!?』

 ……ニャン太は気づいた。

『ご飯を盗られる心配をしなくていい!』

 それからは一気食いをパタリと止めた。そしてご飯を残すようになった。時間を置いて数回に分けてちまちまと食べるのだ。ウニャウニャ言いながら食べて、『うまかった』と舌なめずり。前足なめなめ顔ゴシゴシ。そしてゴロンと横になる。

 食べ残しに砂をかけて隠すしぐさをしていたが、そのうちそれすらしなくなった。隠す必要すら感じなくなったらしい……。ここはニャン太と私しかいない。ニャン太にとって私はご飯をくれる者。

 ご飯の催促も覚えた。悲しそうにうつ向いて皿の前に座るのだ。しょんぼりと皿を見つめ、ちらっちらっと私を見る。ひもじそうな顔をして。……だまされないぞ。さっきご飯をあげたじゃないか!



 ニャン太は夜鳴き猫である。寂しがり屋のかまってちゃん。猫のニャン太は夜行性。ハイテンションの活動時間に私がベッドで寝ているのが不満らしい。ニャーニャーニャー! 夜明け前に起こしにくる。

 一緒に寝よう、と抱っこしてベッドの中へ連れ込むが、ダッシュで逃げられる……。添い寝を拒否される私。

 ニャン太はしつこい猫である。ニャーニャーニャー! 私をベッドで寝かせてくれない。

 鳴き起こされて、ふらふら居間へ……。私はそこで寝落ちしてしまう時がある。固くて冷たい床の上、冬は寒くて、夏は体が痛くて目が覚める。しかも変な夢を見る……。起こすなら今でしょ! けれどニャン太は起こしてくれない。

 私が床の上で寝るのはOKらしい。ベッドはNG。それはなぜ? ニャン太は理由を教えてくれない。

 私が会社で仕事中、ニャン太は家で惰眠を貪る。私は会社で睡魔と激闘!

 睡眠不足をニャン太のせいにしてはいけない。全ては自己管理、自己責任である。……頑張れ私!



 ニャン太にも調子の悪い時がある。猫風邪、鼻水、鼻グシュン! 食欲落ちる。

 そういう時は手からあげる。私の手のひらにカリカリをのせてニャン太の口もとに持ってゆくと、カリカリ食べる。ニャン太の口もとの短い毛が、私の手のひらにふわふわ触れる。

 皿と違って私の手のひらにのる量は少ない。たくさんのせるとポロポロとこぼれ落ちるので、少なめにのせて、なくなるたびに補充する。私はしゃがんで右手にカリカリをのせてニャン太の口もとの高さにキープしつつ、左手で床の上の皿からカリカリをつかんで右手に移すことを繰り返す。

 ニャン太はこの食べ方がお気に召したらしい。風邪が治って元気になっても、皿から食べない。私の手からでないと食べなくなった……。

 しかたなく、私はニャン太の前にひざまずき、カリカリを手にのせてさし出すのだ。ニャン太が私の手に飽きるまで。



 私がイスに座っていると、ニャン太がトコトコやってきて、前足チョイチョイ、『そこを退け』……私のイスなのに。

 座イスの上でニャン太がゴロゴロ丸くなり、私はその横、床の上に正座して、ご飯を食べたりテレビを観たり……、なんか違う。

 またある時は、ちゃぶ台のど真ん中にニャン太が寝そべり、私はちゃぶ台のすみっこでご飯を食べる。時には膝の上に皿をのせて食事する。……なんでこうなる?

 それとも猫を飼うと、みんなこうなるものなのか? 猫の魅力に抗えず、言いなりになってしまうのだろうか? 新しい膝かけも毛布も座布団も、気づけばニャン太の下敷きに。踏み踏みして寝そべって、毛だらけにしてしまう。新品をニャン太に取られ、私は古い物を再利用……。

 私にも新品を! そう思って、私の分とニャン太の分を買って帰った。すると、違いのわかる猫ニャン太は迷わず高い方を取っていった。いや、それ、私のなんだけど……。



 ニャン太がうちに来た頃は、パサついた毛にフケが浮いていた。黒い毛に白いフケは目立つ。

 ニャン太はブラッシングを嫌がった。ブラシをガジガジ噛んで爪を立てる。得体の知れない物体が、体の上を行き来するのが気に入らないらしい。

 ある時、ニャン太がなめハゲに!? ストレスを和らげようと毛づくろいをして、なめてなめてなめまくってハゲてしまったのだ……。

 そのストレスの原因が……わからなかった。

 近所で騒がしい工事をしていたから? けれど工事が終わっても、なめなめは止まらない。私が十分にかまってあげていなかった? けれどニャン太をかまいまくったら、ハゲ進行。冬だから? 窓が曇って外の景色が見えないから? それとも乾燥? ストーブ? 何がストレス? 全てがストレス?

 なめなめを止めさせようと色々試した。エリザベスカラー、エリザベスウェアー、ニャン太はエリザベスをひどく嫌がった。なめようとするたびに、手でさえぎったり邪魔したり……。けれどうまくいかず、逆にどんどんハゲてゆく……。

 ニャン太の下っ腹から内もも、脇から腕の内側まで、痛々しくハゲてしまった……。もうどうしていいかわからない。

 私はとうとうあきらめた。ニャン太のハゲはヤスリ舌でこすれて赤くなっているものの、化膿しているわけではない。痛々しいけどハゲているだけである。もうこうなったら気の済むまでなめさせようと、私はニャン太の好きにさせた。

 そしたらニャン太は落ち着いた。あまりなめなくなり、毛が生えてきた。やがてハゲはきれいに消えた。

 そしてその頃からニャン太はフラッシングが大好きになった。この物体が体の上を行き来すると気持ちいい! ということに気づいたらしい。毛並みも良くなり、フケも消えた。

 私はニャン太にせがまれて、1日3、4回、そのやわらかな毛にブラシを入れる。ニャン太はゴロニャンゴロニャンゴロニャンと、気持ちよさそうに体をうねうねくねらせるのだ。



 ニャン太がうちに来た時は、爪とぎひとつだけだった。それが今では、爪とぎ7つ、ベッドは6つ、おもちゃたくさん……。いつのまにか増えてゆく。

 トイレの砂、キャットフード、おもちゃ、それらを入れる箱3つ。箱は上に人が座れるようになっている。実際に座っているのは猫である。

 ニャン太は家中を駆け回り、ところかまわず寝転がる。床からちゃぶ台イス机、駆け上がり駆け下りジャンプ! 棚の上から冷蔵庫のレンジの上へ飛び乗って一休み。息を整え、うたた寝タイム。キャットタワーがなくても上下運動ばっちりである。

 床の上にも机にも棚の上にもどこにでも、私の物を置いてはいけない。ニャン太にパシッと前足で叩き落とされるのがオチである。床の上には吐き戻し。

 決して広い家ではない。物を捨てなければ溢れてしまう。捨てるタイミングは収納場所がいっぱいになった時。捨てる基準は使用頻度。購入価格は完全無視。

 食器と調理器具は毎日使う物以外は捨てる。服は1年着なければ捨てる。靴もバックも同じ。着なくても取っておくのは喪服だけ。その喪服でさえ、いざという時に体型が変わっていて着られなかったりする……。ショックで泣きそう。

 そうやって年に何度か私の物をゴミ袋いっぱい捨てている。それなのに家の中の物が減らない。私の物が減るたびに、ニャン太の物が増えてゆく……。自分の物は躊躇なく捨てられるのに、ニャン太の物は躊躇する。……捨てるって難しい。

 だったら買わなければいいのだ。……わかっている。わかっちゃいるけど、猫のグッズは魅力的。ニャン太の喜ぶ顔が目に浮かぶ。……買わないって難しい。



 暑くなるとニャン太は溶ける。ぐんにゃり、でろ〜ん、でろでろり〜ん。板の間、玄関、ちゃぶ台、窓辺……。凉しい場所や風の通り道を見つけては、でろり〜んと寝そべっている。

 あお向けで転がっていることも多い。足を広げて……。ニャン太よ、お前には慎みとか羞恥心というものはないのか? ……ないらしい。全開である。

 黒猫のニャン太はヒゲも肉球も真っ黒なのだが、ただ1か所だけ真っ白な部分がある。エンジェルマークとかいうらしい。

 私の想像では……、ある時ニャン太のもとに天使が舞い降りた。ニャン太はすかさず、あお向けに寝転び足を広げ『男の大事な部分に祝福を!』とお願いした。天使はそこに触れるのをためらって、迷った末に、そこより少し上の方に触れた……。現実は、ただの遺伝子のイタズラなのだろうけど。もしくは進化という名の実験か。

 なんにせよ、このきわどい部分だけを真っ白にして目立たせるという、よくわからない配色のニャン太である。角度によっては白いパンツをはいているようにもみえる。白いブリーフ? いや、Tパックかも。

 天使になでてもらったせいか、ニャン太はお腹をなでられるのが嫌いじゃない。むしろ好き。

 ニャン太のお腹は、たるんたるん。このたるみは、ルーズスキンというらしい。……ファットじゃなくて?

 ほどよく溶けたニャン太のお腹をなでながら、私ははてなと首を傾げる。これは脂肪か? それとも皮ふか? はたまた天使の祝福か?

 私になでられゴロニャンとニャン太はますます溶けてゆく。



 外食をして家に帰ると、待ちかまえていたニャン太に口臭チェックをされる。ふんふんと嗅ぎまわり、『俺のいないところで旨い物を食ってきたな』という顔をする。皿の前に座って、ジーと私を見つめてくる……。私はニャン太の視線を無視できず、柔らかトロトロの猫缶を開けるのだった。

 次の日、ニャン太にいつものキャットフードをあげると、ちょっと匂いを嗅いで、『これじゃない』って顔をする……。いやいやいや、これだから! いつもカリカリ音をたてて食べているの、これだからー! けれどニャン太は『昨夜のは、これじゃない』とソッポを向く。……困ったなぁ。もう〜。

  しかたなく、ドライフードに猫缶を混ぜてあげると、ニャン太は匂いを嗅いで思案顔。『まぁ、いいだろう。これでがまんしてやるか』とばかりに食べはじめた……。ガツガツ完食。……やれやれ。

 ご馳走をあげると、元のフードに戻すのにひと苦労。



 ある日ニャン太を病気へ。キャリーバッグに入れるのも大変だけれど、それは序の口。本番はその後で。

 家を一歩出たとたん、バッグの中で鳴き騒ぐ。声を張り上げ鳴き叫ぶ。

 ニャー! ニャー!! ニャー!! 

 ニャン太の入ったバッグは重い。病院までヨロヨロとよろめき走り、約10分。私は汗だく、息ゼーゼー。ニャン太は待合室でも鳴き止まず、診察台では大暴れ。会計を待つ間も鳴き続け、帰り道でも猛抗議!

 バッグの中から、ニャー! ニャー!! ニャー!!

 道行く人が振り返る。あぁ、やめて。恥ずかしい。お願いだから泣き止んで。アパートの階段を3階まで一気に駆け上がる。

 ニャー! ニャー!! ニャー!!

 あぁ、やめて。近所迷惑。お願いだから鳴き止んで。

 家の中に一歩入ると、ピタリと鳴き止み、ニャン太は短いしっぽをプリプリ振ってバッグから出ていった。骨太、大柄、ぽっちゃりのニャン太は重い。私は汗だく、息ゼーゼー。玄関にへたばったまま、しばらく動けなかった。……もっと体力つけなくちゃ。ニャン太を運ぶ体力を。



 キャットフードは種類が豊富。ニャン太が美味しそうに食べるのを想像しながら選ぶ楽しみ、色々ありすぎて迷うストレス。

 どれがいいのかわからない。ニャン太の好みもわからない。食べるかどうか、あげてみないとわからない。新商品はどんどん出てくる。選択肢もどんどん増える。迷いまくる私。

 ところがある日、選択肢がなくなった。ニャン太のオシッコからキラキラ輝く結晶がバンバン出たのだ。こりゃまずい。かくしてニャン太のご飯は食事療法食のみとなった。

 食事療法食は種類が少ない。取り扱っている店も少なく、なかなか売っていない。ずらりと並ぶ普通のフードに目もくれず、食事療法食コーナーに一直線。私は迷うストレスから開放された。

 それでもやっぱり、ニャン太に色々美味しい物をあげたいと思ってしまう。ずらりと並ぶ普通のフードは魅力的。

 早く治りますように。



 黒猫は写真うつりが悪い。写真の中のニャン太は謎の黒い物体、もしくは影。撮った私でさえ首を傾げる難しさ。どこが頭で、どこがしっぽ? 短いしっぽにお腹の白。何が何やら判らない。私の写真フォルダーは、謎の黒い物体と不自然な影のオンパレードである。

 ニャン太の寝顔はかわいい。口からちょびっと舌がはみ出た間抜け顔や、ぐーすかぴーすかスヤスヤと寝息をたてていたりとか、幸せそうである。たまに薄目を開けてたり、白目。手足をピクピクさせてたり。どんな夢をみてるのか。

 ニャン太がぐっすり寝てる時、たまに爪切りに成功する。爪切りは1本2本とちまちまと地味にこっそり根気よく、寝込みを襲う。

 寝ているニャン太の体はあたたかい。そっとなでると、丸まったニャン太の体がふわりとほどける。ゴロニャンとのどを見せお腹を見せる。私はニャン太をなで回し、そのやわらかな毛に頬ずりする。

 


 冷蔵庫の表面は、紙をはるのにうってつけ。お知らせやハガキ、メモや予定やカレンダー。私の胸ぐらいの高さの冷蔵庫に、マグネットでペタペタと所狭しとはってある。

 ところがある日、ニャン太がマグネットに目をつけた。前足でチョイチョイ触れたかと思うと、パシッと床に叩き落とした。 ハラリと紙も落ちてきた……。ニャン太は丸いマグネットを、前足で交互にはじいてパス回し。そしていきなりシュートを打った!

 青いマグネットは、シュパーン! と冷蔵庫の下へ入っていった……。見事なゴールである。

 私はびっくりして冷蔵庫の下をのぞき込む。ニャン太も一緒にのぞき込む。

 私の手は入らない。ニャン太の手は短すぎて届かない。ライトで照らしてみたけれど、狭すぎて奥行きがありすぎて、よく見えない。定規を入れて探ってみたが、出てきたのは綿ゴミばかり……。マグネットは見つからなかった。

 これはもうお手上げだ。あきらめて体を起こした私の横で、ニャン太が再びシュートを決めた!

 マグネットはひとつじゃない。冷蔵庫にたくさんついている……。マグネットは前足ではじいて遊ぶおもちゃではないんだよ、なんてニャン太に通じない。目の前の壁に、おもちゃがたくさんついている!

 私は、ニャン太が伸び上がっても届かない高さに、紙とマグネットをずらした。冷蔵庫の三分の二が使えなくなった……。いきなりスペースが三分の一に縮小された。しかたがない。整理して、不要な紙はすぐ捨てよう。

 ニャン太と暮らしはじめてから、私は物をためなくなった。物をためておくスペースが、どんどんなくなってゆく……。

 ニャン太は時々、どこかの隙間にもぐり込み、黒い毛皮にホコリをつけて出てくる。私の掃除ができていない事を、全身で教えてくれるのだ。

 ゴミがたまるスペースは、たくさんある……。



 猫は、わりとよく吐く生き物だ。ニャン太も時々、嘔吐する。

 ごはんをガツガツ一気食い。早食いして舌なめずり。満足したかな? と思ったら、ゲポッゲポッと全部吐く。あげる量が多すぎた? 少なくすると文句を言われる。カラになった皿を見つめ『お腹がすいた』と訴える。……適量って難しい。

 毛玉を吐き出すこともある。黒い毛玉をベチャッとな。

 吐いたニャン太はスッキリ元気。吐かれた私は後始末。

 ニャン太は、冷蔵庫のレンジの上がお気に入り。それはいい。だけど、そこから吐くのはやめて。マーライオンみたいに、高いところからガボガボ吐くのはやめて。

 吐くのは止められない。しかたがない。でも、後始末は泣きたいぞ。

 ある夜、ふと目を覚ました私。暗闇の中で、ゲポッゲポッと音がする⁉

 電気をつけると、ベッドの下からニャン太が出てきた。あああ……。ニャン太がベッドの下で、ゲボ吐いたぁー!

 時計の針は深夜2時。私はベッドの下をのぞき込み、ライトで照らしてゲボ探し……。見つけたけれど、かなり奥。手が届かない。

 放置してキノコが生えたら怖いから、何としてでも取り除かねば!

 私は、ふとんをどけてマットをどけてベッドの底板を外し、上からゲボを取り除いた。ニャン太は目を丸くして、ウロウロしている。

 ベッドを元に戻した私は、時計を見る。朝まであと何時間?

 そこへニャン太がやってきて『遊ぶ時間だ。向こうへ行っておもちゃを振って!』と目を輝かせて私を誘う。私に拒否権はない。

 私はニャン太と遊び、ごはんをあげた。私の睡眠時間が過ぎてゆく……。

 朝になると、私は会社へ、ニャン太は夢の中へ行く……。



 ニャン太は毛玉のおもちゃが大好きで、私が振ると、お尻フリフリ爪ギチギチ、狙いを定めて飛びかかってくる。逃げる毛玉を追いかけて、回転キャッチ!

 かぎ爪で獲物をサッと引っ掛け、前足でハシッと挟み、ガジガジと牙を突き刺す。おもちゃはニャン太のヨダレでべっちゃり、噛まれて変形、ゴミ箱へさようなら。

 ニャン太はトンネルも大好きで、ちゃぶ台の下に置いてあるトンネルにズサーと駆け込む、隠れる。ただ、残念なことに、お尻が出ている、見えてる。もう少し前に行けば全身すっぽりかくれるのだが……。本人は息を潜めて完璧に隠れているつもり。頭隠して尻丸出しのニャン太である。

 ニャン太は踏み踏みも大好きで、毛布や布団やわらかくてふかふかした物を、前足で踏み踏み、もみもみ、リズミカルに一心不乱。

 私はスリムを目指して腹筋運動。ぽっちゃりニャン太にお手本を! 運動終えて疲れた私があお向けになって休んでいると、ニャン太が音もなくやって来て、おもむろに私のお腹を踏み踏みしだした……。

 これは…⁉ どう捉えればいいのだろうか? お疲れ様のマッサージ? それとも……まさか⁉ 私のお腹は、毛布や布団と同じ踏み心地⁉ やわらかで……むっちり……ふにゃん⁉

 呆然と天井を見つめる私の腹を、ニャン太は嬉しそうにゴロゴロと一心不乱に踏み踏みし続けるのだった……。



 ニャン太は、けりぐるみにハマらない。動画で猫が、ぬいぐるみを抱きしめて後ろ足で蹴り蹴りしているのをよくみるが、ニャン太はめいぐるみに見向きもしない。私の腕を、前足でガシッとつかみ甘嚙みしながら後ろ足で蹴ってくる……。私の腕ではなくて、ぬいぐるみを蹴ってくれ! そのための、けりぐるみなのだから。

 ニャン太は小さなおもちが好きらしい。見るからに弱っちい小さなおもちゃを追い回し、爪でひっかき叩きつけ嚙みついて、獲物をいたぶる喜びに大興奮のニャン太である。

 新しいおもちゃが気に入ると、ニャン太は口にくわえて『うーなーおー!』と叫ぶ。気に入らないと、においを嗅いで終わりである。

 猫グッズを買っても、半分ぐらいは無視されて放置され、未使用のまま捨てられる。新しい物を買う時は、賭けである。

 ニャン太は爪とぎが大好きだ。どんな爪とぎも、バリバリ使ってくれる。爪とぎにハズレなし!

 ポール型の爪とぎも気に入って、後ろ足て立ち上がり、バリバリと爪をとぎまくった。愛用されてボロボロになったので、新しいのを買った。ところが、ニャン太は新しい爪とぎポールに見向きもしない⁉ ……なぜ?

 私には同じに見えても、ニャン太には全く違うものらしい。何が違うのか? 何が気に入らないのか? わからぬまま、それはニャン太に爪一本ふれられることなくサヨウナラ。ゴミ収集車に乗って去って行った……。

 よし、それならば! と私は縄を巻いて爪とぎを自作した。ニャン太は私の力作のにおいすら嗅いでくれなかった……。私は時間と労力をかけて、粗大ゴミを作ってしまった。

 私はボロボロになった爪とぎと全く同じ商品、同じ品番の物を新たに買った。するとニャン太は、すぐさまバリバリ爪をとぎはじめた……。爪とぎにも、ハズレがあった。

 ニャン太の好みは難しい。何年一緒に暮らしても、私にはニャン太の好みがわからない。ニャン太のことがわからない。謎だらけだ。そこがまた魅力でもある。猫の沼。



 ニャン太が顔のまわりを掻きまくる。カイカイカイ。後ろ足で搔き搔き搔き。目の上、ほっぺた、のどやあごの下がハゲてきた。

 病院に連れて行ったら、診断は食物アレルギー⁉ 結石も治って、市販のご飯を色々あげていたからか……。

「この薬はかなり苦いので、飲ませるのに苦労すると思います」

 先生にそう言われた粉薬。猫缶に混ぜてあげたらニャン太は完食。『うまうま』皿をきれいに舐めて舌なめずり。『もっと欲しい!』と私を見上げる。……苦い薬に気づかなかった? いつもカリカリに猫缶を混ぜてあげているので、猫缶オンリーがとてもおいしかったらしい。

 食事療法食は味もにおいも薄いのか、はじめはおいしくなさそうに食べていたニャン太だが、そのうちペロリとたいらげるようになった。お代わりを要求してくる。

 先生に「もう少し体重が軽い方がいいかな」と言われたニャン太。私も健康診断で同じことを言われた……。言うは易く行うは難しである。



 寒くなってくると、ニャン太はふとんの中に入ってくる。猫の体温は人より高い。私は湯たんぽを使わなくなった。

 ニャン太はふとんに入る時、いつも右側から入る。そして私の体を踏みつけながらゆっくりと、足の方へ移動する。なぜ、わざわざ私の体の上を歩くんだ? 踏みつけられて、私が喜んでいるとでも? 飼い主をいたぶる猫心。私の愛を試してる?

 足の間に陣取るニャン太。私のすねに、ぴとっと触れる肉球の感触に喜んでいたら、グイッと足を押しのけられた……。私の足が、邪魔なのか⁉

 ニャン太のおかげであたたかい。けれど、ニャン太のせいで寝返りがうてない。けどもしかしたら、寝ている間は無意識に、足でニャン太を押しのけているのかもしれない……。

 朝になると、私はニャン太を起こさぬように、ふとんからそっと足を引き抜く。するとニャン太は、邪魔者がいなくなったとばかりに体を伸ばし、ふとんの真ん中でのびのびぬくぬく二度寝するのだ……。

 私の足に、小さな引っ搔き傷がついていた……。早急に、ニャン太の爪を切らなければ!



 家の中で吐く息が白くなり、昨日干した洗濯物が1ミリも乾くことなく濡れたまま。こうなるとさすがにストーブに手が伸びる。

 灯油代を気にしつつ、洗濯物をストーブの前に持ってきてストーブをつけると、すかさずニャン太がやって来る。ニャン太はストーブに顔をくっつけんばかりに近よって、まるで置物のように動かない。ただ今ニャン太は解凍中。

 ストーブを洗濯物とニャン太に占領されて、しかたなく私はもう一枚羽織って厚着して、寒さをしのぐ。外は雪。窓は凍って開かなくなる。ストーブはニャン太をあたため、洗濯物を乾かし、部屋の温度を上げて、最後に私をあたためる。……なんか順番が違う気がする。

 ストーブの前で固まっていたニャン太は、暫くするとやわらかくなり、伸びて溶けて、うにゃりと寝そべる。私の足もとにゴロリと転がり、ホカホカのお腹をなでさせてくれる。のどを鳴らして体をくねらせ、ゴロニャンとブラッシングを要求する。……なんて可愛い。かまってちゃん。

 ニャン太との暮らしは、ちょっと大変、幸せいっぱい。私はニャン太を抱きしめる。大好きだよ、ありがとう。

 ニャン太はうるさそうにしっぽを振って、のどを鳴らした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ニャン太がゴロニャン 塩田千代子 @nan5

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画