ニャン太がゴロニャン

塩田千代子

第1話

 家に帰ると、いつもニャン太がお出迎え。玄関で私の帰りを待っているのだ。

 これは本当に嬉しくて、ドアを開け、ニャン太の姿を見るたびに顔がほころぶ。たまに早く帰ると、ニャン太があわてて走ってくる。それもかわいい。

 ニャッ! と短く鳴いて、私の足に体をこすりつけてから、ニャン太は床にゴロリと転がる。なでなでを要求してるのだ。

 日が長い春や夏は家の中にも日が入ってくるので明るい。すぐにニャン太をなでなでできる。けれど、日が短くなるにつれ家の中もどんどん暗くなる。同じ時間に帰っても、季節によって明るさが全然違う。

 電気のついている明るいアパートの廊下から暗い家の中へ入ると全く見えない。視界ゼロの闇の中、足もとに横たわる黒猫を手探りで探しあて、なでまわす。ニャン太の体は、夏はホカホカ、冬は冷え冷え。

 ゴロゴロとのどを鳴らすニャン太を抱きしめ、モフモフの毛皮に顔をうずめているうちに、目が慣れる。猫のようにはいかないが、人の目も以外と暗闇で見えるものである。



 私がトイレに入ると、ニャン太はドアの外で鳴く。

『そこに隠れて何をしている!?』

 ニャーニャーニャーニャー!

 私がトイレから出てくるまで、しつこく鳴き続ける。……落ち着いて用を足せない。

 腸が不調の時もある。トイレにこもる私。

空気の読めない猫ニャン太は、ドアの外で声を張り上げ爪で引っ掻く。

 ニャーニャーニャーニャー! カリカリカリ。

 私の具合が悪化する。察してくれ、ニャン太。臭いでわかるだろ?

 全くわからず察しないニャン太が、ドアの前で鳴き騒ぐ。

 ニャーニャーニャーニャー! カリカリカリ。

 私はあきらめドアを開け、ニャン太は短いしっぽを高々上げてトイレの中へ入ってくる。狭いトイレの探索に飽きたニャン太はゴロニャンと床に寝そべりくつろいで、腹を下した私をながめる。

 その後も、私がトイレに入るたび、ニャン太がドアの前で鳴きわめくので、ドアを開けてやるようになり、次第にドアを閉めなくなった。

 ……私は慣れた。トイレのドアを全開で、用を足すのが普通になった。……慣れってヤバイ。



 ニャン太がうちに来た頃は、ご飯をあげるとすごい勢いでガッツいていた。

 それがある時、『おや?』と思ったらしい。

『目を離しても傍を離れても、ご飯がなくならない!?』

 ……ニャン太は気づいた。

『ご飯を盗られる心配をしなくていい!』

 それからは一気食いをパタリと止めた。そしてご飯を残すようになった。時間を置いて数回に分けてちまちまと食べるのだ。ウニャウニャ言いながら食べて、『うまかった』と舌なめずり。前足なめなめ顔ゴシゴシ。そしてゴロンと横になる。

 食べ残しに砂をかけて隠すしぐさをしていたが、そのうちそれすらしなくなった。隠す必要すら感じなくなったらしい……。ここはニャン太と私しかいない。ニャン太にとって私はご飯をくれる者。

 ご飯の催促も覚えた。悲しそうにうつ向いて皿の前に座るのだ。しょんぼりと皿を見つめ、ちらっちらっと私を見る。ひもじそうな顔をして。……だまされないぞ。さっきご飯をあげたじゃないか!



 ニャン太にも調子の悪い時がある。猫風邪、鼻水、鼻グシュン! 食欲落ちる。

 そういう時は手からあげる。私の手のひらにカリカリをのせてニャン太の口もとに持ってゆくと、カリカリ食べる。ニャン太の口もとの短い毛が、私の手のひらにふわふわ触れる。

 皿と違って私の手のひらにのる量は少ない。たくさんのせるとポロポロとこぼれ落ちるので、少なめにのせて、なくなるたびに補充する。私はしゃがんで右手にカリカリをのせてニャン太の口もとの高さにキープしつつ、左手で床の上の皿からカリカリをつかんで右手に移すことを繰り返す。

 ニャン太はこの食べ方がお気に召したらしい。風邪が治って元気になっても、皿から食べない。私の手からでないと食べなくなった……。

 しかたなく、私はニャン太の前にひざまずき、カリカリを手にのせてさし出すのだ。ニャン太が私の手に飽きるまで。



 私がイスに座っていると、ニャン太がトコトコやってきて、前足チョイチョイ、『そこを退け』……私のイスなのに。

 座イスの上でニャン太がゴロゴロ丸くなり、私はその横、床の上に正座して、ご飯を食べたりテレビを観たり……、なんか違う。

 またある時は、ちゃぶ台のど真ん中にニャン太が寝そべり、私はちゃぶ台のすみっこでご飯を食べる。時には膝の上に皿をのせて食事する。……なんでこうなる?

 それとも猫を飼うと、みんなこうなるものなのか? 猫の魅力に抗えず、言いなりになってしまうのだろうか? 新しい膝かけも毛布も座布団も、気づけばニャン太の下敷きに。踏み踏みして寝そべって、毛だらけにしてしまう。新品をニャン太に取られ、私は古い物を再利用……。

 私にも新品を! そう思って、私の分とニャン太の分を買って帰った。すると、違いのわかる猫ニャン太は迷わず高い方を取っていった。いや、それ、私のなんだけど……。



 ニャン太がうちに来た頃は、パサついた毛にフケが浮いていた。黒い毛に白いフケは目立つ。

 ニャン太はブラッシングを嫌がった。ブラシをガジガジ噛んで爪を立てる。得体の知れない物体が、体の上を行き来するのが気に入らないらしい。

 ある時、ニャン太がなめハゲに!? ストレスを和らげようと毛づくろいをして、なめてなめてなめまくってハゲてしまったのだ……。

 そのストレスの原因が……わからなかった。

 近所で騒がしい工事をしていたから? けれど工事が終わっても、なめなめは止まらない。私が十分にかまってあげていなかった? けれどニャン太をかまいまくったら、ハゲ進行。冬だから? 窓が曇って外の景色が見えないから? それとも乾燥? ストーブ? 何がストレス? 全てがストレス?

 なめなめを止めさせようと色々試した。エリザベスカラー、エリザベスウェアー、ニャン太はエリザベスをひどく嫌がった。なめようとするたびに、手でさえぎったり邪魔したり……。けれどうまくいかず、逆にどんどんハゲてゆく……。

 ニャン太の下っ腹から内もも、脇から腕の内側まで、痛々しくハゲてしまった……。もうどうしていいかわからない。

 私はとうとうあきらめた。ニャン太のハゲはヤスリ舌でこすれて赤くなっているものの、化膿しているわけではない。痛々しいけどハゲているだけである。もうこうなったら気の済むまでなめさせようと、私はニャン太の好きにさせた。

 そしたらニャン太は落ち着いた。あまりなめなくなり、毛が生えてきた。やがてハゲはきれいに消えた。

 そしてその頃からニャン太はフラッシングが大好きになった。この物体が体の上を行き来すると気持ちいい! ということに気づいたらしい。毛並みも良くなり、フケも消えた。

 私はニャン太にせがまれて、1日3、4回、そのやわらかな毛にブラシを入れる。ニャン太はゴロニャンゴロニャンゴロニャンと、気持ちよさそうに体をうねうねくねらせるのだ。



 ニャン太は爪とぎが大好きだ。バリバリと爪をとぐ。ある日ニャン太は、壁で爪をといでみよう! と思い立って、即実行!

 ダメだってば!! ここは賃貸なんだからー! って、そんなの猫には『関係ねぇ!』

 言ってもダメなら実力行使! 壁にダンボールを立てかけたり、カレンダーやシートを貼ってガードした。これでニャン太は爪をとげない。

 ホッとしたのもつかの間で、ニャン太は画鋲に目をとめた。前足でチョイチョイと画鋲に爪を引っかけて、壁から引っこ抜いたのだ! 一難去ってまた一難。

 朝起きて、何気なく壁を見て……!? 青くなる私。紙の一部がはがれてめくれ……画鋲がない!? そんなバカな! 画鋲はどこへ!? どこに落ちた? 飛んでった? 私は慌てて画鋲を探す。床に這いつくばり這い回る私を、ニャン太が不思議そうにながめている……。それを何度もくり返し……。

 私は画鋲を隠す事を思いついた。壁にさした画鋲の平らな部分に両面テープを貼って、その上に紙をくっつけるのだ。これなら紙に隠れて画鋲は見えない。我ながらいい案だ。

 これにて一件落着! ひとり悦に入る私であった。



 ニャン太がうちに来た時は、爪とぎひとつだけだった。それが今では、爪とぎ7つ、ベッドは6つ、おもちゃたくさん……。いつのまにか増えてゆく。

 トイレの砂、キャットフード、おもちゃ、それらを入れる箱3つ。箱は上に人が座れるようになっている。実際に座っているのは猫である。

 ニャン太は家中を駆け回り、ところかまわず寝転がる。床からちゃぶ台イス机、駆け上がり駆け下りジャンプ! 棚の上から冷蔵庫のレンジの上へ飛び乗って一休み。息を整え、うたた寝タイム。キャットタワーがなくても上下運動ばっちりである。

 床の上にも机にも棚の上にもどこにでも、私の物を置いてはいけない。ニャン太にパシッと前足で叩き落とされるのがオチである。床の上には吐き戻し。

 決して広い家ではない。物を捨てなければ溢れてしまう。捨てるタイミングは収納場所がいっぱいになった時。捨てる基準は使用頻度。購入価格は完全無視。

 食器と調理器具は毎日使う物以外は捨てる。服は1年着なければ捨てる。靴もバックも同じ。着なくても取っておくのは喪服だけ。その喪服でさえ、いざという時に体型が変わっていて着られなかったりする……。ショックで泣きそう。

 そうやって年に何度か私の物をゴミ袋いっぱい捨てている。それなのに家の中の物が減らない。私の物が減るたびに、ニャン太の物が増えてゆく……。自分の物は躊躇なく捨てられるのに、ニャン太の物は躊躇する。……捨てるって難しい。

 だったら買わなければいいのだ。……わかっている。わかっちゃいるけど、猫のグッズは魅力的。ニャン太の喜ぶ顔が目に浮かぶ。……買わないって難しい。



 暑くなるとニャン太は溶ける。ぐんにゃり、でろ〜ん、でろでろり〜ん。板の間、玄関、ちゃぶ台、窓辺……。凉しい場所や風の通り道を見つけては、でろり〜んと寝そべっている。

 あお向けで転がっていることも多い。足を広げて……。ニャン太よ、お前には慎みとか羞恥心というものはないのか? ……ないらしい。全開である。

 黒猫のニャン太はヒゲも肉球も真っ黒なのだが、ただ1か所だけ真っ白な部分がある。エンジェルマークとかいうらしい。

 私の想像では……、ある時ニャン太のもとに天使が舞い降りた。ニャン太はすかさず、あお向けに寝転び足を広げ『男の大事な部分に祝福を!』とお願いした。天使はそこに触れるのをためらって、迷った末に、そこより少し上の方に触れた……。現実は、ただの遺伝子のイタズラなのだろうけど。もしくは進化という名の実験か。

 なんにせよ、このきわどい部分だけを真っ白にして目立たせるという、よくわからない配色のニャン太である。角度によっては白いパンツをはいているようにもみえる。白いブリーフ? いや、Tパックかも。

 天使になでてもらったせいか、ニャン太はお腹をなでられるのが嫌いじゃない。むしろ好き。

 ニャン太のお腹は、たるんたるん。このたるみは、ルーズスキンというらしい。……ファットじゃなくて?

 ほどよく溶けたニャン太のお腹をなでながら、私ははてなと首を傾げる。これは脂肪か? それとも皮ふか? はたまた天使の祝福か?

 私になでられゴロニャンとニャン太はますます溶けてゆく。



 外食をして家に帰ると、待ちかまえていたニャン太に口臭チェックをされる。ふんふんと嗅ぎまわり、『俺のいないところで旨い物を食ってきたな』という顔をする。皿の前に座って、ジーと私を見つめてくる……。私はニャン太の視線を無視できず、柔らかトロトロの猫缶を開けるのだった。

 次の日、ニャン太にいつものキャットフードをあげると、ちょっと匂いを嗅いで、『これじゃない』って顔をする……。いやいやいや、これだから! いつもカリカリ音をたてて食べているの、これだからー! けれどニャン太は『昨夜のはこれじゃない』とソッポを向く。……困ったなぁ。もう〜。

  しかたなく、ドライフードに猫缶を混ぜてあげると、ニャン太は匂いを嗅いで思案顔。『まぁ、いいだろう。これでがまんしてやるか』とばかりに食べはじめた……。ガツガツ完食。……やれやれ。

 ご馳走をあげると、元のフードに戻すのにひと苦労。



 ある日、家に帰ると、ニャン太が居間のドアにはさまっていた。ニャン太のお腹がつっかえている。

 ……目が合った。

 一瞬後、スポン! と抜けた。

 ニャン太は何事もなかったような顔をして私の足もとへやってくると、いつものようにゴロニャンとお出迎え。なでてなでてと寝転がり腹を出す。

 私はニャン太のむっちりとした体を抱きしめた。……痩せるって難しい。



 雷鳴が、ドドドドドド!! 稲妻ビカッ!! うおっ⁉ 雷だ!

 私はカーテンの裾を持ち上げて、窓から外を覗く。ガラス越しでも稲光は凄い! 音も凄い! 自然の迫力はすごいなぁ。

 部屋の中に目を戻すと、ニャン太が座布団の上でのほほんと寝そべっている……。いやいやいや、くつろぎすぎ! この光が見えないのか? カーテン越しにも光っている! この音が聞こえない? 鳴り響くこの音が! ……ニャン太には全く響かない。どこ吹く風である。

 ニャン太が私を見て、ゴロニャンとのどを見せる。ご要望にお応えして、なでなですると気持ち良さそうに体を伸ばしてゴロリとお腹を見せる。お腹から胸のどもとを、なでなでなで。ついでに頬も頭もわしゃわしゃなでる。ニャン太がのどをゴロゴロ鳴らす。私もなんだかうれしくなる。

 外は雷鳴、稲妻ビカッ!

 家の中は平和だなぁ。



 ある日ニャン太を病気へ。キャリーバッグに入れるのも大変だけれど、それは序の口。本番はその後で。

 家を一歩出たとたん、バッグの中で鳴き騒ぐ。声を張り上げ鳴き叫ぶ。

 ニャー! ニャー!! ニャー!! 

 ニャン太の入ったバッグは重い。病院までヨロヨロとよろめき走り、約10分。私は汗だく、息ゼーゼー。ニャン太は待合室でも鳴き止まず、診察台では大暴れ。会計を待つ間も鳴き続け、帰り道でも猛抗議!

 バッグの中から、ニャー! ニャー!! ニャー!!

 道行く人が振り返る。あぁ、やめて。恥ずかしい。お願いだから泣き止んで。アパートの階段を3階まで一気に駆け上がる。

 ニャー! ニャー!! ニャー!!

 あぁ、やめて。近所迷惑。お願いだから鳴き止んで。

 家の中に一歩入ると、ピタリと鳴き止み、ニャン太は短いしっぽをプリプリ振ってバッグから出ていった。骨太、大柄、ぽっちゃりのニャン太は重い。私は汗だく、息ゼーゼー。玄関にへたばったまま、しばらく動けなかった。……もっと体力つけなくちゃ。ニャン太を運ぶ体力を。



 キャットフードは種類が豊富。ニャン太が美味しそうに食べるのを想像しながら選ぶ楽しみ、色々ありすぎて迷うストレス。

 どれがいいのかわからない。ニャン太の好みもわからない。食べるかどうか、あげてみないとわからない。新商品はどんどん出てくる。選択肢もどんどん増える。迷いまくる私。

 ところがある日、選択肢がなくなった。ニャン太のオシッコからキラキラ輝く結晶がバンバン出たのだ。こりゃまずい。かくしてニャン太のご飯は食事療法食のみとなった。

 食事療法食は種類が少ない。取り扱っている店も少なく、なかなか売っていない。ずらりと並ぶ普通のフードに目もくれず、食事療法食コーナーに一直線。私は迷うストレスから開放された。

 それでもやっぱり、ニャン太に色々美味しい物をあげたいと思ってしまう。ずらりと並ぶ普通のフードは魅力的。

 早く治りますように。



 黒猫は写真うつりが悪い。写真の中のニャン太は謎の黒い物体、もしくは影。撮った私でさえ首を傾げる難しさ。どこが頭で、どこがしっぽ? 短いしっぽにお腹の白。何が何やら判らない。

 しかもニャン太は落ち着きがない。ウロチョロと動き回り、キョロキョロとよそ見をする。ブレまくる写真。結果、もっぱら寝ている姿を撮ることになる。

 口からちょびっと舌がはみ出た間抜け顔や、ぐーすかぴーすかスヤスヤと寝息をたてていたりとか、幸せそうである。たまに薄目を開けてたり、白目。手足をピクピクさせてたり。どんな夢をみてるのか。

 ニャン太がぐっすり寝てる時、たまに爪切りに成功する。爪切りは1本2本とちまちまと地味にこっそり根気よく、寝込みを襲う。

 寝ているニャン太の体はあたたかい。そっとなでると、丸まったニャン太の体がふわりとほどける。ゴロニャンとのどを見せお腹を見せる。私はニャン太をなで回し、そのやわらかな毛に頬ずりする。

 あまりにも可愛くて、シャッターチャンス! ところが写った写真には、謎の黒い物体が⁉ なぜだぁ⁉ 私のスマホは謎の黒い物体と不自然な影のオンパレードである。しかも背景がほぼ同じ。うーむ、でもこれは仕方ないのだ。絵にも描けない美しさならぬ、写真にも写せぬ可愛いらしさなのだから。

 我ながらバカだと思うがニャン太は可愛い。ニャン太の寝姿を見るたびに思う。なんて可愛い生き物なんだ! 私はニャン太にメロメロである。



 ニャン太は夜鳴き猫である。寂しがり屋のかまってちゃん。猫のニャン太は夜行性。ハイテンションの活動時間に私がベッドで寝ているのが不満らしい。ニャーニャーニャー! 夜明け前に起こしにくる。

 一緒に寝よう、と抱っこしてベッドの中へ連れ込むが、ダッシュで逃げられる……。添い寝を拒否される私。

 ニャン太はしつこい猫である。ニャーニャーニャー! 私をベッドで寝かせてくれない。

 鳴き起こされて、ふらふら居間へ……。私はそこで寝落ちしてしまう時がある。固くて冷たい床の上、冬は寒くて、夏は体が痛くて目が覚める。しかも変な夢を見る……。起こすなら今でしょ! けれどニャン太は起こしてくれない。

 私が床の上で寝るのはOKらしい。ベッドはNG。それはなぜ? ニャン太は理由を教えてくれない。

 私が会社で仕事中、ニャン太は家で惰眠を貪る。私は会社で睡魔と激闘!

 そんなこんなを繰り返し……、私は学んだ。私が早く寝ればいい。朝方ニャン太に付き合わされる1〜2時間、その分早くベッドに入ればいいだけのこと。同時に私の睡眠の質を上げればいいのだ。……実行あるのみ!

 睡眠不足をニャン太のせいにしてはいけない。全ては自己管理、自己責任である。……頑張れ私!



 ニャン太はビニール袋が大好きである。カシャクシャと音が好き、なだけならなんの問題もないのだが……ニャン太はビニール袋を食べるのが大好きなのだ。

 大問題である。舌触りが好きなのか? それとも味か? 歯ごたえか? 何にせよ、食べるな危険! もしも器官や腸に詰まったら……考えただけで青くなる。

 いつだったか、ニャン太が袋をクチャクチャ噛んでいたので慌てて取り出そうとして、袋と一緒に噛まれたことがある。

 ニャン太の牙が私の人差し指に食い込んだ。それでも何とかニャン太の口から袋を取り出すことに成功した。ガブリと噛まれた私の指は、少し膿んだがきれいに治った。……痛かった。

 それにしても、野良猫時代、ニャン太はどうしていたのだろう。道端やゴミステーションなど、袋はそこらじゅうにあったと思うのだけれど……。まさか、野良時代は空腹で、袋も食べて消化していたとか? ……さすがにそれはないだろうけど。謎である。



 ニャン太は毛玉のおもちゃが大好きで、私が振ると、お尻フリフリ爪ギチギチ、狙いを定めて飛びかかってくる。逃げる毛玉を追いかけて、回転キャッチ!

 かぎ爪で獲物をサッと引っ掛け、前足でハシッと挟み、ガジガジと牙を突き刺す。おもちゃはニャン太のヨダレでべっちゃり、噛まれて変形、ゴミ箱へさようなら。

 ニャン太はトンネルも大好きで、ちゃぶ台の下に置いてあるトンネルにズサーと駆け込む、隠れる。ただ、残念なことに、お尻が出ている、見えてる。もう少し前に行けば全身すっぽりかくれるのだが……。本人は息を潜めて完璧に隠れているつもり。頭隠して尻丸出しのニャン太である。

 ニャン太は踏み踏みも大好きで、毛布や布団やわらかくてふかふかした物を、前足で踏み踏み、もみもみ、リズミカルに一心不乱。

 私はスリムを目指して腹筋運動。ぽっちゃりニャン太にお手本を! 運動終えて疲れた私があお向けになって休んでいると、ニャン太が音もなくやって来て、おもむろに私のお腹を踏み踏みしだした……。

 これは…⁉ どう捉えればいいのだろうか? お疲れ様のマッサージ? それとも……まさか⁉ 私のお腹は、毛布や布団と同じ踏み心地⁉ やわらかで……むっちり……ふにゃん⁉

 呆然と天井を見つめる私の腹を、ニャン太は嬉しそうにゴロゴロと一心不乱に踏み踏みし続けるのだった……。



 家の中で吐く息が白くなり、昨日干した洗濯物が1ミリも乾くことなく濡れたまま。こうなるとさすがにストーブに手が伸びる。

 灯油代を気にしつつ、洗濯物をストーブの前に持ってきてストーブをつけると、すかさずニャン太がやって来る。ニャン太はストーブに顔をくっつけんばかりに近よって、まるで置物のように動かない。ただ今ニャン太は解凍中。

 ストーブを洗濯物とニャン太に占領されて、しかたなく私はもう一枚羽織って厚着して、寒さをしのぐ。外は雪。窓は凍って開かなくなる。ストーブはニャン太をあたため、洗濯物を乾かし、部屋の温度を上げて、最後に私をあたためる。……なんか順番が違う気がする。

 ストーブの前で固まっていたニャン太は、暫くするとやわらかくなり、伸びて溶けて、うにゃりと寝そべる。私の足もとにゴロリと転がり、ホカホカのお腹をなでさせてくれる。のどを鳴らして体をくねらせ、ゴロニャンとブラッシングを要求する。……可愛い。

 自分勝手で気まぐれで甘ったれ。寂しがり屋のかまってちゃん。毎日毎日食っちゃ寢食っちゃ寢。日がな一日ゴロゴロしている。ゴロニャン、ゴロニャン、ニャーニャーニャー!

 ニャン太との暮らしは、ちょっと大変、幸せいっぱい。私はニャン太を抱きしめる。大好きだよ、ありがとう。

 ニャン太はうるさそうにしっぽを振って、のどを鳴らした。

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ニャン太がゴロニャン 塩田千代子 @nan5

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