バスケ部夏合宿 ①

 機嫌が悪そうにしていた美影と話が出来たのは、バスに乗る前だった。志保が買い忘れた物があると言って近くのコンビニ行っている間、俺と美影の二人きりになった。

 待っている間、黙っているのもなんとなく気まずいと何か話しかけようと悩んでいると美影が拗ねたように呟いた。


「よしくんのバカ……」

「えっ、な、なに?」


 突然の甘えたような声で状況が把握出来ずに振り向いてみると頬を膨らませている美影の顔があった。普段こんな表情をすることがないので思わず惚けてしまう。


「もう……」


 美影は恥ずかしそうに可愛らしく顔を背けてしまった。


「あっ、ごめん、ついかわいいくて……」


 美影を見つめていたのが恥ずかしくなってしまい顔が熱くなる。


(かわいいとか言ってしまったよ……)


 我に返って考えるとかなり恥ずかしくとなり、さっきまで機嫌の悪かった美影の様子が気になる。


「……」


 再び振り向いてみると顔を赤くして俯いている美影の姿があった。


「……」


 美影の姿を見て更に恥ずかしくなって俯いてしまいお互いに黙っていると、志保が小走りで戻ってきた。


「あれ⁉︎ どうしたの二人とも、何かあったの?」 


 戻ってきた志保はすぐに俺と美影の様子を見て驚いたような声を上げる。俺は顔を上げると、志保は何度か俺と美影の顔を見て何かを察して嬉しそうな顔になる。


「とりあえずは美影の機嫌は治ったのかな、ふふっ……」

「う、うん、もういいわ……」


 そう言って美影は顔を上げるとまだ頬が赤いままだったが、機嫌は良くなっていた。


「まだ夏休みは始まったばかりだから……」

「……うん」


 志保が小声で励ますように言うと美影も小さく頷き、笑顔になりいつもの表情になった。俺もやっと落ち着きを取り戻して美影の顔を見て安心をした。


「それじゃ、また明後日ね。来週は合宿があるよ」

「あっ、そうか」


 志保が俺にいつもの調子で合宿のことを話してきた。俺は忘れていた訳でないが、頭になかったので素っ気ない返事になった。

 美影も「そうだね」と言った表情で何度か頷いていて、何か呟いていたが聞き取ることが出来なかった。すっかりと機嫌の治ったは美影もいつもの笑顔になっていた。


 週が変わり夏休みも本番になり、今日はバスケ部の合宿の初日。午前中は通常の練習があってこの後は午後二時過ぎと夕食の後にも練習がある。バスケ三昧の一日だ。


「予想していたよりも練習時間が長いな、合宿の予定を組んだの長山だろう」

「あぁ、でも明日と明後日は練習試合があるからそうでもないぞ」


 嫌味のように俺が言うと長山が笑って答える。長山と皓太の三人で各自が持参してきた弁当を食べながら会話をしていた。合宿という名目なので練習が厳しいのは当然なのだが、もう一つの目的はチームワークを高めることだ。


「練習以外にも何かあるんだろう?」


 皓太が長山にイベント事を知りたそうに聞いてきた。俺と皓太は昨年の合宿には参加していないので、他の部員から話に聞いてはいたが実際にどんな感じなのかが分からないのだ。


「まぁ、バーベキューと花火ぐらいでそんな大したことはないぞ、一応学校の中だからな」

「えぇぇ、それだけ……」

「そうだよな」


 凄く残念そうな顔をしている皓太を横目に俺は苦笑いをしていた。


「あっ、そうだ忘れてたよ。宮瀬悪いけど、マネージャーの買い出しを手伝ってやってくれ」


 いきなり思い出したように長山が詫びながら依頼してきた。


「えっ、この後か?」


 弁当を食べ終わった俺は片付けながら面倒くさそうに聞いてみると、長山が俺の顔色を伺い「頼むよ」と付け加えてきた。俺は仕方なさそうに頷き「分かった」と返事をすると長山は安心したような表情になる。

 弁当の空を長山に頼みそのまま美影達マネージャーがいる調理室に行ってみることにした。

 本音を言うとあまり行きたくなかった。花火大会の後は、美影とまともに話をしていないのだ。これと言って理由がある訳ではないのだが、なんとなく話しにくかったのだ。


(あまり意識しすぎても変だからな、いつもどおりに……)


 頭の中でいろいろと整理していたのだが、気持ちを落ち着かせる前に調理室に到着してしまう。


「失礼します……長山に言われて来たんだけど……」


 戸惑ったままの気持ちでゆっくりと調理室に入り辺りを見渡すと志保と一年生のマネージャーが一緒に何かを調理している。美影はちょうど休憩をしていたみたいで俺には気が付いていないみたいだった。


「あれっ、由規が来たんだ……」


 調理をしていた手を止めて志保が返事をした。どうやら志保が長山に頼んだみたいだ。


「あぁ、そうだよ、買い出しに行くんだろう」

「うん、でも今、手を離せないだよね……ごめん、美影」


 手招きする志保に呼ばれて、美影は予想外のような顔をして、俺の存在に気が付いたようだった。慌てたように美影が志保の所にやって来る。


「ごめんね、休憩中に……」

「うん……」


 志保は美影に小さな声で何かを言いながら、買い出しのメモやお金を渡している。


「もう、しっかりしないさい……」

「うん、分かった……」


 二人のやり取りは分からなかったが、珍しく志保が励ましているようで、小さく美影が頷いてやっといつもの表情を取り戻した。


「それじゃ由規、頼んだよ」


 志保の表情は美影と対照的で何か楽しそうな雰囲気が見えた。俺は美影の様子が気になったのでここでは何も志保に何も言わずに「分かった」とだけ返事をした。


 歩いて十五分もかからない近くの店まで二人で並んで歩いていた。


「どうした、具合でも悪いのか?」

「ううん……ごめんね。何か心配させて……」


 美影は首を横に振り、微笑しながら返事をしてくれた。調理室を二人で出てから暫くお互いに無言が続いていて、焦ってきた俺が話しかけたが、具合が悪くないのは分かっていた。


(なんとなく気まずい……何か他の話題がないか……)


 美影の表情からして決して機嫌が悪い訳でもない、でもいつもとは何かが違うような気がする。

(なんだろう……何が違うんだ?)


 暫くすると美影は俺の隣を歩いて、何度か会話をすることが出来たけど結局何が違うのか分からないまま目的のお店に到着した。

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