雪はあなたと夢をみる

咲良雪菜

雪はあなたと夢をみる

 今日は珍しく雪が降っていた。

 寒くはなれど、雪が降ることはほとんどないこの地域に、珍しく朝から雪が降っていた。

 いつもは雨が降る。だけど、朝から降り落ちてくるのは、重い水の塊ではなく、ふわふわと軽い、白く風にのって舞っていく雪。それがずっとずっと降り続いて、足元にどんどんと積もっていった。そしてみるみるうちにあたりは銀の世界に飲み込まれていく。

 吐く息は白く、空に昇っていった。誰もが皆この世界を驚いていた。


「凄い……」


 僕の口からは、その一言しか出てこなかった。あまりの感動に、他に言葉を思うことなんてできなかったのだ。

 僕は、辺りに広がる銀の世界をこの体で感じようと、ちょっと厚めの上着を羽織って外に飛び出した。

 外は冷たい。体に受ける空気も、あたりに広がる雰囲気も。音も、時間も、全て止まってしまったかのようだった。

 そんな世界に僕は、ただ一人足を踏み入れていく。

 いつも見ている風景なのに、今日見るものは全てが違う。見たことのない世界だった。

 僕だって初めての経験だった。こんなにたくさんの雪を見るなんて。ましてこんなたくさんの雪の上を歩くなんて。だから寒さよりも楽しさのほうが、嬉しさのほうが大きかった。


「本当に冷たい」


 冷たさに感動していた。

 もう少し遠くまで行ってみよう。と、後ろに足跡が続いて行く。それを見ているのもなんだか楽しかった。

 いい年して子供っぽかったかな。なんて、思ってみる。でも楽しいものは楽しい。

 一人浮かれ気味に歩いていた。そんなときに、ふと吸い付くようにとある場所に目が行った。

 公園のベンチだった。普通の公園においてある普通のベンチ。だけど今日はいつもと違う世界のベンチ。

 に、座っている少女。白く長いストレートの髪が、雪を乗せる風になびいて揺らいでいた。この辺りでは見ないその雰囲気。ひと目見ただけだけど、伝わってくる儚い雰囲気。

 髪だけではない。少女の肌は透き通るほどの白さで、辺りの色に全く負けていなかった。

 僕は気づいたらその少女のもとへ歩み寄っていた。

 少女との距離が3メートル。

 その時、少女がくるりと僕の方を振り向いた。

 なんだろう。

 美しい。

 だけど、それだけではない。今にも消えてしまいそうな、壊れてしまいそうな、不思議な感覚が頭いっぱいにやってくる。

 青く反射する少女の瞳が、僕を見つめる。

 肌の白さが際立つように柔らかそうな唇は桜色。すべすべそうな肌にそっと塗ったような頬。

 僕は見惚れていたのかもしれない。


「……あの」


 と小さな少女の口から、か細い声が現れた。


「あ、えっと」


 何も考えずに近寄ったから、僕は慌てるしかできなかった。

 目線を右に左に。ちらちらと少女も見て。そして、気がつく。

 少女は灰色のロングワンピースに、ピンクのカーディガンを羽織っているだけの姿だった。これは……。


「あの、寒く、ないですか? こんな天気ですし」


 少女はちらりと自分の姿をみて、すぐに舞い降りてくる雪に視線を移す。


「雪が降ると、寒いです、よね」


 顔を動かさずに少女がつぶやいた。

 だから顔色は見えなかったけど、寂しそうな感じだった。

 

「あ、いや。あの、ごめんなさい。こんなっていうのはあれで……。雪が降るのって珍しくて、雪が積もった世界っていつも想像してたよりもとても綺麗で、僕は好きです」


 何、知らない人にいきなり雪好きを語ってるんだろうか。あの少女も困っているだろう。と、やってしまった事を後悔する僕。


「……ふふ。雪は儚くて、でも一生懸命に生まれて舞って積もっていく。そして、溶けて地球に帰っていく。やってることは雨と同じなのに、世界を一気に変えちゃう雪って、凄いですよね」


 降りてくる雪を手のひらで受け取る少女が、少しにこやかな声で語りかけてくれた。


「本当にそう思います。

 雪景色って、いつもはテレビとか写真とかで見るしかなくて。確かにそれでも凄いなぁって思ってたけど、でも実際この目で見るとこんなに感動するんですよね」


 ちょっと大げさに手を使って表現する僕。


「……そう言ってもらえると嬉しいな」


 微笑んでくれた。

 少女もまた雪好き仲間なのかな。とか、勝手に思う。

 でもせっかく微笑んでくれたのに、少女はまた悲しそうな雰囲気をまとった。

 なんだか、今にでも消えてしまいそうなその様子に、僕は思わず口を開いた。


「あの……僕は坂下 透(とおる)って言います。君の名前を、教えてほしい」


 少女は、少し俯いて。

 おずおずと顔を上げる。


「ユキ、です」

「……この素敵な天気と同じ名前なんだね」


 自分でも突っ伏したくなるセリフを吐いているのはわかってる。でも、言っておきたかったんだ。


「ありがとうございます……」


 照れているのか、さっきよりもちょっと頬が赤くなっていた。


「……あの、お話してくれてありがとうございました。また、透さんとお話しできたら嬉しいです」

「え、あの、まっ――」


 僕がその先を言おうとすると、突然風が吹き、僕は風から目をそらせてしまった。

 再び少女の方を見たときには、そこにはもう誰もいなかった。

 同時に、今まで降っていた雪もすっかりとやんでいた。



 あれから、雨が降り続けた。

 僕は何故か少女――ユキさんに会いたいと思ってしまい、行く道をひたすら探していた。

 けれど、ユキさんの姿はいつも、どこにもなくて。

 だから会いたい気持ちは、どんどんと膨らんでいく。



 ある朝だった。

 異様に冷える空気。

 ベッドから起きた僕は、窓の外を見た。すると、あの時と同じ、外に広がる銀の世界が出迎えてくれた。

 また、降ってるんだ。

 僕はさっと着替えて、そして外にでた。

 更に刺さるようなこの寒さ。でも、とても澄んだ空気が周りに漂う。

 ユキさんに出会ったのも、こんな寒さのときだったっけ。

 そういえば、あの時、寒くなかったんだろうか。結局その答えは聞かなかったし。

 ……また会いたい。

 あれから会えなくて。会いたい気持ちを胸に、僕はただ黙々と公園に向かっていた。

 辺りは一面白銀に輝く。音も時も吸い取ってしまうその景色の中で、僕は一人の少女を見つけた。その瞬間に、僕の心の中はとてつもなく明るくなったような気がした。


「ユキさん」


 僕の声を聞いたユキさんは、ぱっとこちらを振り返った。


「透さん!」


 駆け寄ってくるユキさんは、パタパタと可愛かった。


「こんにちは」


 と、ユキさん。


「こんにちは」


 と、僕が返す。


「また、会えましたね」

「うん。また会えましたね。

 はは、そういえば、前も雪が降ってる時でしたね。会ったの」


 僕の言葉を聞いて、一瞬、ユキさんの顔にくもりが見えたような気がした。気のせいかもしれないけれど。


「……そう、ですね。私、雪見るのが……好きなので」

「そうですか。今年は、珍しく雪が積もりますね。いつもはこんなに積もらないし、そもそも雪が降ること自体が珍しいですし」

「そう、ですよね……」

「だから、僕はこうやって雪が積もった日は散歩するんです。いつもと違う世界を、探検するように。なんていうか、異世界に飛び込んだ感じがして、面白いですよね。いろんなわくわくをくれる雪が、僕は大好きです」


 ユキさんは、僕が話しているのをじっと聞いていた。

 そのかわいい瞳が、大きく僕を見つめていた。僕は少し照れくさくなって、目をそらしてしまった。


「あの……。えっと……」


 もごもごとするユキさん。何かを言いたそうにしているけど、言おうとしてはその口を締める。もじもじとして、うつむいて。


「ありがとう、ございます……」


 と、小さくつぶやいた。ユキさんのその頬はちょっと赤くなっていた。


「そうだ。一緒に、この辺を歩きませんか? ユキさんも、雪を見るのが好きって、言ってましたし」

「……」


 またしても、僕の顔をじっと見る仕草。再び照れてしまう。


「あ、すみません……。嫌だったら大丈夫です……」


 よく考えてみたら、よく知らない男と二人で歩こうなんて、怪しいにも程があるよね。そりゃそうだよね、と後悔していた。

 しかし一方のユキさんは、ふっと両目を閉じ、小さな両手を胸元でギュッとしめて。

 また瞳を開いたと思ったら、すごく眩しい笑顔を見せてくれた。


「ありがとうございます。ぜひご一緒にお願いします」



 僕とユキさんは、一緒に歩いた。それこそ、特に大切な話をするわけでもなく、ここから見える景色はーとか、ここにはーとか、そんなことばっかりだった。ユキさんは僕の話を、周りの風景を、すごく楽しんでいた。

 でも、ただ一つ、途中で話をしてくれたユキさんは、少し悲しそうな顔でこの町を歩いたことがないと言っていた。いつもあの公園のベンチに居るだけだって。

 なるほど。だから、とても物珍しそうに風景を見ていたんだな。と、このとき僕は、そんな風にしか考えてなかった。


「透さんは、まだ凄くお若いように見えますけど、お一人で暮らしているんですか?」


 一緒に歩きながら、ユキさんが尋ねてくる。


「え? あ、うん。……僕の両親は、2年前に事故で亡くなってしまったんです。それから、僕は一人で暮らしてます」

「あ……ごめんなさい。嫌なことを……。私……」


 すごく申し訳無さそうにするもんだから、僕のほうが焦ってしまった。


「や、や、ユキさんは気にしなくて良いんですよ。僕が勝手に言ったことですから」


 しょんぼりしているのがかわいいなんて思ってしまったけど、変態だなこれじゃ。

 歩みを止めてしまったユキさんは、俯いてしまった。

 僕は、大丈夫だよって何度も伝える。そうしたら、ようやく顔を上げてくれた。

 でも。

 大きかった瞳は細くなって、大粒の涙が見えるんだ。


「な、泣かないで? ほ、ほら、気にしてないから、ユキさん! ごめんね」

 

 ぐすっ

 ぐすっ

 どうしたものかなぁって、僕は頭をぽりぽりとかいた。


「あ、す、すみません……。私、こんな泣いてたら、迷惑ですよね……。透さん、一人で頑張って来られたんですもんね」

「ありがとう。

 最初はね、どうしようかって思って。両親がいなくなって、僕には兄弟もいないし、親戚だっていない。たった一人になっちゃって、もうこのまま死んでしまおうかって当時はずっと思ってた。来る日も来る日もただ一人。そこにあるのは何もない時間、何もない世界」


 僕がゆっくりと語るのを、ユキさんはじっと、眉毛をハの字にしながら、優しく聞いてくれていた。


「あはは、ごめんね。聞いてもいないこと話しちゃった。ちょっとしんみりなっちゃいましたね。すみません」


 僕はユキさんに苦笑いを向ける。

 そうしたら。

 ぎゅっ

 っと。突然僕に抱きついてくれたユキさん。思わず僕は「わっ」と声を出してしまった。

 女の子に抱きつかれて、ちょっと、いやかなりドキドキしている自分がいる。

 ふわっと優しい香り。

 温かさとその香りに、なんだか変に落ち着いてしまう。


「……すみません」


 僕の胸に顔を埋めながら謝るユキさん。

 また、ぐすって聞こえてきた。


「なんでユキさんが泣くんですか」


 ふふっと笑いながら僕が聞く。


「透さんが悲しそうだったから。寂しそうだったから。でも透さんは泣きそうになかったから、泣きました」

「なんだそれ。でもありがとう。

 僕はもうたくさん泣いたよ。でも、泣いてももうしょうが無いから、前を向いた。

 あのね、色々と両親のものを整理しているときに、両親が写ってる写真を見つけたんです。そこには、雪が一面に広がるすごく綺麗なところで、二人がとても嬉そうに写ってて。それで、こんな所で死んじゃったらもったいないなって思って。いつかこんな景色が見られたらいいなって思ったんですよ」

「……」

「そうしたらほら。今日だってこんな景色見られたわけです。それに、ユキさんにも会えましたし」

「……透さん」


 ユキさんがそう返事をすると、僕に絡んでいた腕に、より力が入ったような気がした。

 もしかしてユキさんは僕を元気付けようとしてくれてるのかな。

 両親のことについては、もう割り切っている。しょうが無いから。

 だけど、なんだか嬉しかった。

 僕はなんとなく。そう、なんとなくユキさんの頭をなでてしまった。これでもう変態確定かな……。でも、そうしてあげたかった。

 

「ふぁうっ」


 と、変な声を漏らすユキさん。

 ばばっと僕から離れて、撫でられた頭に手をやる。

 嫌だったかな……。と思ったけど、その顔を見る限りは大丈夫そうだった。


「ありがとうございます、ユキさん。お話を聞いてくれて」

「いえ、こちらこそ……」

「あの、ユキさんは、誰か家族と?」


 ユキさんは少しうつむいて。


「私も、一人、なんです。もうずっとそうですから」


 と答えた。


「あ……ごめんなさい」

「ふふ。いえ、大丈夫ですよ。これでおあいこですね」


 どこか影を感じるけれど、目を細めて笑ってくれていた。

 あまり触れてほしくはなかったのかな……。と今更考えてしまう。

 

「……今日はありがとうございました」


 少し空を見て、何かを確認したように、そしてペコリとお辞儀をするユキさん。

 

「そろそろ、私……」

「あ、もう帰らないと行けないんですか?」

「はい……」


 気づけばもう夕方を迎えようとしていた。時間が経つのは早かった。

 時間に気づくと、そしてユキさんが答えると突然に寂しさが襲ってきた。

 なんでだろう。

 だけど、引き止めるのもだめな気がする……。


「また……会えますか?」


 僕は尋ねていた。それは無意識にだった。


「……はい。また」


 少し考えるようにしてユキさんがそう言うと、また一吹き、大きな風が吹いた。僕はまた思わず目を閉じてしまった。

 そして再び開けたときには、また。

 ユキさんはいなくなっていた。ユキさんがいなくなると、降っていた雪もまた止んだ。



 翌日。

 外はまた雪。辺りは一面銀の世界。

 でも、昨日よりも雪は積もっていた。

 僕は、もしかしたらといつもの公園に走った。すると。

 そこにはいつものように空を眺めるユキさんがいた。


「こんにちは」


 僕が声をかける。

 すると、ふっと僕の方を振り返って、一言


「こんにちは」


 と返してくれた。

 そしてしばらくお話をして、またあちこちを歩いた。

 もう一度行く場所、初めて案内する場所。行くところはたくさんあったから。


 また翌日。

 今日も珍しく、雪は降っていた。昨日よりもさらに地面に積もって。

 僕はまた、家を飛び出して、公園に向かった。

 ユキさんは今日もベンチに座っていた。


「こんにちは」

「こんにちは」


 そこから僕たちの時間は始まる。


 また翌日も、その翌日も。

 同じように繰り返す。

 雪はずっと降り続ける。毎日、昨日よりも多く降る。


 何日か続いたある日。今日もいつものように公園に行くと、ユキさんはいた。

 いつもの挨拶をして。


「だいぶ積もったね」

「……うん」


 どこか元気のないユキさん。

 そんなユキさんを見るのは、なんだか心が痛かったから、一瞬考えて、


「……一緒にゆきだるまでも作らない?」


 と、提案してみた。

 子供っぽい提案だよなって思っていたが、それは正解だった。

 うつむきかけだったユキさんは、顔をあげて、にこりと笑ってくれた。

 でもその格好じゃ多分寒いから、僕はユキさんに、ユキさんように持ってきた上着を着せて、手袋をはめさせた。

 僕の上着は大きくて、ちょっとぶかぶかなユキさんになってしまったけど、ユキさんは嬉そうに笑っていた。

 僕たちは、時間も忘れ、ゆきだるまを作った。大きく大きく。途中、お腹が空いた僕たちは、持ってきたお昼ごはんを一緒に食べ、一息ついてまた作り始める。ゆきだるまを作っていると、いきなりユキさんが雪玉を投げてきたから、突然雪合戦も始まってしまったけれど、目的のものを完成させる。


「わぁ……できたー」

「大きくできたね」


 うん、とすごく嬉そうに返事をするユキさんは、とても可愛かった。


「私、こうやって誰かと雪遊びしたの初めて。凄く……凄く楽しい」

「うん。僕も初めて。楽しいね」


 僕たちは笑いあった。そして今更気づいてみれば、僕らはふたりとも敬語ではなくなっていた。いつの間にか、友達に話すような感じで。

 それが凄く嬉しかった。

 夕方。雪はずっと降っていた。昨日よりもたくさん積もるように。

 たくさん降るもんだから、雪は確実にどんどん積もっていった。


「わー、ほんとによく降る。今年はなんでこんなに良く降るんだろうね」


 と、ユキさんに尋ねる。だけど、ユキさんは何も言わずに、一緒に作ったゆきだるまを眺めていた。


「……そろそろ、帰らないと」


 代わりに聞こえたのは、寂しい一言。

 僕は、腕時計で時間を確認した。いつも、ユキさんが「帰らないと」っていう時間だった。


「あ、そっか……、もう遅くなるもんね……」


 ユキさんは振り返らずに、ずっとゆきだるまを見ていた。


「……ありがとう。透さん。今日……楽しかった」


 そういって振り返ったユキさんは、笑っていたけど、泣いていた。涙が光ったのがわかったから。

 それを見たら僕は、もう止められなかった。


「ユキさん……!」


 僕は駆け寄った。精一杯足を伸ばして。

 そして。


「……!? 透、さん」


 僕はユキさんを抱きしめていた。

 力いっぱい、ユキさんを抱きしめていた。ユキさんの艶のある声が聞こえた気もした。


「帰らないで……。お願い」


 なんだか、ここでさよならしたら、もうユキさんに会えない気がした。

 どうしてそう思ったかはわからないけれど、そんな嫌な予感がした。だから僕は、ユキさんを抱きしめた。どこにも行かないように、力強く。


「透さん……」


 ユキさんは優しく僕を抱きしめ返してくれた。

 ぎゅっと。

 ユキさんはそれから何を言うこともなく、ベンチに腰掛けた。

 雪の降る夕暮れはやはり寒かった。でも、それを感じさせないくらいに、二人はずっと話し込んだ。

 いつの間にか、二人の距離は近く、なんだか温かいがした。

 雪は、それからずっと止まない。でも、それどころか、雪の勢いは強くなっていった。

 辺りはどんどん積もっていき、見たこともないほどの高さまでになってしまった。

 僕は少し不安を覚えながらも、ユキさんと話し込む。

 ユキさんは時折つらそうな表情を見せることがあった。大丈夫? って聞くけど、いつも大丈夫って答える。

 そして、その頻度はどんどんと多くなる。


「透さん……。私、もうそろそろ帰らないと」

「ユキ、さん……」


 これ以上、引き止めるのは、ユキさんにも迷惑なんだ……。

 そう、わかってる。……わかってる、けど。

 だから、僕は。


「ユキさん。ごめん……」

「!?」


 僕は、ユキさんの唇に、触れていた。


「……あ、と、透さん……」


 暗くてよくわからなかったけど、ユキさんは顔を真赤にしていた。

 そして、涙を流した。


「ご、ごめん。いきなり……嫌だったよね……。ごめん」

「い、いやじゃ……なくて……」


 泣きながら喋るから、言葉がとぎれとぎれになるユキさん。


「全然、いや、じゃないの。わた、し……わたし……うれし、くて……」


 涙を頑張って拭うユキさん。少し言葉が切れる。小さな泣き声を頑張って抑えようとしていた。

 そして、うつむいたまま。


「透さんと一緒にいるの、凄く楽しくて。もっともっと一緒にいたいって思ってて……。透さんもそう思ってくれてたらいいなって、私……。

 でもね……。透さん。ごめんなさい……。私、本当はここにいることはできないの……」

「え……?」


 どういうこと……?


「私がここにずっといたら、大変なことになるから……」

「大変なことって?」


 ユキさんはずっと泣き続ける。ぽたぽたとユキさんの膝に涙が落ちていく。


「本当は私、ここにいるつもりはなかったの。ちょっと通るだけ。でも、ここで透さんに見つけてもらって、透さんとお話できて、ちょっとだけここにいたいと思ってしまったの。それから、また透さんと一緒にお話して、遊んで。それが楽しくて。でも……ずっとそうしているわけにはいかないって、わかってるんだけど……」

「じゃあ、ずっといたらいいじゃない」


 僕は少し声を強くしてしまった。

 だけど、ユキさんはぶんぶんと首を振って否定する。

 涙はさらに大粒になって、ユキさんの膝に落ちる。


「だめなの。雪は、……ずっと降っちゃだめなの」


 なんで、それが関係あるの……?

 僕は声には出さなかった。でも、そう考えた。


「春に向けて……。もう私は行かなくちゃだめなの……」

「どういうこと、なの?」


 僕は、落ち着いていない頭で、そのまま尋ねていた。

 ユキさんは、口を閉ざしたまま話そうとはしない。

 冷たい風が僕を吹く。そうすると、落ち着いてきたのか、ふと今まで思っていたことが、頭に浮かんだ。


 ――いつもユキさんがいなくなると止む雪……。いつもタイミングがいいなぁって思っていた。

 でもそれって……。


「ユキさん……。この雪って。この降る雪って、君と何か関係があるの……?」


 ユキさんは、立ち上がって、僕の目の前に立った。

 そして、ゆっくりとうなずいた。

 ふわりふわりと長い白い美しい髪が風で揺れていた。


「今まで、ありがとう。短かったけど透さんと一緒に過ごせて、とても楽しかったよ……。幸せだった。

 あーあ。普通の女の子として出会ってたら、良かったのになぁ……」


 さみしげに話す彼女の周りには、雪が取り巻いていた。

 さみしげに話す彼女の頬は、赤く、染まっていた。

 さみしげに話す彼女の目からは、たくさんの涙がこぼれていた。

 涙はきらきらと宝石のように輝いて。


 さみしげに見せる彼女は、そっと近づいて、僕の頬にキスをした。


「ユ……」


 僕は彼女の名前を呼ぼうとした。だけど、突然、口が動かなくなってしまった。

 彼女はふっと後ろを振り返り、ゆっくりゆっくりと歩いていった。


 雪が彼女を包んで。


 風が雪を運んで。


 そして……。


 雪は止んでいた。



 僕は……。

 僕は……なんで、こんな所で涙を流してたんだろう……。

 なんでかわからないけど。ここに……会いたい人が、いたような気がして。

 僕は後ろを振り返った。

 僕の後ろには大きなゆきだるまがおいてあった。誰かが作ったのかな……。

 ちょっとだけいびつな形をしてるけど、だけど楽しそうに作った跡だった。


 僕はそのゆきだるまに近づいて。


 横にたよりなさげに書かれた相合い傘を見つけた。


 『とおる ユキ』


 何故かまた涙がこぼれていた。





 翌日から、とても気持ちの良い天気が続いていった。

 たくさん積もっていた雪も、今では全部溶けて、さっぱりとしていた。

 暖かい陽射しが新しい生命を吹き込むかのように、地面を照らしていた。


 爽やかにそよぐ風に当たりながら、僕はいつか見た夢を思い出していた。

 とても綺麗だった景色。

 とても綺麗だった人。


 また来年も、雪景色が見られたらいいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雪はあなたと夢をみる 咲良雪菜 @stenostyle-yukina

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ