天人達のセカンドライフ
@onjoji_megu
第1話 プロローグ
天人《あまつびと》
またの名を"神の僕"とまで呼ばれたその存在は、遠い昔、ある一人の死者の願いによって誕生した、人間でも神様でも無い不可思議な存在。
その存在は、最初の天人の誕生をきっかけに次々と現れ、今では万を超える程の数が天界で過ごしている。
天人達が普段天界で何をして過ごしているのか。
簡潔に言うと、仕事だ。
例えば、神様の下に仕えて身の回りの世話をする使用人という仕事だったり、神様の代わりに死者の魂を導く仕事だったり、天界の治安を維持したりといった様々な仕事をしている。
そんな数多くある仕事の中から、私達がどのような仕事をするのかを決めるのは、神々を代表してゼウスが決める事になっている。
私達天人は、神ゼウスから与えられるそれらの仕事の事を総じて、『天命』と呼んでいる。
ちなみに、私、アスタロト・ヴァーレミリオンに与えられている天命は、神アフロディーテ様の使用人だ。
単に使用人と言っても、ご飯を作ったり、暇つぶしの相手をするだけで何か難しい事をする様な内容ではない。
現在、アフロディーテ様の使用人を任されているのは、私を含めて合計で三人。
私達三人は、もう数百年もの付き合いで、互いの事をよく知る良き親友関係にある。
そんな私達は、アフロディーテ様の為に働き続ける使用人として、日々、それなりに楽しい時間を過ごしていた。
だが、そんな楽しい時間は、ある一人の神様の呼び出しによって終わりを迎える事となった。
「アスタロト・ヴァーレミリオン、ファルミリア・ステイト、ナーヴァ・エーテル。よくぞ我が召集に答え、此処まで来てくれた。まずは、その事に対して礼を言う」
本来であれば、今頃アフロディーテ様の朝食を作っているはずの私達は、ある一人の神様に呼び出され、白くてやたらと眩しい部屋のど真ん中に座らされていた。
そんな私達の前には、真っ白な
この見るからに偉そうな神様の名は、ゼウス。
下界の人々から全知全能の神とまで敬われ、この天界において絶対的な地位を持つ神様でもあり、天人の存在を容認した張本人だ。
「お前達が天界に来てから、もう数百年が経過した。どうだ? 天命の方は滞りなく出来ているか?」
「はい。問題はありません」
「……あぁ、堅苦しい言葉遣いは無しで良い。それと、姿勢も普段通り楽なもので良いぞ。今のお前達は、アフロディーテに仕える者であっても、我に仕える者では無いからな。主でもない我に畏まった態度を取る必要は無い」
そう言われた私達は、戸惑いながらも言われた通り楽な姿勢でその場に座り直す。
神々の頂点とまで呼ばれている神様の前で、こういう態度を取るのには抵抗があるけど、まあ当の本人が良いと言うのだから良いのだろう。
「では早速、わざわざアフロディーテから許可を貰ってまで、お前達を呼び出した
「「「天命の変更?」」」
「うむ」
予想だにしない言葉に対して、思わず私達の声が重なってしまう。
ゼウスは、そんな私達をジッと見つめ、軽く咳払いをしこう告げた。
「現時刻をもって、お前達に与えられている天命を解任し、代わりに新たな天命を授ける。その天命は……"異世界調査"だ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ゼウスから告げられた異世界の調査命令。
私達三人は誰一人として、ゼウスから告げられたその言葉の意味を理解出来ずに固まっていた。
そんな私達の姿を見て、ゼウスは不思議そうに小首を傾げる。
「どうした? 我が何て言ったか聞こえなかったか?」
いや、別に聞こえなかった訳では無いのよ。
ただ、その、えーっと。
……これは何て返すのが正解なの?
「あの……ゼウス様」
ゼウスの言葉に対して、どういう答えを返せば良いのか悩んでいると、私の左隣に座っている一人の少女が声を上げた。
黄色っぽいの髪と、緑と紫のオッドアイが特徴で、どちらかと言うと少女というより少年って見た目をしたこの子は、ナーヴァ・エーテル。
アフロディーテ様の使用人を任されている使用人の内の一人だ。
「その敬称も不要だ」
「じゃあ……ゼウス」
「うむ。ナーヴァよ、どうした?」
「私達の天命を変更するとは一体どういう事? それに、新しい天命が異世界調査というのも全く理解が出来ない。詳しく事情を説明して欲しい」
そう、それが言いたかったのよ。
「ナーヴァの言う通りです! 異世界を調査しろって言われても訳が分かりませんよ! 私達にちゃんと分かる様に説明して下さい! 事の内容によっては全面戦争もやむ……あ、痛! リオン! 何で頭を叩くんですか!」
そして次に、相手が目上の立場であるにも関わらず、好戦的な態度を見せるこのバカの名前は、ファルミリア・ステイト。
足の付け根辺りまで届く長い栗色の髪の毛が特徴の子。
一見、大人しそうな見た目をしてる彼女だが、全くもってそんな事はなく、実際は今みたいに相手が目上でも容赦なく噛みつく事もあれば、暇だからという理由だけで他の神の所へ遊びに行ったりだのして、かなり手のかかる子だ。
「貴女は一旦落ち着きなさい。……ゼウスよ。ファルミリアが無礼を働き、大変申し訳ありませんでした」
「アフロディーテから話には聞いてはいたが、威勢はかなり良いようだな」
「はい。それだけが取り柄なので」
「ちょ!? 威勢の良さだけが取り柄って、どういう事ですか! ……って、あ、ちょ! 頭を押さえ付けるのだけは止めて下さい。……分かりました。静かにしてますので、どうかその手を離して下さい」
再び、声を荒げるファルミリアを力強くで黙らせ、これ以上失礼を働かないようにする。
その様子を見ていたゼウスは、それはもう楽しそうに笑っていた。
「ははは! お前達は面白いな! アフロディーテの下へ送ったのが惜しい程だ! その愉快さに免じて、ファルミリアの非礼を特別に許そう」
「ありがとうございます」
「今のって私が悪いんですか? なんだか府に落ち……いえ、何でもありません、リオン様。以後、気を付けます」
いい加減その自分より立場が上の者に対して、反抗的な態度を見せるのは本当にどうにかしなさいよね……。
毎日それをフォローする身にもなって欲しいってものよ。
それと、ファルミリアは聞いた事が無いみたいだけど、その昔、ゼウスに対してとんでもない失礼を働いた天人の一人が、その存在を抹消されたという話を聞いた事がある。
存在を抹消された天人が、その後どうなってしまったのかまでは誰も知らないみたいだけど。
今のままいくと、ファルミリアもいつか消されてしまうんじゃないかと思って、内心はドキドキしている。
「……さて、ナーヴァよ」
「何?」
「何故、お前達に与えられている天命の変更を行うのか? そして、新しく与えられる異世界調査とは何か。それについて説明して欲しいのだったな?」
「うん」
その返事を聞いたゼウスは、良かろう、とだけ小さく呟き、神の玉座と呼ばれる椅子に腰を掛け一冊の本を取り出した。
「お前達、この本に一体何が書かれてあるか分かるか?」
ゼウスの問い掛けに対して、私達三人は首を横に振る。
「この本には、転生者を送り出す事が可能な異世界についての情報が数多く書かれてある」
「異世界に関しての情報?」
おうむ返しのようにナーヴァが聞き返す。
「そうだ。情報はともかく、異世界がどのような場所かお前達も聞いた事はあるだろう?」
「一応」
異世界に関しては、何度か耳にした事がある。
なんでも、この世界には異世界と呼ばれる場所が数百と存在し、その数多くある異世界全てに共通して魔王と呼ばれる者が君臨し、異世界と呼ばれる世界を支配しているとかなんとか。
そして、転生者を異世界へと送り出す理由は、この魔王と呼ばれる存在を討伐し、世界を魔王の手から奪還する為と聞いた事がある。
「その異世界と私達に、一体何の関係性が」
「そう答えを急かすな。……話を戻すぞ。実は昨日、我が異世界についての情報を色々と整理している最中に、また新たに一つ異世界を見つけてしまってな」
異世界を見つけたって……そんな単語、生まれて初めて聞いたわね。
「そして、見つけたついでに色々と調べてみた結果、その世界にも魔王と呼ばれる者が存在している事が判明した。それを知った我は、魔王を倒しその世界を取り戻す為、転生者を送り出そうと試みた。……だが」
「だが?」
「転生者を送り出す事が出来なかった」
「どういう意味?」
「そのままの意味だ。そこで我らは何が原因で送り出す事が出来ないのか調べた結果、その世界に居る何者かが、我ら神々からの干渉を防ぐ謎の結界を張っておるのが原因だという事が判明した」
神々からの干渉を防ぐ謎の結界。
……よく分からないけど、取り敢えず凄い結界ってのは分かった。
「その結界を詳しく調べたところ、その結界は天界や外部の世界からやって来る"人間の転生者"と"神"による干渉を受け入れない。という特殊な構造になっている事が分かった。だが、あくまで受け入れないのはその二つの存在だけで、お前達の様な人間でも神でも無い中途半端な立ち位置にいる"天人"ならば、結界の干渉を受けること無く、その異世界へ行くことが可能と言う訳だ。……後は言わずとも分かるな?」
「要するに、結界に干渉されて異世界に行けない人間と神様に代わって、干渉を受けない私達がその世界に行って魔王を討伐して来いって事?」
「半分正解で半分不正解だ。魔王を討伐するのもそうだが、お前達のやるべき事は、異世界に行ってこの忌まわしい結果を張った者を探し出す事にある。魔王討伐はそのついでで良い」
結界を張った者を探し出すって、簡単に言うけど見つかるの? それ。
後、ついでに魔王討伐して来いって言うけど、魔王討伐って何かをするついでにやる様な難易度じゃない気がする……。
「……以上が、お前達を呼び出し天命の変更する理由だ。納得したか?」
「……うん」
これは納得してない時の返事ね。
まぁ、こんな説明で納得しろって方が難しい話なんだけど。
私なんて、まだ話の五割くらいしか理解出来てないし。
「あのぉ……私からも一つ聞いても良いですか?」
次に声を上げたのは、私に頭を押さえ付けられてからずっと静かにしていたファルミリア。
この子、また余計な事を言い出したりしないわよね?
「ファルミリアよ、どうした?」
「私達の天命が変更される理由は分かりました。それならば、異世界へ行く私達に対して、何かしらの恩恵の様なものは授けられないのでしょうか? ついでとは言え、いずれ魔王と戦わなければならないのであれば、恩恵の一つや二つは貰わないと流石に勝てる気がしません」
……お? 以外に真面目な内容だった。
また失礼な事を言い出すんじゃないかと警戒してたけど、今回は余計な心配だったみたいね。
ファルミリアの話を聞いた私は、その安心からかホッと胸を撫で下ろす。
そんな私の様子を見たファルミリアは、不満そうな表情をこちらに向けてきた。
「何で、胸を撫で下ろす必要があるですか。まさか、また私が何かやらかすとでも思ってたんですか?」
「当たり前じゃない」
「……即答ですか。リオンは私の事を猛獣か何かと勘違いしてませんか? こう見えて私、結構大人しい性格なんですよ?」
本当に大人しい性格の人は、自分の事を大人しい性格とは言わないのよ。
「さて、ファルミリアよ。異世界へ行くお前達に対して、何か恩恵は授けられ無いのかと言う質問だったな」
「あ、はい!」
ファルミリアの返事を聞くと、ゼウスは玉座から立ち上がり大きく両手を広げた。
「無論! 転生者として異世界に送られるお前達三人には、我ら神々より大いなる恩恵が授けられる!」
「おぉ! して、その恩恵とは…!?」
「その恩恵とは……!」
なんだか二人共、楽しそうね。
ゼウスから聞いた話を簡単に纏めると、私達三人に与えられる恩恵は全部二つ。
まず一つ目は、『アストランド』と呼ばれる駆け出しの冒険者達が集まる街に、最低限の衣食住と活動資金が用意された状態でのスタートが出来るという事。
そして、二つ目は特殊能力『不老不死』の付与。
ゼウスいわく、この能力は万が一の事に備えた保険として付けるらしいが、正直これに関しては、幾らでも時間を掛けていいから、必ず天命を果たせという意味合いが込められていると、私は勝手に解釈している。
これといった強力な装備や能力が与えられる訳では無かったけど、最低限の衣食住が用意された状態からのスタートは私的には凄く嬉しい。
内容を聞いてそれなりに満足している私とは裏腹に、話を聞く前までノリノリだったファルミリアと、静かに事の行く末を見届けていたナーヴァの二人は、どこか不満そうな顔をしている。
二人的には、衣食住の用意や不老不死の付与よりも、強力な武器とか能力の方が嬉しかったみたい。
「……以上が、お前達に与えられる恩恵になるが、他に聞く事はあるか?」
ゼウスの問い掛けに対して、ナーヴァとファルミリアの二人は首を横に振る。
他に聞く事か……。
「じゃあ、最後に一つだけ質問しても良い?」
「構わんぞ」
「これは図々しい質問だって理解した上で聞くけど、私達が魔王を討伐したら何か褒美みたいなのは出たりしないの?」
本当なら、何で数多く居る天人の中で私達が選ばれたのかとか、私達が居なくなった後、誰がアフロディーテ様の使用人を務めるのかだとか、他にも色々聞きたい事はあるんだけど、それを聞いたところで私達が異世界に行かないといけない事には変わりないから、今はあえて聞かない事にした。
「褒美か、それは考えてなかったな。……よし、分かった。魔王を討伐したあかつきには、お前達の望みを何でも二つまで叶えてやろう」
物は試しにと思って言ってみたけど、まさか本当に褒美を用意してくれるなんてね。
しかも、褒美の内容が私達の望みを一つじゃなくて、二つまで叶えるだなんて、ゼウスもかなり大きくでたわね。
「よし! ここは、このファルミリア・ステイトに任せておいて下さい! 私が結界を張った奴を必ず見つけだしてやります! そして、そのついでに魔王とやらもぶっ飛ばしてきてやりますよ!」
「うん。頑張る!」
恩恵について説明された時は微妙な顔をしてた割には、褒美の内容を聞いた途端、やる気に満ち溢れるなんて……現金な子達ね。
そんな二人の様子を見て、ゼウスは満足そうに頷いていた。
「お前達三人の活躍には期待しておるぞ。……最後に、アスタロト・ヴァーレミリオンよ。我の前に」
指名を受けた私は指示に従い、ゼウスの近くへと歩み寄る。
ゼウスから一歩離れた位の位置に来ると、ゼウスは自分の懐から謎の液体が入った小瓶を三本取り出し、それを差し出してきた。
「これは、神々が独自で作り出した異世界でのみ使用できる特殊なアイテムだ。持っていくと良い」
何故だろう。
変な物じゃなきゃ良いんだけど。
「何これ?」
「これを飲むと、服用者に掛かっているありとあらゆる状態異常や、傷を完全に癒すことの出来る治癒ポーションだ」
……想像以上に良い物だった。
変な物って疑った事を心の中で密かに謝り、差し出された小瓶を受け取る。
「ありがとう。これは大事に使わせてもらうわね」
「うむ。……あぁ、それと一つ注意事項だが。そのポーションは先程も言ったが、我らが独自で開発した代物だ。故に、異世界に行ってもそれと同じ物は存在しない。それだけは頭に入れておくのだぞ」
そんなの言われなくても分かってるわよ。
そもそも、神々が独自で開発した治癒ポーションって言ってる時点で、下界で売ってる訳が無いでしょう。
ゼウスから人数分の治癒ポーションを受け取り、再び元の位置へと戻る。
私が元の位置へと戻ったのを確認したゼウスは、その場で小さく深呼吸をした。
「……これより、異世界への転移を行う。お前達の転移場所がずれない為にも、互いに手を取り合い、なるべく密着するような形をとるのだ」
手を繋ぐまでは良いんだけど、密着する必要まである?
ゼウスの指示に若干の疑問を抱きながらも、私達は言われた通りにする。
「私の記憶が正しかったら、転移魔法は手を取り合うだけで位置がずれる問題は解決されるはず」
「……リオン。異世界に行く前に、あの人の顔を一発ぶん殴っても良いですか?」
「……やめなさい」
そのまま暫く何かが起きるのをジッと待っていると、大きな魔方陣が私達の足元に浮かび上がる。
恐らくこれが転移魔法の魔法陣なのだろう。
「それでは、お前達の健闘を祈る。……無事に帰ってくるのだぞ」
こうして私達三人は、ゼウスから与えられた新たな天命を果たす為、異世界へと旅立つのであった。
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