『幼馴染』-物語の終わりにて永遠を誓う-
ゆきゆめ
The end of the small world...
幼馴染の男の子に彼女が出来た。
彼は私の初恋で、私の特別で、私の、一番の大切だった。
彼の彼女は私の親友で、再会した幼馴染で、私が、唯一彼を渡してもいいと思った人だった。
だから、私は彼らの「恋」を「応援」することにした。
彼を好いている人は、他にもいたのだろう。
だけど、彼女ならいいと思ったから。彼女になら、負けてもいいと思ったから。彼と、まるで運命で結ばれているかのように見えた彼女に、勝てるわけがないと思ったから。
彼女なら、私も納得できるはずだから。
私は、私に出来ることをしたのだ。
そして物語はもう、終わりを迎えた。彼らはきっと、その一生を仲睦まじく、誰もが憧れる夢物語を、御伽噺を、現実として描くだろう。
ここからの物語に、私は必要ない。無粋というものだ。これから二人は、想いを伝えあった二人は、少しずつ少しずつ、二人だけの、あったっかい陽だまりのような幸せを気づいてゆくのだ。
そこに私の居場所なんてあるわけがない。
ああ、これでハッピーエンド。幸せで、笑顔の絶えない結末だ。もしこの物語を見ている誰かがいるとしたら、きっとその誰かも笑って、物語を終えられる。
立つ鳥跡を濁さず。
私は、この物語を去るために歩き出した。
「待って。待ってよ。■■さんっ」
「なんですか」
一目散に家路に着こうとした私を、誰かが呼び止めた。
放課後の校舎。終業式を終え、冬休みに突入した学生たちの賑やかな笑い声がこだまする。
「話があるんだ」
「そう」
まともに対応するのも面倒くさくて私は誰かに大人しく従った。
連れられたのは人気のない校舎裏。ジメジメと薄暗い。凍えるような冬の潮風が頬を撫でる。冷たいけれど、今の私には相応しい場所かも。
視界の端には蝶が儚く飛んでいた。
「キミのことが好きだ。僕と付き合ってくれ」
「ごめんなさい」
即答。彼の顔が驚愕、いや落胆に染まる。
「ど、どうしてっ」
「ごめんなさい」
繰り返す。
「っ……、あ、あいつはもう彼女が出来たって話じゃないか! だからもう、いいだろう!? キミは――――」
「ごめんなさい」
繰り返す。
なんでだろう。よく分からなかった。
この人の言うように、もう終わったのにな。
最後にこの結末を選んだのは、もちろん彼だ。でも、この物語を私が導いた。私が、仕組んだ。そうなるように、私は動いたのに。
私は彼にふさわしくないから。彼が、私を見てくれるなんてありえないから。そんなルートは、きっとどこにも存在しないから。
私が、この結末を創り出したのに。
「ぼ、僕なら! 僕ならキミを幸せにしてやれる! 僕が、キミとずっと一緒にいてやる! だから!」
「……は?」
ぞわっと身体が身震いた。
もう、止められない。
「……幸せ?」
「ああ、そうだ! 僕が君の悲しみだって受け止める! 僕が君を幸せにするから!」
「あなたは、誰ですか」
「え?」
「あなたは、なぜ、私を幸せにするんですか」
「そ、それは……キミが好きだから」
「私とろくに話したことがないのに?」
ごめんなさい。
「どうして、私のことが好きなのですか。どうして、私を幸せにできるというんですか。どうして、私を幸せにしたいと思うんですか。ああ、身体目当てですか? 私、美少女らしいですもんね。私と話したことなんてなかったんですから、それ以外にありませんよね? どうして欲しいんですか? 私とセックスできればそれで満足するんですか?」
「そ、そんな身体目当てなんて……」
「じゃあ、なんだというのでしょう。彼はずっと私といました。幼い頃からずっと。私はずっと、隣にいましたよ。ずっと支えていたつもりです。ずっとふたりで笑えていたつもりです。彼の大切に、私もあったつもりです」
それでも……。
「彼は、私を選んではくれなかった」
それは私が導いた結末で。私に同情の余地などない。すべては、自業自得だ。
「なのに、ずっと近くにいた彼でさえ選んでくれなかった私のことを、あなたは、誰かは、どうやって好ましく思ったというのでしょう。時間を一分一秒だって紡いでいないあなたが、積み重ねていないあなたが、どうして私を好きだというのでしょう」
本当に、ごめんなさい。
「失恋したように見えた私を見て、私がすぐあなたになびくように見えましたか? 今なら、私を堕とせると、そう思いましたか?」
「そ、それは……」
「私に好きになられる努力を、何もしてこなかったくせに」
彼に好きになってもらうことを放棄したのは私だ。
「私の視界にすら、映ろうとしなかったくせに」
彼の隣にいながら、彼の物語の中心であろうとしなかったのは私だ。
「あなたには、物語がありません」
安寧を良しとして、平穏に進む日々を受け入れていた私のように。
「だから、ごめんなさい。さようなら」
さようなら、名もなき人。ごめんなさい。あなたの物語のヒロインに、私はふさわしくない。なれるはずがない。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
ありがとう。
こんな私を、好きになってくれてありがとう。
恨んでください。呪ってください。罵ってください。
願わくば、こんな私のことなんて明日には忘れてしまってください。
さようなら。
誰かと別れた後、私は一度校舎へ引き返していた。やり忘れたことがあったのだ。
場所は、部室棟。まだ放課後になって間もないからか、それとも冬休みが始まったばかりの今日という日にに精力的な活動を行う文化部なんてないのか、あたりは閑散としていた。
聞こえるのはグラウンドから響く運動部の掛け声。
やがてひとつの教室に辿り着いて、私は戸を開けようと手をかける。相変わらず歪んでいて、上手く開かない。ガタン。ゴトン。重い音を響かせて戸が開かれた。
「あ」
部室には、一人の少女がいた。
この学校で、この部活を通して出会った女の子だ。クラスは違うけれど、たぶん、仲が良いんだと思う。
あれ、ところでこの部活は何をする部活だっけ。いつもくだらない遊びばかりしていたから、忘れちゃったな。
ここは、彼の物語の舞台となった場所。
「やっ」
私を見て一瞬口をあんぐりとさせたカノジョは手を振って、私に人懐っこい笑みを見せる。とっても魅力的な、可愛い笑顔だ。亜麻色の髪が、さらりと揺れる。
「こんにちは」
「うんっ。こんにちは、■■ちゃん」
今日は誰も来ないと思ったのに、そう言ってカノジョはまたコロコロと笑った。やっぱり、魅力的だな。だからこそ、ごめんね。あなたの味方になれなくて。
「何しに来たの?」
「身辺整理に」
「へ?」
カノジョは少し悲しそうに眉をひそめた。
「冬休みなので。一度物を整理しようかと。あと、お掃除もしたいですね」
「な、なんだそういうことかぁ……びっくりさせないでよぉ」
ホッと胸を撫でおろしつつ、カノジョは私に駆け寄る。そして私の制服の袖をちまっと摘まんだ。
「いなくなったり、しないよね? わたしたち、ずっと仲間だよね?」
さあ、どうでしょう。裏切ったのは、私だよ?
「そうですね。すっと、仲間です」
私はいつも通りに微笑んだ。
それから、私たちはふたりで部室のお掃除をした。たくさんたくさん、物が増えたな。私が持ち込んだものもあれば、誰が持ち込んだのか分からないものまで。
他の部員は誰も来なかった。
物語は終わったのだから仕方がない。
取り残されているのはきっと、私たちだけだった。
掃除が終わると、私はお茶を入れる。それがいつもの私の役割だった。
「はぁ……お掃除の後に呑む一杯は最高だねぇ! ■■ちゃん、もう一杯!」
「はいはい」
こぽこぽと、私はカップにお茶を注ぐ。
その様子をゆったりと見つめていたカノジョはそっと瞳を伏せると、今度は少しずつ、まるで惜しむように飲み始めた。
心地よい静寂。沈黙が毒ではない。私とカノジョの、そんな関係。
「ねえ■■ちゃん」
「なんでしょう」
「■■ちゃんは、これでいいの?」
「なんのことでしょう」
素知らぬ顔で私はカップを傾ける。喉を通ったお茶は味がしなかった。入れ方、何か間違えたかな。
「好きだったんだよね。ずっとずっと、それこそ子供の頃から。あの人のことを、■■ちゃんが最初に、好きになった。それなのに――――」
「だからなんの――――!」
まるで弾劾するように畳みかけるカノジョに苛立ちを感じて、私は思わずテーブルを叩いて立ち上がる。
「私がいつ、そんなことを言ったんですか。そんなこと、誰にも……」
彼にだって、言うはずがない。
「……わたしは、わたしはね■■ちゃん。わたしは……ね」
語り掛けるように、さっきとは打って変わって優しく呟く。
「わたしは、あの人のことが好きだよ。■■ちゃんよりもずっと遅くて、あの子よりもずっと遅くて……一番最後だけど……それでも……それでも……!」
瞳が、決して芯のぶれないその眼が私を射貫く。
「わたしの初恋だもん……っ! ぜったいぜったい、諦めないよ! 諦めたく……ないよ……」
ああ、すごいなぁ。強いなぁ。
私も、こんなふうに言って見たかった。
「物語は、もう終わりました。もう覆ることはありません」
彼は、一途だから。
「それでも、わたしが諦めるまで、諦めない。好きだよって、たくさんたくさん、伝え続けるの」
「それが、彼の迷惑にしかならないとしても?」
「うん」
「そう……ですか」
カノジョは頷くことしかしなかった。きっとそこに、その想いに、自分が正しいということを証明する言葉などないのだ。むしろ、間違っているのが分かっているからこそ、捨てられなくて、どうしようもなくて、カノジョを動かすのかもしれない。
それが、敗北した物語の続きさえ描くことが出来るかもしれない、運命を駄繰り寄せることさえできるかもしれない、カノジョだけのチカラ。
だって、カノジョは。
「帰ります。さようなら」
私は立ち上がって、カノジョに背を向ける。
「■■ちゃん!」
「まだ何か?」
「わたし、まだ負けてない! まだ何も終わってない! だってね! ボーイミーツガールは絶対に勝つから! 何よりも強い、この世界で最強の魔法だから! この場所で、青春真っ盛りの高校生として彼と出会ったわたしがいっちばんっっっっ! だれよりも強いっ!!!! そうでしょ!?」
「……頑張ってください」
私には、それしかできないから。負けることさえできなかった、私には。
カノジョは、彼にとってのボーイミーツガール。絶対に負けない魔法が、二人にはかかっていたはずだから。何かが、起こるかもしれなかった。
彼女が、この町に帰ってこなければ。
ねえ知ってる?
ボーイミーツガールはたしかに最強の魔法。中学生、高校生のときに出会った、それは運命の出会い。人生を変える出会い。
でもそれはね、それより以前に運命に出会ってなかった場合の話。
彼は幼い日に運命と出会っていた。彼女が彼の運命で、二人は素直でなかったけれど、好き合っていたことを私は知っていた。
劇的で、運命的な出会いと、幼馴染。
幼馴染にドラマチックがあったらもう、それが本当の最強じゃない?
私のように、彼の日常でしかなかった最弱の幼馴染ではなくて。
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