しらたきさんと一緒のウィークエンド

館主(かんしゅ)ひろぷぅ

前編

<金曜日>


 同じ5年2組の友達、入福 美里(いりふく みり)ちゃんとケンカをしてしまいました。


 私、倉知 千智(くらち せんち)と美里ちゃん(みーちゃん)は同じぬいぐるみのキャラクターが好き。

 ユキミアザラシの白いぬいぐるみ、「しらたきさん」。


 しらたきさんの着せ替えカバーはどっちがカワイイか、ってそんなささいな事。

 私はクマしらたきさん推しで、みーちゃんはウサギしらたきさんが大好きで。

 最初はどっちがカワイイか交代で言い合う遊びだったのに。

 いつの間にか私はウサギの、みーちゃんはクマの欠点を探すようになってヒートアップ。

 そして最後には。


「みーちゃんはちょっと可愛いからって男子にもチヤホヤされてるからって!

 いい気にならないでよ、バカッ!」

「バカってなによ!

 千智ちゃん(ちーちゃん)は男子に声もかけられない弱虫のくせに、ネクラ!」

「ネクラじゃないもん!

 みんな言ってるよ、みーちゃんは男子にヘラヘラしてイヤラシイって!

 モテたいから髪を茶色に染めてパーマをかけた不良だって!」

「ぶーーっ、髪は染めてませーん、そしてクセ毛なんですぅー。

 パパの”いでん”なんですぅー!

 そんな事も知らないのぉー?

 ちーちゃんはガッコのお勉強だけできて暗くてダサいから大々々キライーッ」


 個人攻撃にまで発展してしまいました。


 2人の異変に気が付いたみーちゃんのママが部屋に入って来なかったらきっと、お互い叩きあってケガをしていたかもしれません。



「しらたきさん、

 みーちゃん……じゃない、

 美里ってヒドイんですよ」


 団地の小さな和室の自分の部屋で、お気に入りの「ふわもこしらたきさん」を抱いて寝転がります。


「むむむむ、

 わたしのこと、ダサいネクラだって思ってたんですか」


 怒りがまだ収まらず、部屋の中をゴロゴロ転がって往復を繰り返す。

 お下げの黒の三つ編みが首をしめて、黒縁のメガネがずれた。

 ぐぇ。


「 千智ーっ、暴れてたらまた階下(した)の人が怒ってくるでしょ!

 バカやってないで早く晩ゴハン食べな」


 ふすまを開けてお母さんが顔を出す。


 はぁーあ。

 せめて美里の部屋みたいなカギ付きの扉が欲しいな。


 ……

 …………。


 その夜。

 夢を見ました。

 みーちゃんといつものように学校のクラスで、グラウンドで、公園で遊んでお話しをする。

 そしていつものように並んで家に帰ると。


「あっ」


 誰かが声をあげた。

 私でしょうか、みーちゃんでしょうか。


 振り向くとみーちゃんが目を見開いてびっくりしています。


 …………


<土曜日>


 朝からふわもこしらたきさんを抱いて自分の部屋で寝転がっています。


「はわわわあぁ……、

 昨日は言いすぎたかも……」


 寝て起きたら後悔する気持ちばかり浮かんで、何もやる気がおきません。


 黒縁メガネをかけると、美里とおそろいで買ってもらったスマホを取り出しました。


「あやまろうかなー……」


 メッセージ入力画面をにらんでも打ち込む言葉が見つかりません。


「……でも、美里もヒドイ事言ったし。

 わたしもキズついたんだよ、しらたきさん」


 スマホを持った手を下ろす。


「あーうーっ……

 月曜からどうしよう……」


 私は静かに目を閉じます。


――――――――――――


 目を開けるとよく見慣れた部屋にいた。

 ここは……みーちゃん、じゃなくて美里の部屋!?

 なんで、なんで??

 さっきまで自分の部屋にいたのに。

 急に超能力が目覚めてテレポーテーションとかしましたか!?


「うーん、ううーーん……」


 美里の声がすぐ側で聞こえる。


 今みーちゃんと会うのはマズイ、そして気まずい。

 逃げ出そうとして身体を動かそうとしますが。

 動かないですよ?

 視界がずっと固定のまま、首も動かせない。

 でも時々見ている景色が上下に揺れる。


「どうしよう、しらたきさん!」


 突然視界いっぱいに美里の顔が広がる。


 え?えっ??

 ドウイウコト???


 視覚情報の処理が追い付かず、私は思考を停止してこの状態を見守る事にします!


「みりーっ、早くゴハン食べなさーい」

「はーい、ママー!」


 さらに美里の顔がアップになり鼻しか見えなくなる。

 でもすぐに鼻が遠ざかった。


「じゃ後でね、しらたきさん」


 ぐいぃんと視界が動いて可愛い花柄シーツのベッドの上へ。


 遠ざかる足音とドアを開閉する音の後、部屋は静かになる。


 なぜか置いていかれました。

 さて、どうしよう? 


 ぐらりと視界が傾くとピンクのカーペットが逆さまで跳ねる。


 まだ状況が理解できない私の前に大きなスタンドミラーがあった。


 目の前の鏡面には一昨年のクリスマスにおそろいで買ったふわもこしらたきさんが映る。

 カーペットの上にひっくり返って。

 ω型の口の周りに薄く色がついてるのは、美里が持っていたふわもこしらたきさん。


 んんっ!?

 視界の角度や位置的に考えて、私は美里のふわもこしらたきさんになってないですかー!?


――――――――――――


 一瞬の暗転の後、和室の木目の天井になりました。

 ここは私の部屋です。


 なんだったんですか、今の……。


 きっと美里の事を考えすぎて変な夢を見ちゃった。

 もうバカ美里の事なんて考えません!



「ぼー……」


 お昼ゴハンを食べた後も自室にこもってしらたきさんを抱いて寝転がっています。


 ママさんバレーに出かける前のお母さんに「ゴロゴロしてないで外に出ろ」と注意されたけど、やっぱり動く気になれませんよ。

 考えるのは美里の事ばかり。

 スマホを持ったり置いたりを繰り返すロボットに私はなりました。


「ホントにどうしよ、どうしよう~、

 しらたきさぁ~~んっ」


 しらたきさんのやわらかいお腹に顔を埋める。


 本当にどうでもいい事だった。

 クマとウサギの他、いっぱい種類のある着せ替えカバーはどれも好き。

 ただ私はクマしか持ってないだけで。


 なんであんなに意地になったんだろう。


 顔をあげて何十回目かのメッセージ入力画面にらみを始める。


 「きのうはごめんね」ってたった8文字+スタンプを送ればいいだけなのに。


 怖かった。


 既読無視されたり拒否されるのが怖かった。

 だって美里もすごく怒ってたから。


「う~う~~……」


 サイレン付きのロボットは腕の力を抜いてスマホを床に落としました。


――――――――――――


「う~う~う~~……」


 また美里の部屋に来たみたいです。

 私は美里の顔を見上げています。

 たぶんふわもこしらたきさんを抱いているのでしょう。

 前回と違うのは、抱かれている感覚があって少し息苦しい。


 美里も私と同じようにパトカーのサイレンになっています。


「どーしようー!?

 ちーちゃん、やっぱりまだ怒っているかなー?」


 美里はまだ私の事、ちーちゃんって呼んでくれるんだ!


「ちーちゃんのことダサイとかネクラとか言っちゃったーっ。

 ……ちょっと本音が出ちゃったんだよぉー」


 ぜぇーったい永久に私は「みーちゃん」って呼ばない!


「でもちーちゃんもさ、悪いんだよ。

 わたしの髪の毛の事知ってて、

 それをすごく気にしているの知ってるのにあんな事言うんだもん!

 それに誰とだれが、わたしを、イヤラシイなんて言ってたのよーっ!!」


 バスンバスンと身体に衝撃が響く。

 美里がしらたきさんを叩いているのがわかります。

 痛くないけど、しらたきさんが可哀そうでしょ!


「むーっ」


 私とおそろいのスマホを持ち上げたり下げたりを繰り返す。

 ベッドの上でゴロゴロ転がって、スマホを取ってはため息ついて置いて。

 さっきからそればっかり。

 まるで誰かみたい。


 ……って私か!

 美里も私に嫌われたらどうしよう、なんて考えるの?

 まさか。


 スマホを置くと、私=ふわもこしらたきさんを目の高さに持ち上げる。


「しらたきさん、

 わたし、ちーちゃんと仲直りしたい!」


 はう!!


「……でもねー。

 アイツ、クラスのウワサを持ち出して攻撃してくるヒキョウモノなんだよー。

 自分の気持ちを言わないヨワムシなんだよー」


 ……あ、うん。

 「イヤラシイ」とか「不良」とか言ってるのは、いつも他人の悪口をばかりを言うクラスのイヤなコだけです。

 はうううーっ、ケンカとはいえウソをついたのは大いに反省しています……。


「ちょっと待っててね」


 美里の顔が近づくと。


 えっ……!?


 くちびるに一瞬だけやわらかな感触があった。


 視界がベッドの上に移動すると、美里が部屋を出ていく。


 ……○△$♪×¥●&%#?!


 一瞬混乱して顔が熱くなる。

 でも頭の中の一部が冷静に今の状況を把握していた。

 いまのはしらたきさんに対してキスしたってこと。

 いつもキスをしているから彼女のふわもこしらたきさんの口にはシミがついているという事実。


 うん、美里のしらたきさん愛の深さを知ることができた。

 少しは美里のこと、思い直してあげる。


 顔の火照りがおさまり冷静になれた。

 

 いつも美里の部屋を見て思います。

 大きくてカワイイものがいっぱいでうらやましい。

 いろいろな種類のしらたきさんも持っているし。

 家全体がオシャレで大きいし。

 築50年のボロ団地住まいの私とは違い過ぎます。


 住む世界が違い過ぎる、そうまさにそれです。


 しらたきさん好き仲間と知ってよく遊ぶようになったけど。

 明るくてふわふわセミロングの似合う、かわいくて人気者の美里と。

 人見知りで引っ込み思案で近眼メガネで、意地悪な男子から「メガネブス」とからかわれる私。


 どうして美里は私なんかといつも一緒にいたのだろう。

 本当はもうすでに私のことをイヤになってたのかもしれない。


 美里が部屋に帰ってきた。

 トイレにでも行っていたのでしょうか。


「はあ~あ……」


 暗い顔でベッドに倒れこむと。


「ちーちゃんのバカ、 ちーちゃんのバカ、 ちーちゃんのバカ、 ちーちゃんのバカあああ!」


 ダダッ子のように手足をジタバタさせて叫んだ!

 もうゼッタイ絶交してやるぅぅぅっ!!


 でもこんなに変な美里を見るのは初めてで少し面白いとか思ったり。


 私=しらたきさんを抱き寄せてうずくまると。


「……わたしのバカ……」


 悲しい声でそう呟くとまたキスをする。


「美里ー。

 ゴロゴロばっかりしてないで外に出なさーい!」


 美里ママが廊下から、どこかのお母さんと同じことを言う。


「今日は出ないーっ」

「 千智ちゃんともう仲直りはしたー?」

「してなーい、

 仲直りしないもーん!」


 もーっ。

 じゃあ私も仲直りしないもーん!


 美里ママがドアを開けて顔をのぞかせる。


「バカなこと言ってないで。

 千智ちゃんいい子じゃないの。

 早く仲直りしてきなさいよ」

「もぉーっ、

 勝手に部屋に入らないでっていつも言ってるでしょ、ママ!」


 ベッドから飛び起きた美里はママを廊下に押し戻すとカギをかける。


 あらあらあら。

 遊びに行くといつも仲良し姉妹みたいな親子だったけど、私の家と変わらないのね。


 ベッドに戻ると、私=しらたきさんを持ち上げて見つめあう。


「本当にどうしたらいいのかな、

 しらたきさん」


『どうしてちーちゃんとなかなおりしないの?』


 甲高い声が響く。


 ん、誰の声?

 って一瞬考えたけど。

 美里の口が動いています。


 ぷくくく。

 ぬいぐるみと一人会話、小さい時はしていたけど最近はしてないなー。

 美里の意外なトコロも見れてやっぱり楽しいかも。


「だってーもし、ちーちゃんキライ!

 なんて言われたら立ち直れないよぉー。

 しらたきさん代わりにメッセージうってよー」

『それはムリでーす。

 だってアザラシの手はヒレだもの』


 えー!?

 やっぱり美里、私と同じこと考えているんだ!


『ちーちゃんはいいコだからキライなんていわないよ』


 あ、そうか。

 自分の事ばかり考えていたけど。

 美里から先に謝られたら私も謝れるかな?


「知ってるよ、すごく優しいんだよ!

 それでね、それでねっ。

 メガネをとって、ふにゃって笑ってる顔がすごく可愛くて好きなんだぁ!」


 ふえっ!!?

 まさかの突然の爆弾発言!

 

――――――――――――


「みーちゃん!?」


 気が付くと夕焼けの差す自分の部屋に戻っていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る