扇風機が落ちないように

豊科奈義

扇風機が落ちないように

 ついに完成してしまった。


 完成した扇風機を、生まれた赤子のように歓喜と期待に満ちた瞳を向ける。

 その扇風機の見た目は、どこにでもある扇風機と大差はない。しかし、モーターの性能が他の扇風機と比べ物にならないくらいに強いのだ。

 機械工学に造形が深かった僕の祖父は、ありとあらゆるものを改造する癖があった。改良されることもあれば改悪されることもある。自宅の庭に専用の工場を造り、日夜何かを改造していた。

 僕もその祖父に強く影響を受けたからなのか、機械を改造する癖がついてしまった。そして、つい先日改造尽くしたからと壊れた扇風機を祖父から譲り向けた。

 最初は本格的に改造するつもりはなく、ただ修理して再利用しようとしていた。しかし、いざ分解してみるとそこにあったのは夥しい数の部品が整然と並んでいる魅惑の園。僕の平常心はとうに廃れ、代わりに心の内から湧き上がってきたのは底のない探究心だった。

 後の僕は、寝食も忘れてただひたすら目の前の園をいじくり回すのみ。そして本日、この扇風機の範疇から逸脱した奇怪な物体が産まれ今にも産声を上げようとしている。

 作業場のコンセントにプラグを差し込み、扇風機の方を向く。そこにあるのはアヤカシと呼ぶに相応しいものだ。赤く電源ランプが点灯するのがより一層物体の奇怪さを増している。

 後はスイッチを押すだけなのだが、僕はスイッチを押すのを躊躇してしまった。


 こんな物を使ってしまって大丈夫なのか?


 そうこうしている内に、僕の持っているリモコンが湿ってくる。理由は単純明快、緊張のあまり手に汗握っていたのだ。感触が何とも気持ち悪い。

だが、時が過ぎるのを待っているわけには行かない。僕は意を決してスイッチを押す。

 その瞬間、扇風機は轟音をそこら中に響かせながら回り始めた。音に驚き注意が散ったその刹那の間にもプロペラの回転速度は急増し、風の通り道にあった障碍物が軒並み風に吹かれて大きく動いた。やがて軽い工具などはいともかんたんに宙を舞う状態になる。

 一方の僕はというと、躊躇いもなくスイッチを切った。傍から見たら、僕は神妙な面持ちでスイッチを切ったように見えるだろう。僕はあるの扇風機の様子を見て一つ閃いてしまったのだ。

 

 ◇


 数時間後、僕は扇風機の改造を終え、再び起動させる準備をする。だが、先程と違うのは、プロペラが下を向いていることだ。そして、扇風機に座席という異物が取り付けられていた。


 下向きにプロペラを回せば反動で浮くんじゃね?


 思いついたが最後、僕はすぐに決行したのだ。

 僕は数十メートルにも及ぶ電源ケーブルを抜け止めのついたコンセントプラグにしっかりと差し込み、外れるないか確認するために一度引っ張ってみる。


 これなら途中でケーブルが抜けて落ちることはないだろう。


 また、扇風機にコンセントの長さよりも短い上限高度を設定した。仮に最高高度になったとしても、コンセントが引っ張られることはない。

 バッテリーを装着することも考えたが、バッテリーというのは高く断念した。

 安全確認を終えて座席へと乗り込むと、新しく作ったリモコンを手に握る。さっき一度起動したせいか、再び起動させるのに何一つ不安はなかった。途中で電源供給が切れ落ちないように、数々の工夫を凝らしたのだから。

 急に飛ぶのは危ないので、少しずつ高度を上げていこうとリモコンのバーを操作する。少しだけ動かすと、扇風機が起動し轟音を立てながら少しだけ浮き上がった。その後もゆっくりと動かしつつ、最後の強さを残すのみになった。飛ぶことができて嬉しい反面、今の僕の技術力の限界が見えて少しだけ気が滅入るが改良していけばよい。そう思うと、地上に祖父が見えた。

 祖父は僕の様子を目を丸くして驚いている様子だった。


 よし、もっと驚かせてやろう。


 僕はバーを限界まで動かす。

 その直後、上空十数メートルを漂っていた扇風機のプロペラは停止した。

 考える暇もなく僕は呆気なく地上に衝突してしまったが、そのとき祖父の言葉が聞こえた。

「あ、ブレーカー落ちた」

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扇風機が落ちないように 豊科奈義 @yaki-hiyashi-udonn

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