消えた手がかり 6

 ものわかりの良い副隊長は、すぐさま部下に指示を出して、着々とあたりはアレックの言う通りに準備が整っていった。野次を飛ばす街の人たちを遠ざけて、酒場の主人に説明すると、渋々、二階の宿にヴァルメキ人を寝かせることを承諾してもらう。城の方から幌馬車がやってきても、喧嘩に夢中な当人たちは、周りの変化にまるで気づいていないようだ。

 アレックは周囲を見回してから、一呼吸ついた。手には内ポケットから取り出した金色の懐中時計。竜頭りゅうずを指で挟んで、もてあそぶように左に空回り三回。それから右に三回。カチカチカチと鳴った音が止まった時には、どこからともなくあたりに白い霧が立ちこめた。

 ざわざわし始めた周囲の目の前で、白い霧は殴り合いたちの間をすーっと横切り、あっという間に巨大で真っ白なドームを作り出す。霧の中でだんだんと怒声が消えていく様子に、街の人たちは恐れおののいた。

「ちょ、ちょっと困るよあんた、おれの店があの中に突っ込んでるじゃねえかよ」

と酒場の主人。

 懐中時計をポケットに戻すと、アレックはにこりと答えた。

「ご心配なく。じきに消えます」

 戻ってきた副隊長が、アレックの隣で不安げに霧のドームを見つめた。

 ほどなく霧がすっかり晴れると、そこで争っていたはずの男たちの姿はみごとに地面に転がっていた。獣のような咆哮ほうこうは彼らのいびきだ。

「すごいもんだなあ、魔法使いってのは」

 称賛の声にアレックは内心苦い顔をする。これでまたでたらめな噂が広まるな……。それでも、今街の人たち相手に魔法使いの存在と役割云々うんぬんの話をしていられるほど元気ではなかった。ただでさえ寝不足なのに、力を使う魔法を朝から使いすぎている。身体はもうふらふらだ。

 副隊長の冷静な指示で、衛兵たちは手分けして眠りこけた騎士たちを幌馬車に乗せていった。

「これでは笑い者だ、まったく。なんと情けない」

 副隊長は大きなため息とともにぼやく。

 残ったヴァルメキ人と思われる軍服姿の男たちは、街の人たちが宿まで手分けして運んでくれた。二階の宿に運ばれていく彼らの軍服をアレックはじっと目で追う。腕には銀色の糸で、二対のグリフィンが刺繍されていた。ヴァルメキ王家直轄の近衛兵。階級も二等や一等ではない、上等のもの。――魔法使いたちに追い出されたか。

「アレック殿を頼ってよかった。本当に感謝する」

 副隊長の言葉に、ヴァルメキ人から意識を戻したアレックは「いえ」と応える。

「一時間もすれば目を覚ますはずです。何かあればまた呼んでいただいて構いませんから」

 辺りはすっかり夕暮れになっていた。日中は暖かくても、夜に近づくと吹く風はまだ冷たくて肌にしみる。アレックは人の少ない路地裏に向かうと、建物の影で踵を鳴らした。


 家に戻ると、フローナが夕飯の仕度をしていた。ミシェルは熊のぬいぐるみ相手にソファーの上でおしゃべりをしている。暖炉の前の絨毯の上では、ガットがチェスの駒を適当に並べていた。

「おかえりなさいませ。ガットから聞きましたが、お城の方が迎えに来られたとか」

 うん、と生返事をしてアレックはガットが遊ぶ様子に目をやった。

「……ウィルのチェス盤がどうしてここに?」

「あぁ、あの子に子どもたちの話を聞かせたんです。そうしたら、ガットにそれを持っていってあげてと。いつか勝負がしたいそうですよ」

 と、フローナ。

「城に行ったのか?」

「ご心配なさらずとも、例のことは話しておりません。もっとも、私が話さずとも皆さんわかっておられるでしょうけども。あちらに戻ったのは、ウィルバーの具合があまり良くなかったからです。おそらく不安だったのでしょう。あなたの様子を知りたがっていました」

 唯一のお兄様なのですから。

 付け加えたフローナの言葉に、アレックは静かにため息をついた。それから、ミシェルがぬいぐるみの布団代わりに広げた新聞紙に目を逸らす。『第二王女シルマ様、行方不明!』と大きな見出しが目立っていた。

「シルマ様のことはどうなりました?」

 アレックの視線に合わせてフローナも新聞の一面に視線を向けた。

「一歩遅かった」

「どういう意味です?」

「そういう意味だよ」

 いい加減に答えると、ミシェルから半ば無理やり新聞を取り上げて、アレックは自分の部屋にこもることにした。




 


 


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