行方不明 6
ミシェルは八歳の女の子だ。兄のガットとは二歳離れている。ガットと同じ栗色の髪はふわふわでやわらかく、小さな顔に丸くて大きなくりっとした目。静かにしていればその姿は誰もが口をそろえるほどかわいらしいと言うけれど、近頃はガットと一緒になって暴れ放題だ。
「ミシェル、どうした?」
上から覗いたアレックはできるだけ優しく声をかけた。
ぎゅっと目を閉じて泣き叫んでいたミシェルは、すぐ上にアレックの姿を見ると、やっと金切り声を止めた。涙でぐっしょりの目でアレックを見上げて、それからガットを睨みつける。
「ガットに落とされたの! 足がいたくて動かないよ! ガットのバカバカバカ!」
「ぼくは落としてないよ! ミシェルが勝手に落ちたんだ」
とガット。
「身体を起こして。髪がぐしゃぐしゃじゃないか」
アレックがしゃがんで、ミシェルの小さな肩を支えてやると、ミシェルはしぶしぶ身体を起こした。ぼさぼさに広がった髪に木の葉がたくさんと、背中には土ぼこり。少しはらって頭をなでると、ミシェルは涙をいっぱいためてアレックを見た。
「本当にいたいの」
「わかった。治してあげるから、もう泣かないで」
スカートの裾からのぞいたミシェルの足首の辺りは、アレックが思っていたよりも実際は大きく腫れあがっていた。これじゃあれだけ泣くのも仕方がないなと納得する。
「他に痛いところは? 打ったのは足だけ?」
「わかんない。でも足がいちばんいたい」
アレックはミシェルの怪我をした足に手をかざした。すると、みるみるうちに腫れが引いていくのが目でも見てもわかるくらいだった。医術に関しての魔法はアレックの専門外だが、この程度の怪我なら基礎的な処置でなんとかなる。完治までには至らないものの痛みと腫れを抑えることくらいはできた。
「これでどう?」
訊かれてミシェルは足を上下に動かして、にっこり笑ってみせた。
「あ、いたくなくなった。ありがとう」
「どういたしまして」
もう一度ミシェルの頭をなでて、アレックは立ち上がった。
「それじゃあ、もう行くからね。二人とも、これに懲りたら危ない遊びはしないこと。じゃないとフローナに言いつけるよ」
踵をトントントンとリズムよく三回踏み鳴らす。瞬間移動の魔法でアレックは再び王城の正門の前へ現れた。目の前にそびえ立つ高い門と、その向こうの城を囲んだ広い芝生の庭は、場所こそ違えど、慣れた景色を思わせてアレックの心をざわりと動かした。
正門の門番に、王女のその後を聞いてみたが、やはり彼女はいまだ行方不明とのこと。
「まったく騎士隊のやつら、俺たちの話をひとつも聞いてくれやしないんです。今日は早朝から会議があるから、近衛隊長の指揮で警備の人員はいつもの倍に増やしていました。それに、どの門も出入りする者はひとりひとり念入りに確認して通していたんです。これだけは確実に言えますが、門からは絶対に王女を外に出していません。わかっていただけますよね、魔法使いどの」
門番たちは騎士隊に信用されなかったことを相当根に持っているようだった。アレックが「わかりますよ」とうなずいて見せると、嬉しそうな顔をして門を通してくれた。
銀のペンダントを探しながらも、騎士隊長の姿がないかうかがった。途中すれ違う使用人たちに、ペンダントの落とし物がなかったか尋ねてみても、これといって良い返事はない。どうやら自分は、シルマ王女が行方不明になったことよりもペンダントをなくしたことに動揺しているのだと気づくと、アレックは心の中で苦笑した。それでも、事情を知らない他の人には、アレックが熱心に王女を探してくれているのだという風に見えているようで、魔法使いアレックの株はさらに上がっているようだった。
騎士隊長の姿を見つけると、いまだ進捗のない状況説明もなおざりに、王様がアレックを呼んでいるのだと聞かされた。
「その顔からして、手掛かりは見つからなかったのだろう?」
隣を歩く騎士隊長が言う。
え、と気の抜けた声を上げてから、王女の話をしているのだと気づいた。
「え、ええ、申し訳ありません。やはり、行方知れずの人を捜すのは難しいですね」
「別にアレックが謝ることでもなかろうが。先ほど、王が君を呼んでいると言ったが、実のところ君を捜しているのはセレナ王妃だ。ずいぶんと心配しておいででな」
案内されるままに向かうと、目を真っ赤にした王妃様がアレックに飛びついてきた。困り果てるアレックの横で、王様と騎士隊長が苦い顔をする。
「セリーヌだけでも辛かったのに、ましてやシルマまで! どうしてあの子たちはこうも母を心配させるようなことばかりするのかしら! アレック、お願いだからシルマを見つけてちょうだい」
いつもなら、王様の前では第一王女セリーヌ様の名前を出すことはご法度だった。が、今この状況では誰も、王様でさえもとやかく言う者はいなかった。
「セレナ、彼だって捜してくれているよ。城中がシルマを捜している。そうだな、あの子はかくれんぼでもしているつもりなのかもしれないな。昔から衛兵たちを巻き込んで、そういった遊びが大好きだったからな」
王様の顔にはまだ余裕の色がうかがえた。王女はどうせすぐに見つかると思っているのか、さして気にしていないようにも見える。
「こうまで皆を巻き込むのは許されることではないがな。まったく、シルマもとんだ遊びを覚えたものだ。こちらはこれだけの人数がいるんだ、すぐに見つかるに違いあるまい」
とたんに王妃様が怒るように言い返した。
「なにを悠長なことをおっしゃいますか! もうすでに姿が見えなくなってから四時間ですよ! いくらなんでも出てきてくれなくてはおかしいでしょう!」
「あの子はあれでも頑固なところがあるからな。私に似て負けん気の強い娘だ」
と王様。
「シルマはもう子どもではありません!」
王妃様の怒鳴る声が天井いっぱいに響いた。
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