行方不明 4
人捜しの能力に長けた魔法使いならアレックは知っている。だからと言って、すべての魔法使いにできるわけではないのだ。才能のようなもので、人によって違いが出てしまうのは仕方がないことだった。
なくしものを捜す魔法がないわけではなかった。物をなくした時はアレックも時々その魔法に頼ることがある。ただ言えるのは、その対象は物に限るということ。生き物だとうまくできた試しがない。ましてや、範囲があまりにも広い状態では不可能に近かった。
できないと言っているのに、それでも当てにしてくる人々に多少うんざりしつつ、アレックは仕方なく「期待はしないでほしい」とため息をついた。一度家に戻ることを騎士隊長に告げて支度をする。この場から逃げたいという気持ちもあった。
アレックの自宅は、城の郊外にあった。周囲から孤立した家の周りは一面の小麦畑。二階建てだが草ぶき屋根の平たい家は、一階が三部屋、中央にリビングがあり、西側は客間。東側に一つ寝室がある。二階には、子供部屋が二室と、小さな書斎から続くアレックの寝室があった。
アレックはこの家で四人暮らしをしていた。アレックとは血のつながりがないガットとミシェル兄妹と、ナニーも兼ねた使用人のフローナだ。本当の家族というわけではないが、家族も同然の生活をしている。
城から一息に瞬間移動したアレックは、屋根から飛び出た煙突に煙が上がっているのを確認して玄関を開けた。まっすぐにリビングに向かうと、テーブルのかごにあったパンをつかむ。朝食を目の前にしながら、口にしたのはグラス一杯の水だなんて、どんな皮肉だろうか。
「まあ、いつ戻っていらしたんですか」
リビングにやってきたフローナは、パンを食べるアレックを見て顔をしかめた。
「そんなはしたない。お帰りが遅いから、朝ごはんはいらないものとばかり思っていたんですよ」
彼女は白髪交じりの茶色い髪を頭の後ろで一つにまとめ上げ、頭巾をしていた。くすんだ黄色のエプロンを身につけ、手にははたきを持っている。掃除の真っ最中だったようだ。
「すぐに行かなきゃいけないんだけど」
その言葉にはたきを置いて頭巾を外したフローナは、炭を熾していたかまどの上で湯を沸かし始めた。あっという間に水が沸騰する光景は、この家ではあたりまえのことだった。
ダダッ、ダダッと馬の駆ける音が響き、アレックは窓の外を覗く。庭の向こうの農道では、騎士隊が土煙を上げて走り去っていくところだった。
「あんなに急いで。何かあったんですか?」
同じく窓の外を見たフローナがアレックに尋ねる。遠ざかる騎士の姿に背を向けると、アレックは何でもないかのようにパンを食べた。
「王女だよ。いなくなったらしい」
フローナはぎょっとしたように声を上げる。
「まさかシルマ様が! 誘拐なんてことありませんよね?」
さあ? と適当に首を傾げると、途端に彼女は顔を真っ赤にした。
「どうしてそんないい加減なのですか!」
「そんなに怒らなくてもいいじゃないか。あの王女のことだから、何か気に入らないことでもあったんじゃないのかな」
「何です、その言い方! もし誘拐だったらどうなさるんですか。あなたというものがいておきながら!」
「僕にこの国の王室付きになれとでも思ってるなら、それは僕に対して――」
「そういう意味で言ったわけではないことくらい、ご自分でおわかりでしょう!」
「……わかってないのはフローナのほうだよ」
ぼそりとアレックが言うと、彼女は苛立ちを抑えるようにふうと息を吐いて、紅茶を無言で差し出した。
昔からフローナは怒らせると後が長いからやっかいだった。仕方なく、アレックは紅茶を飲んで彼女に笑ってみせる。
「ありがとう。僕も僕なりに今の立場でやっているよ。だから、王女を捜そうと思ってこうして……」
暖炉の横にある大きな棚から、練り香の入った壺を持ってテーブルの上に置いた。もう一つ、引き出しから羊皮紙を取り出すと、ペンで記号を書きなぐる。練り香と羊皮紙を壺の中で一緒に炊くと、しばらくして薄紫色の煙が立ち上った。
フローナはじっと煙の行方を見守っていた。彼女も魔法が使えたが、アレックほどの知識は持ち合わせていない。
「――だけど、これで見つかるはずがないんだ。わかるだろう?」
これは失せ物探しの魔法だ。本来なら、立ち上る香の強い煙は探したいもの方へ静かに流れていく。しかし今回は対象が人間。まるで迷っているかのように様々な方向へ流れた煙は、結局は不自然なほどぐるぐると渦を巻くばかりになった。
わかりきった結果に、アレックは紅茶を一口飲んで、口元に人差し指を当てるとそこに息を吹いて壺の火を消した。
「確かにそれは失せ物探しの魔法。人となると……私には勉強不足ですわ」
「協会はもっと実用的な魔法の研究をするべきだと思うね。なんだっけ、この間新聞で紹介していた魔法は」
「花に歌を歌わせるという?」
「そうそう。最近の協会にはまったく幻滅させられることばかりだ」
「お気持ちはわかりますけれど、シルマ王女様のことはどうかきちんとお捜しになっていただきませんと」
はあ、と深くため息をつく。正直言うと、城にはもう戻りたくなかった。もしかしたら王女はすでに見つかっているかもしれないじゃないか。だとしたら、自分が行く必要もないだろう。
眉間に手を当てたアレックはそのまま目を閉じる。今なら楽に寝つけるのではないかと思った。
「ずいぶんとお疲れのようですね。近頃、寝ておられないのはわかっておりましたが」
「わかってたんだ?」
「ええ、なのでホットミルクをお持ちしていましたが、あまり効果がない様子。倒れでもしたら心配するのは私だけではありませんよ」
はいはい、と苦笑交じりに答えた。フローナはというと、薬でも作るつもりか書棚から薬草の本をあれこれ引っ張り出し始めていた。
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