この手に星を

朝倉亜空

第1話

 夜空にきらめく、幾千、幾万もの星々。

 大きいものや小さいもの、力強く自己主張して輝いていたり、弱弱しくひっそりと光っていたり。なぜ、こんなにもたくさんの星が存在するのか、あなたは知っていますか。


「今夜は、星がいっぱい出てるわね」

 セイヤとチヒロが夜の公園のベンチに座っていた。チヒロがそう言った。

「本当。最近じゃ、珍しい」セイヤが答えた。

「ねえ、あの星。薄ーく消え入りそうに瞬いているの、あれがいいわ」チヒロが頭上に広がる星空の、ある一点を指さして言った。

「うん、わかった」そう言ったセイヤは、微かに輝いているその星に向かって、自分の右の手のひらをすーっと伸ばし、まるで星を掴み取るようにぎゅっと拳を握った。

「チヒロ、手を出して」セイヤは言った。

 チヒロはうきうきと両手でお椀の形を作り、セイヤに差し出した。セイヤは右握り拳をその上にそっと置き、チヒロの手のひらに触れながら、ゆっくりと開いていった。何かがチヒロの手の上に落ちた。仄かに温かい。

 はい、と言いながら、セイヤが手をのけると、それは小さな、瞬く星だった。

「きれい、とっても。ありがとう」薄暗い自分の手の中で、キラキラと青白く輝くそれを見つめながら、チヒロは微笑んだ。その笑顔が星の光に照らし出され、夜の闇間に浮かび上がった。星を嬉しそうに見つめているチヒロを、セイヤは嬉しそうに見つめていた。しかし、その美しさを味わうのもほんの数分間のみ、すぐに星は光りを無くし、手の中でただの砂粒のようになった。金平糖そっくりな形の、まさに星の砂だ。チヒロは残念そうにそれを地面にはたき落とした。

「ハハ。きれいなものは寿命が短いんだよ」セイヤは笑った。

「本当にそう。……じゃ、今度はあれを取って」チヒロはまた別の星を指さして言った。

「うーん。そんなにいっぺんに星を取ったら、ちょっと困るんだよ……」セイヤは困惑して言った。

 人は心にいくつもの夢を持つ。それを叶えたいと願う思いが強く天に通じた時、夜空のどこかで星がひとつ生まれ、輝きを放ちだす。そして、人がその夢を叶えた時、すなわち、星を掴んだ時に、あまたある星の、どれかが消えるのだ。大きい願いがかなったときは、大きな星が一つ消え、小さい願いがかなったときは小さな星がどこかで消える。空に無数の星が輝いているのは、それだけ多くの人々がたくさんの夢や希望を抱え込み、人の世を生き続けている証拠なのだ。

 それがセイヤの場合、少し話が違ってくる。

 彼のように実際に手のひらで星を掴める人間は、夢を達成していないのに、星を手にし、無くしてしまう。星を握り潰してしまうことになるのだ。また、セイヤ自身には、星を握った瞬間に、それが、自分の何を夢見た星なのかがわかった。大学進学、一流企業に入ること、プロの音楽家、セイヤは星を掴むたび、一つひとつの大切な夢を潰していった。つい、今しがたの星は、「マイホームを持つ夢」の星だった。セイヤはめでたく、生涯、借家住まいの身となった。

 でも、セイヤはそれでも良かった。

 星をチヒロの手に渡した時の嬉しそうな笑顔。それが今のセイヤにとって、一番の宝物だった。夢を叶えたいと思っても、どうせ叶わぬ夢なのだ。ならば、チヒロをほんのひと時でも幸せにしようじゃないか。

 とは言え、一度にいくつもの夢を無くしてしまうのは、セイヤにとってもさすがに辛い。「やっぱり、一度に一つずつだ」セイヤは言った。

「そうなの……。だったら、はじめから、あの一番光ってる星にしとけばよかったなぁ」チヒロは少ししょげたようだ。

「また、今度取ってあげるよ」

「うん……」まだ、諦めきれない様子でチヒロは言った。「……今日さ、せっかくチヒロの誕生日なのにさ……。なんだか、ちょっと損したみたい」

「ええっ、今日、チヒロの誕生日なの? し、知らなかったよ」セイヤは驚いて、声が少し大きくなっていた。「そっかー。じゃ、今日は特別だ! あの、大きく光ってるやつだね」

 セイヤはいつものように、すーっと右手を伸ばし、手首のスナップを利かし、よく輝いている星をもぎ取った。一瞬、セイヤの顔が固くなる。セイヤはいつものように言った。「さあ、チヒロ、手を出して」

 チヒロの手に触れる瞬間が好きだった。自分の手の中で、輝く星を見つめるチヒロの顔が好きだった。「いい。ぼくの手をのけるよ」

「うわあー、これ、凄くきれい……」

 チヒロの笑顔がキラキラしている。やっぱり、たまらなく好きだ。

「でも、セイヤ、私に近すぎよ。ちょっと離れなさいよ!」チヒロがセイヤに毒づいた。

「ご、ごめん。悪気はないんだ」

「星を取ってくれたんだから、もう、用なし。帰っていいわよ」

「そ、そうだね。じゃあ……、さよなら」

 さよなら、チヒロ……。セイヤはひとり、ベンチから立ち去っていった。

 セイヤが最後に掴んだ星、それは、「大好きな可愛い女の子を恋人にする夢」の星だった。

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