2

まず先に向かったのはジェニファーの家。

正直このメンバーで行く事はまず無い。オスカーを抜いたとしてもだ。男友達数人が女子の家に行くなんて、よほど仲が良いかご近所づきあいもかねて昔からよく遊んでいた仲なら普通だったかもしれない。でも、別にそこまで一緒に遊ぶこともなければましてや近所でもない、ただのクラスメイトの女子。行っちゃいけないんじゃないが、行くには気がひけるというもの。

しかし今回はわけが違う。

皆の家を皆で巡回して行くんだから。

何が起こっているか、より詳しく把握するために。


「・・・・・・。」

普段なら、たわいない話で盛り上がっている。しかし皆、空気を読んで黙り込んでいてとても静かだ。状況が状況だけに沈黙が作るこの重い空気が苦しく感じる。

「・・・ぷはぁ、死ぬ!!」

沈黙を破ったのは案の定セドリックだった。

「息まで止めてたもんだから死ぬとこだったよ!」

何もそこまで止めなくても良いだろうに。

「全く、空気読みなさいよね。」

ジェニファーが軽くあしらう。

「読んでるよ!でも・・・喋っちゃいけないわけじゃないんでしょ?こういうときぐらい気を紛らわそうよー!あ、しりとりしよう。えーっとね。チョウチンアンコウだよオスカー。」

ツッコミ所が多過ぎる。ていうか、何気にオスカーもついてきているんだがそこはあえて気にしないことにしよう。

「なんで勝手に俺を巻き込んでんだよ・・・・・・・・・うんこ。」

「ブフォ!?」

「あはははは!!」

突然の下品なワードにハーヴェイが吹き出してセドリックは笑い出した。これぞ、小学生のやり取りというか、大体その辺りの言葉で笑えるようなお年頃なのだ。俺も少し吹きそうになった。

「ひっ・・・ふぁ・・・な、涙が・・・次ハーヴェイだよ。」

「ふふっ・・・あ、え?俺?あー・・・降参。」

終わってしまった。

「降参・・・ん、ん!?んがついちゃダメじゃん!」

「降参したもん。」

降参の「ん」で終わらせるとはまた皮肉なことを。

「誰がそんな上手いことをー!やる気ないのー!?」

セドリックの悲痛な声が同情を誘う。そもそも勝手に周りを巻き込んだのはセドリックだが。

「もう、みんなノリ悪いなあ。」

遊びに付き合ってくれないからふてくされてしまった。

「んな時に気が乗るかよ。」

オスカーに即答されるが、なにげに付き合ってあげていたような。

「うーん、わかってるけどぉー・・・ん?ジェニファー、

どうしたの?具合でも悪いの?」

仲間に異変が現れたのか。振り返ると、苦笑いで首を横に振るが明らかに顔色が悪い。

「大丈夫か?」

と聞いたところ今度はさっきより強く首を振った。

「なんともないって。全然大丈夫。」

そうに見えるならこんなに心配にならない。空が赤のせいか眼に映る全ても赤みを帯びているのにそれでも青白く見えるほど血の気が引いているのだ。

理由はわからないが、体調を崩しても仕方ない。というか、むしろ普通だ。さっきから散々な目に遭いっぱなしで精神も肉体も疲れきっているのではないか?

「もしかして寒いんじゃない?」

セドリック曰く気温のせいだという。確かに、雪の降る日にこんな薄着は寒いに決まっている。ジェニファーも防寒具は持っていたはずだ。

なのに、急かして外へ連れて出たのはセドリック、お前じゃないか。

「あ!そうだリュー君、そのマフラー貸してあげなよ!」

「はい!?」

ジェニファーの声が裏返る。本当にいつも人を巻き込むんだからこいつは。でも改めて見てみるとこの中で一番着込んでいるのは紛れもなく俺だった。

「べ、別に・・・いいけど・・・。さ、寒いからって決まったわけじゃないだろ!?」

あーあ、やっちまった。

別に貸すのが嫌じゃないが、どう渡していいのかを考えると余計なことを意識して急に恥ずかしくなってしまった。

誤解を生んだだろうか。

「わーリュドミール君ないわー。」

「アイツ一生童貞だぜ。」

セドリックとオスカーの冷たい声が刺さる。つーかおい、オスカーてめぇ、一生彼女が出来ないっていうならまだしも童貞てどういうことだ。

「もう!本当になんともないってば!寒くもないし!」

ジェニファーが痺れを切らす。こんだけ声を張りあげられるなら、まあ大丈夫だろう。

「言われてみればそんなに寒くもないね。」

あっけらかんと言い放つセドリック。どっちだ。

・・・そう言えば、昼休みに外へ出た時より若干暖かい気もする。しかし俺は北の国出身にもかかわらず寒がりなもんだからやっぱり寒かった。

「ていうか、町並みもなんか変わっちゃいないが・・・。」

「誰も見ないね。」

そう、建物はそのままの状態で残っているので違和感はなかったが、どうも人の気配を全く感じない。ここは町でも人通りが多くいつも車が走っているのにその車すら一つも見ない。

「ここにいた人も消えちゃったのかしら。」

不安そうに訊ねるジェニファーに俺はなんとも言えない。すると並んで歩いてたスージーが口を開く。

「真っ昼間はいつもこんなもんよ。夜になったらそこそこ賑やかになるけどね。」

・・・やっぱりおかしい。彼女がどこに住んでいるかわからないがこの町を訪れたことがあるなら俺たちと見ている世界がこんなにも違うわけがない。

人通りが多いというのもここはスーパー、レストラン、病院などあらゆる施設が揃っている。少し歩けば住宅街だ。昼間も働く人が沢山いるだろうにどの店も稼働している気配がない。

「どこに住んでるんだ?」

いっそ聞いてみると・・・。

「ヘルシティーの中央区。大都会よ~。」

へ、ヘルシー?初めて聞いた場所だ。携帯の充電に余裕があるときにでも調べてみよう。

「つーか、どこよ。さっきから真っ直ぐ歩いてばっかだけど。」

スージーが指差した先には交差点。信号は幸いにも、どれも青。ん?どれも青って、おかしくないか?

「そのまま横断歩道を真っ直ぐ行って右に曲がって少し歩いたら着くわ。」

しかし誰もそのことには気づかず、ジェニファーが自分の家への道のりを教えた。まあ、車が全く走ってない今はいいけども・・・。


癖で右と左を見てから横断歩道を渡り、右折。そこからほんの数分歩いたらもう着くはず。

「・・・・・・あら?」

なのだが。

「ねえ、ジェニファーの家ってさ。こんなんじゃ、なかったよね。」

セドリックが気まずそうに尋ねる。俺は開いた口が塞がらなかったがジェニファーも同じで、衝撃でいったら本人の方が大きいだろう。

「あ、あ、あ・・・あぁあ!?な、何よこれ・・・!!」

よろけながら後ずさる。

ジェニファーの家があった場所には、赤い煉瓦造りの四階建てのビルがそびえ立っていた。「Hotel」と書いてあるネオンの看板がかけてある。俺の記憶が正しければ、白塗りの壁に赤い屋根の普通の二階建ての家屋だったのだが・・・。よく見かけるため間違えるはずはない。ジェニファーの家の隣の目印となる赤いポストが全く同じ場所にあるのがまた皮肉だ。

「間違えるわけないよ。だって、ここ毎日通るもん、ねえ?」

セドリックとは同じバスに乗って通ってる。だからこいつもまず間違えることはない。

「ああ、確かにここはジェニファーの家がある場所だ。」

こんな趣味の悪い建物なんかなかった。

「何いってんの。百年ぐらい前から建っている老舗のホテルよ。ま、ラブホなんだけどね。」

スージーがビルを見上げてそう言った。ホテルといっても見た感じこの品の無さはどうせそうだと思った。

ラブホというのは、つまりラブホテルとかいうやつで・・・父さんや父さんの連れのせいでいらん知識として覚えてしまった。興味はない。

「ねえねえ、リュー君、ラブホってなあに?」

セドリックの純粋な好奇心がなぜか俺の胸に刺さった。うん、普通はこうだよな。で、なんで俺に聞くんだ?

「ラブホてゆーのは・・・恋人同士で行くホテルだ。」

しかし、どう誤魔化していいかわからないので、できるだけオブラートに包んで返してあげた。

「ふーん、なんだかロマンチックだね。」

と、ネオンの看板をじーっと見つめるセドリック。多分今のこいつの脳内ではデートスポットみたいな風景が浮かんでいるんだろうなあ、と思うとより罪悪感が湧いてきた。まあ、間違っちゃいないしな。

「男女が一糸纏わぬ姿でまぐわう所だよ。」

ハーヴェイ、あとで殺す。

「いっし・・・?ん?なにそれ。」

ほら見ろ!難解な言葉により食いついてきたじゃないか!お前だけは絶対に許さないからな!

「んなことも知らねーなんてガキだな。」

おい、オスカー。一番無縁そうなお前までなんで知ってるんだ?ガキってお前もガキだろうが!ガキじゃないと思われるスージーは完全放置だし、ああもう、頭が痛い。

「いい加減にして!!」

ジェニファーの喝が一瞬にして皆をぴたりと黙らせた。

「こっちは帰れると思って家に着いたら見たことない変な建物だったのよ!?それをアンタ達は勝手に面白おかしく勝手に盛り上がって・・・これだから男子は!!」

彼女の言う通りだ。本人にとってはただごとじゃないんだから。

「はぁー、全く・・・どうして。」

深いため息の後、切ない表情で看板を眺める。

「中に入ってみたら?変わってるのは見た目だけかもしれないよ?」

「二階建てが四階建てに変わってる時点でありえないわよ。」

セドリックの提案を即座に否定する。子供らしい、幼稚な質問だ。だからと言って、入ってみる価値はある。

「家族がいるかもしれないぞ。」

そこにいた家族は取り残されている可能性もなくはない。人が消えたり得体の知れないモノが現れたりされちゃあこの際それぐらいのことが起きても不思議じゃない。

「・・・いや、いるわけない。」

入る前に決めつけないで入ってみたらいいのに。

「んなのわからないじゃ・・・。」

「いないったらいないの!」

強く否定された。家族がまだいる可能性に賭けようとは思わないのだろうか。

「リュドミールも早く家に行きたいんでしょ?ほかのみんなも、私ばかりに時間かけてられないで次行きましょうよ。」

ジェニファーの言う通りなのだが、どうも他人のことなのに腑に落ちない。

俺の心配をよそにみんなは次へと話を進める。

「二番目に近いのは誰?」

セドリックの問いに誰も反応しない。全員がこの中の誰かの家を知っているわけではないから反応しづらいのだ。

「俺は歩いて大体1時間」

ハーヴェイも徒歩通学で、よく途中で合流してから一緒に登校することも多い。にしても歩いて1時間は結構遠い。

俺とセドリックはバスを利用しなければいけないぐらい遠く離れた場所にあるのだから、残りは・・・。

「・・・俺、だな。」

みんなの視線に観念したかのように言った。

「だけど信号がとにかく多くてよ。運良く引っかかなければ30分ぐらいで着くぜ。」

地域によっては交通量が多かったり、道が沢山わかれていたりといった事情により信号が多い地域がある。オスカーが学校に着く時間にばらつきがあるのはこのせいだ。


「でもそんなに遠くもないよね。で、オスカーの次はハーヴェイの所行って・・・あ、僕らはどうしよう。」

俺とセドリックが乗るバス停は既に通り過ぎていた。

「どのバス停から乗っても大丈夫だろうが、問題はバスだ。どれがどのバス停に止まるやつかまではわからん。」

都会だけに、色んな種類のバスがある。乗ったバスが、快速あるいは急行かいずれにしても俺たちの目的地を素通りするようなら意味がない。

それと、もうひとつ重大な事実に気づいた。

「運賃がない。」

その言葉にセドリックがかたまった。

「あ・・・。」

お金も、なにもかも全て学校に置いてきてしまったのだ。

今なら取りに帰ることもできるが・・・。

「やーねアンタ達。こんな時に人間の技術力の結晶である車を使わないでどーすんのよ。」

とスージーが間にはいる。

「車なんてないぞ?」

「タクシーに乗せてもらうんだよ。」

俺のさりげない疑問にセドリックが返す。タクシーなら目的地さえ言えばそこまで走ってくれる。

「だから言ったろ?運賃もないのにタクシー代なんかあるわけないじゃないか。」

「タクシー?何それ。」

スージーはまるで頭に疑問符が三つぐらい浮かんでそうなぐらい目を丸くさせた。俺はその言葉の真意がわからず同じ顔で見上げる。

「車がないなら通った車をつかまえりゃいいのよ。」

続けざまに驚きの発言を口にした。つまりヒッチハイクをするというのだ。

「すごい!生ヒッチハイクだー!」

興奮するセドリックと興味津々に話を聞くハーヴェイ。ヒッチハイクとか、滅多にお目にかかれるものではないから気持ちが高ぶるのもわからなくはないが。

「でも、車なんか走ってそうに・・・。」

「案外そんなこともないわよ。ほら。」

そう言ってスージーが指差した先、軽四が走ってくるのが見えた。

「やったー!みんな!早く早く!」

何故か一人盛り上がってセドリックが我先と駆け出し、次にハーヴェイがついていった。

「なんであんなにテンション高いのかしら。」

「ま、人が多い方が目につきやすいしな。」

遅れてジェニファーと俺、無言のオスカーが後に続いた。

「止まってー!!」

背の小さいセドリックが必死に飛び跳ねたりして猛アピールしている中で、はたして上手くいくのだろうかと半信半疑の俺たちと提案したスージーが手を振る。ヒッチハイクといえば、乗せてくださいと書いた板を提げてるイメージがあるので、それさえ用意できたら成功する確率は上がると思うのだが。

しかし、運転手は首をかしげるだけで見事にスルーしていった。

「えーっ!こんなに大人数でアピールしてるのに気づかないなんてさ!」

人一倍頑張ってたセドリックは一人だけ拗ねていた。一方オスカーは鼻で笑う。

「気づかなかったんじゃねえ。気づかぬふりをしたのさ。ヒッチハイクなんてそう上手くいくもんじゃねえよ。」

続けてハーヴェイが少し残念そうに呟く。

「・・・面倒ごとには関わりたくないもんね。」

余程親切な人でない限り、大体は他の人が拾ってくれるだろうと自分は関係ないとばかりに放置する。そう考えると虚しい。するとジェニファーが物凄く今更なことを述べた。

「ていうか誰がこんな大人数を乗せようなんて思うわけ?」

「・・・・・・。」

6人を乗せれる車なんてそうそうない。ぐうの音も出ない俺もみんなも黙るより他なかった。

「ふん、アタシみたいな美女を素通りするとはね。」

一人不敵な・・・いや、苛立ちをあらわにして微笑むスージーはさっき車が来た方向を睨んだ。またも車がこちらに走ってくる、今度は少し大きいがそれでも6人を乗せるには厳しく思えた。


「アンタ達、ちょっと下がってたほうがいいわよん。」

そう言ってスージーは俺たちのそばを離れ、道に出る。

「何やってんだよ!危ないぞ!!」

なんと道路の真ん中で足を止めたのだ。もはやヒッチハイクではない、大事故だ。

「止まってくれないなら止めた方が早いわ。」

と言って俺たちを見ようともせず、腕を組んでまっすぐ前を見据えてる。微動だにしない。

止めた方が早い?止められるわけがない!相手は車で結構なスピードで迫って来ている。

そうこう考えてる間に段々と車との距離が縮まる。運転手は慌てて急ブレーキを踏み込んだがそれでも勢い余って止まりはしない。

「危なっ・・・。」

今からじゃ何をしても間に合わない。

いくら彼女が人間じゃないとはいえ、あんなものとぶつかったら・・・。

スージーが膝を曲げた足を上げる。一体彼女は。




瞬間、ガッシャアアンと大きな音と共に車がボンネットからへしゃげ、丈夫なはずのガラスがバラバラに砕け散り、

その他部品を撒き散らしながら大破した。まるでとてつもなく硬い棒にでもぶつかったかのように。瞬く間に車は原型を無くしてしまった。

「うわあ~・・・。」

あまりの悲惨な状態を前にどう言葉に表していいのかわからず、間抜けな声しか出なかった。予想だにしてない事故現場をしばらく眺めている内にハッと我にかえる。

「スージーさん!!大丈夫か!?」

名前を呼ぶ。無事かどうか確認するまでもないが。

何故ならスージーはというと何事もなかったかみたいにこっちに向かって笑顔で手を振ってるんだから。

「あっはは、心配するならこっちの方してあげて。」

そうだ。あんなに派手に車ごと滅茶苦茶になったのだ、絶対に無事では済まない!うわ、心配だけど想像すると見たくない・・・。スージーはお構いなく運転席から引きずります。

「うっ・・・ん?」

出てきたのはテレビ、いや、頭がテレビで首から下はスーツを着た人間だった。まさか被り物をして運転していたのか?

「あーなんだ。ほっとこ。」

といってあろうことか被害者を放り投げたのだ。

「お、おい!怪我してるかもしれないだろ!」

「怪我なんかしないわよ。フリーズしてるだけでなんともないわ。それよか車よ。」

何を言っているんだろう、理解できない。液晶画面が砂嵐から真っ黒になったりとえらく手の込んだ被り物だとも思いつつスージーの行動を目で追った。ヒッチハイクではなく無理やり車を手に入れることはできたのだが、肝心の車が使い物にならなくては意味がない、本末転倒もいいとこだ。

「すごいよね、足一本で車をぺちゃんこにしたんだからさ。」

「壊したら意味ないじゃない。」

「だよね。」

セドリックとジェニファーのひそひそ話とハーヴェイの大あくびが聞こえる。オスカーも呆れたと言いたげな表情をしている。

そんな俺たちをよそに、スージーは損傷が一番ひどいボンネットに手を触れる。その行動の意図などさっぱり見当もつかなかった。

「・・・おい、見ろよ!」

諦めかけていたオスカーが、ある光景を見てひどくうろたえている。それもそのはず、俺もずっと目を凝らしてよく見ていたのだから。

「え?・・・えっ!えーっ!?ジェニー!!」

「何あれ何あれ!!」

驚きすぎて肩を寄せ合うセドリックとジェニファー、ハーヴェイも目をこすって二度見した。それぐらい信じがたい光景だった。

なんと、触れた先から車が元の姿に戻っていっているのだ。割れたガラスの破片は、散らばった部品は、勝手に集まって各々の部位に綺麗に収まって、潰れた部分は膨れ上がり、傷さえ消えてなくなっていく。時間が逆戻りしているかのような不思議な感覚さえ覚える。

「魔法みたい・・・。」

などと呟いていると車を綺麗に直し終えたスージーが無言で手招きをするのでみんな駆け足で集まった。

「すご・・・。」

「直ってる・・・。」

俺を除いた3人が隅々まで覗き込む。

「さ、直ったんだからさっさと乗りな。」

タネも仕掛けも一切明かそうとせず、めんどくさそうに早く乗車するよう急かす。しかし。

「この車、四人乗りだよな。」

オスカーの言う通り、運転席と助手席を合わせて二人、後ろも二人なることを想定して作られている。スージーは外せないとして、そうなれば二人が余る。

「んなもん後ろつめりゃ3人乗れるでしょ。・・・あー、

この車、上に荷物乗せれるようになってんじゃない。」

ふと見上げると、何やら小さな取っ手みたいなものが六つある。たまにサーフボードとか乗せている車があるが、これがそうなのだろうか。

「そうね・・・そこのガール以外のボーイ達の誰かがあそこ行きね。」

は!?人間をまさかの荷物扱いかよ!いろいろと無理があるだろ!

「なあおい、後部座席のうしろとか・・・。」

「じゃんけんで決めるぞ!」

なんとか他の案を述べようとするがセドリックの声に遮られる。みんな、顔に冷や汗を流したり眉間にしわ寄せ血相を変えていたりと必死だった。こんな緊張感漂うじゃんけんは見たことがない。

「負けた奴が乗ることにしよう!」

セドリックが提案するとみんなが頷く。なんだこれ。

「おい!リュドミール!てめぇだけ済ましてねえで早くこっち来い!」

オスカーにも呼ばれる。済ましてない、少し呆れてただけである。

「やれやれ・・・仕方ないな。」

渋々俺も輪に入る。そりゃ、あんなところに縛られて走られるなんて地獄味わいたくはない。と、思うと俺も若干気が張り詰めてきた。

「いくよ!」

仕切るのはセドリック、そしてみんなが声を合わせる。

「じゃーんけーん・・・ほいっ!!」

いっせいに手のひらを振り下ろす。

結果は、チョキを出したセドリック以外みんなグーだった。

「僕のラッキーピースがああああ!!」

「いよっしゃあああ!!」

歓喜と絶望の声が同時に響き渡る。右手を握って今にも泣き出しそうなセドリックとグーをそのまま握り拳にして高く突き上げてはしゃぐオスカー、その傍さりげなくガッツポーズをするハーヴェイ。俺も安堵するが、セドリックが心配でならない。いや、誰が負けたところでこれは可哀想だ。

「セドリック・・・。」

「リュドミール・・・代わって、わっ!?」

それは嫌だと言おうとした矢先スージーに腕を掴まれ無理やり連れていかれた。

「やぁぁぁぁぁぁあ!!!誰かあああ!!!」

「うっさい!早く来な!」

今度は怒声と悲鳴が同時に響き渡る。

「ま、あいつが言い出したことだし・・・。」

と言うとオスカーとハーヴェイが便乗した。

「うるせーチービ!仲間を売った罰だ!!」

「売ったんじゃないってばあ!」

此の期に及んでわざと掘り返す。

「いいじゃん、お荷物が荷物扱いされるのは間違っていない。」

「ひっ、ひどい!やっぱり僕のこと嫌いなんだー!」

ハーヴェイに至ってはただの悪口だ。

そうしている間にもスージーの怪力と素早い手さばきで(どこにあったか知らない)頑丈そうな縄で幾重にも縛る。セドリックは車の上に哀れにもうつ伏せでくくりつけられた。

「・・・・・・。」

オスカー、ハーヴェイ、ジェニファーは既に車に乗っており、工程を見ていたのは俺だけだった。セドリックは、抵抗すらしようとしない。前を向いた状態で固まっていた。

「スージー、あの、これ大丈夫か?色々と。」

人に見られたりとか、なにより本人が大丈夫なのかどうかを聞いたところ。

「大丈夫よ。それに、アタシ意外にも安全運転だから怖い目に遭わせたりしないわ。さ、アンタは後ろね。」

というぐらいなら、とりあえずスージーに彼の身を委ねる事にした。それでも車の速度を直接体で感じるんだから最初こそ怖いだろうが、多分こいつは慣れたら風が気持ちいいとか言い出しそうだし。

助手席にはジェニファー、後ろにはオスカーとハーヴェイ。二人くっつくのが嫌なのか間を開けており、俺が乗ろうとしてもずれるつもりはなさそうなので隙間に座る。結構狭い。横に子供二人分ぐらいの幅のある奴がいるから仕方がない。


「じゃいくわよー。」

手慣れた動作でエンジンをかけ、今時ミッションの車らしくギアを動かす。すまないセドリック、しばし耐えてくれ。

エンジン音と共に車が発進した。

「ひっ!?」

反動で座席に頭を叩きつけられる。スージーは急アクセルを踏んで車は、いきなり猛スピードで走り出した。

「早い!早いうわああっ!!」

止めようにも運転中だし、なにより体が前に進まない。

「どこが安全運転だよ!!もう少しゆっくり・・・!」

と抗議してもスージーは緩めようとしない。

「安全運転じゃない。交通ルールはちゃんと守ってるわ。」

そういう問題じゃない!交通ルールには速度制限という基本中の基本ルールがあって、少なくとも高速道路でもない道を120キロで走っていいわけない。

「ぎゃあああああああっ!!!」

頭上から絶叫が聞こえる。セドリックも、多分ジェットコースター並みの恐怖を味わっているに違いない。だからといってこっちはこっちで決して楽などしていないのだ。心配する余裕はない。

「風があああああ!!ひっ、ひぎゃあああ!!」

聞くにも耐えない悲鳴が胸に刺さる。

「うっせえなチビ!おい!オカマ!ちったあスピード・・・わっ!?」

今度は急カーブ。もちろん。100キロ以上の速さを維持したままで綺麗に曲がれるはずもない。

「ぐえっ!?」

「いった!」

遠心力とやらで一瞬体が横に仰け反った後思い切り体をドアに打ち付ける。一番端はガラスに頭を打って俺は押しつぶされそうになる。

キキキキーッと耳の痛い音を唸らせひどく遠回りをしながら曲がり、またも急発進。

「嫌ああああああぁぁぁ!!!」

セドリックのやつ、振り下ろされたりしないのだろうか。寿命は確実に、今ので縮んだな。

もし信号が赤にでもなったらどうするんだろうと心配していた矢先に信号機。

「どっち曲がるの?」

「右!!んぶっ!!」

こんな速度じゃ道案内が間に合わない。次の信号に差し掛かるが、さっき顔を強打したオスカーは鼻をおさえながら半ばやけくそに叫んだ。

「次は左でそのあとはずっと真っ直ぐだこのヤロー!!」

「あいあーい。」

「もうやめてえええええ!!!」

運がいいのか悪いのか、さしかかる信号機は全て青。絶叫がうるさい中俺たちは地獄のようなドライブに翻弄されたのであった。




「ここかしら。」

ようやく車は止まった。オスカー曰く何事もなければ30分で辿り着くのだが、きっと半分は早くついたと思う。

「・・・・・・。」

何度も衝撃を食らった体、主に両脇腹をさすりながら降りる。痛い、苦しい、三半規管が異常を訴えている。

俺たちは降りる必要はないが、外の新鮮な空気を吸い込んで少しでも気分を回復したいためにみんな降りたが、全員顔が死んでいた。

「・・・やっと着いた・・・オスカー、ん?」

ふらふらとどこかへ行ったと思えば、草むらに隠れた。どうしたかと思えばそこで吐いていた。

「・・・うん、無理もないわね。」

普段通りの日常なら誰かが吐いたら馬鹿にする奴が一人ぐらい出てくるのだが、みんな同じ状態なので誰も何とも言えずむしろ同情する。

「あ!セドリック・・・。」

ハーヴェイが車の上を指差す。そうだ、一番の被害者であるセドリックだ。見上げてみると。

「・・・。」

気を失っていた。漫画的に表現したら頭上に天使の輪がも浮かんでいそうだ。ハーヴェイが合掌するから本当に死んでいるように思える。

「・・・あー気分悪・・・。で、俺の家だって?」

胃の中の物全てを出し切るが如く嘔吐して尚もまだスッキリしない様子のオスカーはせっかく家に到着したにも関わらず不機嫌そうに戻ってくる。


「案内された通りに走ったから、そうなんじゃない?ま・・・アタシにはこれが「家」には見えないけどね。」

見る余裕なんてなかったが、改めてオスカーの家がある場所を見てみると、そこにはコンクリート作りの小さな事務所といった感じの建物があった。こっちはさっきのラブホと比べて質素だが、これはこれで人が住むには微妙だ。

「なわけねーだろ!ここにゃ俺の住む家があるはずなんだよ!!なんだよ、これ・・・ふざけんな・・・。」

ふと建物の前の看板に気付き、書いてある文字を読み上げる。

「アッカー法律事務所・・・?クソが!!」

急に癇癪を起こし看板を蹴り飛ばす。

「ちょっと!何すんのよぅ!」

仮にもそれは建物の破壊行為で、スージーに諌められるも構わずオスカーは中に入っていった。

「オスカー!!」

止めに入ろうとするが遅かった。だが、別に内部まで荒らそうとしに入ったのではなく中がどうなっているか気になっただけだった。

俺たちも中に足を踏み入れずとも出入り口のところから様子をうかがう。中は散らかったデスクと小さなテーブルにソファー。あとは本棚と簡素な造りになっていた。

「親父のモンは何もねえな。」

書類やデスクの中をあらかた探して見ても家にあるものは無かった。

「・・・なんだ?」

本棚の上に丸いものがはみ出している。手を伸ばして掴んだのは、オスカーがよく被っているキャップだ。

「なんでこいつだけこんなとこにあんだよ。意味わかんねー・・・けど、これは絶対俺のだ。持ってくぜ。」

赤と白のシンプルなキャップを被ったオスカーが建物から出てきた。

「次行こうぜ、どういうことか知らねえがここは俺ん家じゃねえ。ったく、法律事務所だなんて嫌がらせもいいとこだ。」

用が済んだオスカーが一番に車に乗る。

「なにあれ。」

看板を直しながらスージーが訊ねる。

「オスカーのパパは弁護士なんだ。」

何もせず一連の流れを眺めていたハーヴェイが答える。こいつだけじゃなく、ほとんどのみんなが知っていた。

「事務所も持ってるのよ。でも、名前はアッカーソン法律事務所で家とは別の場所にあるし、あんなケチくさい建物じゃないわ。」

今度はジェニファーがつけ加える。街の中心部にあるので見たことある人も少なくない。

父は結構有名な弁護士で、聞いた噂によるとオスカーには兄がいて、その兄もまた弁護士になるべく勉強に励んでいるとのこと。

オスカーは全くその道に興味はないようだが。

「この建物はいつからあったんだ?」

ついでに聞くと。

「わかんないわ。こんなとこ通らないもの。」

と返し、運転席のドアを開ける。

「さ、用ないんなら次行くわよ。早く終わらせて寝たいのよ。」

「・・・・・・。」

セドリックの方をチラ見してから渋々と車に再び乗った。

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