そしてこれから
「シフォン!」
例のお茶会の場所、何事もなかったかのように戻ってきた。それをすぐに察知したレイチェルが見慣れた白いテーブルに退屈そうに突っ伏していた体を跳ね起こし、その衝撃で同じく向かいの席でうたた寝をしていたフランネルが細い目をて両手で擦る。
「ただいま。」
「おかえり!・・・あ、そうか。帰っちまったのか・・・。」
シフォンの隣に目をやった。そう、アリスはもうこの国にはいない。そうとわかって長い耳がしょげるように垂れ下がったやすぐにぴんと真上に上がる。
「でも無事に帰れてよかったぜ!なあ?」
「そうね・・・。」
心の底から満足そうなレイチェルに対しフランネルは(まだ眠気が拭いきれず)適当に返した。
「君達。突然だがお茶会は今日をもってお開きだ。」
レイチェルは笑顔のまましばらくの間固まった。が、すぐに動揺の色を顔に浮かべて立ち上がる。
「・・・突然、なんだよ。」
一方、シフォンはやけに平然としていた。
「アリスが決まったとなれば僕達の役目は果たしたも同じ。もうこのお茶会も必要ない。あっさり決めるようで悪いが、君達は今日から自由に過ごしてくれたまえ。今までお邪魔したね。」
それだけを告げに来たのか切り上げ話の発端者でありお茶会の主催者はその場を立ち去ろうとした。
「待てよ!」
必死に呼び止める言葉が背中と、心に刺さる。それで振り返らない。
「よせよ。長いお別れになるわけじゃない、会おうと思えばいつでも会えるだろう。」
「そうじゃねえよ!!」
足を止めた。何を期待しているか自分でもわからない。しばらく沈黙が流れる。
「俺にとって、この時間に意味があるんだ!!」
大声で、張り叫ぶような声で訴える。でも追いかけてこない。シフォンが自分から戻ってきてくれるのを信じているんだ。
「会えるけどよ、なんかその言い方。これで終わりっていうか・・・もう二度とやらないみたいじゃねえか。」
次に、起きてしまったフランネルが続いた。珍しくハキハキした喋りだった。
「私たちはその程度の仲だったの?」
随分と酷い聞き方である。しかし。
「そんなこと言ってないだろ!」
彼には効果が絶大だった。
「・・・なあ?ただの馬鹿騒ぎになに責任感じてるか知らねーけど。俺はさ、このよくわからんお茶会のおかげで毎日がもっと楽しくなった、ホントだよ。」
屈託ない笑顔のレイチェルは背中を丸くして座ってるフランネルの頭を撫でながら口数の少ない彼女の分もついでに告げてくれた。
「フランだって、起きてる限りは来てくれたし。俺の手料理の虜だもんな?」
「合ってるけどムカつく。」
とても辛辣。せっかく代弁してくれたのに・・・いや、余計な一言以外はそうでもないような?
「お前も自由になれたっつーなら毎日とは言わんから、たまにはこうやって騒ごうぜ。あっ、今度はシフォンの家でどうだ?」
「あなたの家の庭ほど広くない。」
今度はシフォンなどお構いなし。なぜかレイチェルの方がムキになる有様だ。
「三人分ぐらいなら余裕でできるわ。大体このテーブルがデカすぎんだよな。」
「ええ。今度は三人でしましょう。」
「・・・・・・。」
いつも通りの会話、いつも通りの仲間。思わず笑みが溢れる。ああ、これだけがこんなにも幸せなものだなんて。そうだ、あとは自分達だけで勝手にやればいいのだ。
「ふっ・・・じゃあ、庭をきれいにしとかなきゃいけないね。」
その言葉に、レイチェルったらその笑顔は欲しいおもちゃを与えてもらった子供みたいだ。フランネルもわずかに口元が微笑していていた。だが、シフォンは再び前へ歩き出した。
「どこ行くんだよ。」
「お茶会は次の週末にしよう。・・・ちょっと用事があってね。片付けは手伝うから、少し待っててくれ。」
・・・。
「そんな、どうして・・・!」
城の庭。ピーターが壁際で何かを呟いていた。太腿には包帯がぐるぐる巻かれてある。まだ痛みが残っていて、歩く時はやや引きずってきた。それでも痛み止めは飲んでいるので歩けるだけマシというもの、だから、そんな苦しそうな顔をしないで・・・ではなく、悔しそう?少なくとも何かに耐えている顔ではない。感情をぶち撒けてる、そんな顔だ。
「なぜ生きている!?この世界に来る際魂を剥がして、その魂を元に新しいアリスの体を作った。古い体、元の体・・・あっちの世界にいるアリスは死んでるはずなんだ!」
壁に手を突き、息を切らし、眉間にしわ寄せ、喚き散らす。今の彼は偉そうぶってなどいない。
「僕が気絶してる間に、いったいなにがあった?」
「やあ白兎、元気かな?」
後ろ、颯爽と現れたのはシフォン。手にはステッキ。とても笑顔。わざとらしく足音を消してやってきた。
「帽子屋!?」
そのままの表情で振り返る。
「自慢の足もしばらくは使い物にならないか。といっても君も僕もお役御免だから関係ない。そ、れ、よ、り。」
立ち止まって。
「今の話は本当か?」
笑顔なのに、どこか影がかかったような。ピーターの様子が苛立ちから狼狽に変わる。
「な・・・なんのことやら。」
でもシフォンはそれすら予想通りだ。
「それについては今からじっくり聞くとしよう。やれやれ、やはり君は罪人だ。よりによって君はアリスを手にかけた、許されざる罪だ。本来なら相応の仕返しをしてやりたいが、アリスは生きている、ので・・・。せいぜい拷問程度にしといてやろう。」
長々と、少々芝居がかった仕草と共に、声はだんだんと低く、重く。拷問という単語に特に力がこもっていた。ピーターもシラを切ることはできただろう。知っていた。彼からは逃げられない。
「なぜお前がそこまで・・・!」
わからなかった。自分とは違って、シフォンにとってアリスは毎度恒例のお尋ね者にしか過ぎないと。残念だった。強く繋がれた運命も偶然もないけれど、特別な存在だと、白兎だけがそう思ってはいなかったのだ。
「僕にとっても大切な人だからさ。」
青ざめて、壁に背を向ける。この足さえなんともなければ今すぐにでも飛んで逃げたのに!走らないウサギはもはやウサギにあらず。シフォンは楽しそうに微笑んだ。
「さて、悪者には裁きを。これが本当のハッピーエンド・・・ってね。」
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