道化のジャックと一人のジャック

ハートの女王の城、ロビーでは三人の客人が思い思いにくつろいでいた。シフォンとレイチェルはテーブルの上にトランプをお互い一段ずつピラミッドのように積み重ねていくというなんとも不謹慎窮まりない遊びに夢中。レイチェルに番がまわり、自分の手元から二枚カードを引いて慎重に乗せる。真剣そのものだ。一方フランネルは珍しく瞼が開いており、適当に絵本を読みあさっていた。ソファーの周りには「赤ずきん」や「ハーメルンの笛吹き」といった童話が散乱している。今読んでいる本は「パラレルスウィーツワールド」というもので、一人の少年がお菓子の世界に迷い込む冒険味あふれるお話だ。

「・・・評価、星三つ。」

一通り読み終え本を閉じて膝の上に置いて、男同士の地味すぎる真剣な戦いの行く末を見守った。

「よぉ~し・・・ふぅ~・・・。」

細く深い息を吐きながらレイチェルはトランプをそれぞれ支え合うように立てる。手元は僅かにだが震えていた。なんとか立ちそうな実感にそっと手を離そうとして・・・。

コンコンとドアを軽くノックする音でレイチェルの集中力はぷつりと切れた。今まで積み上げた物が一気に崩れる。

「うわあああぁ!!?」

「だっさ。はい罰として今日一日蝶ネクタイ頭につける、いいね。」

「聞いてねえし!!」

シフォンは、わなわなと緊張とは違う意味で震えるレイチェルを無視してドアを開けた。

「おや、アリスかい。おかえり。」

「ただいま・・・。」

そこには、少し気の沈んだ声で返事をするアリスがいた。

「おお!なーんだアリスか!どうだった?楽しかったか!?」

トランプをほうっておいてレイチェルが立ち上がった。アリスの様子がどこかおかしいのは誰から見ても明らかだった。

「どうしたんだいアリス。何かあったのかな?」

「・・・ちょっと、ね。」

アリスは言葉を濁す。こんな事言っていいのだろうか。言う必要があるのだろうか。アリスは悩んでいた。この国の住人が、今いるこの場所の主によって、知らないうちに殺されたことを知り、葬儀に参列出来ずにただ傍観していただけだなんて。この部屋にいる誰が予想するだろう。ましてやその殺された人物が公爵夫人だったなんて。あの後、結局何の罪で処刑されたかはシグルドも知らなかった。アリスも出来れば聞きたくないが、シグルドやチェシャ猫には真実を知る権利がある。落ち込んでいてもただではへこたれないアリス。チャンスを見つけてどうにかして聞き出し、彼らになんらかの手段で伝えようと考えていた。

でも、シフォンやレイチェル、フランネルもこの国の住人達ではないか。あとになって、どうしであの時言わなかったのかと思われるのは辛く苦しい。責後味が悪すぎる。どうせなら皆にはっきり伝えておこう。アリスは重い口を開いた。

「・・・私、夫人の家に行ってきたの。」

「へー!チェシャ猫は相変わらず元気にしてたか?」

レイチェルは夫人よりそのペットの様子を尋ねた。同じ動物同士か、あの時はたまたまあんな風になったが、仲はいいのだろう。フランネルはまるで他人事のようだ。

「なんというかいつも通りだったわ。」

「へーそうかい。」

きっと彼の脳内にはいつもの和やかな光景が浮かんだに違いない。アリスの脳裏にあるのはずっと無表情なまま夫人の死を遠くから眺めるチェシャ猫だったのだが。

「公爵夫人は?」

シフォンが静かに尋ねた。もはや言い訳するにもかえって見透かされそうなほど、悲しみを隠しきれていなかった。

「公爵夫人はね・・・死んじゃったの。」

その場にいた全員が固まる。時でも止まったかのような。すぐに口を開いたのはレイチェルだった。

「おいおい、冗談はよせよ・・・。」

あたかも信じられないといわんばかりに大袈裟な身振りをする。顔は笑っている。勿論、見ている方は誰しもその表情がつくりものだとすぐにわかった。

「アリスがそんな嘘をつくと思う?」

「じゃ、じゃあなんで!」

レイチェルはとうとう強ばった顔になり、アリスに詰め寄る。

「なんで夫人は死んだんだよ!!」

「レイチェル!」

少し離れたところから咎める声がする。その声の主のシフォンだった。腕を組んで下をうつ向いている。帽子のつばのせいで表情まで伺えなかった。だが、アリスは彼女が最後を迎えるまでの経緯は言わなかった。それだけは言わない方がいい、後で知っても、許してくれるだろう。彼女が言わなかった訳を。その時、ドアを二回ほどノックする音がまた聞こえた。アリスの時と比べると力強い叩きようだ。

「はい。」

ドアの近くに立っていたのはアリスだったのでなんの躊躇いもなく軽く返事してからドアを開けた。

「やあアリス!満喫していただきましたでしょうか!」

「!!?」

入ってくるや突然拍子抜けた声量のある声にアリスは全身がはね上がった。そこにいたのは、爽やかすぎる笑顔を満面に浮かべたジャック。

「ジャックさん!もう!普通にドアから入ってきたのに普通に入ってきてよ!」

「やだー☆そんなのジャックさんではございません!」

動悸しつつある心臓の部位をおさえながら憤慨した。明らかに人を驚かせつもりの声だったのだから。ジャックは勿論、そんなアリスの反応を見てたのしんでいる様子だ。

「それよりアリス。一生に残る思い出を作ることができたましたか?」

アリスはやや表情が曇る。

「・・・うん、一生忘れられないわ。」

「ほーお、それはよかった!」

嬉しげに手を合わせる(固い音がした)。アリスは彼の行動が本当の親切心だと確信した。ジャックには悪気はないんだと。彼はなにも夫人のことは口に出してはいない。なのに、なぜだろう。見透かされている感じがする。

「どこへ行ったのですか?ぜひ、聞かせてほしいものですねぇ~。」

「それは・・・その。」

言葉に詰まる。せっかくの行為を台無しにしてしまったのは自分が悪いのだから。なんて言おう。

「なんか面白い場所あります?あ、やっぱり海ですね!あそこ確か鳥いましたよね、ならば焼き鳥パーティー・・・。」

「てんめぇ!!」

後ろから人影がアリスの横を過ぎてジャックの胸ぐらを掴んだ。しびれをきらしたのか、レイチェルは頭のてっぺんまで血がのぼっており怒りに狂った凄い形相で睨む。一方ジャックは目を丸くしているがさほど驚いた素振りもなく自分に起こっていることではないかのように茫然と相手と視線を合わせている。

「夫人のことを知ってて・・・まさか!」

「おや、夫人の家に行ったのですか?あんな何にない場所に?」

一触即発の状況にも関わらず、ジャックは困り果てた苦笑で深いため息を吐いた。

「やれやれ、なにも俺は夫人の家へ行くよう示唆した覚えはございませんよ。アリス自身が選んだことですから。」

「だから僕を行かせなかったのかい?」

困惑しているアリスはシフォンの方を振り向いた。黄みを帯びた緑色の双眸には静かな怒りが満ちていた。あくまで冷静を装っているみたいだが声もやけに低い。

「いや、関係ないです。」

ジャックはシフォンの方を見ることはなかった。

「チッ・・・。」

レイチェルがまだ何か言いたそうにするがこれ以上埒があかないと察したのか悔しげに舌打ちをし、乱暴に手をはなす。どうしていいかわからずパニックだったアリスも少しだけ安堵。

「相変わらず困ったものですよ。」

ジャックは屈んで何かを拾う。レイチェルとの揉み合いの際に落としたのだろう。ジャックが、アリスと出会った時に見たピエロのような不気味な仮面だった。ゆっくり腰を上げるとピリピリした部屋の雰囲気には空気を読んでないぐらい不似合いな無邪気な笑顔でアリスの方を見た。

「ところでアリスには特別なVIPルームにご案内します、との用件で来たのですが。」

「VIP?」

アリスがきょとんとする中シフォンとレイチェルは警戒の視線を向ける。

「どういうことだい?」

「どうも何も・・・ぜひ、我が城に泊まっていただこうと思いまして。女王陛下のはからいです。」

シフォンの疑いの目に気づき先を見て付け足した。

「多少差はありますが、あなた方にも素晴らしい個室をご用意いたします!「諸事情」によりただいま部屋はがら空きですから。」

そういうことじゃない。その諸事情というのも・・・。

「・・・・・・わかった。」

「アリス・・・。」

心配なみんなをよそに、彼女はついていくと決めた。チャンスだと確信したのだ。夫人がなぜ死んだのか、その真相を探れるいい機会だと。この際VIPだろうがなんだろうがどうでもいい。

「では参りましょう!」

「えっと・・・また明日。」

アリスは後ろを改めて振り返る。レイチェルはアリスの腕をひこうとして戸惑って、シフォンはジャックに常に鋭い視線を向けていた。フランネルはただじっと見つめていただけだが、一番彼女の目が優しく力強く見えた。余計な心配をかけさせないよう笑みを浮かべて、目の前の人物に続いてロビーを後にした。森で出会った時と今ではだいぶ印象も変わった。いざとなったら助けも呼べる。なにも怖くなんかない。


新品の如く輝く木造の扉が一定の広い隙間をあけて並んでいる。少しは見慣れた風景。前を歩いている人の隙間から見えるもしばらくは同じ景色が続いている。常にシャンデリアの光が照らしているのでずっとここにいると昼か夜かもわからなくなってきそうだ。

「ジャックさん。」

「はい、なんですか?」

恐れることもなく自然に尋ねることができる。

「一つ聞きたい事があるの。あなたなら知ってるんじゃないかって。」

少し間を置いてから返事がきた。

「質問にもよりますねぇ。」

相変わらず間延びした適当な言い方だ。興味ない話に付き合わされている時の返事、みたいな。こういうところはいまいち信用ならない。アリスは深呼吸をした後落ち着いた口調で例の質問をぶつけた。

「公爵夫人はなぜあんな目にあわなければいけなかったの?」

女王、処刑の単語を発しなかったのはここがその女王のいる場所で尋ねた相手が女王の側近であるのを警戒したからだ。

「夫人が処刑された理由なんかアリスが聞いても仕方ないでしょう。」

さすが女王に仕える偉い人だけはある。そう簡単に教えてくれるわけがない。アリスも引き下がれない。けど、どんな質問なら聞き出せるんだろう。考えても考えても、浮かんでこない。

「というか、俺は聞かされてないんです。おそらく誰も。彼女は目障りというだけで処刑する方です。言わない、すなわち、大した理由そのものがないのでしょう。」

しばらく黙って歩いた。返す言葉が特になかったからだ。ここで文句を言っても仕方がないし、言ったところでなんの意味もなさそうだった。だけど、理由もないのに殺されて、残された従者達。そして・・・。彼らを思うと、やるせない気持ちでいっぱいだった。夫人の死。真相はこんなもの。もう触れるのはやめにした。


沈黙。気まずかったので、アリスの方から話し始める。

「・・・エースさんって、堅苦しいだけの方なのかと思っていたけど、そうでもないのね。」

話題は、女王のそばにいた屈強な剣士について。強い、怖い。しばらくはそんなイメージしかなかったのに最近見た彼は、甘いものに取り乱し、まんまとつられる滑稽な有様だったので。

「エースは最初あんなこと言いましたが、この城を守る兵士全員をまとめる隊長さん。女王の護衛。王宮守護騎士隊隊長なんですよ。」

ジャックの口から出てきたのは大層な肩書きだったが。

「頑固頭の生真面目なのはそうですが、男ばっか相手しているのでデリカシーのかけらも無く、かといって欲がないわけではなく、酒豪で甘いものには本当に目がないのですよ。ちなみに小柄な女性が好きですって。決してロリコンではないのであしからず。」

そのあともぺらぺらと喋る。内容はほとんど彼に対して良くないイメージ。引いたりはしないものの、人には色々な一面があるのだと思うばかり。・・・そして、語るジャックは楽しそうだった。試しにアリスはもう一つ聞いてみた。

「なるほどね。あっ、ピーターさんはここでもあんな偉そうなの?」

「ここにいる時は基本そうですね。オフの時は違いますよ。気さくに話しかけてくれるし、めちゃくちゃ感情豊かで、先輩なのに子供と話しているみたいですよ。彼もああ見えて酒豪なんですよ。意味わからなくないですか?」

意味わからないかどうかはわからないが、あの態度は職場柄、体裁を保っているだけだという。女王に仕える者だから仕方ないのかも。だとすればジャックは少々ふざけすぎなのでは?

「私も、なんだか違和感があったもの。女王様は・・・うん。うかつな事は言えないけど・・・。」

またもすぐにマシンガンの如く返ってくるかと思いきや。

「・・・女王は・・・。」

ずっと穏やかな、それでいて何か嘲るような声だ。

「・・・かわいそうな方です。だけど、強い方です。並みの精神ではありません。どんなつらい目に遭おうと、立ち上がってきた。」

それから声が小さくなる。ここからは出来るだけ聞かれない方がいい、大事な話をアリスにしてくれた。

「親は民に殺され、急に次の女王にされ、本人の望みだけど体は大人で心は子供のまま。急な結婚。強姦。同情でさえ申し訳ない、それでは彼女の強い意志を蔑ろにしてしまう。」

「・・・・・・。」

のうのうと生きてきたアリスには想像できないほどの、あまりにも壮絶な過去。息が詰まりそうだ。事あるごとに処刑と叫ぶのは、もしかして、かつて身内を死に追いやった民を憎んでいるからではないのだろうか?だとすれば、もっと酷いやり方があったはず。例えば、総勢なら民を蹂躙だって可能なのでは?でも、それをしないというのは?

「俺は・・・。」

考え事で頭を巡らしていると彼は続ける。

「生まれて初めて純粋に、心の底から尊敬出来る人に出会った。」

しばらく二人は黙って歩いた。階段を登る。VIPルームというのはずいぶん離れたところにあるみたいだ。気軽にシフォン達に会いにいけないかも。いや、彼らにも部屋が用意されるみたいなので、近ければいいな。なんて考えたのは後のこと。

「それとはまた別に、気になる女性が最近できたようなそうでないような。」

「・・・えっ?」

しみったれた空気は長くはもたなかった。

「誰?どんな人?」

「秘密です。」

「言っておいてそんなのあんまりじゃない!もう・・・あの、ジャックさん。私達、随分歩いてるけどまだつかないの?」

階段を上がるとまたと長く続く廊下をずっと歩いている。

「ええ、まだです。」

「そう・・・。」

歩き疲れたし、さすがに同じ景色ばかりでうんざりだった。しかし、違いといえば上の階は兵士の姿がちらほらと見えること。二人は会話してはたまに黙ったあとに会話を繰り返した。疲れているアリスは気が滅入る話はなるべく避けるようにしながら。

「素のあなたと話していると楽しいわね。」

「失礼な!俺はいつだってありのままに生きてます!」

頰を膨らませ、口を尖らせ、腕を組む。喧嘩しても自分の非を一切認めない負けず嫌いの子供みたい。なんだかんだ、エースと話していた時みたいにお茶目なところも垣間見たが、仕事以外だとここまでくだけた人だったとは・・・。薄気味悪い森での出来事が遠い思い出のよう。

「最初に出会ったあなたはとても怖かったわ。でも、さっきから話しているあなたはとても愉快な方なのね。本当に楽しそうだもの。意外だった。」

「いやいやアリス、俺はいつだって・・・。」

ジャックの方が意外、いや、心外と訴える顔だ。

「そうかしら?うーん・・・初めて会った時、怖かったし・・・違和感があったような?」

思ったことを喋るのに意識が持っていかれる。一通り喋り切るまで、周りは見えない。

「あれから同じように話していても、全然怖いとかなくて。」

「そりゃあ状況が違えば当然でしょう。」

一応、声は聞いているけど、アリスが一方的でいまいち会話としては成立していない。

「いいえ、話す相手によってはあの時と同じ違和感があったわ。」

「さっきからしつこいその違和感というのはなんなんですか。」

ここに来て、初めて彼が苛立ちを見せた。それは彼女がうるさいからではない。嫌悪感がにじり寄って来る気配をふわふわな言葉から感じる。言葉が、逃げ場がなくなるまで槍みたいに責めてくる、嫌な感覚だった。アリスはお構いなしである。

「なんて言ったらいいのかしら・・・。」

人差し指を顎に添え仕草込みで考える。

「近寄りがたい雰囲気を人によってわざと作ってるみたいな。なんで嫌われようとするのかなって。」

首を傾げた。自分で自分に質問する言い方だった。

「その発言、口に出す前に失礼だとは思わなかったのですかね?」

「・・・あっ!」

ようやく我に返った。勿論、話していた内容も聞いた内容もきちんと覚えている。だからこそ、ジャックに横目で睨まれて目は泳ぎまくり冷や汗は流れまくりのアリスは言い訳を考えていた。それもお見通しなわけだが。

「そ、その・・・つい、思ったことがぺらぺらと・・・!」

その通り過ぎて言い訳にもなってない。

「だと思いましたよ。俺だからいいとして・・・いや、よくない。アリス、話す前には一度考えること。世の中親切な大人ばかりではないのですから、わかりました?」

「はい・・・。」

アリスはすっかり反省した。怒り方も人それぞれ。怒鳴られ喚かれるの全てではない。・・・実際、怒ってはいなかった。焦っていたのは気づかれなかった。

「でもジャックさんってわかりやすいわよね。」

「はい?」

やっと終わったと一安心したのに。いや、今回はちゃんと会話しようと目を見て話しかけている。仕方ない、注意したばかりだし、気が向いたのかちょっとだけ多めに見てもいいかと、聞いてあげることにした。

「部屋に入ってきたあなたはあの時と同じような話し方だったけど、怖くなかったわね。」

「・・・・・・。」

聞くんじゃなかった。顔を逸らす。

「ジャックさん?」

返事が来ない。アリスもそろそろ自重せねばと黙り込む。

「さすがに怒らせちゃったかしら。静かにしましょう。」

と、心の中で自分に戒めた。下を向いて歩く。なので気づくはずもない。こめかみあたりを片手で押さえた彼の顔がやや赤くなっているなんてこと。



「あ!先輩みっけー!!」

突然後ろから元気のいい声がした。振り向くと声の主がこっちに向かってぶんぶん手を大げさに振っている。傍らにはもう一人いた。

「おやおや。セージにアルではありませんか。」

一人がこちらへ小走りでか駆けよってくる。ブロンドの短い波毛で、ジャックと似たような帽子とコート、下にはエプロンを着ている。真ん丸い目と小柄で華奢な体躯がボーイッシュな女の子という印象をより一層際立てる。後からゆっくり続いてきたのは顔立ちが精悍な少年。エースと同じ帽子からは紺色の長い髪が横にだけ垂れていた。白衣を着ている。

「今日はさぞかし大変でしょう。」

「いやいやー、それがですね!他の兵士さんが進んで片付けてくれたんで大助かりです!」

「可愛い子は贔屓したくなるのですよ、ねえ?」

金髪の少女は途中で息継ぎを感じさせないように一気に仕事状況を伝えた。少女の頭を帽子ごしから軽く撫でると心底気持ち悪がった。心底気持ち悪がった。

「げえっ、やめてくださいよ。」

そんな嫌な顔をしなくても・・・。

「アル、医療班の方はどうです?一人重症者が運ばれたでしょう。」白衣を着た少年が「はい」と返事したことからこの人物がアルで、金髪の少女がセージだとも、一人の重症者がレイチェルだとも察した。

「小生の手にかかればあのようなものはかすり傷も同じ。」

小学生?アリスは首をかしげる。しなしかすり傷は聞き捨てならない。腕のいい医者からしてはそうかもしれない。かすり傷で意識が朦朧としないはずだ。言葉選びも慎重にしてほしい、と憤慨。自分もさっきはすぐそこにいる人に似たようなことをしたのはすっかり忘れて。

「セージは今から何処へなんの仕事をするのです?」

ジャックが何か思い付いたのか満面の笑みで大股で一歩にしてぐんと顔を近付ける。アリスなら後ろに下がってしまいそうだがセージはびくともしない。

「今からは晩餐会の準備に向かうとこです。」

「その仕事。俺と交代しませんか?」

「・・・はあ?」

しかめっ面で聞き返す。

「大丈夫です。ジャックさんならあなたの給料の倍の仕事をこなしてみせます!」

「交代したってことはその倍の給料もあんたのもんになるんでしょ!?」

「今度奢りますから!人の金で食べるご馳走ほど美味いものはないっていうじゃないですか、ね!?」

しばらく悩んだあと・・・呆れたセージは。

「しょうがないですねぇ。」

了諾した。

「いいんだ・・・。」

アルがぽつりと呟く。

「で、ボクは何をすればいいのですか?」

手を離してもらい、乱れたネクタイを締め戻す。ジャックはアリスの肩を二度叩いて、ずいっと差し出した。

「アリスを今から言う部屋に案内してほしいのです。」

「えっ!?」

みんながみんな驚いた。

まさか!?まさかの職務放棄!?

「セージ。場所はですね・・・・・・。」

そして耳打ちを始める。別にVIPのお部屋でいいだろうに。

「何かあった時は俺がなんとかしますから!極力秘密でお願いします。では☆」

そう告げてジャックは背を向け口笛を吹きながら向こうへ行ってしまった。置き去りにされたアリス、出会ったばかりに仕事を押し付けられたセージは唖然と立ち尽くす。あれもまた、彼の本性・・・。

「セージには本当、心から同情するよ。」

「同情するならボクに付き合え。」

「マジか・・・。」

アルはやたら嫌そうに返すが、同情はしていたのだろう。「わかったよ」と渋々セージの頼みを承った。とたんにセージは「やったー!」と両手をあげて万歳をした。

「まあこっちの方が楽しそうだし!アリスと話せることなんか滅多にないしさ!さーさ、たわいのないガールズトークでもしながらお部屋に向かいましょ!」

「お前は男だろ。」

アルが何やらぼそぼそと呟いていたが誰の耳にも聞こえず、セージが「レッツゴー!」と片手拳をあげ意気揚々と先手を切ってはアリスもほっとして後をついていった。部屋に着くまでの間、たわいない雑談やここにきたまでのお話、二人の思い出話をしながら。



「あ、もうそろそろ着くんじゃない?あそこ!」

セージが指差す先には他の扉より一回り大きい2つ開きの扉。

「あーあ、もっと話したかったけど・・・アリスのことは聞いたよ。ゆっくりしたいでしょ?」

「手当てをしてあげたいけど、今はこっちも忙しくて、重症者が優先なんだ。」

アリスは笑顔で首を横に振った。

「私はなんともないわ。大丈夫。」

「ならよかった!話し相手が欲しい時は呼んでね!お仕事中だったらごめんだけど!」

「僕たちに暇なんかあるわけないだろ。仕事が終われば次の仕事だ。」

セージが一気にしゅんとうなだれた。若いけどここで働くと大変なんだな、としみじみしながらもお別れするときはお互い笑顔だった。二人を見送り、扉の大きさに圧倒されながらも一息吐き出してゆっくりと扉を開いた。



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