第174話 服部党攻略2

「証恵はどこに行った? 寺をくまなく探したが何処にも居なかったぞ」

三好政長が若い僧侶に尋ねる。


「………」

答えられず無言の若い僧侶は唇を噛み、三好政長を睨む。


「答えられないか、……逃げたな」

吐き捨てる様に言って、僧侶を見る政長。


「くっ………」


「はっはっは、普段は偉そうにしてると聞いていたが、危なくなったら門徒と寺院を捨てて逃げる腰抜けだったか、それで良く願証寺を継承出来たものだ」


「証恵様はそんなお人じゃない!」


「しかし、何処にも居ないのだ。尾張の大軍が怖くて逃げた以外には考えらられぬ。証恵は逃げたのだ!」

三好政長が集まった長島の民に聞こえる様に大声で叫ぶと、民達が戸惑い動揺する。


「………」

無言で長政を睨む僧侶達。


「ところで、お前らの一向宗という宗派は念仏を唱えると極楽浄土に行けるのだったか」


「違う! 何も知らぬのだな。御仏の救いを信じるだけで往生するのだ」

若い僧侶は長島城主伊藤重晴の首に怯えながらも、まだ反論する気力があるみたいだ。


「ほう、仏の救いを信じるだけで良いのか? それは素晴らしい神様だなぁ。お前は仏の救いを信じてるのか?」


「当たり前だ! 僧侶が御仏の救いを信じずに誰が信じる」


「じゃあ、俺が往生させてやろう」

三好政長は刀を抜いて殺気を放った。


「ちょ、ちょっと待ってくれえええ! 俺は今死ぬと門徒を導く務めを果たせなくなる」


「往生際が悪いなぁ、お前がいなくても替わりの者が門徒を導くさ。極楽浄土に行け!」


「ひぃいいい。か、改宗するうううう!俺は改宗する。助けてくれ」


「はぁ、本気か?」


「本気だ!俺は本願寺顕如けんにょ様に憧れて、法華宗から改宗して一向宗となったが、寺や門徒を捨てて逃げる様な宗主は信用出来ない!」


一向衆の僧侶の中には他の宗派より改宗した僧侶も多かった。武力と仏教の知識がある他の僧侶が改宗すると即戦力になる為、一向衆では積極的に改宗する僧侶を受け入れていた。


だが、この僧侶は真田幸隆が埋伏させた桜だ。山本勘助の計略に従い、一向衆の改宗を促す芝居。


「他の奴らはどうだ!」


「俺は改宗せん。御仏の救いを信じる」

1人の僧侶がニヤリと笑って凄んだ。殺すふりをしてるのだろうと高を括っている。


「うむ。良い覚悟だ、往生しろ!」

三好政長は躊躇無く刀を振った。


「え!」

目を見開き驚く顔の僧侶の首が落ちて転がる。


「他に往生したい奴はいるか?」

長政は刀を振り血糊を飛ばした。


「ひぃ、改宗する!」「俺も」「俺もだ」「俺も改宗する助けてくれ」…………。


次々に我先にと改宗を叫ぶ僧侶達。それを見て呆れ顔の民達。


「改宗するなら一向衆では無くなる。斬る理由はないな」

長政は刀を腰に納めた。


「信長様は尾張国の一向宗を禁止する事とした!一向衆は長島から立ち去れ!」

三好政長は民達に叫ぶ。


「家や田畑を捨てて行けというのか?」

恐る恐る尋ねる農民。


「お主ら一向衆の信心深い事は知っている。全てを捨て命をかけて御仏を信じ殉ずるのであろう。家や田畑などなんの枷にもなるまい。御仏を信じて立ち去るが良い。だが逃げた証恵や改宗した僧侶を見て、改宗するならここに残るが良い」


「ちょっと待ってくれ」


「待てない!一向衆は今すぐ出て行って貰う。出て行った後、改宗して戻って来ても家や田畑があると思うな。尾張国で移住を募集する事になっている。農家の次男三男達は喜んで家付きの田畑に殺到するだろうな」


「………俺は改宗するぞ。長島に残る!」

農民は叫ぶ。


俺も俺もと次々にあちこちから声が上がる。


この農民達も仕込みだ。


元々一向衆は流通の拠点になるところに寺を作る。人が多く集まって来るからだ。集まって来ている商人達は、一向衆に改宗した方が商売がやり易いので、一向衆になっている者も多く信心に乏しい。


その事もあってか、長島から伊勢国に出て行く民もいたが、ほとんどの民が長島に残った。まずまずの成果。


長島城は滝川一益を城代として、加藤順盛の水軍の兵を300置いて引き上げた。


荷之上城は弘中隆包を城代とした。尾張統一後は、弘中隆包に尾張国海西郡と長島の管理を任せる予定だ。

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