第143話 彼女の目に狂いはない
スロウとヴェイド。その二人を相手にするネコタの戦いは、圧倒的に不利な状況であると言えた。
かつては覇王の二大騎士とも呼ばれた二人の実力は、戦乱の時代を生きた騎士達の頂点であると言える。
どちらか一人だけでも困難な相手だ。ましてやそれが二人同時など、絶望的な状況であるといってもよい。
当のネコタはもちろん、スロウとヴェイドも同じ認識であったはずだ。それに若干の申し訳なさ、同情心すらあった。
にもかかわらず、戦いは未だ続いていた。
三者が剣を交えてからそれなりの時間が経っているというのに、ネコタは二人から生き延びているという大健闘を見せていた。
いや、それどころか──
(……どういうことだ?)
その差が詰まっていると、スロウは感じていた。
始めはスロウとヴェイド、二人が極めた真逆の剣に、かろうじてついてくることが精いっぱいといった様子だった。
スロウの流れるような剣技を防ぎきれず、あちこちに切傷を増やし。
ヴェイドの剛剣に体を痛めつけられ、何度も吹き飛ばされる。
血を流し土に塗れるネコタの姿は、敗北を予感させるのに十分すぎるものだった。
ところが今、その予感が徐々に薄まっていくことをスロウは感じている。
今もそうだ。
「オォオオオオオオオオオオオ!!」
「──くっ!」
雄叫びを上げながら横振りするヴェイドの剣を、ネコタは受けた。そしてそのまま吹き飛ばされ地面を転がる。が、受け身を取り、怯んだ様子もなく剣を構える。
ぬぅ、と。攻撃を放ったヴェイドも、ネコタのその姿には唸り声を上げた。
仕掛けているヴェイド自身が強く実感しているのだろう。
始めに比べ、ヴェイドの剛剣に対しネコタの復帰が明らかに早くなっている。
それどころか、ダメージ自体もどんどん最小限に抑えているように見える。
防御越しにダメージを与える、ヴェイドの剣をだ。
どういうことだ、と。さらにスロウは疑問を深めた。
ヴェイドの【亡者の呪印】により、ネコタの体力は奪われ、ヴェイドの力は増しているはず。であれば差が開くことはあれ、縮まることなどあり得ない。にもかかわらず、ネコタはヴェイドに対応してきている。
【勇者】だからか? と、スロウは推測した。
【勇者】か、あるいは聖剣の持つ力か。闇への耐性が高いのではないかと。
どちらかは不明だが、それならば呪印の効き目が薄いのも納得ができる。
とはいえ、それでも身体能力が落ちていることには変わりないはずだ。
なのに、なぜ……と、スロウはますます分からなくなった。
始めは手を抜いていたか?
だが、少し話した程度とはいえ、そういう性格の男には見えない。
あるいは、戦ってしばらくしないと調子の出ないタイプか。
確かにそういった手合いはスロウも見たことがあるが、これはそういう次元の話ではない気がする。
「ヌゥアアアアアアアアアアアアア!!」
再び、ヴェイドが襲い掛かる。
悩んでも分からぬならと、スロウもそれに合わせて動き始めた。
初撃を抑えきれず、ネコタがたたらを踏む。そこにヴェイドが追撃をしかけ、かろうじて防ぎ、また弾き飛ばされる。
地を転がり、態勢が整うその前に。
今度こそ決着を付けようと、スロウは仕掛けた。
どこまでも静かで読みづらく、淀みない流水の如き剣。
受けた剣をすり抜けてくると錯覚させるほどの、神業にも等しい剣技。
本気のスロウの前にした者は皆、何が起きたのかも分からずに死んでいった。
そこに誰一人の例外もなく、ネコタもまたその中の一人になるはずだった。
そのはず、だったのに。
(──なんと!?)
スロウの剣からは、手応えが伝わってこなかった。
いや、それどころか、何も感じなかった。
(──受け流された!)
そう感じた瞬間、スロウは瞬時にネコタから距離を取った。
そして、改めてネコタを見据える。
ネコタの姿は、相変わらず血と砂に塗れたものだ。しかし、その瞳には氷のような冷静さと燃えんばかりの戦意が見て取れた。
まぐれではないと、スロウは直感した。
今まで誰にも見切れなかったスロウの必殺の剣をとらえ、ネコタは完全に受け流してみせた。
そして、それだけではなく──
(──反撃までっ!)
ピシッと、スロウの腕部分の鎧に亀裂が走る。
敵の剣を受け流しつつ、すれ違うようにして持ち手を斬ったのだろうとスロウは悟った。
いや、だが、これは──!
まさか、とスロウは信じがたい気持ちに襲われた。
しかし、外から一連の動きを見ていたヴェイドには、ハッキリと分かった。
「ぬぅ……! 馬鹿な、あり得ぬ! 今のは……!」
攻防を同時にこなす、流れるような剣の動き。
強く意識してきた自分が、間違える筈もない。
「今のは紛れもなく、スロウの剣! 少年がなぜ!?」
「……そうだ、あり得ない。今のは間違いなく、私の剣だ」
口調こそ落ち着いているが、動揺はスロウの方が遥かに大きい。
己が磨き上げた剣技は、幼少から命の奪い合いで磨き上げ、真似るどころか捉えることすらも困難な絶技。決して真似されることがない、唯一無二の剣と謳われたものだ。
それを……その剣を……!
こんな、ただの少年が……!
「──見て盗んだとでもいうつもりか! あり得ぬ! 貴様、一体どんな手を……!」
声を荒げるスロウに対し、ふっ、ふっ、とネコタは息を切らせている。
こうして対峙するだけで、恐怖で震えてくる。それほどの強者を二人同時に相手することは、ネコタに凄まじい疲労を与えていた。
だが、それが返って功となった。
極限状態にまで追い込まれたからこそ、ネコタはかつてないほど、感覚が研ぎ澄まされていた。
「……最初は、反応していくだけで精一杯でした。だけど、少しずつ。ほんの少しずつ、余裕が出来て、視界がどんどん広がっていくのを感じていました」
徐々に切られる回数が減り。
余裕が出来たことで、ヴェインの剣でもダメージを最小限に抑えることが出来た。
そして今は──
「だいぶ見えてきましたよ。こうして真似ることが出来る程度には」
「き、貴様っ……!」
ただ【勇者】として選ばれただけの、ほんの少し見込みがある程度の普通の少年だと、ヴェイドもスロウも勘違いをしていた。
……いや。二人だけではなく、仲間の五人でさえ未だにネコタを見誤っている。
【勇者】に選ばれるという、その真の意味。
それは、【創造神アルマンディ】よって見定められたということを意味する。
彼女の目に狂いはない。
彼女は必ず、世界を救えると信じた者に【勇者】の力を与える。
彼女は
その者が秘めた器を深く見定め、それが大成した未来を見通す。
やがて、その力で【魔王】を滅ぼすその日を望んで。
彼女の判断に間違いはない。
ネコタこそ、戦の才に溢れた
「──笑わせるな!!」
だが、それはスロウにはあずかり知らぬことだ。
周囲から天才と評された、絶対の自信を持つ剣技を見て盗まれるなど、彼にとってはありえないことだった。
「見えてきただと? 戯けが! 小一時間斬りあった程度で見透かされるほど、私の剣は浅くない!」
激情に身を焦がしながらも、積み重ねてきた技量が曇ることはない。
激しくも流麗な剣技が、再びネコタに襲い掛かった。
「──ふっ!」
そして、ネコタは真っ向から受けて立った。
襲い掛かってくる剣を受け止めるのではなく、あえてその勢いを殺さないように最小限の動きで流す。それだけで、並みの剣士ならば致命的なまでの隙がスロウに生まれる。
しかし、流されたスロウはその動きさえ利用し、さらに速度を上げて剣を重ねる。が、それさえもネコタは冷静に対応し、受け流し続けた。
(なんという……ッ!)
この期に及んでは、スロウも認めるしかない。
この少年は間違いなく自分の剣を見切り、再現している。
斬りあい始めた当初とは比べものにならない。体捌きから剣の使い方まで、全てが自分のものに近づいてきている。
弱かったはずなのに……切り結ぶたびに、技が奪われていく。
自分を最高の手本として、この戦いの中で急速に成長していく。
(見誤ったか……!)
【勇者】に選ばれただけの少年ではない。
この少年こそが、【勇者】以上の怪物だった。
「カァアアアアアアアアアア!!」
割り込むようにして、ヴェイドが大上段から剣を振り下ろす。
咄嗟には流せない。そう判断したネコタは、大きく距離を取ってそれを躱した。
それをギロリと目で追い、ヴェイドは叫んだ。
「【亡者の呪印】!! 最大出力!!」
「──ッッ!? ぐうぅ……!」
急激に体が重くなり、ネコタはくぐもった声を上げた。
その様子を見て、スロウはヴェイドの行動を察する。分け与えられた信仰の力を利用し、能力を強めたのだろう。だからこそ、ネコタの影響が大きくなった。そして、ヴェイドの身体能力も跳ね上がることになる。
だがその行動はつまり、ヴェインが全力で動ける時間が短くなるということでもある。
「ヴェイド、何を──」
「覚悟を決めよ! スロウ!」
スロウを遮るように、ヴェイドは一喝した。その間さえ、ネコタから目を離すことはない。
目を離せば、一瞬でやられてもおかしくないと分かっているがゆえに。
「もう気づいているだろう! この少年は怪物ぞ! 長引けばこちらが不利になる! 今ここで決めるしかない!」
「ヴェイド……いや、そうだな。お前の言う通りだ」
ヴェイドの考えは間違いではない。ただ、それを認められない自分が居ただけだ。
呪いで身体能力が落とされ、二対一の状況。一見、ネコタの方が不利に見える。
だが、実際に追い込まれているのは二人の方だった。
底知れないネコタの才能に、二人の積み上げた強さが砕かれようとしていた。
「ゆくぞヴェイド! 合わせろ!」
「応! 任せろ!」
スロウが前に出て、それに隠れるようにヴェイドが後を追う。
それまでよりも遥かに激しい攻勢。スロウの剣技がからめとるようにネコタの動きを止め、隙を見てヴェイドの破壊の剣が襲い掛かる。
一瞬でもスロウから気を抜けば、そのままスロウによって殺される。ヴェイドへの対応が遅れれば、受けなど意味をなさずに上から叩き殺される。
どうあがいても死は免れようのない布陣。ましてやネコタの身体能力は今、大きく弱っている。普段争うばかりの二人が、全力で連携し仕留めにかかったのだ。そう時間もかからず、決着が着くと二人は確信していた。
だが──
「こ、これでもか……!」
「ッッ! 化け物めっ!」
ゆっくりと。徐々に、しかし確かに。
ネコタは二人の動きに対応し、追いつき、そしてとうとう上回り始めた。
受け、流しと防御一辺倒だったものが、隙間を見付け反撃まで入れてくる。
そしてとうとう、ネコタは二人を同時に相手し、趨勢が拮抗し始めた。
「オォオオオオオオオオオオ!!」
「ぬっ!?」
一瞬の隙を見出し、ネコタはそれまでとは違う一振りを放つ。全身の力を注いだ、力任せの全力の一振り。それはヴェイドを捉え、大きく弾き飛ばした。
「ヴェイ──ッッ!?」
ヴェイドの方へ目をやりかけたスロウだったが、それ以上の驚きを前に固まる。
ネコタは吹き飛ばしたヴェイドに目もくれず、スロウへと向かっていた。
その動きから、スロウはネコタの考えを見抜いた。
まずはスロウからと、狙いを定めたのだ。
「──侮るな! 小僧!」
ヴェイドが戻ってくる前に仕留める。ネコタの目的はそれだ。
自分相手ならそれが出来ると、ネコタは本気で思っている。
いつの間にか、下に見られている。その事実がスロウの心を燃え上がらせた。
「──カァ!!」
その戦意が剣に乗り、スロウの剣技を更に冴えわたらせる。
止まることなく、全てが次の動きにつながる激流のような猛攻。だがそれさえも、ネコタは完全についていった。
この期に及び、ネコタの剣技は完全に自分に並んだ。それを察したからこそ、スロウは闘志を燃やした。こんなふざけた存在に、絶対に負ける訳にはいかないと。
「くっ……!」
その気迫と執念が、ネコタに動揺を与えたのか。
とめどなく続く互角の剣戟の中で、ネコタは剣を振りかぶった。
(──焦ったな!)
自分達のレベルではあまりにも大きすぎる挙動。これだけの大振りになるのなら、見切るのは容易。流し、返す剣で斬る。
それだけはっきりとした未来が見えるほど、スロウは勝機を捉えた。
あとはイメージ通りに体を動かせばいいだけ。
来るであろう剣の軌道に、自分の剣を合わせる。これを流し、あとは斬り捨てるだけ──
そこまで考えたところで、スロウの思考は硬直した。
来るはずのネコタの剣が、来なかった。それどころか、ネコタはピタリと動きを止めていた。
(──誘われた!?)
間抜けにも受け流すために振った剣が、ネコタの前を通る。その直後に、ネコタは剣を振り下ろした。
「っ!! くあっ!!」
しかし完全に嵌められながらも、スロウは諦めなかった。
その技術により、泳ぎかけた体を持ち直し、振り切った剣を戻し、受けに回る。
ネコタの動きから瞬時に判断。狙いは頭部の上段。これならば間に合う。
並みの相手ならば、ただ殺されるのを待つだけだった。スロウであるからこそ、ここまで対応することができた。スロウもまた、理不尽な実力の剣士であることの証明だ。
だが、ネコタはさらにその上を行った。
頭部に振り下ろそうとした剣の軌道を変え、迎え撃とうとするスロウの剣。それを握った腕に振り下ろす。
ネコタの剣は完全にスロウの動きを捉え、両小手を鎧ごと切り落とした。
剣を握った己の両腕が宙に舞うのを、スロウはぼんやりとした意識で目にする。
そしてその時、全てを悟った。
(私が対応するところまで、読み切っ──)
そこまでしか、スロウが思考できる時間は与えられなかった。
流れるように続く、流水の如き剣。それこそがスロウの剣である。
それを盗んだネコタもまた、止まる訳がない。
腕を斬り落とした勢いを殺さず、小さな弧を描いて剣が跳ね上がる。
そして防ぐ術もないスロウは、聖剣によって首を跳ねられた。
スロウの頭部が、高く宙を舞う。
駆け寄りながら、ヴェイドは見上げてそれを目にしていた。
「スロウ!! おのれ! やってくれたな、少ね──」
再び目をネコタに移し、ヴェイドはぎょっとした。
ネコタは止まらず、真っすぐにヴェイドに突っ込んでいた。
「オォオオオオオオオオオオ!!」
雄叫びを上げながら走るネコタに、思わずヴェインは飲まれ、防御の姿勢を取る。
だが、奇襲に失敗したと悟っても、ネコタは止まらなかった。
突っ込むと決めてから、逃げるつもりはない。この場面を描いた時から、この偉大な騎士に対しては真正面から行くと決めていた。
(──僕は今まで、華麗な技術こそが剣術だと思っていた)
王国の騎士達をはじめ、旅を始めてからもいろんな剣士を見た。小柄な体で鎧すらも断ち斬るエドガーには素直に驚愕したし、そして、あのスロウという騎士の剣には感動すら感じた。
自分もこんな綺麗に剣を振ってみたい。この世界に来て、剣を持たされてから、何度も思っていた。技巧こそが剣なのだと、そう思い込んでいた。
(でも、あなたが教えてくれた。こういう剣もあるということを!)
剣をあまりにも神聖視しすぎていた。剣術など所詮は、剣を使った殺人術にすぎない。
形はどうあれ、敵を殺せればそれは正解なのだ。
「──オォオオオオオオオオオオ!!」
雄叫びを上げ、全身全霊の力を込め、ネコタは全力でヴェインに斬りかかった。
スロウのような、すり抜けると錯覚する技もない。ただの真っすぐな袈裟斬り。当然、ヴェインは真っ向からそれを受け止めた。
──ギィィイイイイイイイン!!
剣同士がぶつかり、金属の悲鳴が上がる。
剣越しに伝わってくる衝撃に、ヴェインは驚愕した。
(これは……私の剛剣か!?)
スロウだけではなく自身の剣まで盗もうとしているこの少年に、その貪欲さに、ヴェイドは再度驚愕した。
(しかし、それは無茶だぞ少年!)
だが同時に、それは悪手であると評をくだす。
それはそれで信じがたいことではあるが、技術であれば、見て盗むことも可能だろう。
しかし剛剣に必要なのは、防御ごと粉砕する圧倒的な膂力。
技は盗めても、体は盗めない。
ましてや今のネコタは【亡者の呪印】によって弱り、自分は強くなっている。
これでは剛剣が成立するはずもな──
「──【聖剣よ】!!」
ネコタの叫びに応え、聖剣が光り輝く。
女神の神力で発せられたその光は、剣としての機能を増幅させる。
聖剣は見事にヴェイドの剣を切断し、そのままヴェイドの胴体まで斜めに両断した。
「なんと……!」
自分の核となる闇の力が浄化されていくのを感じながら、ヴェイドは薄くなりかけた意識で思う。
(足りない火力は、道具で埋めるか……スロウの剣を盗みながら、それに固執せず、柔軟な思考で私の剣まで再現する……この才能の底知れなさ……戦闘センス……)
「……ぶはぁ!」
戦闘を終え、ネコタは大きく息を吐く。
緊張が解け、どっと疲労が出てきたのか、肩で息をしている。
遠くなった思考で、ヴェイドは見た。
光り輝く剣と、それによって照らされたまだ幼さが残る少年の姿を。
それはまるで、未来への希望を現しているかのようで……。
(ああ、そうか──)
そんな姿に、ヴェイドは納得した。
(──この少年が……これが勇者なのだな)
これならば、我らが負けても仕方ない。
そう納得できるだけの実感を得た。
戦乱の時代を生き抜いた、二大騎士という強敵を相手に。
ネコタは、勇者として価値ある勝利を掴んだ。
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