第123話 神馬とか、一匹くらい居ないの?


「なぁ〜、まだ着かねぇのかよ〜」


 砂漠の地を離れ、しばらく経った。

 しかし、それでも次の祭壇にはまだ辿り着かない。

 さすがに飽き飽きとしたエドガーが、気だるそうな態度で愚痴った。


「もうかなり歩いたぞ。いい加減そろそろ着いてもいいんじゃねぇの?」

「何度も言ってるだろ。次の祭壇まではかなり距離があるんだよ。グチグチ言ってないで素直に歩け」


 うんざりとしたように、ラッシュは答えた。同じことを何度も言わせられるこっちの身にもなってほしいものだ。


 見るからに元気がなくなっているウサギに、ネコタは苦笑しながら言う。


「まぁ、エドガーさんじゃなくてもそうなりますよね。僕だってそろそろ嫌気がさして来ましたし」

「そうですよね。ここまで小さな村があるだけで、これといって変わった物もありませんでしたし」

「酒もろくにねぇろくな村ばかりだったからな。いい加減なんとかしてほしいもんだ」


 フィーリアとジーナも、ネコタに同意する。

 エドガーだけではなく、誰もがうんざりしているようだった。


「お前らなぁ……はぁ、まったく。祭壇まではまだ遠いが、もうすぐ街に着く。そこでならベッドも料理も酒もある。もう少し我慢しろ」

「街!? 本当ですか!? 美味しいご飯はありますか!?」

「なんだよ、早く言えよ! もちろん酒は飲み放題だろうな!?」


 現金なもので、目の前に娯楽があるとしればにわかにはしゃぎ始める。

 はぁ、とまた溜息を吐き、ラッシュは疲れたようにまぶたをおさえた。


「どいつもこいつも、子供か。何で俺ばっかりこんな気苦労をしなくちゃならんのだ。なぁアメリア」

「私もベッドで寝たい」

「あっ、そうですか」


 同意を求めたのにきっぱりと言われ、ラッシュはひそかに落ち込んだ。

 彼に味方は一人も居なかった。


「だいたいよぉ〜、いつまでも徒歩で旅ってのがどうかしてんだよ」


 弱音を吐いていたエドガーだが、すぐそこに街があると知り気力を取り戻したのか、今度は現状に対する不満を並べ始めた。元気が出たら出たで、マジでタチが悪い奴である。


「馬車の一つでも用意すりゃあ体力の温存になるのによ。どこまでも徒歩だぞ? そりゃあ途中で行き先が同じ馬車に乗せてもらったこともあるけどよ、そうじゃなくて、自前で用意すりゃあいいじゃん。そうすりゃあこんな無駄に疲れることもないのによ」


「それは王都を出る時も言っただろ。旅慣れしていないアメリアやネコタの訓練でもあるし、そもそも祭壇は大抵な過酷な場所にあるんだよ。馬車が通れないような所がほとんどなの。その都度馬車を手放してまた新しいのを用意しろってか? それこそ余計な出費だろうが」


「世界救済の使命だぞ。そのくらいの金くらい払わせろよ。無能か」


 ぬぐっ、とラッシュは呻いた。

 なんとも腹立たしい言葉だが、ごもっともである。


「世界を救うのにその程度で済むなら安いものだろ。むしろそれくらい用意できないとか何考えてんだ。国も、教会も」

「や、だから二人の体力を付ける意味もあったんだって……というか、国はともかく教会の批判はやめなさいっ! シャレにならんから!」


「もう二人だって立派に成長しているだろ! だったらそろそろ乗り物で旅をしても良いはずだ! 少しは楽させろよ!」


 やだやだ、もう嫌なんだいっ!

 僕は乗り物に乗りたいんだいっ!


 ジタバタとエドガーはごね始めた。子供か。


 聞き分けのないクソガキに、ラッシュはイラッとした表情を見せた。

 なお、他の連中は静観の構えである。二人の争いはこれはこれで、面白い娯楽であった。こいつらもまあいい趣味をしている。


「ワガママ言うんじゃありませんっ! 大体、支給金はあってもそもそも売ってくれないんだよ。それくらいお前も分かるってるだろ? あまりゴネるなよ」


 この世界は危険で溢れている。

 街や村の外を出れば魔物が生息しているし、旅人を狙う野盗もいる。

 そんな中、旅の道程を短くし、多くの荷物を運べる運送力を持つ家畜は貴重だ。


 馬やロバといった扱いやすいものから、【調教師テイマー】が手なずけた魔物などがそれにあたる。


 しかし馬といった普通の動物は、たとえ人に引かれたとしても、魔の力を持つ魔物を本能的に恐れてしまう。魔物を恐れないよう調教された動物は、とても貴重なものだ。


 同じ魔物であれば問題なく扱えるが、そもそも【調教師】の数が少なく、調教された魔物は動物以上に貴重である。


 だからこそ、金を積まれようと放り出す者は少ない。次にいつ手に入るか分からない貴重な財産を、見ず知らずの旅人に渡すような輩はそうそう居ない。


 丁寧に説明するラッシュに、エドガーは心外そうな顔を見せた。

 当然、そこは弁えての駄々である。なお悪い。


「んなことは分かってるよ。でもそこはほら【神馬】とか、一匹くらい居ないの?」

「居る訳ねぇだろ! むしろ何故居ると思った!? つうか居たとしても馬車なんぞ引かせんわ! 罰当たりな!」


 存在は確認されているが、そもそも地上で見られただけで奇跡である存在だ。よりにもよって神の使いたる馬を足代わりにするとは、不遜にも程がある。


 エドガーの底知れなさに、ラッシュは戦慄した。いつかこの小ウサギの所業で仲間が全滅するような気がしてならない。


「いやだって、ここには曲がりなりにも【勇者】が居るんだぜ? 勇者の旅路に……物語の主人公に乗り物はつきものだろ? なぁ?」

「いや、同意を求められても」


 微妙な表情で否定するネコタだが、正直、エドガーの言い分にも理解はあった。


 確かに地球出身のRPG経験者であれば、あってもおかしくないなと思わないでもない。普通の男子高校生たるネコタは当然それにあたる。ハッキリ言ってゲーム脳だが。


「【魔王】を倒す【勇者】の旅なんだからよ~、乗り物があってもおかしくないじゃん?【神馬】とはいかなくてもさ~、こう、人の手に負えない暴れ馬とかさ」

「ああ~、ありますよねぇ、そんなの」


「ただの暴れ馬ではない。動物の身でありながら、上位存在である魔物を蹴り殺すことが出来る馬、という世界の常識をぶち壊すような怪馬。それを勇者の威風で従える訳ですよ」


「何それ。ちょっとカッコいいんですけど……!」


 不覚にもネコタは胸が熱くなった。このウサギはたまに自分の琴線に触れるようなことを言ってくるから困る。ツボを押さえてくるというか、なんというか。


 これだから嫌おうにも嫌いきれないのだ。無論、好きにはなりきれないが。


「あっ、でもお前だと蹴り殺されて終わっちゃうね。馬は駄目だ」

「それは僕に威厳が無いって言いたいんですかねぇ!? 馬に舐められるほどに!?」


「馬以外となると、なんだろうな。人間になりたい魔物とか……小っちゃかった時に別れて、再会したらでっかくなってた虎とか……でっかい鳥とか、空飛ぶクジラとか……」


「最初のは乗り物じゃないでしょ。でも、虎にまたがるとかちょっとやってみたいですね。あっ、だけど人数的に無理かな。やっぱり大きな鳥とかがいいですかね。空を飛べれば楽になるんですけどね~」


「シリーズを変えれば、変わったところでダチョウ型の鳥かな。あとは小型のドラゴンとか。大人になる前の可愛らしい顔つきで、でもドラゴンだから力は有り余ってるというギャップが愛着を持たせてな。仲間として大事にしたいと思わせるんですよ。でも最終的には飛空艇に乗り換えます」


「結局捨ててるし、それもはや動物じゃなくなってるじゃないですか。というかこの世界にそんなの……あっ。いや、【古代遺物アーティファクト】ならワンチャンあるのかな?」


「一番はタイムマシンだけどな。いろんな時代を旅するのさ!」

「凄いけど、僕はやだなぁ。それもうこの時代どころか過去も未来も救うことになるじゃないですか。今だけでも結構大変なのに」


 人類の夢だが、実際に手に入れたら手に余りそうだ。責任で押しつぶされるような気もする。


 うーんと悩まし気な顔をするネコタに、エドガーは嬉しそうに肘でつつく。


「なんだよおめぇー! 若造かと思ったら意外と話が分かるな! 有名どころはしっかりと抑えてるじゃねぇか! 中々見どころがあるぞ!」

「何目線で言ってんですかそれ。そりゃまぁ、僕だって男ですし。普通にゲームは好きですよ。有名なのはやるでしょう」


「へぇ! そんじゃあよ、お前【クエクエ】派? それとも【ファイファイ】派?」

「いや、僕はどっちも好きなんで、どっちかと言われても……」


「ああ。”【クエクエ】ありきの【ファイファイ】派”とかいう訳の分からないことを抜かすどっちつかずのコウモリ野郎ね。俺そういう奴が一番信用ならんわ。クズがッ!」

「なんでそこまで言われなきゃなんないんだよ! 良いじゃないですか! どっちも面白いんだから!」


 ペッと唾を吐いてエドガーは舌打ちする。

 ぶっ飛ばしてやりたい気持ちになったネコタだが……しかし、そんな場合じゃなくて、だ。


「あのー、エドガーさん?」

「あん、なんだよコウモリ野郎」


「そのコウモリってのは後で訂正させるとして。あの、隠す気あります?」

「はぁ? 何を……」


 怪訝な顔でエドガーはネコタを見上げた。

 ネコタは真顔でエドガーを見下ろしていた。


 あっ、やべっ。と、エドガーは心中で呟いた。


「前からうすうす気づいていましたけど、ハッキリしましたね。エドガーさん、貴方はやっぱり……」

「あっ、トンボだ。わぁーい、待て待ぼふぉ──!?」


 駆けだそうとしたエドガーの頬を潰すように手で挟み、ネコタはエドガーを捕まえた。


 グイッと、潰れた饅頭のようになっているエドガーの顔を、自分に向かせる。

 もう誤魔化されるネコタではなかった。


「逃がしませんよ、エドガーさん。あなたはやっぱり、僕と同じ地球の──」

「……ふ」

「ふ?」


「ふぇ」

「え?」


「ふぇえええええええんっ……!」

「ええええええ!?」


 エドガーはボロボロと泣き始めた。ズビズビと鼻をすすり、えぐえぐとひきつけを起こす。まるで叱られた幼子のような有様であった。


 あまりの変貌にネコタは思わず手を離す。解放されたエドガーは、泣き止むことなく、足を引きずるようにして歩き出した。


「アメリア〜……!」

「エドガー、どうしたの?」


 泣いているエドガーを、アメリアは優しく迎え入れる。

 アメリアの胸の中で愚図りながら、エドガーは言った。


「にぇくぉたが〜……ひぐっ……にぇくぉたがぼくをいじめるんだ〜……! ぼくっ、なにも、やってないのに……!」

「よしよし、怖かったね。もう大丈夫だよ」


 アメリアはエドガーの頭を撫でて慰める。そして、キッとネコタを睨みつけた。


「最っ低」

「いやいやいやいや!? 見てたでしょ!? 僕のせいじゃないですよ!」


「こんなに泣いているのに、自分じゃないって言い張るの? 弱いものイジメをして誤魔化す卑怯者が勇者だなんて、世も末だね」

「いや、僕じゃないですって! それは明らかに演技で……!」


 うろたえながら、ネコタはエドガーを見る。

 グスグスと、エドガーは今もアメリアの胸にしがみついて泣いていた。


 演技なのは間違いないはずなのに、ネコタですら本当に泣いているのではないかと思いかけてしまう。


 まさかこんな力業で誤魔化しにくるとは。


 恥も外聞もないエドガーのやり方に、ネコタは慄いた。プライドというものがないのか、こいつ!


「おっ? おーいお前ら、来てみろよ。街が見えてきたぞ」


 少し先を歩いてたラッシュが、後ろに呼びかける。

 エドガーも涙を引っ込めて、五人は早足でラッシュの元に集まった。


 やや小高い丘の上から見えるその視線の先に、巨大な山が見える。その山の麓を見て、ネコタはどことなく不安な気持ちになった。


 山の斜面には、かろうじて残ったような街並みらしき物が見える。おそらく、まともな建物は残っていないだろう。殆どの建物が風化し、崩れ、廃墟のようになっているに違いない。そして、そこを囲むようにして、比較的新しい街並みが広がっている。ちょうど山を背にして、半円状に街が作られている感じだ。


「あの、ラッシュさん。あの街は……」


 ある種の異様さを感じ、怯えたように尋ねるネコタに、ラッシュはにっと笑う。


「”旅立ちの街シオン”。またの名を、”死者と生者を繋ぐ街”。畏れ多くも【死と安らぎの神ハーディア】の本殿がある、この世で最も死者に近いと呼ばれる街だ」





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