第107話 エルフ、君ってエルフは……
「こりゃすげぇ。まさかこんな場所にこれだけの神殿があるとは」
六人は周囲を探索し、湖の先にある建造物へと続く道を探し出した。そして、今こうしてその建造物の前へとたどり着いた。
遠目からでも巨大だと分かったその建物は、地上でもそう見ることは出来ないほど立派な神殿だった。
王都で見た教会の本殿にも引けは取らない出来だろうと、神殿を見回しながらラッシュは思う。いや、もしかしたらこちらの方がよく出来ているかもしれない。間違いなく神が関与しているだろう。
「ラッシュさん、ここってもしかして」
「ああ、どうやら間違いない。ここに祭壇があるようだ」
祭壇へ導く羅針盤を確かめながら、ラッシュは応えた。羅針盤の針は、真っ直ぐにこの神殿を指していた。
ラッシュは今までの疲れが一気に出たような、どっと重いため息を吐く。
「まさか砂の中にあるとはな。どうりで見つからねぇ訳だよ」
「あえて流砂に呑まれないと辿りつけねぇ祭壇か。まさか自分から流砂に飛び込む奴が居る訳ないもんな」
「いや、ただ流砂に呑まれたからといって、ここに着くとも限らんぞ。下手すりゃ関係のない場所で砂に埋もれて死ぬかもしれん。
おそらく、俺たちが入ったあの洞窟が正規ルートだったんじゃないか? 意図的になんらかの力が働いていたのなら、アメリアが魔法を使えなかったのも説明がつく」
「悪辣にも程がある。ここに祭壇を作った奴は性格がひん曲がってるぞ」
エドガーは嫌そうに顔を顰めた。
この分では中もろくな物ではなさそうだ、と思う。
六人は一通り神殿を見回して、先を進んだ。その神殿の中も、外見に違わず荘厳な雰囲気に溢れ、神聖さを感じる。
誰もが感じる厳粛な空気に感心していると、六人は巨大すぎる扉の前にたどり着いた。まるで巨人の為に拵えられたような、それほどまでに巨大な扉だった。
「お、大きい扉ですね。どうやって開けるんですかこれ?」
「これを人力で開けるのは流石に無理だろうな。どこかに仕掛けがあると思うが」
「そうか? わざわざそんなもんを探さなくても、壊せば通れるだろ」
「お前なら本当にやれそうだな……いやいやいや、何が起こるか分からん。力づくでなんとかするのは最後にしろ」
「ねぇ、あそこ」
どうしようかと悩んでいる面々に、何かを見つけたのかアメリアが扉の脇を指す。
何かのヒントかもしれない。自然と、六人の足はそこへ向かっていた。
「紋章……と、文章だな」
「どっちも見たことがねぇ。なんて書いてあるのかさっぱりだぞ」
扉の脇にある壁には、紋章と何らかの文字が刻まれていた。
数多くある紋章を全て把握して居るものなどそうは居ない。だが、その紋章の下に刻まれた文章すら、見覚えのない文字だった。
比較的知識があるラッシュやエドガーですら、首を傾げる。見当も付かぬヒントに、なんの手がかりもなしかと肩透かしを食らった気分になった時、あっとアメリアが小さく声を上げた。
「思い出した。これ、【魔導と探求の神ダルメリオ】の紋章だ」
「なに? 間違いないか?」
「うん。王都で魔法の勉強をさせられてた時、魔法関係の文献で何度も見たよ。通りで見覚えがあると思った」
スッキリとした顔を見せるアメリア。
ラッシュも同様に、納得の表情を浮かべた。
「なるほど。ここはそのダルメリオが関係する神殿か。アメリアが流砂に対抗出来なかったのも、魔導の神なら当然だな」
「いや〜、どうりでね〜。こんな隠し方をするなんて、頭が良い人が作ったんだな〜と思ってたんですよ。魔導と探求の神様なら納得だな〜」
「さっきと言ってることが逆じゃないですか。掌ドリルかよ」
変わり身の早すぎるエドガーをネコタは呆れたように見る。
しかし、エドガーはダラダラと汗を流して反論した。
「バッカヤロウお前! そりゃ態度も変わるわ! ダルメリオっていやぁ魔導の神であると同時に、神々の中でも偏屈なジジイってことで有名だぞ!? どんな嫌がらせをされるか分かったもんじゃねぇだろうが!」
「エドガーが天罰を受けるかどうかは神のみぞ知るってことでいいとして……で、どうだアメリア。これが何て書いてあるか、分かるか?」
「う〜ん……ごめん、こっちは分からない。魔法とも関係なさそうだし、全然見覚えがないよ」
「まいったな。結局、分かったのはダルメリオの作った神殿だということくらいか」
どうしたものか、と頭を悩ますラッシュ。
だが、後ろでうんうん唸っていたフィーリアが、ポンと手を叩いて言った。
「はいはいっ! 思い出しました! これ、守り人で伝えられていた古の神語ですよ!
大昔は神様と交信して、この言葉で神託を賜って居たこともあったとか。懐かしいですねー、私もお姉さまから教わりました」
「古の神語とは、また凄い物が出てきましたね」
「ああ。教会でも一部の者しか知らないんじゃないか? 下手すりゃ機密扱いじゃ……まぁいい。それで、何て描いてあるんだ?」
期待した顔で尋ねるラッシュに、フィーリアはススッと目を背けた。
「あの、なに分、普段は私達でさえ使わなかったものですし……私も、教わったのはかなり昔のことなので……」
「守り人だったら、忘れちゃいけないものなんじゃ? しかも、仮にも族長の娘が」
「エルフ、君ってエルフは……」
「ま、待ってください! 自信がないだけで、少しは覚えてますよ!」
悲しそうに見つめてくるエドガーに言い訳して、フィーリアは文章を解読する。
うんうんと唸りながら、名誉を取り戻そうと必死だった。
「ええっと……頭……の良い……人? ここは……頭の……あっ、知恵かな? ええっと、知恵の……迷子? え、なんで迷子? ん〜……頭が良い……勇者? 望む……うぅぅぅ……水を、の? ……卵を、割れ。え? 割っちゃうんですか? ん〜……!」
後ろで仲間が見守る中、最後まで読みきったフィーリアは、引きつった笑みで振り返った。
「なんだか、頭の良い勇者を求めてるみたいです! 大変です! どうしましょうか!?」
「少なくとも、解読していたお前は完全に頭の悪い子だったな」
「あの、大変ですって、それどういう意味ですか?」
冷たいエドガーと、問い詰めるネコタに、うっとフィーリアはうめいた。
ラッシュは頭痛を誤魔化すように眉間を揉み、仲裁に入る。
「まぁまぁ、大体は分かったから良しとしよう。お手柄だぞ、フィーリア」
「どこがだよ。スッカスカにも程がある通訳だったぞ」
「それでも、雰囲気は掴めたじゃないか。たぶん……”ここは知恵を求める場所。賢き勇者よ、知恵を使って進め”とか、そんな感じじゃないか?」
「ああ〜! そうそう! そんな感じですよ! 私、それが言いたかったんです!」
「嘘つけバカエルフ。その予想だって当たってるかどうか分からんぞ」
フィーリアはそれが正しいとばかりに頷くが、エドガーは何処までも懐疑的だった。
何か重大な見落としがある気がして仕方なかった。
退屈そうにしながら、ジーナが声をかける。
「知恵を使って、ねぇ。なんだか面倒そうな場所だな。で、それが分かったのはいいが、肝心の扉はどうやって開けるんだよ?」
「確かにな……卵……いや、あるいは玉、球形の物か……」
ラッシュは扉を観察する。すると、ちょうど両扉が閉じている中央部分に、拳大の丸い窪みがあった。
「おそらくここだな。ここに何か丸い物を嵌めれば、扉が開くんだろう。となると、あとは水がどうとか……」
「水っていうと、やっぱりあそこかな?」
アメリアが神殿の脇を指す。そこには、先程水を飲んだ湖が繋がって居た。
扉から離れ、神殿の脇に伸びた湖の麓に向かう。すると、そこには古ぼけた石版があった。今にも崩れそうにも見えるが、しかし、不思議と刻まれた文字はハッキリと残っている。
ヒクリッ、とフィーリアは口元を引きつかせた。
「こ、これも神語ですね……ええっと……夜? に……体を……捨てろ? 水の……向こう……道……」
「湖の向こう側に何かあるってことか。どれどれ」
ラッシュはスキルを使って向こう岸を見ると、笑みを浮かべた。
「おっ、あったあった。僅かな足場に、小さな台座があるな。で、その台座に青い玉が飾られている。あれが鍵だろうな。へへっ、やっと調子が出てきたじゃねぇか」
「見つかったのは良いが、どうやってあそこまで行くんだよ。まさか泳いで取ってこいってんじゃないだろうな。冗談じゃねぇぞ」
「そうですよね。流石にあそこまで泳ぐのは大変そうですし」
嫌そうな顔をするジーナにネコタも同意する。
しかし、そんなネコタにあっけらかんとした口調で、エドガーは言った。
「何言ってんだ。お前が取りに行けばいいだけの話だろうが」
「またそうやって僕にやらせようとする! 泳げるなら誰でもいいんだから、そう言うエドガーさんが行ってくださいよ!」
「ちげぇよバカ。誰が泳げって言った。お前、女神様もらった能力のこと忘れてんのか?」
あっと、ネコタは間の抜けた声を上げた。
気まずげな表情を見せた後、おそるおそると湖に足を入れる。しかし、その足は沈むことなく、まるで地面の上にいるような安定感で湖の上に立った。
「た、立ててる。すっかり忘れてたけど、凄いなこれ」
「へぇ! それが新しい祝福か! 便利じゃねぇか!」
「んだよ、そんなもんがあるなら早く言えよ。ほら、とっとと取ってこい」
「言われなくても行きますよ! ったくもう……」
邪険に扱うジーナに文句を言いつつも、渋々ネコタは向こう岸に向かう。自分だけが水の上を歩ける以上、嫌とは言えなかった。
ちょっとだけウキウキとしながら、ネコタは湖を歩き続ける。その後ろ姿を、ジーナは面白そうに見守っていた。
「本当にすげぇな。とても水の上で歩いているようには見えねぇぞ」
「うん。私もやってみたい。氷の魔法で凍らせれば出来るかな?」
「ほう、それならあたしでも……ん? いや、待てよ。常に氣を緩やかに放出すれば自分で出来るような……」
「哀れなネコタ君。せっかく手に入れた力が、誰かに真似される程度の物でしかないなんて」
「それ、ネコタに言ってやんなよ。あと、女神様に対して不敬すぎるぞ」
「大丈夫、アルたんと俺はズッ友だから!」
「アルたんて……恐れ知らずにも程があるぞ」
世界の始まりを司る女神をこの呼び名とは、許されたとしても普通はできない。
やはりこのウサギは尋常じゃないと、ラッシュは改めて思った。
「ネコタにあんな能力を与えても糞の役にも経ちゃしねぇと思っていたが、もしかしたら女神様はこのことを知ってたからあの祝福を選んだのかもな」
「お前、そんなことを思っていたのか……だがまぁ、そうかもしれねぇな。これも試練の一種だとしたら、おそらくあそこまで取りに行くのに正規の方法があったとは思うが、お陰で苦労もせずあの玉を取りに行け──」
ラッシュが同意しながら、何気なくネコタの方を見た時だった。
ネコタの背後の水面に、何か巨大な影が浮き上がっていた。
「おっと。見間違いかな? ネコタの後ろに何か巨大な生き物がいるような気がするんだが」
「奇遇だな。俺にもそういう風に見える」
無感情でエドガーも肯定した。自分で見たものが信じられず、受け入れられなかったかのようであった。
そして次の瞬間、湖が爆発したような飛沫を上げた。
──……んぎゃあああああああああああああ〜!
「おお。高く打ち上げられたな」
「ああ。まるで花火みてぇだ」
現実から目を背けるように、ラッシュは高々と打ち上げられたネコタを見上げていた。花火というのは分からないが、エドガーも同じ気持ちなんだろうなとラッシュは思った。
「ありゃあ蛇か? かなりデケェな」
「蛇っていうか……海龍の一種じゃないかな。なんかヌルヌルしてるような気もするけど」
「あれだけ大きかったら、捌いたら好きなだけ食べられますね! 何百人分あるんでしょう? 問題はどんな味がするかですよね」
女性陣はネコタよりも、巨大生物の方に感心が行っていた。
これをネコタへの信頼と見るか、興味の無さの現れと見るか。どちらにせよ、哀れである。
「あっ、上手く着地出来たみてぇだな。ネコタのくせにやるじゃねぇか」
「おおっ、しかもそのまま玉の方へ向かったぞ。やるな。ナイスガッツだ」
「たまたま追われてる方向がそっちだっただけじゃねぇか?」
ネコタを好意的に持ち上げ、未だ現実逃避をする二人にジーナの冷静な指摘である。だが、その通りであった。
──たぁぁぁああすけてぇええええええええ……!
悲痛な叫びに、フィーリアは困ったように眉を曲げた。
「あの、助けを呼んでいるみたいですけど」
「助けたいのは山々だが、この距離であの巨体だと、おれの弓じゃなぁ」
「私だと、あれに通るような魔法じゃネコタごと巻き込んじゃう気がするし」
「あたしじゃ届きすらしねぇから、見てることしか出来ねぇわ」
「右に同じく」
「え、えっと、でも、流石に危ないんじゃ……」
「いや、最初は焦ったが、あの龍もそこまで早い訳でもないし、案外余裕なんじゃないか?
でないと逃げながら玉を取りに行ったりはしないだろ」
「そ、そうなんですか? ……そうみたいですね。ネコタさん、凄いなぁ」
エドガーの言葉に、フィーリアはあっさり騙された。
ネコタに余裕があると見て、ようやくラッシュとエドガーは平静を取り戻す。内心、勇者をここで死なせてしまうのではと冷や冷やだった。
この辺りが、根は小心者である二人の限界である。いかなる時でも、いざとなれば女の方が肝が座るのはどこでも一緒のようだ。
「アクシデントはあったが、特に問題がないようだな。このままネコタに任せるか」
「そうだな。どれ、せめて応援ぐらいはしてやらんと。ネコタァアアアアア! 俺達は何も出来ねぇええええええ! そのまま玉とってこぉおおおおおおい!」
──ふざけんなぁああああああああクソウサギィィィイイイイイイイイ……!
「よし、あれだけ元気なら大丈夫そうだ。アイツが玉を持ってあの魔物をおびき寄せるのを待っていよう」
「元気というか、必死になってるだけじゃねぇのか?」
満足そうに頷くエドガーに、ジーナは呆れた目を向ける。ナチュラルに挑発をかます野郎だと、ジーナはネコタに少しだけ同情した。
顎をさすりながら、ラッシュは考え込む表情を見せる。
「やっぱりそう簡単に取らせてくれる筈もなかったか。さすがに都合の良い考えだったな。しかしそうなると、本来はどうやってあの玉を取るんだ?
見る限りあそこまで歩いていけるような場所はないし、泳げばあの龍の餌食だぞ。どう考えても無理だと思うんだが……」
「先にあの龍を倒してから、安全を確保して行けばよかったんじゃないの?」
「ん〜、それだと力ずくに見えるな。第一、あの龍が一匹だけとも限らないし、そもそも倒せるような奴の方が少ない気もする。ここが知恵を試すような場所なら、もっと理知的な方法があるんじゃないのか?」
「じゃあ、やっぱりあの石板にヒントが書いてあるんじゃねぇのか? なぁ、まだ何か書いてあったんだろ?」
「は、はいっ……!」
ジーナの問いに、フィーリアは緊張しながら応える。
そして改めて石版を見て、唸りながら読み上げた。
「ええっと……朝……に、生きる? 夜……怖い? あ〜……こ、怖くない! んん……夜に……体を……す、捨てろ? さすれば……水の、向こう……道……玉へと……導く……人? こ、こんな感じですっ!」
「片言の通訳を聞いてるみたいだったな」
ジーナの感想に、フィーリアは頬を赤くして身を縮こまらせた。お姉様っ、ごめんなさいっ! もう少しちゃんと勉強をしておけば良かったですっ!
読み上げた文章を、それぞれが考え込み始める。
最初に、エドガーが思ったことをそのまま呟いた。
「朝に生き、夜が怖い、ねぇ。なんか文感としておかしいな。怖い……怖い……恐れる、とかじゃね?」
「あ、それっぽいな。朝に生き、夜を恐れる者よ、か。ってことは、怖くないってのは、恐れるなって意味か?」
「それはいいが、それでもさっぱり分かんねぇぞ。夜に体を捨てろってどういう意味だよ?」
「……体を捨てろ、じゃなくて。身を投げろ。身を任せろ、とか?」
「ああっ! それそれ! そうです! そんな感じです!」
「本当かよ。当てになんねぇなぁ……。身を投げてどうなんだ? 水の向こうに玉ってのは、あの玉だろ? 導く人ってのが現れんのか? こんなとこに人がいんのかよ?」
ジーナが疑わしそうな目をする。本当に合っているのか、信じきれないでいるらしい。
「……なぁ、導く人って、アレのことじゃね?」
ネコタが追われている龍を見て、エドガーはポツリと言った。
釣られて、皆が同じ物を見る。
まさかという緊張感が漂う中、いやいやとラッシュは首を振った。
「確かに湖を渡り始めて現れたが、だからといってアレが案内人とは……」
「いや、だからよ。このヒント通りの正しい方法をすれば、アイツが乗せて連れてってくれたんじゃねぇか? 今は怒って追いかけてるだけで」
「わっ、なにそれ楽しそう。うん、きっとそうだよ」
「私も、それなら乗ってみたいです!」
「つっても、夜に身を任せろってのはどういう意味だ?」
うーん、と。五人は顔を合わせて悩みこむ。
もはやネコタのことは忘れ、謎を解くことに熱中していた。
ガリガリと頭をかきながら、適当な調子でジーナが言う。
「ダメだ。あたしにはさっぱり分からん。夜になるまで待てってか?」
「その可能性もあるとは思いますけど、そんな単純なことなのでしょうか?」
「確かにな。待てばそれだけで正解になるとは考えにくい。たとえば、実際の夜じゃなくて、この広い空間を夜にする、とかどうだ?」
「天井からの光を遮って真っ暗にしろってか? 規模がデカすぎるし、どうやれっていうんだよそんなもん。それらしいギミックがあれば別だが、無茶振りにも程があるぞ。そうじゃなくて……この場合、夜ってのは暗喩なんじゃねぇか?」
「暗喩……夜……真っ暗……闇……」
アメリアが、あっ、と小さな声を漏らした。
「朝とか夜って、時間じゃなくて、視界のことなんじゃない?」
「へっ? 視界ですか?」
「ああ、なるほど。目を開いている時が朝で、閉じている時が夜か」
「確かにそれなら通じるな。普段は目を開けているから、目を閉じながら進むのは怖い。目を閉じることを恐れるなって意味なら、しっくりくる」
「ってことは、目を閉じて湖に入るのが正しい方法ってことか」
「決まりだな。よし!」
エドガーは龍が暴れまわった音に負けないよう、叫んだ。
「ネコタァアアアアア! 目を閉じろぉおおおおおおおおお! 閉じれば安全にその玉の所まで辿りつくぞぉおおおおおお!」
──出来るかぁあああああああああああああ……!
ネコタの悲痛な声に、ラッシュは納得したように頷く。
「そりゃそうだよな。あの状況で目を閉じろって方が無茶だわ」
「せっかく謎が解けたってのによ。まぁいい。俺らの助言を聞かなかったアイツの選択だ。見届けてやろうじゃないか」
その結果、最悪な未来を迎えないよう、祈るしかあるまい。
エドガーが覚悟を決めてからのネコタの動きは、まさしく神がかっていた。
後ろからの攻撃が見えているかのように、龍の攻撃を直前で躱す。それでいて最短距離で宝玉まで辿りついた。迷わず宝玉を掴み、すぐ様方向転換。そしてフェイントをかけながら、必死の形相でエドガー達の待つ陸地へ走り出す。
見ている五人が手に汗を握るデッドヒート。龍が飛び込んでも被害を受けないよう、五人は湖から離れた。その空いたスペースにネコタは飛び込む。そこでようやく諦めたのか、龍はピタリを動きを止め、また湖の中へ消えていった。
ゼェ、ゼェ、と息を乱し、ネコタはうつ伏せになったまま動かなかった。助かったという安堵と疲労困憊で、動くどころではなかった。
「た、助かった……怖かった……今度こそ死ぬかと思った……」
「おお〜、よく逃げ切ったな。一人でアレから生き残れるとは。いや、大したもんだ」
「そんなこと言って……助けてくれなかったのは……忘れないですからね……」
「いや、しょうがないだろ。あんだけ離れたら何も出来ねぇって。それに、俺たちは出来ることはしたんだぜ?」
「何処がだよ!? 見てただけじゃないか!」
ガバリとネコタは起き上がった。
さも自分も頑張りました、というような言い草が、疲労を忘れるほどに気に食わなかった。
それに、エドガーは困ったように眉を下げる。
「見てただけじゃねぇよ。ちゃんと目を閉じろって言ったろ?」
「閉じれるか! 軽い自殺ですよそれ! その助言の意味が訳分からないし、怖すぎて出来るか!」
「ネコタ君。その恐怖を克服することが、この試練の真意だったのだよ」
「差し迫った恐怖が後ろから迫ってたって言ってんだよ! はっ倒すぞクソ兎!」
ヒートアップするネコタに、ラッシュが仲裁に入る。
「まぁまぁ、そう怒るなって。俺達も出来ることはしたってのは本当なんだぜ?
目を閉じろってのは、あのヒントから得た答えだ。そうすればあの龍にあそこまで運んでくれたんだよ。
自分の出した答えに、自信を持って全てを委ねられるか。たぶん、そういう部分を見るための試練でもあったんだ」
「そこまで言うなら、じゃあ見せてくださいよ! ほら! 早くやって証明してください! 自信があるんでしょ!?」
ネコタはキレながら湖を指差した。
五人はお互いの顔を見合わせ、湖に居るであろう水龍の姿を思い浮かべる。
──ないな。うん、ない。
五人の意見は一致した。
「……宝玉を取ったら、その効果も意味を失くすかもしれない。わざわざ危険を犯すこともないな」
「同感だ。さぁ、早く扉を開けようぜ」
「ズルッ……! 全てを委ねられるんじゃなかったですか!? ちょっと、ねぇ!?」
「おら、男が細かいこと気にしてんじゃねぇよ。早く行け」
「そうそう、無事に取ってこれたんだから、どっちでもいいでしょ」
「ふふっ。ネコタさん、カッコ良かったですよ」
「くそっ、納得いかないなぁ……」
ブツブツ文句を言いながら、ネコタは五人と共に扉へと戻った。
改めて扉を目にし、その巨大さに呑まれる。緊張しながら、ネコタは扉の窪みに宝玉を嵌めた。
すると、パァッと宝玉が光り、扉に光の線が走る。そして、ギギギッと軋んだ音を出しながら、ひとりでにゆっくりと開いた。
開ききった扉の先を見つめ、ラッシュは小さく笑う。
「さて、やっとスタートラインに辿り着いたな。中にはどんな試練が待っているのか」
「なに、あの程度の謎なら問題ない。せいぜい楽しませてもらおうじゃねぇか」
「よく言いますよね。苦労したのは僕なんですけど」
「安心しろ。今度はちゃんと、危ない目に合う前になんとかしてやるからよ。だからそういつまでもグチグチ言うな。いい加減ウザいからよ」
「本当ですね!? 約束ですよ!? 絶対ですからね!?」
ネコタの念押しする声を響かせながら、六人は扉を潜り、神殿の中へと入っていった。
しばらくして、扉がまた動き出し、ズズズと重い音を立てて閉まる。まるで、決して逃がしはしないと扉が主張しているかのような動きだった。
扉の脇に刻まれた文字列が、一瞬だけ強く光り、そしてまた消えていく。
そこにはこう書かれてあった。
『ようこそ、賢き者よ。ここは【知恵の迷宮】。知恵を試さんとする場所。
己が賢人であらんと自負ある者よ。死を恐れぬ勇あれば、泉の宝玉を扉に捧げよ。さすれば道は開かれん。
しかし心せよ。迷宮へと挑まんとする者よ。
もしそなたらが、己が賢者であると思い込んだ愚者であったならば、それは勇ではなく蛮勇である。
迷宮は愚者を公平に試し、蛮勇は容赦なく死へと誘うだろう──【魔導と探求の神ダルメリオ】』
六人は、この場所がどれだけ危険な場所であるかも理解しないまま、神殿へと入ってしまった。
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