第106話 あの人こそ諸悪の根源ですよ!
「む、無理ですよ〜!!」
びぇええええええんと泣き喚き、フィーリアはアメリアの背に隠れながら抗議する。
「私、赤ちゃんいないですもんっ! おっぱいなんて出ませんっ!」
「いや、絶対に出る。その大きさなら確実に出る。俺が確かめてやるから、早く出せ」
「嫌です〜! いくらエドガー様でも、出来ませんっ!」
酷いセクハラであった。
いやいやと首を振り、フィーリアはアメリアにすがりつく。
背中にフィーリアを庇いながら、アメリアは冷え切った目をエドガーに向けた。
「エドガー、いくらなんでも限度があるよ。ハッキリ言って、最低だよ」
「ああ、お前、最低にクズいぜ」
汚物でも見たかのように、ジーナは顔をしかめた。
しかし、エドガーはまるでひるまなかった。
「なんとでも言うがいい。普段ならともかく、今の俺は止まらん。水よりも喉ごしが強そうだが、貴重な水分。諦めるわけにはいかんのだ……!」
ゴゴゴゴゴッ、と。エドガーから得体のしれない威圧感が湧き出ていた。まるで強敵を前に覚悟を決めた戦士のようだ。
これは間違いなく本気だ。そう感じた二人は、臨戦態勢に入った。
「ここまで酷かったなんて……私、エドガーのことが嫌いになっちゃいそう」
「いい加減、愛想を尽かしていいと思うぞ。おい、そこの男共! さっさとそのバカを止めろや!」
ジーナに怒鳴られ、そりゃもっともだと、ラッシュとネコタがエドガーを説得する。
「おい、エドガーよ。そのへんにしとけ。さすがに女相手にそれはシャレにならねぇ」
「本当ですよ。セクハラにも程がありますって。ほら、今なら冗談だったで済みますから。いや、冗談にしてもどうかと思いますけど」
「冗談? 笑わせんじゃねぇ。俺が覚悟もなしにこんなことを口にしてると思っているのか。俺は本気だ」
「なお悪いわ!」
ネコタの鋭いツッコミが入った。まさか本気だったとは。その発想にネコタは戦慄した。
「エドガーさん、いい加減にしましょうよ。庇いようがないほどクズですよ」
「ふん、蔑みたければ好きなだけ蔑むがいい。だが、むしろ何故お前らは俺に味方をしない?
確かに、フィーリアにとっては恥ずかしいことかもしれない。しかし、今は少しでも水が必要な状況だろう。フィーリア一人が我慢すれば、俺達が皆が助かるじゃないか。
俺は今、運命というものを感じている。アイツが旅に参加したのは、この時の為だったんだ!」
もちろん、そんな訳がない。運命さんも大迷惑である。というか、まず母乳が出るという前提から考え直してほしい。
だが、エドガーが止まることはない。彼は今、喉を潤すことで頭がいっぱいだった。
「想像してみろ。ほら、ちょっとそこから吸い出すだけで、好きなだけ水分取れるんだぞ?
それを前にして、これ以上の我慢が出来るものか!」
「そこから、吸い出す……」
「好きなだけ……」
そのあまりの必死さに、二人は思わずエドガーの視線を追ってしまった。
アメリアの体の隙間から、フィーリアの豊満な胸が目に入る。
──あそこから、好きなだけ、飲める。
ゴクリと、違う意味で喉が鳴った。
それを振り払うのは、男としてあまりにも難しすぎた。
こいつらの頭も、エドガーほどではないにしろのぼせ上がっていた。
「「……………………」」
「おい! 何やってんだ! とっととその変態を止めろや!」
「……仕方のない、そう、仕方のないことなんだ」
「ぼ、僕はどうかと思いますけどね……このままだと皆、倒れてもおかしくないですし……そう、緊急事態ですから……だから……」
僕(俺)は嫌なんだけどな〜。でも、エドガーがやるって聞かないし、緊急事態だしな〜。止めようにも止められないな〜。
自分でも無理がありすぎる言い訳を心の中でしながら、二人はこの事態を見守ることにした。
「だから、じゃねぇ! テメェらどうかしてんじゃねぇのか!?」
「本当に最低……! こんな人達が仲間だったなんて……!」
ここに、女子と男子の対立という深刻な構図が確定した。
おそらく、これ以上くだらない理由は他にないと思われる。
「さぁ、フィーリア。こっちに来い。大丈夫、優しくしてやるから」
「ひぃぃいいん……! 嫌ですぅ……! いくらエドガー様でも無理ですぅ……!」
最低の口説き文句だった。
あまりの下劣さに、アメリアは怒りで涙が出てきた。
「エドガー、いくらなんでも許されないことだってあるんだよ!」
「なんとでも言うがいい。今の俺は誰にも止められん。クククッ、なんだったらアメリア、お前が代わりになってもいいんだぜぇ?」
「──ッ! 本当に最っ低! 見損なったよ!」
本当は良い子だと思っていたのに……!
この瞬間、アメリアの中でエドガーはハッキリと敵になった。
ジリ、ジリ、と、エドガーは確実に距離を詰める。
呑まれかけていたジーナは、二人を庇うように前に出た。
「ウサギ! いい加減にしやがれ! それ以上近づくようならマジで殺すぞ!」
「黙れ小娘! 乳の(出)ない女に用はねぇ! その胸を大きくしてから出直してこい!」
「殺ス……絶対ニ殺シテヤル……!」
こいつは女の敵だ。絶対に許してはならない。
女のプライドにかけて、ジーナは絶対にこいつを殺さなければならないと思った。
今にも破裂しそうな、ギスギスした空気が洞窟内に満ちていた。今までに何度かあったが、それとは比べようもない争いが始まろうとしていた。
いくか……と、エドガーが覚悟を決め、グッと足に力を入れた瞬間だった。
足が、砂に飲み込まれた。
「んおわっ!? なんだぁ!?」
「──ッ! エドガー! ……ぬぉ!?」
一瞬にして、エドガーは胴体まで砂に飲み込まれた。それに一番早く反応したラッシュが、すぐに助けようと一歩足を進める。しかし、助けようとしたラッシュもまた、同じように砂に囚われた。
二人は砂に全身を飲み込まれ、姿を消した。助ける間もないあっという間の出来事に、残った誰もが呆然とする。
「……え? いや、嘘でしょ? こんなあっけなく……うっ、うわぁ!?」
逃避気味に呟くネコタだったが、嫌でも現実に引き戻された。
次は自分の番だったからだ。
「あわっ、あわわわわっ!? ど、どうしましょう!」
「チッ! くそっ、砂じゃどうにも……アメリア! どうにかできるか!?」
ネコタと同じように、女性陣も砂へと引きずりこまれる。
いくらジーナといえど、大地が相手では手立てが思い浮かばない。アメリアに望みを託すが、そのアメリアは魔法を行使しようとし、驚愕の表情を浮かべる。
「なにこれ? これじゃあどうにも……」
「どうした!? 魔法でなんとか出来ねぇか!?」
「ごめん。この砂、何かおかしい。ただの砂じゃない。私の魔力を妨害してる。これじゃあ魔法を使えない」
「はぁ!? お前が駄目って一体どうなって……クソッ!」
ジーナが口を開けるのも、そこまでだった。
考える余裕も与えず、流砂は四人を容赦なく飲み込んだ。
こうして、勇者一行の六人はあっさり砂の大地へと引きずりこまれた。
♦ ♦
広い、とても広い、空洞だった。
生物の気配も無く、静寂に満ちた空間。天井から砂がサラサラ落ちて、下に積もる。そこから光が差し込んでいるせいか、明るさだけは十分にあった。
その天井の一部で、ボフンッ、と。何かが弾け飛んだような音が聞こえた。同時に、そこから二つの人影が吹き飛ばされて出てくる。
それは、流砂に飲み込まれたエドガーとラッシュの二人だった。
「んんぁあああああああ〜〜〜〜!?!?!?!?」
突然宙に投げ出され、ヒューッと二人は落ちていく。
「──着地ッ!」
「くっ!」
間抜けな悲鳴を上げていたエドガーだが、顔から地面に落ちる寸前、クルリと身を翻した。ラッシュも同様に身を捻らせ、なんとか足から落ちようとする。
シュタリ、と二人は華麗に地面に降り立った。
ふーっと息を吐き、ドキドキとする心臓をさりげなく抑えながら、エドガーはなんでもなさそうな口調で言う。
「ふっ、さすが俺様。突然の不意打ちにも動じないこの対応力。これぞ天才ならではの余裕と言うものよ」
「よく言うぜ。ギリギリでしたって顔に出てるぞ」
「バカ言ってんじゃねぇ。余裕だったわ。なんだったら五回転くらい捻りを入れても──」
──ボフンッ!
「あん? 一体何の──」
「きゃあああああああああああああああ!?」
エドガーが音に釣られて天井を見上げれば、可愛らしい悲鳴と共に、形の良い尻が落ちてきていた。ゲッと声を上げ、反射的に逃げ出そうとしてグッと踏みとどまる。
ブギュンッ!? と悲鳴を上げ、エドガーは踏み潰された。
上から落ちてきたもの──フィーリアは、のんびりとした仕草で体を起こす。
「あ痛たたたっ。び、びっくりしました。てっきり死んでしまったかと」
「おいっ……無事なら早よ退けっ……このままだと俺が死ぬ……」
「へっ? きゃあ!? エドガー様!?」
自分が何の上に座っているのかに気づき、フィーリアは慌てて立ち上がった。
クッションにされていたエドガーは、覚悟していた以上の衝撃に悶え苦しんでいた。普段は目の保養だが、今だけはそのでかく重い尻が恨めしかった。
恐る恐るエドガーを介抱しようとするフィーリアに、ラッシュは言う。
「なんだフィーリア。お前も流砂に呑まれたのか?」
「は、はい。お二人が消えてからすぐ、逃げる間も無く足が取られまして。私だけではなく、ほかの方も……」
言い切る必要もなく、上からその答えがやってきた。
フィーリアに遅れ、残った三人も天井から吹き飛ばされ、落ちてくる。フィーリアほど運動神経の悪くない三人は、無難に着地を終えた。
「結局、全員来ちまったみたいだな」
「あ? なんだオヤジ、テメェ無事だったのか?」
「ああ、なんとかな。今回ばかりは本気でダメかと思ったが」
ラッシュは気が抜けたような息を吐き、後から来た三人に訊ね返した。
「で、お前らまでここに来たってことは、流砂に巻き込まれたのか?」
「ああ、そうだ。逃げようとしたが、無理だった」
「私もなんとかしようとしたけど、あの砂、何か変だったよ。魔法を使おうとしたら、妨害されちゃって何も出来なかった」
「ふむ……」
悔しげなアメリアの話を聞き、ラッシュは難しそうな顔で考えこむ。
唐突に、なんの予兆もなく引きずりこまれる。これだけでもおかしいとは思っていたが、アメリアが魔法を使えなかったというのは、普通ではない。
まるで、何者かの意思でこの場所に導かれたかのようにすら思える。
巻き込まれた時はなんとついていない、と思ったが。
「こりゃあ、もしかしたら思わぬアタリを引いたかもな」
「アタリ? それってもしかして──」
「ぬああああああああああああああああああ!?」
ネコタがラッシュの呟きを確かめようとするが、エドガーの絶叫に遮られた。
顔をしかめ、ネコタはエドガーに文句を言う。
「ちょっとエドガーさん。急に叫ばないでくださ──」
「水だぁあああああああああああ! 水が大量にありやがる!!!!」
「お水!? どこ!? どこですか!?」
その言葉を聞いた瞬間、フィーリアはガバリと身を起こし、エドガーの視線を追う。
他の者も目つきを変えて同じ方向を見た。すると、そこには広大な湖がひろがっていた。
「え、本物……? 幻覚じゃないですよね……?」
「こりゃ驚いた。砂漠にこんな地底湖が存在するとは。一体どこから流れ込んできてんだ」
「んなことどうでもいいわ! 飲めりゃ一緒だぁああああああ!」
わぁああああああい、と。エドガーとフィーリアは両手を上げて湖に走り出した。
エドガーは直接湖に顔を突っ込み、溺れんばかりに。フィーリアは勢い余って胸元に溢れるほど、涙を流しながら何度も何度も両手で掬い上げて水を飲みつづける。
二人はこれ以上なく水を堪能し、プハァーと満足そうな息を吐いた。
「くぅぅううううう! うめぇ……! うますぎる……! 生きてて良かった……!」
「はい……はいっ! 本当に美味しいです……! 諦めないで良かったですね……!」
「ああ、全くだ。今のうちに、腹一杯飲んどこう!」
「はい! これ以上ない贅沢です!」
和気藹々としながら、二人はグビグビ水を飲み続けている。
そんな二人を、ネコタは乾いた笑みを浮かべて見ていた。
「あははは。二人共、すっごい仲良しですね。さっきまでとても争いかけてたとは思えないくらいに」
「まったくだ。争いの理由はなくなったとはいえ、単純と言うかなんというか」
やれやれと言わんばかりに、二人は水を堪能するエドガー達に呆れていた。
そしてそんな二人に、ジーナとアメリアが冷めきった視線を向けていた。
「おい、なんだよその目は。何か言いたいことでもあるのか?」
「誤魔化そうとしても無駄だからな。変態」
「貴方達の本性を、私達は忘れないから。本当に最っ低。これからは用がある時以外、二度と話しかけないでね」
女性陣の絶対零度の視線だった。完全に変質者に向けるような目だった。
「ちょっ!? 待ってください! あれは冗談ですよ、冗談! 本気の筈がないじゃないですか!」
「ネコタの言う通りだ! 少しでも場を和まそうとしただけだって!」
「この期に及んでそんな言い訳が通じると思ってんのか? お前ら本当に腐りきってやがんな」
「仮に冗談だとしても、品性の欠片もない。やっぱり最低だよ」
もっともな言い分に、二人はグッと息を飲んだ。正論すぎて何も言い返せなかった。
「いやでも、それを言ったらエドガーさんはどうなんです!? あの人こそ諸悪の根源ですよ!」
「おおっ、そうだ! あいつはまさしく本気だったぞ! あいつの方がよっぽど酷い!」
しかし、二人はみっともなく足掻きエドガーの方を指す。
アメリアとジーナは釣られてそちらに目を向ける。和気藹々と仲良くはしゃいでいるカップルの姿がそこにあった。
「エドガーは……フィーリアがもう許してるみたいだからいいよ。もうあんなことを言わないよう、私がちゃんと躾けるし」
「あのウサギが取り返しのつかない野郎だってのは今更だろ。それよりゲスな本性を見せたお前らの方がよっぽど問題だっつーの」
「なんですかその理論!? おかしいでしょ!?」
「そうだ! 不公平にもほどがある!」
普段からダメなところを見せている奴があいつだからと許されて、真面目だからこそダメな部分を責められる。まさに理不尽な話であった。
まぁ、世の中そういうもんである。
「おかしい……なぜ僕が……こんなエドガーさん以下の扱いに……」
「くそっ……! どうかしていた……! 頭が茹で上がっていたとしか思えん……!」
「今更後悔しても遅せぇよ。反省してろ、クズ共」
「お〜い、お前ら〜」
ピョンピョンと、諸悪の根源が湖から戻ってくる。
恨めしそうに自分を睨む二人に、エドガーは首を傾げた。
「どうしたんだお前ら? 何かあったのか?」
「何かって……くっ! ええ、まぁいろいろあったんですよ」
「ああ、その通りだ。だからあんまり聞くな」
「お、おう。そ、そうか。まぁいい、ちょっと来てくれ」
まるで痴漢の冤罪を掛けられて絶望したような顔だ、と気になりつつも、エドガーはそれを見なかったことにした。それよりも、見せなくてはならないものがあったのだ。
四人はエドガーに連れられ、フィーリアが居る湖の麓に来た。それに気づき、フィーリアは興奮した様子で指す。
「あっ、皆さん! 見てください! アレです、アレ!」
「アレ? アレって何が……」
ラッシュはフィーリアの言う方向に目を向け、目を見張った。
先程まで四人がいた場所からは、壁が死角となって見えなかったが。
湖が続くその先に、地底には見合わぬほど立派な建造物があった。
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