第73話 あんまり言いたくはないでやんすが、端的に言って世界の危機ですぜっ……!



 聖剣の光は、幸運にも里の一角を指していた。歩いてすぐ、エドガー達はそこにたどり着く。しかし、そこにあった光景を目にし彼らは苦い表情を浮かべていた。


 半目になりながら、エドガーはクレイドに尋ねた。


「なぁ、族長。ここって……」

「まぁ、その、廃棄場ですな。ここは森の中ですから、大規模な火をつける訳にもいきませんので。壊れた家具など片付けるのが大変なものは、一時的にここに集め、時期を見て纏めて処分するのですが……」

「時期を見て、ねぇ。そのわりには、ありえないほどのゴミが溜まっているようだが」


 エドガー達の目の前には、足の折れた椅子、汚れたテーブル、そして壊れた武具などといった粗大ゴミが山となっていた。一体どれだけの量があるのか想像もつかない。ゴミに虫や苔が張り付いている当たり、相当な期間放って置かれているのだろう。エルフの秘密をまた一つ見てしまったような気がする。


 そして、そのゴミの山の中央に光が伸びていた。

 ネコタは口元をひくつかせた。


「あの、光はあそこを指してるんですけど、まさか祭壇は……」

「何をぼうっと見ている! 片っ端からゴミを運びだすのだ! 立場は関係ない! 全員で当たれ! 急げぇ!」


 クレイドの号令に、集まっていたエルフ達が一斉に動き出した。慌ててゴミを運び出すエルフ達を見ながら、エドガーは呟く。


「いやぁ、まさかゴミの中に埋まってるとはな。そりゃあ盲点だ。里の連中でもみつからねぇはずだぜ」

「そもそも、女神の祭壇をゴミと一緒にするってあたり、とんでもねぇ罰当たりだな」

「いくら崇めている神が違うとはいえ、この扱いはなぁ」


「教皇が見たら憤慨して死にそう」

「エルフって、結構だらしない種族なんですね。なんだかイメージが壊れちゃったな。こう、僕の中では神秘的な種族だったんですけど……」


「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! まさかこんなことになってるなんて知らずに!」

「すぐに引っ張り出しますので、どうかお待ちくださいっ!」


 エルフ姉妹は恐縮して、何度も頭を下げ続けた。特に姉のフィリスは涙を流しながら謝るほどだった。一族の汚点を知られ、よっぽど恥ずかしかったらしい。まぁ、他の神をここまで蔑ろにする民族もなかなかない。この森のエルフの倫理観が問われるところである。


「見つけた! ここだ! 周りの物を退かせ!」

「場所を広く取れ! 邪魔にならないようにな!」


 しばらく経って、ようやくエルフ達は祭壇を掘り出したようだ。二度と埋まらないよう、祭壇の周りを広くとって外にゴミを運び出す。


 エルフ達が疲労困憊で立ち上がることができないほどになって、ようやく祭壇の周りに広い空間が出来た。完全に祭壇の姿が現れると、聖剣の光が収まる。勇者一行は近づいて祭壇らしき物を観察した。


「これが祭壇? 案外ちゃっちいな」

「祭壇というより、台座だな。見ろ、穴がある。ここに聖剣を差し込めばいいんじゃないか?」


 ラッシュが指す所を見ると、確かに剣が入りそうな隙間が見られた。

 ネコタは台座に乗り、緊張した顔で聖剣を構える。


「それじゃあ、行きますね」


 ゆっくりと聖剣を差し込む。まるで拵えたように、スルリと聖剣は台座に滑り込んだ。しかし、皆が固唾を飲んで見守るも、何も変化が起きない。


 ──カッ!


 間違いだったのかと誰もが思ったその時、聖剣が強く輝き出した。それはエミュールの手によって光った時よりも更に眩しい。その光はこの場に居た者達を通り抜け、里全体にまで届いた。


 あまりの眩さに目を抑える。だが、その光もやがて、ゆっくりと収束していった。おそるおそると目を開けると、誰もが言葉を失った。


 ──ネコタの姿が、いつの間にか消えていた。


「おいおい、どうなってんだよこりゃ」


 ジーナが焦った声で呟く。だが、それも無理はない。台座には聖剣が突き刺さっているだけで、肝心のネコタの姿はどこにも見えない。まるで初めからそこに居なかったかのようだ。


「あたしは夢でも見てるのか? ネコタの野郎はどこに行った?」

「おそらくだが、女神の元に飛ばされたんじゃないか。なるほど、これが力の授与か。まさか直接召喚されるとは」

「凄いです。ネコタさんは本当に勇者様だったのですね……」


 フィーリアの流れるような勇者批判である。どうやらネコタはフィーリアに【勇者】としての資質を疑われて居たらしい。まぁ、無理もない。


 誰もが目の前で起きた現象に心を奪われている中、アメリアはキョロキョロと辺りを見回し、怪訝そうな声を上げた。


「──ねぇ。エドガーは?」




 ♦   ♦




「ここは……」


 聖剣を台座に突き差し、光に包まれて目を開ければ、ここに飛ばされて居た。混乱するネコタだったが、それも最初だけのこと。気づけば、周りの風景に目を奪われていた。


 そこは、美しい場所だった。

 色とりどりの花が咲く、見渡す限りの花園。それは地平線の彼方まで続き、青い空がどこまでも続いている。

 見ているだけで、心が洗われるような景色だった。こんな場所、他では見たことがない。


「凄いな。いきなり飛ばされてびっくりしたけど、来れてよかった」

「ああ、そうだな。できればアメリアを連れてきてやりたかった。あとはついでにフィーリアも。あの雌ゴリラは花なんぞに興味はないからどうでもいいが」


「酷い言い草ですね。あと、せめてラッシュさんの名前くらい出して上げましょうよ。いい加減ラッシュさんも落ち込みますよ」


 何気なく答え、ん? とネコタは違和感を持つ。

 バッ、と顔を横に向け、ぎょっと目を剥いた。


「エドガーさんっ!? 居たんですか!?」

「なんだよ、居ちゃあ悪いのかよ」

「いえ、そんなことないですけど、他の人も居ないしてっきり僕だけが飛ばされたのかと」


「ふん、好きで来た訳じゃねぇけどな。たぶんお前と同じだ。光に包まれたと思ったら此処に居た。この俺が一緒に居てやるんだ。寂しくて泣かずに済んだんだから感謝しろよ」

「泣きませんよっ! いや、確かに心強くはありますけど!」


 なぜよりにもよってこのウサギなんだろうな、とは思う。どうせならアメリアさんかフィーリアさんあたりだったら楽しかっただろうに。


「ところで、此処ってやっぱり……」

「女神の神域、だろうな。呼ばれたってことなんだろ。普通なら一生かけても経験できないことだぜ。俺たちは幸運だな」

「得体のしれない場所に来たっていうのに、前向きですね」


 このポジティブさは本当にすごいと思う。能天気なだけ、とも取れるが。


「それじゃあ、ここのどこかに女神が居るってことですか」

「だろうな。流石にどこに居るかまでは分からんが。綺麗なところではあるが、目印も何もないと探すのに苦労しそう――」


 キョロキョロと見回し、後ろを向いて、エドガーはピタリと動きを止めた。数秒固まり、ちょいちょいとネコタの服を引っ張る。


「おい、ポンコツ。あれ見ろよ」

「だからっ、ポンコツはやめ――えっ?」


 抗議しつつ後ろを見て、キョトンとした顔を作る。

 少し離れた場所に、こんな場所には似つかわしくない大きめのベッドがそこにあった。枕元には、金色の糸のようなものが見える。

 二人はお互いに顔を合わせ、胡散臭そうにしながらもベッドに近寄った。


「すぅ……すぅ……」

「……寝てますね」

「おお、ぐっすり眠ってるな」


 ベッドには、一人の女が眠って居た。少し癖のある長い金髪を持つ美女だ。しかし、深い眠りのせいだろうか。整った顔立ちながら、どこかだらしなさを感じる。


 二人の目の前で、女はゴロリと仰向けになった。ゆったりとしたドレスのような服の下に隠された豊かな胸が、ユサッと揺れる。隠しきれない谷間に、思わずネコタは頬を赤くする。


 二人の男の視線を引きつけているとも知らずに、女は幸せそうな表情を見せる。


「……ふっ、へへへっ。あんっ、駄目よ……いくら子供でも……二人掛かりなんてっ……!」

「おい、こいつ碌でもない女だぞ」

「ええ、僕もそんな気がします」


 いくら夢だからといって、問題発言である。


「まさかとは思いますけど、この人が女神なんでしょうか?」

「この状況ではその可能性が高そうだが、まぁ本人に聞いてみれば分かるだろ」

「えっ、いや、でも……」


 寝てるのに、とネコタが続けようとしたところで、ピョンとエドガーはベッドに飛び乗った。そして、ムニュリと胸に手を埋める。躊躇のない動きにネコタはぎょっと目を剥いた。


 ムニュ、ムニュと何度も胸の形を変えながら、エドガーは眠る女に声をかける。


「おい、いつまで寝てんだ。早く起きろ」

「あんっ……もう、駄目よ坊やたち……もっと優しくっ……」


「ネコタァッ……! コイツ、ヤバイ!」

「あんたの方がやばいですよ」


 まるで犯罪者に遭遇したかのような顔をするエドガーだが、寝ている女の胸をまさぐるお前が言えることではない。


 ムギュ、ムギュ、と。エドガーはさらに強く胸を揉みしだく。


「おーい。まだ起きないのか〜。起きないともっと痛くするぞー」

「やぁんっ……ふっ、ふふっ。慌てないで……もっとゆっくり……」

「早よ起きろや」

「ちょっ!?」


 寝言を漏らす女の頬を、エドガーは躊躇わず引っ叩いた。バチンッ、と音が響く。ブヘッ、と野太い声を上げ、女はゆっくりと体を起こした。


「いっ、痛った〜い! な、何〜? 何が起きたの〜?」

「やっと起きたか。おい、お前が女神か?」

「エドガーさんっ! お願いだからもっと礼儀を持って接してくださいよっ!」


「いや、こいつに礼儀なんていらないかなって」

「気持ちは分かりますけど! 無礼討ちにされたらどうすんですか!?」


 巻き込まれたら溜まったものではない。怒るようなら、すかさず頭を下げて自分だけでも見逃してもらえるようにしようとネコタは思った。


「ん……ん~? 貴方達、誰~? ここは私のお家よ~? どうやって入ってきたの~?」


 眠そうに目をこすりながら、女は不思議そうな顔をする。

 慌ててネコタは背筋を伸ばした。


「ぼ、僕は勇者ネコタです。女神様に力を貰うために、【迷いの森】の祭壇に辿り着き、此処に連れてこられました? 貴方が女神様ですか?」

「ん~……あ~、【勇者】かっ。そっかそっか、もうそんな時期だったのね~。うんうん、その通り、私が女神アルマンディよ~。よく来たわね~。この世界を救うために来てくれて、ありがとうね~」


「い、いえっ! お気になさらず! 放っておけませんからっ!」

「あははは~、貴方は優しいのね~。扱いやすそうで良かったわ~。まだ一個目だし、全部を回るとなると凄く大変だろうけど、これからも頑張ってね~」


「は、はいっ! もちろんですっ! 精一杯頑張ります!」

「おい、お前それでいいのか? コイツ今かなり不穏な発言をしてたぞ?」


 寝起きで不機嫌そうに見えた女だが、ヘラっと笑い、間延びした声でネコタを労う。単純だが、それだけでネコタはこれからも頑張ろうと思えた。これも、女神としての包容力なのかもしれない。不穏な発言? 普段の仲間からの扱いに比べればよほどマシだ。


「それで~、貴方は勇者だけど~、この子は何~? ん~、ウサギさん? 貴方はどうやって此処に来たの?」

「俺はエドガー。不本意ながらこいつのお守りをやっている。何故かは分からんが、俺も祭壇の光に巻き込まれて、気づいたら此処に居た」

「あら、貴方みたいな可愛い子のお守りが必要なの~? 楽しそうだけど~、へぇ~」


 女神はのほほんとした笑みを見せていたが、一転、真顔でウサギに問いかける。


「……もしかして、今回はやばいのかしら?」

「女神様。あんまり言いたくはないでヤンスが、端的に言って世界の危機ですぜっ!」


「そう、外れを引いてしまったのね。もしかして召喚魔法に不備が? 魔石でもケチった?」

「あの国は腐っておりますから、あり得ないことではないかと……」

「女神様! デタラメですからっ! そいつの言うことは真に受けないでくださいっ!」


「冗談よ~、そんなに怒っちゃいや~ん」

「やだも~、ネコタ君ったらこわ~い」

「いい加減にしてくれませんかねっ……!」


 ネコタはプルプルと体を震わせた。一気に敬意が薄れる。なんだお前ら、本当に初対面か? 流れるようにけなしに来やがって!


「ん~、でも、なんで貴方まで此処に来れたのかしら~。此処は一応神域よ~? 勇者だって滅多に来れない場所なんだけども~」

「俺に聞かれても知らんがな。むしろ俺が聞きたいわそんなもん」


「そうよね~。なんかしらの理由があると……ん? んんん~?」

「ぶぼっ!? ぼ、ぼいっ、あにじやがる!?」


 ぎゅむっとエドガーの顔を掴むと、女神はずいっと顔を近づけた。ジーっと、瞳を覗き込む。

 まるで自分の中の何かを探っているような、そんな視線だった。別にどうとは思わないが、好き勝手にやられるのも面白くない。ので、エドガーはグイッと体を前に伸ばした。チュッ、と唇が触れた。


「いや~んっ! 奪われちゃった~!」

「へっへ~! 女神のキス奪っちゃった~!」

「あんたマジで止めろよ! 不敬にも程があんだろ!」


 どこの世界に女神の唇を奪う奴が居るというのか。一体どういう神経をしているのだ。ネコタは首を切られないかとハラハラする。


 幸い、といっていいのか。女神の貞操観念はそこまででもないらしい。


「も~、強引ね~。そういう男の子は嫌いじゃないけど、もうちょっとムードが……んんん? ……ああー! 分かったー!」


 女神はスッキリした顔つきで、パンッと手を叩く。


「そっかそっか、そういうことね~。ようやく疑問が解けたわ~。いや~、まさか貴方みたいな子が来るとは思わなかったな~」

「なんだ、やっぱり何か理由があるのか?」


「ふふ~ん、秘密~」

「なんだよ、ババァが可愛こぶって誤魔化したって、そう簡単にばべぁっ!?」


 反応することすらできなかった。

 女神の腕がぶれた。そう思った次の瞬間、エドガーは頬に衝撃を感じ、ギュルギュルと宙を飛んでいた。そしてドシャリと地面に落下する。


 女の細腕からは想像もつかない力と速さに、ネコタは戦慄した。気のせいかもしれないが、ジーナよりも上かもしれない。気の良さそうなお姉さんに見えて、やはり女神なのだ。敬意ではなく、恐怖からネコタは忠誠を誓った。


 スッと、女神はネコタに目を移す。ビクリッ、とネコタは震えを隠すことができなかった。正直、死を覚悟した。


「さて、ネコタ君。君に力を授けましょう」

「は、はいっ! ありがとうございます!」

「それじゃあ、えいっ! はい、これでおしま~い」

「えっ? これだけ?」


 女神が指を伸ばすと、小さな光がネコタに吸い込まれた。身構えていたネコタだったが、あまりにもあっさりと終わったことに拍子抜けする。


「あははは~、一度に少しずつだから、そんなに時間はかからないのよ~。【勇者】の扱いに慣れるには段階を踏んだ方が丁度いいし~。──もし一度にぶち込んだら破裂するかもしれないからね」

「ちょっ、今なんて!?」


「今回は守りの力を与えたわ~。平和ボケした世界から来た貴方にはピッタリな能力でしょ~。それじゃ、次の祭壇で待ってるから頑張ってね~」

「いや、あのっ、ちょっと待っ――」


 手を伸ばして止めようとするネコタだったが、フッとその場から姿が消える。実にあっさりとした退場だった。

 それに女神はにこやかに手を振り、興味深そうな目をエドガーに向ける。


「さて、と。これで邪魔者は居なくなったわね~」

「ああ、なるほど。どおりでやけに強引だと思ったわ」

「まぁね~。あの子が居ると、ろくに話も出来ないからね~」


 女神に邪魔者扱いをされるとは……流石のエドガーも哀れに思った。とはいえ、同情ばかりしても居られない。


 何が理由かは知らないが、目的は自分なのだ。悪意は感じられずとも、警戒するに越したことはない。もちろん、それを知られるようなアホな真似をするつもりはないが。


「ふぇぇぇ……ぼ、僕に何の用? 僕はただのウサギだよ? 特別なことなんて何もないよぉ……!」

「あはははは~、それ面白いわね~。でも、そんなふざけたフリなんてしないで大丈夫よ~。本当にただ貴方と話したかっただけだから~」


「そうか。それならいいんだが……しかし、俺と話ねぇ? 俺は勇者を蔑ろにするほど大した人物ではないが?」

「そんなことないわよ~。だってあなた、ブディーチャックの【使徒】じゃない~」


 ヒュッ、とエドガーは息を呑んだ。

 あまりにも自然に出された言葉は、エドガーの心臓を止めるほどの衝撃を持っていた。


「……な、何を言っているのかな? お、おおおお、オレはただの兎人族の男で、そんな【使徒】なんて大したもんじゃ……」

「あはははは~、大丈夫よ~。貴方の呪いは神に適用されないわ~。だから、正体を隠さなくていいのよ~」


 女神の言に固まり、ペタペタと体を触るエドガー。

 どこにも異変がないと知って、ふーっと長い息を吐く。


「そ、そうか。良かった。もしかしたら死ぬのかと……」

「ふふ、心配性ね~。でも大丈夫よ~。神じゃなくとも、貴方が何のヒントも与えずに他人が自力で気づく分には、貴方の呪いは働かないのよ~。もちろん、少しでもそういう素振りを見せれば、相応の罰が返ってくるけども~」


「そうだったのか。でも、もう試そうとも思わねぇよ。そんなことは、もうこの数年間で嫌ってほど理解したからな」


 そして、その度に希望を無くしていったのだ。

 寂しげな顔をするエドガーを、女神は悲しそうに見つめる。


「そう、それでも貴方は頑張るのね。決して報われないと知りながら」

「……まぁな。このままアイツの予想通りになるのも気にくわないからな」


「ふふふっ、強がっちゃって~。でも、そんな子は嫌いじゃないわ~。貴方、とってもカッコいいわよ~」

「よせやい。カッコ良くなんかねぇよ。諦めようとしても、やっぱり諦めきれない。そんな未練がましい男さ」


 ふてくされたように、プイッと顔を背けるエドガー。そんな彼に、女神は微笑ましそうに見た。


「情けなくなんかないわ~。貴方は好きな子の為に頑張ってるんだから~」

「ちょっと待ってくれ、アンタどこまで知ってんだ?」


「ふふふっ、貴方の記憶をちょっと覗いたのよ~。だから全部知ってるわよ~。でも、まさか異世界の魂を持った子とはね~。たまに迷い込んじゃう子も居るけど、珍しいわ~。それに、此処に来るまでも随分頑張ったのね~」


「そ、そこまで分かるのかよ……いくら女神様でもプライバシーの侵害は酷いぜ」

「ふふっ、ごめんなさいね~。でも、安心して~。どうやらこの世界でもそれを知ってるのは私だけみたいだから~。異世界の魂って、この世界とは勝手が違うからね~。私ぐらいしか、そこまで読み取れないと思うわ~。ブディーチャックも気づいてないわよ~」


「そ、そっか。それなら少しは安心だな」


 なにより、あのムカつく神に知られないで済むというのがいい。


「それにしても、相変わらずブディーチャックは酷い奴ね~。人の心を弄んで~。エドガーちゃん、絶対に負けちゃ駄目よ~。私は応援するから、頑張ってね~」

「ああ、ありがとよ。女神様がそう言ってくれるなら、俺も救われ――」


 言いかけて、ん? とエドガーは思い至った。

 待て、応援してくれるのはありがたい。ありがたいが……。


「──そもそもテメェが全ての元凶じゃねぇかああああああ!」

「きゃあああああ~~!?」


 エドガーは女神に蹴りかかった。

 再び女神がベッドに寝転がる。すかさずエドガーは腹に乗り、その主張することをやめない二つの山を引っ叩いた。


「ふざけんなよ! オラッ、オラ! そもそもテメェが【魔王】なんてシステム作らなけりゃ、俺とアメリアが引き離されることもなかったんだよ! オラッ、とっとと謝らんかいっ!」

「ご、ごめんなさ~いっ! 許して~!」


 女神が謝ってもエドガーは許さず、容赦無く胸を引っ叩く。ボイン、ボインと胸が揺れ、女神は痛みで半泣きになっていた。宗教関係者が見れば激怒すること間違いなしの光景だった。


「はぁ、はぁ、はぁ、クソッ。まだやり足りねぇ」

「うぅぅううぅぅ……酷いわ~。私を誰だと思ってるのよ~。これでも創造神よ~」

「うるせぇ! 創造神ならもっと完璧に世界を作ってみろや!」


「無茶言わないでよ~。完全無欠な世界なんて作れっこないわよ~。実際に世界を作ってみないと、どうなるかなんて分からないんだから~。むしろ、瑕疵案件をあれだけに留めて救済措置まで作ったんだから、褒めてほしいわ~」

「むっ、むむむっ……!」


 言われてみれば、一理あると思わなくもない。確かに一発で完璧に仕上げろとは無茶振りだ。最も、納得が出来るかと言われると微妙なところだが。


「そもそも、私のはただのミスだけど、ブディーチャックなんてあれ、ただの意地悪よ~? 明らかにあっちの方が性悪じゃない~?」


「言われてみればその通りだ。女神様はグズで、あいつはクズだ。女神様、ごめんな」

「ううん、いいのよ~。貴方の気持ちも分かるから、気にしないで~。でも、次に同じこと言ったら酷いわよ~」


 お互いが謝り、ヒシリッと抱きしめあう。あっさりと和解は成った。案外相性は良いのかもしれない。


「さて、と。名残惜しいけど、いつまでも此処に置いていく訳にもいかないわね~」

「そうだな。今頃アメリア達も心配しているだろうし」

「ふふっ、そうね~。愛しのアメリアちゃんが待ってるもんね~。あっ、そうだわ。お別れの前に、私からプレゼントをあげる~」


 女神はおもむろにエドガーを抱き上げると、頭に口づけを落とした。

 一瞬、エドガーの体に光が灯る。エドガーは体の調子を確かめるが、何も変わっていないことに首を傾げる。


「──? なんだ? 何かやったのか?」

「まぁね~。ちょっとしたおまじないみたいなものかな~。もしかしたら、役に立つ日が来るかも~」

「ふん? 加護みたいなもんか? いいのかよ、そんな簡単にくれて」


「いいのよ~。貴方と話すのは楽しかったから、そのご褒美だと思って受け取りなさ~い」

「そうか。なら遠慮なく。ありがとうな、女神様」


 女神はニッコリと笑うと、ベッドから立ち上がり、エドガーを地面に降ろす。そして小さく手を振った。


「それじゃあね、エドガーちゃん。次の祭壇でまた会いましょ~。見守ってるからね、頑張るのよ~」


 エドガーが何か答える前に、白い光が世界を包む。

 花園に残ったのは、女神一人だけとなった。




 ♦   ♦




「むっ、うぅ……」

「──! エドガー!」

「エドガー様!?」


 祭壇の前に現れたエドガーに、アメリアとフィーリアが飛びつく。

 心配した表情で、二人はエドガーの体を隅々まで調べた。


「エドガー、大丈夫? どこも怪我はない?」

「アメリア、心配すんな。どこも怪我してねぇから。というか、少し大袈裟じゃねぇか?」


 首を傾げるエドガーに、フィーリアは少し怒ったように言う。


「大袈裟なんかじゃありませんよっ! ネコタ様と一緒に消えたと思ったら、ネコタ様だけ一人で帰ってきて、エドガー様が帰ってこないんですもの! てっきりネコタ様が置いて行ったのかと!」

「おかげで僕がエルフの皆さんに殺されるところでしたよ。僕だって一方的に追い出されただけなのに……」


 ズンッ、とネコタは重そうに肩を落としていた。女神からは一方的に送られ、アメリアとエルフ達からは殺気を込めて睨まれる。散々だった。

 落ち込むネコタの肩を、ラッシュは同情するようにポンと叩く。苦労人の共感だった。


「実際、こっちはお前が戻ってこれないんじゃないかと焦ってたんだぜ。巻き込まれただけじゃなく、もしかしたら閉じ込められたんじゃないかってな」

「ああ、確かにそりゃあ心配もするか」


 思い返せば、かなり失礼なことをしていた気もする。向こうも楽しんでいたっぽいが、よくもまぁ帰ってこれたもんだ。案外奇跡なんじゃなかろうか?


「女神様と話が長引いてな。思ったよりも楽しかったからもんだから、時間が経っちまった」

「お前、本当に女神と話したのか。なぁ、女神ってどんなヤツだった? やっぱり偉そうに見えるのか?」

「ん、そうだな……」


 興味深そうにするジーナに、エドガーは小さく笑って言う。




「すげぇ美人で、ちょっと抜けてるところもあるけど、親しみが持てる優しい人だったよ。創造神っていうにはちょいと威厳が足りないかもしれねぇが……母親らしい、ある意味、あれはあれで創造神らしい姿なのかもな」





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