第66話 やる気がねぇなら引っ込んでろ!



「戦士の試練というのは、この里の戦士として認められる為に受ける試練なんです。狩人の試練で一人前の証を見せ、戦士の試練を受け里を守る戦士として尊敬される。それがこの里のエルフが憧れる将来像なんですよ」


 屋敷を出ると、フィーリアはおもむろに語り出した。

 居住区から離れ、里の奥の方へと向かう。そのまま歩みを止めることなく、続きを語る。


「エルフの戦士の条件は、一定の戦闘力を持つことと、精霊への親和性が高いことです。

一度話したと思いますが、精霊との親和性が高いということはエルフの中でも特に精霊に近いと考えられ、尊敬の目で見られることになります。

 戦闘力と、精霊との親和性の高さからくる求心力。その二つを備えて、初めて戦士として認められる訳ですね。

 実際には精霊術が使えるというだけで、戦闘力が段違いになる訳ですから、重要なのは精霊術を使えるか否かという点なのですが」


「ふぅん。まぁ納得のいく理由だわな。それくらいでなきゃ戦士として特別視はされねぇ訳だし」


「いや、でもちょっと待ってくださいよ。それってつまり、精霊術が使えないと戦士としては認められないってことで、僕達じゃ試練も通れないってことじゃないですか?」


「ああん!? それじゃあ、あたしらには絶対に無理じゃねぇか!」


「い、いえ。先ほどは精霊術が重要とは言いましたが、エルフの中でも精霊術が使える人は極一部なんです。それを条件にしてしまうと、戦士が生まれない時期が出来てしまうこともあります。ですから、最低限の親和性があれば戦士として認められる訳でして、その親和性を図るのが戦士の試練なんですよ」


「どちらにせよ、俺達には難しいことじゃないか?」


 その内容に、ラッシュは厄介そうな顔をした。

 そもそも人間である自分たちに、精霊の親和性などある訳がない。なるほど、フィリスが怒るわけだ。どうあってもクリア出来ないと分かりきっているのだから。


「でも、内容によっては出来ないこともないんじゃないかな。大事なのは精霊術を使うことじゃなくて、試練をクリアすることでしょ?」

「アメリアの言う通りだ。試練の狙いは親和性の確認だろうが、俺達にとっては重要なのは試練の達成。過程はどうあれ、結果を出せばいいだけの話だからな。不可能だと諦めるにはまだ早いぜ」


「確かにそうだな。俺達にでも出来る試練だと祈るしかないか……」

「着きました。ここです」


 いつの間にか試練の場に辿りついていたらしい。思った以上に近く、五人は意外そうに瞬きした。


 そこは里と森の境界とも言える場所だった。ところが、そこだけは森へと導くように両端に木が並んでおり、ポッカリと空いた一本道を作っている。そしてその道のずっと先に、小さな祠のような物があった。


 スッとその祠を指差し、フィーリアは言う。


「あそこに小さく祠が見えますよね? あの祠にはいくつか鈴が備えられています。その鈴を取って戻ってくること。それが戦士の試練です」

「え? いや、そんなことでいいんですか? なんか拍子抜けというか、見えてる位置にあるんですけど?」


 道は真っ直ぐで、障害物も何もない。これなら子供でも問題なく帰ってこれるだろう。これのどこが試練になるのか、ネコタには分からなかった。


「もちろん、そんな簡単なことではありません。先ほどは説明された通り、戦士の試練は精霊との最低限の親和性を量るのが目的です。この場所には風と木の精霊が絶えず漂っており、この道を通る人を惑わしてきます」


「ほう、なるほどなるほど。……つまりどういうことだ?」

「【精霊の審判】をかけられている状態と同じになるということです」


「無理だな」

「早ぇよ! お前さっきの言葉はどこ行った!?」


 諦めるには早いと勇気付けた者の言葉とは思えない、潔すぎる判断だった。

 エドガーは呆れたようにラッシュを見る。


「お前は森で彷徨って何を学んだんだ? 自分の身でどうにもならないって体感したばかりじゃねぇか」

「だからって諦めるには早いだろ! 森の中と違って目的地が見えてんだぞ!? やってみないと分からんだろ!」

「はぁ、しゃあねぇな。じゃあちょっと待ってな」


 エドガーはアメリアの腕の中から飛び出し、ピョンピョンと真っ直ぐ道のど真ん中を走った。————と思ったら、エドガーは直ぐに進行方向を変え、森の中に消えた。そしてその直後、ガサリとすぐ側の茂みから出てきた。


 仕方のない子供を見るような目で、エドガーはラッシュに言った。


「な? やっぱり無理だったろ?」

「そうだけどよっ! なに勝ったような顔してんだよっ! お前こっち側の人間だろうが!」


「エドガー、どうして急に森に入ったの? あのままなら祠まで行けそうだったよ?」

「いや、俺も真っ直ぐ行ったつもりなんだが、気がついたら道がグニャッと曲がってな。んでもって祠が森の中に見えてるから、仕方なくそこに向かって走ったのよ。そしたらこうなった」


「なんですかそれ。ちょっと普通じゃないですね」

「こうして見ると、どれだけあの森がおかしかったのかがよく分かるな。よくもまぁ運良く生き延びれたもんだ」


 まさに紙一重の状況だったのだと実感し、ジーナは冷や汗をかいた。一人で入るのは絶対に止めようと心に決める。

 ふむ、と頷き、エドガーは自分が出てきた茂みを見る。


「しかしまぁ、体感するとハッキリ分かるが、こりゃやっぱり無理だな。というか、これ本当にエルフでも通ることが出来るのか?」

「はい。風か木、どちらかの精霊との親和性さえあれば、幻惑を跳ね除けることが出来ますから問題なく通れるんです。だから、エルフならば達成できる人は意外と多いんですよ」


「へぇ。じゃあフィーリアも出来るんだね」

「わ、私は火の精霊さんと仲が良くて……風と木は相性が悪いので……ですから、その……」

「そ、そうだったね。ごめん」


「と、ともかく、人間にはほぼ無理ってことですか。これじゃあフィリスさんが怒るのも当然ですね」

「だな。長老衆ってのはよっぽどあたしらが気にくわないらしい。意地が悪いにもほどがあるぜ」


「だが、かといってここで引きさがるわけにもいかねぇ。あの時と違って、少なくとも目標は見えてんだ。負けっぱなしは癪だし、ここで攻略して見せようじゃねぇか」


「本気かよ。どうせ無駄だから諦めようぜ……」

「バカ言ってんじゃねぇ! リベンジの機会がやってきたってのに、このままおめおめと負けを認められるかってんだ! やる気がねぇなら引っ込んでろ!」


 珍しくラッシュは熱くなっていた。なんでもなさそうに見えて、森で迷ったことを一番引きずっていたらしい。よっぽどプライドに触っていたようだ。

 こりゃ何を言っても無駄だな。そう悟り、エドガーはため息を吐いた。


「んじゃ、そうさせてもらうとしますよ。俺はここでのんびりしてるから、せいぜい頑張ってくれや」

「私は参加を許されていませんので。まぁ元々、力になれることもないんですけど」

「私もいいや。一緒にのんびりとしてるよ」


「協力性のない奴らめ……! まぁいい、邪魔になるよりはマシだ。俺達だけでもやるぞ!」

「あたしも正直そんなにやる気はねぇんだが」


「まぁまぁ、そう言わずに頑張りましょうよ。ラッシュさんだけでも可哀想ですし」

「っし。まずはロープを使ってやってみるか。一人が道を進んで、ここから見て曲がっているようだったらロープで合図して、その都度方向を変えて――」





 ♦︎   ♦︎




 ラッシュ達が試練に挑戦し始め、数時間が経過した。

 一向に成果は見えないが、それでも諦めることなく三人は検証を続ける。そんな彼らを、エドガーは呆れとも感心ともつかぬ目で眺めていた。


「アイツらもよくやるな〜。根性があると言うべきか、諦めが悪いと言うべきか」

「ネコタはともかく、ジーナもあそこまで頑張るなんてね。意外と付き合いが良いよね。徒労に終わると分かってるのにあそこまで熱心にやれるのは凄いと思う」


「いや、あいつらはただバカなだけだ。本当に賢かったら俺たちみたいにこうやってのんびりとするからな」

「ふふっ、そうだね」


 お二人は諦めが早すぎるんじゃ……と思ったフィーリアだが、口には出さなかった。言えば手酷く虐められる。そう分かる程度にはフィーリアも学んでいた。


「チチッ! チ、チッ!」

「あら、リスさん。おはようございます」


 どこからともなくリスが駆け寄り、フィーリアの頭の上まで駆け上る。

 見覚えのあるリスに、エドガーは首を傾げた。そしてフィーリアと揃った姿を見て思い出す。


「ああ。お前あの時のリスか。なんだ、フィーリアと遊びに来たのか?」

「ふふっ、この子、私のお友達なんですけど、しょっちゅう顔を見せにくるんですよ。ちょっとだけおっちょこちょいなところがあるから、私も目が離せなくて」


「チチチッ! チチッ、チッ、チチチチッ!」

「目が離せないのはお前だこの豚エルフ。あと、俺は友達じゃなくて保護者だとよ」


「酷いっ! 私とリスさんの絆を壊そうとしないでくださいっ! この子はそんな酷いこと言いませんし、ちゃんと友達ですよっ!」

「チッチチッ! チッ、チチチチ!」


「ただの雇用関係だ。お前の父親に頼まれて仕方なく見張ってやってんだよ、ありがたく思え。だとさ」

「やめてくださいっ! なんだか本当にそれっぽいじゃないですかっ!」


 半泣きになりながらフィーリアは怒った。いくらエドガーとはいえ、さすがに看過することは出来なかったらしい。友達が居ない者の悲哀である。


「この子もしかして、あの時エドガーからパンを盗んだ子? やっぱり可愛いね。ほらっ、こっちおいで」


 キラキラした目で、アメリアはリスを呼ぶ。

 ピクッと反応を見せ、リスはフィーリアの頭から降り、アメリアの肩に登って頬擦りした。


「わあっ……! ねっ、見て見てエドガー、素直で可愛いよっ!」

「けっ、エロリスめ。女にだけ愛想振りまきやがって」

「ふふっ、エドガー様だって同じことしてるじゃないですか」


「黙れ豚エルフ。少しは絶食しろ。そうすりゃその胸に溜まった脂肪も減って少しはエルフらしくなるだろうよ」

「酷いっ! そ、そこまで言うこと……! エドガー様だけはそんなこと言わないって信じて……!」


 泣きだすフィーリアだが、エドガーはブスッとした顔で見向きもしなかった。どうやら図星だったらしい。


「チチッ、チチチチッ!」

「ああ、そうだよ。ちょっとエルフ達に認められる必要があってな。その条件としてこの試練を達成しろだと」


「チッ、チチッ! チチチチッ、チッ!」

「ああ、やっぱお前もそう思うか? 俺もそう言ったんだけどなぁ、ほら、あの中年オヤジが特にムキになってよぉ。よっぽど森で迷子になったことが悔しかったらしい」


「チチ……チチチチッ、チチチチッ」

「お前、意外と深いことを言うな。リスの癖に」


「ふふふっ、エドガー。リスさんとお話ししてるの?」

「あはははっ、エドガーさんも子供をみたいなところがあるんですね」


 笑う二人に、エドガーは顔を顰めて言う。


「子供みたいってなんだよ。あのな、俺は……」

「チチチチッ、チチッ!」


「あん? いや、特にねぇよ。ただエルフの助けは借りちゃいけねぇとのことだ。でも、この調子じゃ無理そうだけどな」

「チッ、チチチッ! チチッ、チチチチッ、チチッ!」


「え、それ本当か? 出来るなら是非ともお願いしたいんだが」

「チチッ、チチッ、チッ!」


「なにぃ? チッ、強欲な奴め! とはいえ、背に腹は変えられんか……お前、ありがたく思えよっ! 普通は絶対に渡さねぇんだからな!?」


 グチグチ呟きながら、エドガーはポムッと手を叩き、地面に手をつける。そして、リスの背丈ほどの人参を作り出した。

 人参を見るなり、リスは喜んで飛びつく。そして、一心不乱に食べ続ける。


「わぁっ!? エドガー様っ、人参を作ることが出来るんですか? 凄いっ、お腹が減った時いつでも食べられますね! あの、美味しいんでしょうか?」

「そんなワクワクした目で見たってやらねぇぞ。これは緊急時のみ食べることの出来る貴重品だからな。食べるとしても緊急事態だけだ」

「あうっ、残念ですっ……」


 がっかりとフィーリアは肩を落とす。

 エドガーの発言に、アメリアはあっ、というような顔をした。


「今はダメでも、フィーリアにはあげてもいいって思ってるんだね。ふぅん、私だけじゃなかったんだ」

「やっ、待てアメリア。これはその、あれだ。ほら、こいつは放っておいたら死ぬような奴だし、お情けでな。目の前で餓死されても困るだろ?」


「ふふっ、冗談だよ。良かったねフィーリア。そんなにガッカリすることないよ」

「えっ? あの、それってどういう意味でしょう?」


「なんでもない。忘れろ。それ以上追求するならその耳切り落とす」

「本当に怖いですっ! やめてくださいよ絶対に! エルフにとって耳は誇りですよ!」


「ふふっ、素直じゃないね。でも、珍しいねエドガー。リスさんとはいえ、人参を分けてあげるなんて。そんなに仲良くなったの?」

「いや、そうじゃない。これは労働の対価として――」


 ゲフッ、と足元から声が聞こえた。

 見れば、リスは人参を完食していた。お腹をパンパンに膨らませ、仰向けになって満足そうに空を見上げている。とても野生動物とは思えないほど警戒心のない姿だった。


「チチッ、チチチチッ、チチチチ……」

「いや、満足そうならそれでいいけどよ。お前、動けんのか? 食ったんだから働けよ」


「チチチチ。チチチチッ、チチッ。チチチチッ」

「いや、出来るならいいけどな。んじゃ行ってみっか」


 リスはヨロヨロとしながらも、エドガーの頭の上に登った。

 エドガーはリスを連れ、ピョンピョンとラッシュ達に近づく。三人は向かい合って、難しい顔で悩んでいた。


「くそっ、これでも駄目か。それなら他には……」

「いっそ森を破壊すればいいんじゃねぇか? 何か変わるかもしれねぇぞ」


「それ絶対やっちゃ駄目な奴でしょ。認めるどころか恨まれますよ。やっぱり時間がかかっても法則性を探すしかないんじゃないですか?」


「気まぐれと言われている精霊が、無数に居て干渉しているんだぞ? それで法則性なんて見つかると思うか?」


「なぁなぁオヤジよ。ちょっと俺から提案が――」

「ああ? チッ、なんだよ、お前か。どうせまた諦めろってんだろ。邪魔すんならあっちで休んでろ。見てる分なら責めないからよ」


「いやいや、そうじゃなくてな? コイツが助けてくれるって――」

「うるせぇ! リスがなんの役に立つってんだ! 人をおちょくんのもいい加減にしろよお前! 遊ぶなら向こうで遊んでろ! こっちは真剣なんだよ」


「お、おう。そうか。分かったよ……」


 な、なんだコイツ。ちょっとヤバイ。

 血走った目で睨むラッシュに恐怖を感じ、いち早くエドガーはアメリア達の元に避難した。イかれている人間には関わらない方が吉である。エドガーは数々の経験からそれを知っていた。


 戻ってきたエドガーを、アメリアは困ったような笑みで迎えた。


「ふふっ、怒られちゃったね」

「ああ。まさかあそこまでとはな。余裕の無い奴はこれだから困る」

「でも、いいのですか? エドガーさんは何か真面目な話があったんじゃ?」


「ほう、よく分かったな。フィーリアの癖に」

「ひどいっ! エドガーさんのからかう時と真面目な時の違いくらい、ちゃんと分かりますよ! 短いとはいえ、ずっと見てるんですからっ!」


「お、おう。そうか、ありがとよ」

「むぅ……」

「痛いっ、痛いアメリア! お願い! 耳は引っこ抜かないでぇっ!」


「それで、いいんですか? 追い返されちゃって」

「話したくても、あいつが来るなって言うしな。まっ、気の済むまでやらせてやればいい。悪いが、お前ももう少し待ってくれてもいいか?」


「チッ、チチッ。チチチチッ」

「やっぱり苦しかったんじゃねぇかよ。まぁいいわ、逆に丁度いいな。ちょっと昼寝でもするから、あいつらの作業がひと段落したら起こしてくれ」


 そう言うと、エドガーはすぐさま仰向けになって、いびきを立て始めた。恐ろしいほどの寝付きの良さである。そしてその腹の上にリスが登り、身を丸くして眠り始めた。


「ふふっ、可愛いし、気持ち良さそうだね」

「ええ、本当に。このまま絵にして残したいくらい。お姉様が居たら悶えてそう」

「それくらい可愛いからね。そうなっても仕方ないね」


 アメリアはフィーリアは微笑ましそうにエドガー達を見ていたが、やがて、うとうととまぶたが重くなってくる。


「……やだ、ちょっと眠くなってきたかも」

「私もです。こうも気持ち良さそうだと、つられちゃいますね」

「うん……ちょっと私も隣で……」


「えっ!? ア、アメリアさんもですかっ? ずるいです、私だって!」

「じゃあ、フィーリアも寝ようよ。それで文句ないでしょ」

「えっ? いいんですか? でも、エドガーさんに起こしてって……それに、皆さんは試練中なのに……」


「いいよいいよ。どうせ出来っこないんだし、時間ならたっぷりあるんだから。ほら、エドガーは柔らかくて気持ちいいよ」

「えっ? ……ま、まぁそこまで誘われたら仕方ないですね。それじゃあ私も失礼して……うわぁ、フワフワ」


「日もあったかいし、地面も草で柔らかい……本当に気持ちいいね……」

「風の通りも良くて、ちょうどいい涼しさです。あっ、やだ、これ本当に耐えられないかも……」


「うん。この里って、昼寝には凄くいいね……これならすぐに眠っちゃう……かも……」






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