第34話 神様からのご褒美だ!



「……………………」

「ねぇ、大丈夫?」

「駄目だ、意識がねぇ。最初にしては厳しすぎたんじゃねぇか?」


 ネコタの目は死んでいた。

 女性陣に声を掛けられても、全く反応を見せない。健全な男子高校生としてはありえない対応だった。

 そんなネコタを見ていたヴェルバは、おそるおそる問いかける。


「エドガー様。一体彼は何を……」

「そっとしておいてやってくれ。ちょっと怖い体験をしてしまってな」

「そ、そうですか」


 辛そうにして、エドガー様が語ることを拒まれる。それほどの恐怖を……!

 ヴェルバは勇者としての献身に深い感動を覚えた。ただの子供だと思っていた自分が恥ずかしい。彼なら必ずや、魔王を討伐し世界を平和に導いてくれるだろう。


 隣に座っているラッシュが、ジト目でエドガーを見る。


「よく言うぜ。ああなったのはお前のせいだろうが」

「でも効果があったのは認めるだろ?」


「効きすぎだろ。完全に目が死んでるじゃねぇか」

「いいじゃねぇか。てっとり早く覚悟ってもんが分かったんだからよ」


「そりゃあんなことやらされたらそうなるだろうが……どちらかと言うと覚悟が決まったというより、心を殺した感じだろあれは。やっぱり止めてやるべきだったか」


 一体何をやらされたんだ……。

 気になったが、ヴェルバはぐっと堪えた。聞いたら後には引けなくなる、そんな予感がした。


「ま、まぁ、なにはともあれ、この度はありがとうございました。お陰様で、当ギルドの冒険者達も危険な目に合わずに済みそうです。それでは、こちらが約束の報酬の方になります」

「いえ、貰うものは貰いますので、お気になさらず。一応確認させてもらいます」


「おい、よりにもよってギルドの職員が報酬を間違えるわけねぇだろうが。俺に恥をかかせてんじゃねぇよ」

「いえいえ、報酬の確認をするのは当然のことなので。どうぞしっかりとお確かめください」


「すいませんね。最近、確認を怠ったことでこっぴどい目に合ったばかりなので。いや、用心しすぎだというのは分かっているのですが、これで万が一また何かあったら……俺は……ッ!」

「お、おう、そうだったな。俺が悪かったよ。好きなだけ調べろ」


 どうやらこの数日間は、ラッシュにトラウマを刻み込んだらしい。下手をすればネコタ以上の傷の深さだ。大の大人が怖いくらい真剣な表情で一枚一枚貨幣を数えていくとか、もはや狂気を感じる。


「……よし、ぴったりだな。確かに受け取りました」

「間違いがなかったようでこちらもホッとしました。これで少しでも皆様の力になれるようでしたら、なによりです」

「なに言ってんだ、ギルド長が気を利かせてくれなかったら俺たちは今も途方にくれてたぜ。本当に助かった。ありがとよ」


 珍しくエドガーが頭を下げ、それにラッシュも続く。

 ヴェルバは恐縮した。


「とんでもありません! むしろこれくらいしかできないことに申し訳なく思うくらいです! 皆様を応援することしか出来ませんが、どうか頑張ってください!」

「ありがとうございます。全力を尽くしますよ」

「肝心の勇者があれじゃあどうなるか分かったもんじゃねぇけどな」


 遠い目でネコタを見るエドガーに、ヴェルバは苦笑いで誤魔化した。


「か、彼ならなんとかしてみせるのではないでしょうか? そういえば、皆様はこのまま【迷いの森】に向かわれるのですよね? あの森は高ランクの冒険者でも難所とされております。お気をつけください」

「ああ、心配してくれてありがとう。ただ、そのことなんだが、少し寄り道をしようと思っていましてね」


「あん? なんだよそれ、聞いてねぇぞ?」

「そりゃそうだ。今初めて言ったんだからな」


 からかうように小さく笑うラッシュ。オヤジのお茶目とか、可愛くない。


「もったいぶってねぇで早く話せよ。あれだけ先を急ごうとしていたんだ。それなりの理由があるんだろうな?」

「まぁな。といっても、ただの嫌がらせだけどな」

「ほぅ。詳しく聞こうか」


 胡散臭そうにしていたと思ったら、俄然やる気が湧いてきていた。

 嫌がらせと聞くなりこの態度。このウサギ、やはりゲスである。


「教会経由で現状を伝えれば、さすがに宰相の嫌がらせも止まるだろうが、次のギルドに連絡が遅れていたり、このまま止まらない可能性もある。その度にこうやって依頼で旅費を稼ぐ訳にもいかんだろ? それなら、万が一を考えてここで金策をしておこうと思ってな」


「ふむ、確かに金の確保は重要だ。それで?」


「前にも言った通り、金が無いなら借りればいい。普通ならそう簡単には借りられない。だが、勇者一行である俺達だからこそ、簡単に借りられる相手がいる。一つはもちろん教会。そしてもう一つは、この国の貴族」

「ほう……! ほうほうほうっ!」


 ウサギのテンションが上がった。


「俺たちは世界を救う勇者一行だ。仮にもその【勇者】を召喚し【賢者】を生んだ国の貴族に、援助は出来ないとは言わせない」

「いいねいいね! だが、肝心の相手はどうする? 貴族もピンキリだ。いくら俺たちが勇者一行とはいえ、善政を敷いている貴族から根こそぎ奪ったら、ばれた時に領民から責められるぞ」


 全て奪うことを前提としているあたりに、ウサギの外道さが際立つ。このウサギ、貴族相手には一切の慈悲も見せるつもりもないらしい。


「ああ、その辺りはもちろん分かっている。だが、ちょうどいいことにおあつらえ向きの相手がいるんだよ。ギルド長、地図はあるか?」

「はい、少々お待ちを」


 ヴェルバはすぐに地図を用意し、テーブルの上に広げた。

 ラッシュは地図をなぞり、説明する。


「この街から【迷いの森】までの最短の道がこれだ。その道から少し逸れることになるが、ここにトランク伯爵っていう貴族の領地がある。この伯爵様なんだが、悪徳領主とまではいかないが、領地の経営は上手くないようだ。実は領民からの評判もあまり良くない」


「ほぅ、そこから奪うとなれば俺たちが責められることもなさそうだな」

「ああ。そしてここが重要なところなんだが……この伯爵様、あの豚宰相の派閥の人間だ」

「盛り上がってきたああああああああ!」


 ウサギは興奮した。


「そいつが相手なら良心が痛むこともないな! 銅貨一枚逃さず奪い尽くしてやるぜ! これはきっと神の啓示だ! 神様からのご褒美だ!」


 痛む良心があるのかは甚だ疑問である。その発言は完全に野盗のそれだ。神は神でも邪神なのは間違いない。


「くっくく、年甲斐もなく血が騒ぐぜ。伯爵様には申し訳ないが、運が悪かったと思って諦めてもらおう。呪うなら豚宰相に忠誠を誓った自分を呪え」


 そしてこっちには本物の野盗がいた。よっぽど鬱憤が溜まっていたらしい。忘れかけていたかつての自分をラッシュは取り戻したようだ。


 この人達からは逃れられない。ヴェルバはトランク伯爵に黙祷を送った。



「そうと決まれば早く行こうぜ! こんなところでグズグズしている暇はねぇ! おら、そこの軟弱坊主! いつまで落ち込んでんだ! 出発するぞ!」

「おいおい、あまりはしゃぐなって……ったく、あいつは。すいませんね、ギルド長。ろくに挨拶もしないで」


 見向きもせずネコタを引っ張って出ていったエドガーの代わりに、ラッシュは頭を下げる。

 ヴェルバは気にした様子も見せず、穏やかに笑った。


「いえいえ、エドガー様の行動を止めようとは思いませんとも。それよりも、早く追いかけてあげてください。私ではこれ以上力にはなれませんが、せめてここから、あなた達の無事を祈らせていただきます」

「ああ、世話になったな。ついでに旅の成功も祈っておいてくれ。それじゃあ、また」


 ラッシュはヴェルバと握手を交わし、急いでエドガー達を追いかけた。

 それを見届けるヴェルバだが、部屋の一角を見て、おや? と目を丸くする。

 全員出て行ったと思っていたが、そこにはまだアメリアが残っていた。


「あの、アメリア様? いかがなされました? 早く追いかけなくては……」

「うん、ちょっとギルド長にお願いがあって」

「お願い、ですか?」

「うん。あのね……」


 アメリアはヴェルバに耳打ちする。

 その内容に、ヴェルバは目を瞬かせた。


「なるほど。それは確かに気になりますね」

「どう? できる?」


「ふむ、そうですね。おそらく問い合わせればすぐにでも分かると思います。よろしい、個人的にも気になるところですから、私の権限の範囲で調べておきましょう。もちろん、依頼ではありませんから、お代は頂きません」


「本当に? ありがとう」

「いえいえ、お気になさらず。さっ、早く追いかけてください。判明し次第、ギルドの者を使ってアメリア様にお伝えいたします」

「うん、それじゃあよろしくね」


 

 アメリアは小さく笑い、小走りで部屋から出て行った。

 ヴェルバはそれを見届け、早速アメリアからのお願いを叶えるべく動き出した。






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