黄昏に想う★


 極彩色のキャラクターたちが溢れる賑々しい室外とは違い、舞踏場ボールルームは豪奢な意匠が凝らされた、ノーブルな空間でした。


 夜ごと異なる理由と趣向で開かれる、“祝いと狂乱の夜会舞踏会” 。


 参加者ゲストである、絢爛たる衣装をまとった貴人・貴婦人たちが、わたしたちに好奇と期待の眼差しを向けてきます。

 良く見ると身体は薄く透けて、足下にゆくほど顕著になっています。

 永久とこしえに現し世に留まり、踊り続ける幽霊ゴーストたち。

『自らの意思で』――と言っていますが、すぐに信じることはできません。

 もしかしたら迷宮支配者ダンジョンマスターに召霊され、支配下にあるかもしれないのですから。

 この数の幽霊に一斉に襲い掛かられるのは脅威です。

 ですが――。


(敵意は感じられません。むしろ友好的フレンドリーな気配です)


 あるのは天真で邪気のない、文字どおり無邪気な歓待。

 ここはお招きに応じるのが賢明でしょう。


「見ての通り、わたしたちは無骨な迷宮探索者無頼漢です。わたしたちのダンスなど皆様のお目汚しでしかありませんが、このような楽しい夜会を知ってしまった以上、なんで踊らずにいられましょう」


 わたしはハッタリ一〇〇パーセント。

 背中に汗の筋を零しながら、自信に溢れる表情で答えました。


“おお、さすがは女神ニルダニスの聖女さまだ。なんという大らかさ”


“楽しいですわ、今宵の夜会は楽しいですわ”


“本当に。このような素敵なゲストがいらっしゃるなんて、何十年ぶりかしら”


“さあ、ダンスを! 苦しみも悲しみも忘れて、一夜の狂乱のダンスを!”


 幽霊たちは口々に喜びを表し囃子はやしながら、宙を飛び回りました。


「隼人くん、Shall we Dance」


「あ、ああ」


 隼人くんに手を差し出し、彼のリードでホールの中央へ進み出ました。


((頼むわよ~、枝葉さん!))


 田宮さんと安西さんの熱視線を感じながら、bowcourtesyお辞儀をして、互いの身体を密着させます。

 肌を通して感じる、わたしの何倍もの緊張。

 なるほど、確かにこういうときは男の子の方が緊張するようです。

 ここは、わたしがリードしなければなりません。

 そして流れ始める典雅なワルツ。

 

 舞踏なにするものぞ!

 数々の迷宮探索で鍛えられた敏捷性アジリティを舐めたらあかんぜよ!

 そして気合いと自負のファーストステップ!


 ズン、チャッ、チャッ!


「え?」


“ああ、そういえばこの舞踏場は、生身の身体ですとが発動するのでしたわ”


“おお、そうだった、そうだった”


“はははは、久方ぶりだったのですっかり忘れていたよ”


“はははは、わたしもだよ”


「そういうことは、もっと早く思い出してくださーーーーーーーーーーーい!!!」


 超高速・高機動で移動する床にあっという間に連れ去られ、わたしの抗議の叫びは鷹揚な幽霊たちには届きませんでした。  


◆◇◆


 夕闇迫る、黄昏時トワイライト

 聖王都リーンガミルの城郭内にあるにも関わらず、その墓地はひっそりと寂しげだった。

 小高い丘に並ぶ白亜の墓石たちが、今日の命を終えて沈みゆく太陽に照らされ赤く染まっている。

 仕事が終わり家路を急ぐ夫。

 夫を温かい食事で迎える妻と子供。

 独り者は一日の疲れを憩うために馴染みの酒場に向かう。

 昼間の喧噪が夜の喧噪に取って変わられる時間。

 そんな庶民の活気も、この墓地には届いていない。

 

 現世と幽世が交わる、逢魔が刻。


 時の流れから取り残されたようなその場所に、男がひとり立っていた。  

 全身を漆黒の板金鎧プレートメイルで包み、同色の外套マントを羽織る姿は、黒い染みのようだ。

 ただ腰間に見え隠れする長剣ロングソードだけが白金のこしらえで、出立ちから浮いていた。


 黒衣の男はもう長い時間、その墓の前にたたずんでいた。

 夕日に染まる墓石は簡素で、眠る者と建てた者の人柄を偲ばせている。


“片桐貴理子”

“人生でもっとも近く、もっとも遠く、もっとも大切だった人”


 墓石は、異国の言葉でそう彫られていた。

 知らないはずの文字。

 知らないはずの言語。

 だが男には、その墓碑銘が読めた。

 男がこの墓の前に立つのは、これが二度目だった。

 最初は、まるで誰かの意思に導かれるように。

 そして今回は、自らの意思で。

 男の名を、グレイ・アッシュロードという。


「……長い間、不義理をしちまってるみたいだな」


 やがてアッシュロードが墓石に語りかけた。

 剣聖ソードマスターの恩寵を持ち、伝説の妖刀を振るったリーンガミル史上最強の剣士。

 異世界からの転移者。

 そして自分を庇って、自分のために犠牲になった、幼馴染みの少女。


「……たぶんおめえは俺にとってかけがえのない存在だったんだろう。自分で自分の記憶を封じなければ、生きていけなかったほどに」


 それがなんの言い訳にもならないことを、アッシュロードは知っていた。

 今もアッシュロードは少女の顔を思い出すことができない。

 向けられた笑顔を、掛けられた言葉を、与えられた慈しみと愛を、思い出せない。

 己のために生命を捧げた少女に、まさしく不義理の極みだった。


「……ドーンロアが俺をりたがるのも無理はねえ。俺が奴でもそうしただろう……責められねえ」


 思い出せないが、知っていた。

 信頼する猫人フェルミスのくノ一に訊ね、自分の過去を聞かされたのだ。

 少女との関係も、少女の最期も、自分の真名マナも……ソラタカ・ドーンロアが双子の弟だということも。


「……この剣、助かったよ。あの時、おめえがこれをくれなきゃ、エルミナーゼ共々 “骸骨百足サイデル” に轢き殺されてた」


 アッシュロードの言葉はとりとめがない。

 話があちこちに飛ぶ。

 まるで話したいこと訊ねたいことがあるのに言い出せない、子供のようだ。


「……アイツと同じ剣をくれて……それで俺にどうしろっていうんだ……?」


 そうしてようやく、途方に暮れた呟きが漏れた。


「……アイツを斬れっていうのか……差し違えろっていうのか……それとも……」


 墓石は黙して語らない。

 男の目には少女の墓が、微笑んでいるようにも蔑んでいるようにも見えた。

 男にわかるのは、現在は女神ニルダニスと解け合っている少女の想願がどこにあるにせよ、自分はソラタカ・ドーンロアと……双子の弟と、魂魄をかけた斬り合いをしなければならないということだった。


 気配がした。


 一瞬アッシュロードは、少女が答えてくれたのかと思った。


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16818023211799384648


「……ガブ……」


「ドーラ・ドラに聞いて、ここだと思ったの。彼女からすべてを聞かされたのね」


 男の背後。

 いつの間にか夕日の中に立っていた、ふくよかな少女が答えた。


「……なかなかに重い話だった」


「気の毒だとは思う。同情もする。乗り越える力にもなる。でもそれもすべてあなた次第」


 革鎧レザーアーマーを着込んだドワーフの少女は、どこか超然と告げた。


「あなたに施された記憶の封印は、わたしにも解くことはできない。あなたは何事も思い出せないまま、双子の弟と対決しなければならない」


 今はドワーフに身をやつしている “熾天使セラフ” の言葉に、微かな苦衷が滲んだ。

 アッシュロードの記憶を閉じている術は、“龍の文鎮岩山の迷宮” でドーラ・ドラに懇願され彼女自身が施したものだ。

 強大な “禁呪” を用いた封印は、彼女自身にも解くことができない。


「俺が望んだことだ」


 ソラタカ・ドーンロアとの対決は、運命でも宿命でもない。

 過去の自分の選択が現出させた必然だ。

 その一点において、アッシュロードは事実を受け入れている。

 自分のケツは自分で拭く。

 だがその前に、やらなければ、片付けなければならない仕事がある。

 男は仕事をするために生きている。


「マグダラによって、あなたの作戦は正式に裁可されたわ。作戦の指揮は女王自身が直接執る。大本営は王城内に置かれてドーラ・ドラとわたしをしてこれを補佐する。

“フレンドシップ7”、“緋色の矢”、そして “ドーンロア隊” は、明日の明け方に城塞都市を出て “街外れEdge of Town” に参集。わたしが割り出す残る “K.O.D.s” がいる座標に “転移テレポート” して、これを撃破する」


 ――すべてあなたの計画どおりよ。


「了解だ」


 ドワーフに姿を変えた最高位天使アークエンジェルに決定事項を伝達され、男の色褪せていた精神に色彩が甦った。

 今こそ男には仕事が――迷宮が必要だった。

 男は幼馴染みの少女の墓に一瞥をくれて、背を向けた。

 そしてふと立ち止まり、熾天使に訊ねた。


「ガブ、作戦名はあるのか?」


「あるわ。作戦名は『海王神の三つ叉鉾トライデント』よ」


 アッシュロードはうなずき、今度こそ振り返ることなく歩去った。



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迷宮保険、初のスピンオフ

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信~』

連載開始

エバさんが大活躍する、現代ダンジョン配信物!?です。

本編への導線確保のため、なにとぞこちらも応援お願いします m(__)m

https://kakuyomu.jp/works/16817139558675399757

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迷宮無頼漢たちの生命保険

プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

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