目玉の魔獣★

「ララ、大変だ! 第一禁区から下りてすぐの広間に、巨大な目玉の化け物が!」


 執務室に飛び込んできた自警団の戦士が、血相を変えて急報しました。


「目玉の化け物だって? そんなのは初耳だよ」


 ラーラさんの瞳孔が、スッと細まります。 


「それで状況は? 被害は出ているのかい?」


「ふたり重傷、ひとりは麻痺してる! すぐに撤退して遠巻きに監視中だ!」


「良い判断だ。得体の知れない化け物といきなり殴り合うなんて愚の骨頂だからね」


 そうして音もなく立ち上がったときには、卓上に置かれていた “蝶飾りのバタフライナイフ” を帯びていました。


「ドッジ、ジーナ、行くよ」


「ヤー」「あい!」


「ラーラ、俺たちも行く」


 すかさず隼人くんが同行を申し出ます。


「隼人か――いや、しかし」


「状況を見極めたい。それに相手の戦力が不明な場合は、持てる最大戦力を投入するのが被害僅少の基本だ。自警団にも俺たちほど魔物に慣れてる人間は少ない」


 ここに来たときはネームド未満のレベル7でした。

 でも今は、まもなくレベル12に手が届く古強者です。


「ふっ、あのヒヨッコが少しの間に言うようになったじゃないかい。足手まといにはならなそうだね――ついといで」


「よし、行くぞ!」


 隼人くんの号令一下、全員が瞬時に気持ちを切り替えてラーラさんに続きます。

 拠点内とはいえ、何が起こるかわからない迷宮での生活です。

 常に鎧を身につけ、武器は肌身離さず持ち歩いています。


昇降機エレベーター の基点となる広間だからな。絶対に確保しないと」


 隼人くんが振り返ることなく言いました。

 板金の背当てバックプレートに包まれた背中が、大きく見えます。


「しばらく食っちゃ寝でしたから、よいリハビリテーションです」


 わたしはうなずきました。


、無茶はダメだからね!」


「わかってるよ」


「はっはっは!」


「――あぁっ!? なんか文句あんのか、ゲッショー!?」


「いや、ないですよ。お幸せそうな、シノブクン!」


「ちょっと、人の彼氏に絡まないで!」


 パーティの士気は旺盛です。


「すごい、きれいになってる!」


 第一禁区に付くなり、田宮さんが声を弾ませました。

 崩落で埋まっていた区画一帯は瓦礫が撤去され、崩れかかっていた箇所には資材や魔法などで補強が成されていました。


昇降機エレベーター なんて大層なもんじゃないけどね、下までのリフトもついたよ――今から下りるよ、そっちは確保できてるかい!?」


 ラーラさんがリフトの隙間から、階下に向かって叫びました。


「大丈夫だ! 目玉野郎はここまではきてない!」


「よし――ほいじゃ、下りるとするさね」


 リフトは六人乗りなのでまずラーラさんたちが下り、わたしたちは第二陣です。


「まってください――護り御壁よマツ


 わたしはリフトに乗り込むラーラさんたちに戦棍メイスを一振り、“神璧グレイト・ウォール” の加護を施しました。万が一の時の保険です。


「助かるよ――よし、下ろしとくれ!」


 自警団の人がレバーを引き、大きな歯車ギアが回り出します。

 ラーラさんたちの乗る太いワイヤーに吊されたゴンドラが下降を始めます。



 ガゴンッ! と鈍い音がして、リフトが二階の広間に接地しました。


「け、結構スリルあったな」


 真っ先にゴンドラから飛び降りた早乙女くんが、引きつった顔で汗を拭います。

 二階の広間では加護の明りが灯され、 “兄弟愛ララの自警団” の精鋭が槍衾やりぶすまを作って、リフトを守っていました。


「状況は?」


「怪我人はジーナが治して戦列に復帰させた。くだんの目玉は――耳をすませてみな」


 指揮を執るラーラさんに言われるがまま、わたしたちは耳をすましました。

 長く循環のない澱んだ空気の中、その声は響いていました。


“……Hu……krle……Ha……krle……”


「ハークル……?」


「そんな風に聞こえるわね」


 わたしの呟きに、田宮さんが小さく首肯します。


「どうする?」


「ここで雁首並べてても仕方ないさね。すまないけどあんたたちは、あたしと一緒に来とくれ。ドッジとジーナはここに残って他の連中とリフトを死守。指揮はドッジが執りな」


 隼人くんに問われ、ラーラさんは即座に決断しました。


「あたいも行かなくて大丈夫?」


 心配げなジーナさん。


「“神癒ゴッド・ヒール” を使える回復役ヒーラーをひとりは後方に残しておきたいからね」


「前線はわたしと早乙女くんに任せてください」


「おう、俺らに任せろい!」


「あい! 後方は任されました!」


 ラーラさんはジーナさんが安心したのを見て、奇妙な叫び声の正体を確かめるべく歩き出しました。

 わたしたちも、


 ①五代くん

 ②隼人くん

 ③田宮さん

 ④早乙女くん

 ⑤安西さん

 ⑥ライスライト


 普段の、そして久方ぶりの一列縦隊で後続します。

 ラーラさんはまさにマスター忍者という身熟しで、足音どころか空気の揺らぎすら残さずに進んでいきます。

 やがて奇妙な叫声が徐々に近づき、明瞭になってきました。

 そして――。


「なんだい、あれは?」


 目の前に現れた魔物を見て、ラーラさんの声が歪みました。

 それは巨大な眼球から無数の腕を生やした異形の――まさに異形の魔物でした。


「知ってるぞ、こいつ! “怪物百科モンスターズ・マニュアル” で見たことがある! 確かビホル――」


「いけません、その名前を口にしては!」


 しかしわたしの警告は遅きに失し、魔物の名前を口にしてしまった早乙女くんは、床に両手両膝をついて動きを封じられてしまいました。


「ぐおおおっ!!! お、重いっっ!!!」


「ゲッショー!」


「な、なによ、これ!?」


土下座重力の呪いです! あの魔物の名前を口にすると、強制的に身動きを封じられてしまうのです!」


 驚愕する田宮さんを叱咤するように、語気が強まります。


「Hukrle! Hukrle!」


 巨大な目玉に横一文字に裂ける巨大な口が、わたしたちを嘲笑いました。


https://kakuyomu.jp/users/Deetwo/news/16818023212192103306



--------------------------------------------------------------------

★スピンオフ第二回配信・完結しました

『推しの子の迷宮 ~迷宮保険員エバのダンジョン配信・第二回~』

https://kakuyomu.jp/works/16817330665829292579

--------------------------------------------------------------------

プロローグを完全オーディオドラマ化

出演:小倉結衣 他

プロの声優による、迫真の迷宮探索譚

下記のチャンネルにて好評配信中。

https://www.youtube.com/watch?v=k3lqu11-r5U&list=PLLeb4pSfGM47QCStZp5KocWQbnbE8b9Jj

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る