受難の終焉

「そこまでだ」


 男の声は大きくも激しくも鋭くもなかったが、確かな強制力を以て人間と熾天使セラフの闘争を止めた。

 呪いデバフから解放されたグレイ・アッシュロードは今なお幽鬼のような有様だったが、声には無視できぬ力があった。


「邪魔をするか、下郎」


 ソラタカが怒りの眼差しをアッシュロードに向ける。

 憤怒と、強い苛立ちの籠もった視線。

 必殺の剣先が、百戦錬磨の戦士である自分の切っ先が、まるで “棘縛ソーン・ホールド” の加護を施されたように、声ひとつで止められたのだ。

 そしてその相手が、己が最も憎悪する男。

 屈辱の炎はソラタカを、身の内から燃やし尽くさんばかりだった。

  

「おめえがり合いたいのは、その下郎の方だろ――ガブも退いてくれ」


 熾天使は神剣を下げつつも、用心深くアッシュロードとソラタカの間に回り込み、被守護者をかばった。


「望むなら、この場で斬り殺してくれよう」


「それで気が済むのか? 俺はその魔剣と同じ剣を手に入れた。聞いたことはあるが思い出せねえ声が……くれたんだ」


 ソラタカがピクリと反応する。


「迷宮の最奥で “骸骨百足サイデル” に轢き殺されそうになった俺を救ってくれた。それ以来ずっと引っかかってる。おめえの――ソラタカ・ドーンロアの剣と同じなのはただの偶然か。それとも何か意味があるのか、ってな」


「その声の主は決着を望んでいるのだ。我と貴様のな」


「ならここは退け。俺がすべてを知り、おまえが納得できる立ち合いまで」


「すべてを知るだと? 自ら真実に背を向けた分際で、今さら何を言うか」


「それすらも俺は知らない」


 アッシュロードとソラタカ。

 ふたりの剣なき闘いに、ガブリエルは圧倒される思いだった。

 天使に比べれば遙かに矮小なはずの人間たちが、時として自分たちを凌駕する魂の光彩を放つ。

 だが今回の輝きはあまりにも悲壮で、痛々しすぎるではないか。


「ならば今の己の生が、いかに卑劣な振る舞いの上に長らえているかを知るがいい」


 ソラタカが納刀した。


「貴様を殺すのはそれからだ」


 “君主の聖衣ローズガーブ” の真紅の裏地のマントをひるがえし、ソラタカが背を向ける。

 倒れ伏している郎党を治療すると、魔術師メイジ の “転移テレポート” で何処かへと去る。


「……よいの?」


 武装形態を解いたガブリエルが訊ねた。

 なんの解決もカタルシスのない終焉に、背に三対の翼を持つ緑衣の少女の表情は冥い。

 波打つ黄金の髪も、白磁よりも透き徹る肌も、うち沈んでいるように見えた。


「ガブ、おめえに聞きてえことがある」


 不意にアッシュロードが訊ねた。

 積み重ねてきた思考が予感を呼び、唐突なに結実した。


「天使のおめえなら、もしかしたら――」


 はたしてアッシュロードは正しかった。

 ガブリエルがうなずいてみせる。

 直後、一帯を魔法風が吹き抜け、閃光が走った。

 新たな “転移” の兆し。

 妨害ジャミングしていたソラタカの配下が去ったことで “探霊ディティクト・ソウル” による探知が復活し、仲間たち ―― “フレンドシップ7” が駆けつけてきたのだ。


 君主の受難はひとまず、終わりを告げた。


◆◇◆


「――あいつら、とっちめてやる! あたいの“対滅アカシック・アナイアレイター” をお見舞いして、ギッタンギッタンやる!」


 円卓の間の重苦しい沈黙を打ち破ったのは、火の玉ファイアボールの炸裂だった。

 カンカンになったホビットの少女が、真っ赤な顔でバシバシと円卓を叩く。

『怒髪天を衝く』とはまさに、今のこの娘のためにある言葉だった。


 パーシャに先を越されたとはいえ他の面々も、同じ憤懣を抱いている。

 今回のアッシュロード誘拐の真相が、王配ドーンロアの暴走と知れば無理もない。

 自分たち義勇探索者はドーンロアの娘を救うために、命を懸けているのだ。


「暴走したのはドーンロアじゃなくて、その配下だ」


 沈鬱な表情で謝罪しかけた女王の機先を制する形で、探索者たちの指揮官はおもてを横に振った。


「それにもう済んだ話だ」


「はぁあぁ!?? おっちゃん殺されかけたんでしょ!? “死の指輪デスリング” 嵌められたんでしょ!? なんでそんなに淡泊なのよ!」


「おらぁ、元々淡泊なんだよ」


 アッシュロードは面倒臭げに答えた。

 ホビットは全然、まったく、これっぱかしも納得しない。

 彼女だけでなく円卓に着く仲間たち全員が、同様の表情を浮かべている。


「主をおもんぱった配下が少しばかり先走っただけの話だ。それよりも、俺がいねえ間にエルミナーゼの方はどうなってる?」


 作画崩壊を起こしているパーシャを無視して、アッシュロードはマグダラを見た。

 有無を言わさぬ気迫が、ホビットの少女を含む全員の追求を封じた。

 迷宮の深奥で不本意な別れを強いられて以来、アッシュロードの頭には一刻も早く彼女を救い出し、この馬鹿げた騒動に終止符を打つことしかなかった。

 そのためには怒りだの恨みだのそんな、些末な感情に左右されてる暇などない。


「……エバがここにいなくてよかったよ……あの娘がいたらあたいよりも、もっとずっと何倍も怒り狂ってた」


「そのライスライトを連れ戻すためにも、今は抑えろってことさね」


 しょんぼりと呟いたパーシャを、ドーラ・ドラが慰める。

 エルミナーゼを助けるには迷宮の最下層におもむかなければならず、そのためには各階層フロアに出現する “伝説の武具” を打ち倒して、“女神ニルダニスの試練” を乗り越えなければならない。

 試練を乗り越えれば女神の宣託を受けられ、一〇〇年後の未来に飛ばされた聖女を連れ戻す方法が訊ねられる。

 王女と聖女を救い出す道は、寸分違わず重なっているのだ。


「“林檎の迷宮” の探索は三層の半ばで止まったままです。あなたとエルミナーゼが迷宮の深奥に飛ばされたのち、“フレンドシップ7” と “緋色の矢” による救出計画が立案されましたが、実行に移してすぐにあなただけが帰還し、今回の醜聞に発展してしまいました」


 マグダラが答えた。

 良人の配下が起こした事件を醜聞と表することで、少しでも謝罪と羞恥の気持ちを表したのだろう。

 実際にマグダラは強く恥じ入っており、憔悴しょうすいする女王を家臣たちが案じていた。


「……となると、集まってねえ “K.O.D.s ナイト・オブ・ディスティニー・シリーズ” は、あと三つか」


 独り言ちるアッシュロードを見て仲間たちは、猛烈に嫌な予感に襲われた。

 グレイ・アッシュロードがこの表情をしているときは、何事かを “悪巧んでいる” ときであり、それは最終的にはよい結果をもたらすのだが、その課程においてたいへんな労力を要求され、死ぬほどの辛苦に遭った挙げ句に代償として帳尻が合う……ような代物なのだ。

 

「アッシュロード卿、何を考えているのですか?」


 不安げな面持ちで、マグダラが訊ねた。


「一気にぶち抜く」


「……え?」


「一層一層チマチマ攻略するのはもう止めだ。“フレンドシップ7” と “緋色の矢”、それにドーンロアの一党パーティで、三層から五層まで一気にぶち抜く同時攻略する


 円卓の時間が奪われた。



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